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第162話 皇女リアーネの決断

 ローレシア一行がシリウス教国へ到着する数日前、帝都ノイエグラーデスの皇宮の玉座に座る代理皇帝リアーネは、目の前に立ち並んだ帝国元老院の議員たちを前に激怒していた。


「無礼であるぞ、そなたたち。わたくしの前から即刻退散せよ!」


 だが議員たちは眉一つ動かさず、その中心にいるヴィッケンドルフ公爵は一枚の書類を掲げて朗々と読み上げた。


「クロム皇帝陛下の崩御に伴い帝国元老院はマルク・ヴィッケンドルフを新たな皇帝、マルク・ソル・ブロマインとして承認した。クロム皇帝の代理であるリアーネ・メア・ブロマインは直ちにその玉座から降り、玉璽とレガリアをマルク新皇帝にお渡し願いたい」


「だからそんな決定など無効だと言っている! クロムの死はまだ確認されておらず、現在アージェント方面軍が捜索中だ。それを待たずに新たな皇帝を立てるなど、元老院の皇家軽視も甚だしい。不敬である!」


「それこそ何度も言っているではないか。クロム皇帝の死は既に確認されているのだ。魔界の境界門から奇跡的に生還を果たした勇者が二人とも口をそろえて言っている。ローレシアは魔族であり、やつが皇帝を篭絡して背後から殺害したのをこの目でハッキリと見たとな」


「ローレシア様がそんなことをするはずがない。そもそもローレシア様は神使徒であり、神に選ばれたお方がなぜ魔族なのか。この不信心者が!」


「だが事実なのだから仕方がない。ふん、さすがは堕天使の末裔だけのことはある。神を欺いてアポステルクロイツの指輪をまんまとせしめるなど、よほど堕天使の血を色濃く受け継いだ、業の深い魔族と見た」


「いい加減になさい、ヴィッケンドルフ公爵! 我が皇家のみならず神使徒ローレシア様まで侮辱するなど言語道断、あなたの顔を見ているのも不快です。今すぐにここから立ち去りなさい」


「立ち去るのはそなたの方だ、リアーネ! なぜならシリウス教会は本日、マルクの皇帝位を正式に認め、総大司教猊下の立ち合いのもと戴冠式を執り行った。併せて魔族であることが判明したローレシアは、シリウス教会大聖女の任を解かれ、シリウス神の敵として火刑が科せられることが決定した。もちろん我がブロマイン帝国も教会の決定に従い、世界の果てまであの小娘を探し出し、クロム皇帝陛下殺害の罪をその命で償ってもらう」


「・・・バカな。どうしてシリウス教会はそのような愚かな決定を」


「愚か者はそなたの方だリアーネ。そなたは帝国貴族からどのように言われているか気づいてないのか? 魔族であるローレシアに魅了された、魔族の傀儡皇帝だと噂されているぞ。皇宮の侍女たちも怯えている。ローレシアを妹のように溺愛するその異常者ぶりは、完全に精神を病んでいて皇帝の資格なしと」


「ローレシア様を実の妹以上にかわいがっているのは事実だが、彼女は魔族でもなければ、このわたくしが魅了されているわけでもない。それに精神を病んでいる異常者なのはあなたの甥のマルクの方! あのような痴れ者を帝国皇帝の地位につけたら国が滅ぶ」


「なんだと! マルクは少し知能が足りないだけで、そなたと違って精神はいたって健全。それにこの私が摂政につくので帝国の統治には全く問題は生じない。とにかく既にマルクが新皇帝に即位した事実は変わらんのだから、そなたはとっととアスター王国に帰ることだな。フハハハハ」


 そう捨て台詞を残すと、ヴィッケンドルフ公爵は他の議員たちを引き連れて、高笑いしながら謁見の間から立ち去って行った。





 悔しさに打ち震えたリアーネは、直ちに側近に指示をすると、自分の後ろ盾である融和派貴族を集めて元老院の暴挙を訴えた。それと同時にアージェント方面軍司令官ヘルツ中将に連絡し、クロム皇帝の安否を確認するよう再度指示を出した。


 そしてその日の深夜、リアーネはある行動に出る。国家反逆罪を理由に皇室近衛師団と帝都治安維持隊を動かし、ヴィッケンドルフ公爵以下主戦派貴族に対し先制攻撃をかけた。すなわち帝都ノイエグラーデスにある彼らの館を同時に焼き討ちにしたのだ。


 深夜の奇襲に命からがら屋敷を逃げ出した主戦派貴族たちはその大半が治安維持隊に拘束されながらも、当主やその家族は帝都を脱出。各領地へと逃亡した。


 逃走用の馬車に乗りながら苦虫を噛みしめるヴィッケンドルフ公爵は、


「クソっ、リアーネめ! あの女を少しナメていた。まさかその日のうちに治安維持隊に命じてワシの館を焼き討ちにするとは・・・。あの時少々強引でも玉璽とレガリアを押さえておくべきだった。だがそっちがその気ならもう容赦はせん! 必ずその首を討ち取って薄汚い簒奪者として帝都の入り口に晒してやる!」


 そして傍に控えていた側近たちに命じる。


「ヴィッケンドルフ騎士団を直ちに出撃させよ。目指すは帝都ノイエグラーデス皇宮、リアーネの首を上げたものには褒章は望むがままだ! それと主要貴族にも我らと共に立ち上がるよう要請。帝国軍4軍と警察保安隊にも伝達。新皇帝マルクのもと全軍出撃して、簒奪者リアーネを討て!」


 かくしてヴィッケンドルフ公爵の命令は、瞬く間に帝国全土に伝わると、西方に展開するアージェント方面軍15万、北方に展開して主に海賊討伐をその任とする北海方面軍5万、東方諸国に睨みをきかせる東方諸国方面軍5万、南方に展開して南方未開領域の警戒や海賊討伐を行う南海方面軍5万、そして帝国全土の治安維持や属国支配を行う警察保安隊30万の、総勢60万の将兵に新皇帝の名で命令が伝達された。


 また他の主戦派貴族家もリアーネの襲撃に激怒し、ヴィッケンドルフ公爵に言われるまでもなく騎士団の出撃を命じた。そして勇者を排出したメロア家、クラーク家をその旗頭として、戦力を一つに糾合させて行くことになる。


 一方今回の襲撃対象にはならなかった貴族たちは、主戦派と融和派のどちらにつくことに利があるか慎重に見極めていた。ただ今回の主戦派貴族への襲撃はいよいよ追い詰められたリアーネの暴発ととらえられ、シリウス教会によるマルク新皇帝の戴冠式をもって、主戦派貴族側に大義ありとする向きが大勢を占めた。






 そんな緊迫の帝都ノイエグラーデスから遥か西方、ここアージェント王国とシリウス教国の国境線では、魔導障壁を前にローレシアの進軍が止まっていた。


「ローレシア、この魔術具を貸してあげるから今から私がいう呪文を唱えてみてよ」


 ネオンはそう言って、俺に小さな杖のようなものを手渡した。俺はその杖に刻まれた魔法陣に魔力を込めるように握ると、ネオンに続けて呪文を詠唱した。


 詠唱が終了して魔法が発動すると、俺の魔力がごっそりと杖に吸い出され、目の前の魔導障壁が突然虹色に輝き出した。それが徐々に空間に溶けて行き、やがて完全に消失した。


「魔導障壁が消えた・・・。この魔法は一体」


「シリウス教国は長い間鎖国を続けていて、国境線は全てこんな魔導障壁で封鎖されているの。そしてこの結界を開閉できるのはこの国の最高指導者だけ」


「邪神教団の最高指導者・・・」


「今あなたに渡したのはシリウス教国の大聖女だけが持つことを許される魔術具で、強大な魔力を有する聖属性適合者にしか使えない魔法なのよ。私がいつでもこの国に戻って来られるようにと、ここの総大司教が無理やり押し付けて来たんだけど、こんなものもらっても今の私は聖属性の魔力を持ってないから使えないのにね。でも今回はそれが功を奏したってわけ。では今からシリウス教国を通過するわよ」


 そしてネオンは、自分がシリウス教国の次の大聖女の候補であることを、みんなに打ち明けた。


 今まで黙っていたのは、アージェント王国の貴族であることを明かした時と理由は同じで、全員が新教徒であるこの勇者部隊の中で、シリウス教会の実態が理解されないまま自分が旧教徒であることを明かせば、邪神教徒として忌避の目を向けられることを恐れたためだった。


 だが今ここにいるのは、シリウス教会主戦派の野望を打破するために立ち上がったメンバーであり、旧教徒への偏見は薄れたとの判断から、このタイミングで告白することにしたのだ。


 併せてネオンは、帝国へ再入国するには両国の大軍が駐留しているダゴン平原を通過せず、このシリウス教国を通過して港町トガータに入った方が目立たないこと、そこから帝国軍の転移陣を使って帝都に戻るのが最速であることを提案した。


 するとクロム皇帝が、


「そなたが邪神教団・・・いや旧教徒シリウス教国の次の最高指導者候補ということは分かった。どうりでシリウス教の教義に詳しいわけだ。シリウス教を全く信じないというメルクリウス一族の中で、なぜそなただけがそのような候補になれるのか興味深くはあるが、今はそんなことよりも帝都への帰還が先だ。基本的にはネオンの提案の通りで構わんが、帝都に戻るまでは帝国軍にも余の動きをあまり知られずに隠密に行動したい。軍には主戦派貴族の子弟が数多く在籍しているのでな」


「わかったわ。帝国に入国したら、ガルドルージュを通して特殊作戦部隊の工作員と接触してみる。そして帝都までの隠密行動をサポートさせましょう」


「諜報員同士、蛇の道は蛇か。気に入らないが今回は目をつぶろう」


 そうして今後の行動方針が決まると、もう一度同じ呪文を唱えて結界を張りなおし、俺たちは東へ向けて進軍を再開した。





 シリウス教国を東に進軍を始めた俺たちは、ここが普通の国ではないことにすぐ気が付いた。


「ローレシアお嬢様、この辺りの空気中のマナ濃度が少し濃過ぎませんか」


「アンリエット、あなたも気がついていたのですね。この国は魔力に満ち溢れているようで、街道沿いにある耕作地を見て分かるように、この辺りは穀物の発育がとても良く、このままいけば大豊作ですね」


「アスター王国では、これほど豊かな耕作地を見たことがありません。隣のポアソン領も豊かでしたがそこと比べても格段に違います」


「気候よりも魔力が影響していることは確かね」


 そして農夫たちの服装も変わっていた。耕作に適したデザインではなくどこか修道服を思わせるようなもので、畑を耕しながらも神に祈る所作が随所に入り、農民なのか神官なのかよくわからなくなっている。


 ただ、祈りの後に何らかの魔法が発動して、作物に影響を与えていることだけはわかった。


 この国は長年鎖国を続けているとネオンは言っていたが、これだけ豊かな耕作地を抱えているからこそ、結界による完全封鎖が可能なのだろう。




 ところで俺とクロム皇帝たち3人を除いた全員が、今現在ブロマイン帝国軍の軍服を着ている。そのため俺たちの進軍に対し、他国からの侵略だと勘違いした農夫たちが騒ぎ始めるが、先頭を進むネオンが彼らに話しかけると、驚いた農夫たちが慌てて地面に跪いて祈りを捧げ始める。


 メルクリウス家の直轄領のはずのディオーネ領や、臣下の領地のポアソン領でも、ネオンに対してこんな反応はなかったのに、他国であるはずのシリウス教国の方がネオンは有名であるらしく、こんな末端の農夫からも敬われている。


 シリウス教国の次期大聖女というのは、とてつもなく偉いのだろうか。




 そんな風に進軍してたどり着いたのがシリウス教国の中心、聖地アーヴィンだった。

次回、シリウス教国法王庁


お楽しみに

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