第161話 もう一つの選択肢
完全に壁ドンの体勢のネオンだったが、
「そんなわけないでしょ。私には将来を約束した婚約者がちゃんといるのに、なんで女のローレシアなんかにプロポーズするのよ」
「そ、それもそうですよね・・・。でも3つもプロポーズが続いたからつい」
するとネオンがニヤリと笑い、
「それで誰と結婚するか決まったの? あの3人なら誰を選んでも間違いないと思うけど、私にだけこっそり教えてよ」
「い、いえ・・・誰を選ぶかよりも、まだ結婚すること自体に決心がつかなくて」
俺が煮え切らない態度を取ると、ネオンは信じられない物を見るように、
「決心がつかないってどういうこと? あなたは今すぐにでも結婚ができるのよ! 私なんか、どんなに望んでどれだけ頑張っても、どう~しても結婚できなくて、今回ようやくチャンスをつかんだのに、いきなり最大のピンチが訪れて、今ものすご~く苦労しているんだから! 本当にローレシアのことがうらやましくて仕方がないんだからね!」
ものすごい勢いで一気に捲し立てられたが、なんでこんな切羽詰まってるんだよ。
「あの・・・ネオン様? 今の言い方ですと、前世の三十路喪女の頃の話ではなく、現在進行形で結婚できなくて苦しんでいるように聞こえます。もし差し支えなければ、ネオン様が抱えている事情をお聞かせ願えませんか」
思いの丈を俺にぶつけて、少し落ち着きを取り戻したネオンが、頬に手を当てて何かを考えている。
「・・・そうね。ローレシアは同じ転生者だし、いずれ話さなければと思ってたからちょうどいいわ。私はただの転生者ではなく、実は二重転生者なの。今から500年前の世界に日本から転生してその生涯を神に仕える聖女として過ごしたのよ。私にはその時の記憶も全て残ってるから、これまで生きてきた時間を全部足し合わせると、なんと100年以上も喪女をやっているのよ」
「二重転生者! しかも100年以上も喪女! そ、それは大変でしたね。でも今は伯爵令嬢で婚約者もいらっしゃるようですし、もう焦らなくても」
「聞いてよローレシア、それが酷いのよ! ポアソン領と帝国の間にはシリウス教国、あなたたちの言葉で邪神教団の国があって、前世はそこで大聖女をしてたんだけど、そのことが教国の人たちにバレてしまって私を無理やり大聖女に仕立てようとしているのよ。そんなことになったら、また結婚できなくなるの!」
「そ、そんなことになっているのですか・・・それは大変ですね」
どこの世界も、聖職者は妻帯してはいけないというルールがあるんだな。
「でもローレシアに結婚願望がないのがわかって少し安心した。実は折り入って相談があるんだけど、私の代わりにローレシアにそこの大聖女をやってほしいのよ。どうせシリウス教会の大聖女もやってるんだし、ついでよついで。それにシリウス教会なんかよりシリウス教国の方が由緒正しいし、格は上よ」
また大聖女かよ・・・。これで3か所目だし今度は邪神教団の国か。
「わたくし個人的には特に問題はないのですが、結婚できなくなると、アスター王国の世継ぎを産むことができなくなってしまいます。ですのでこのお話は」
「後継者問題があったか・・・。うーん、困ったな」
まあ100年以上も結婚願望を抱えていたら、また大聖女になるのは絶対に嫌だろうな。
だが俺から見れば、一生男なんかと結婚せずにローレシアとアンリエットの3人で、シリウス教国で大聖女をやりながらスローライフを満喫できるのだ。
とても素晴らしい人生じゃないか!
あれ、ひょっとして・・・。
「ネオン様、今すぐにというのは難しいと存じますが、わたくしが世継ぎを産んだあとでもよければ、その大聖女を代わって差し上げることができます。少し時間はかかると存じますが」
するとネオンはうっすらと笑みを浮かべて、
「ありがとうね、ローレシア。でも大聖女は純潔を守り抜いた未婚女性がなるという決まりなのよ」
「そうですよね。そんなことができるのなら、ネオン様も苦労はございませんからね。だとしたら・・・」
(なあローレシア、やっぱりアナスタシアとイワンに頑張ってもらって、二人の赤ちゃんを俺たちの養子に迎えるというのはどうだろう。そして後継者として育て上げた後に、アンリエットも誘って3人で邪神教団でスローライフを送るというのは)
(とても魅力的ですが、却下です。わたくしの両親を繁殖馬みたいに使わないで下さい。そんなこと想像したくもないし、あの二人はもう離婚させたじゃない)
(そうだったな、ローレシア。変なこと想像させてしまって悪かった。それにアスター王国は俺たち二人の国だから、そんな無責任なことはできないよな。俺がちゃんと世継ぎを産むよ)
(わがまま言ってご免なさい。その代わりわたくしの愛は全てナツに捧げます)
俺がローレシアと話し合っているうちに、ネオンは一人ぶつぶつと何かを呟いていた。そして、
「・・・私が先に大聖女に就任して教国の規則を変えてしまえばあるいは。でも総大司教に気づかれないようにこっそりやらなくちゃダメよね。でももうこれしか方法が無さそうね・・・」
「どうなさったのですか、ネオン様?」
「ナイスアイデアよ、ローレシア! その作戦で行きましょう。ローレシアは今すぐに3人の誰かと結婚して、早く子供を産みなさい。私女医だから出産のサポートは任せてよ!」
「え、本当にその作戦で大丈夫なのですか? それに今すぐ子供を産むことは、その・・・実は今すぐ結婚する訳には行かないというか、覚悟が出来ていないというか・・・あの、その」
「あなた、世継ぎが必要なくせに子供を産む覚悟が出来てないから結婚は嫌だって、言っていることが支離滅裂よ。・・・ふーん、どうやら何か裏があるわね。私が相談に乗ってあげるから、恥ずかしがらずに何でも言ってみなさい」
ネオンは同じ日本からの転生者だし女医でもある。ひょっとしたら俺の悩みについて、解決方法があるかも知れない。
俺は恥を忍んで相談に乗ってもらうことにした。
「ネオン様、実はごにょごにょ・・・・」
俺はネオンの耳元で事情を話した。
「えーっ! ・・・あ、あなた男だったの! それにローレシア本人もその身体に同居しているって、一体どういう状態なのよ!」
「シーッ! 声が大きいです。みんなにはまだ秘密にしていますので・・・」
「ごめんなさい・・・それにしてもTS転生の憑依系とは全く気が付かなかったわ」
「その言葉、懐かしい響きですね・・・それでわたくしの相談というのは、実はごにょごにょ・・・」
「えーっ! そ、それは確かに深刻な話よね・・・でもわかった、そんな悩みなら私が何とかしてあげられるから安心して」
「えっ、本当ですか! ・・・ありがとう存じます。でもどうやって?」
「実はローレシアにピッタリの魔法があるんだけど、シリウス教国に行けば魔術具と詠唱呪文を渡してあげられるわ。シリウス教国の法王庁に行きましょう」
「シリウス教国に行けば何とかなるのですか!」
「ええたぶん大丈夫よ、この私に任せて。その代わり大聖女の件、よろしくね」
「後継者が育った後になりますが、承知しました」
よし・・・この問題さえ解決できれば、後は本当に俺の覚悟だけだ。やはりこのネオンは頼りになるな。
「ところでローレシア、もう一つだけ聞いておきたいことがあるの」
「何でも聞いてくださいませ、ネオン様」
「実は朝からずっと気になってたんだけど、あなたの着ているその水着ってスクール水着でしょ。フリルがついてたから最初気がつかなかったけど、白のスク水のコスプレ衣装なんてマニアックな水着、よく平気で着ていられるわね。あなた恥ずかしくないの?」
「えーっ?! スクール水着って普通は紺色じゃないのですか? 白いスクール水着なんて・・・いいえ、これを見た時なんか嫌な予感はしていたのです。でもまさかそんな変な水着が紛れ込んでいたなんてっ!」
「・・・そっか、知らずに来ていたのね。じゃあポアソン邸に戻って早くその水着を変えましょう。見てるこっちが恥ずかしくなってくるから」
「何から何まで申し訳ございませんでした・・・そ、そう言えば色違いのピンクのスク水を、レスフィーア様が着用されていました!」
「あれもスク水かぁ・・・これは被害甚大ね! サー少佐はどこでこんな変な水着を見つけて来たのよ! 今度しっかり問い詰めておかないとダメね」
それから数日間はポアソン邸でのリハビリ生活が続き、それが功を奏したかクロム皇帝の運動能力は順調に回復していった。そしてネオンからのGOサインも出て、いよいよ帝国への帰還の日となった。
ここから先は転移陣が使えないため軍馬での移動となる。ポアソン領から必要な物資を供与してもらうと総勢28名が隊列を組みなおし、王国と帝国との国境線にある邪神教団の国、シリウス教国を通過する。
ポアソン領を四分割すると、北東エリアは高い山脈が連なっていて、南東エリアは海岸線に沿って細長い回廊のような平地になっている。そこを東にどんどん進んで行くとついにアージェント王国の最東端の国境線までたどり着いた。
そして今俺たちの目の前には、天まで届くような巨大な結界「魔導障壁」がその行く手を阻んでいた。
地面から沸き立つ膨大な魔力により、どんな進軍を阻む絶対的なバリアーだ。そしてこの結界の先には、邪神教団の国、シリウス教国がある。
謎のベールに包まれたこの国で、俺はローレシアとアンリエットとの幸せな未来をこの手に掴むんだ。
次回、邪神教団の国
お楽しみに




