第160話 3人からのプロポーズ
俺達3人がたどり着いたのは大きな岩場に囲まれた入り江で、周囲に誰もいない完全なプライベート空間だった。そこで俺はアンリエットとレスフィーアの二人に手取り足取り泳ぎ方を教えた。
「剣術の訓練とは逆で、わたくしがアンリエットに教えるのがとても新鮮です」
「最初は水が怖くてとても泳げる気がしませんでしたが、身体の力を抜けば身体は浮くし、手足でゆっくりと水を掻けば、確かに前にも進みますね」
「ええ、アンリエットその調子ですよ。それにしてもレスフィーア様は、とても呑み込みが早いですね」
「ローレシア様、わたくし泳ぎに向いているのでしょうか、楽しくて仕方がございません」
「ではもう少し練習をしたら海に潜ってみませんか。海底には珊瑚や魚がいて、とても楽しいですよ」
そうして午前中はずっと3人で泳ぐ練習をしたり、少し沖へ潜ってダイビングをして楽しみ、すっかり海を満喫した。その後ランチを食べに先ほどのビーチパラソルの所に戻ると、みんなも午前中の訓練を終えてパラソルの下やポアソン邸のテラス席で、各々に食事をとっていた。
俺たちはクロム皇帝とネオンの姿を見つけ、二人が座っているテラスのテーブル席に向かった。そして、海を背にした座席に俺たち3人が腰を掛けると、
「クロム皇帝、お身体の方はいかがですか?」
「ローレシアか。今日のリハビリは午前中で終わったが、まだまだ余の体力は残っている。どうだ、午後は一緒に泳がないか」
クロム皇帝は、そのスマートな身体の引き締まった筋肉を見せつけ、爽やかに笑った。
「いいですわよ。わたくし泳ぎには自信がございますので、クロム皇帝なんかには絶対に負けませんから」
「ほう、随分と自信があるようだな。それなら向こうに見える小島まで競争だ。ネオン、そなたもついて来るがいい」
「あなたはまだリハビリ中なのよ。・・・もう仕方がないわね。あのくらいの距離ならまあいいか。じゃあ3人で行きましょう」
ネオンがため息をついてそう答えると、後ろから誰かが近づいて来る気配がした。そして、
「抜け駆けはやめてくれないか、クロム皇帝」
振り返るとそこに、アルフレッドとランドルフ王子が並んで立っていた。
「やっと見つけたよ、ローレシア。ずっと探してたのにどこにも居ないんだから。レスフィーアとアンリエットと泳いでいたのなら、この僕も誘ってくれてもよかったのに」
すると俺の隣にいたレスフィーアが、
「まあお兄様ったら。わたくしたち3人は女の子だけの秘密のビーチで楽しんでいたのですのよ。お兄様のような殿方は立ち入り禁止です」
レスフィーアに除け者にされたアルフレッドは苦笑いをしているが、その隣のランドルフ王子ともども、二人そろってまだ水に濡れている。
たぶん今まで海で泳いでいて、俺たちの姿を見つけると慌ててここにやって来たのだろう。
「ローレシア、午後は僕と二人で泳ごう。レスフィーア、それで構わないよな」
そう妹に断りを入れるアルフレッドを遮って、ランドルフ王子が話に割り込む。
「いいやアルフレッド。レスフィーアがよくてもこの俺が許さん。ローレシアと泳ぐのはこの俺だ」
ローレシアを巡ってイケメン王子2人とレスフィーアが言い争いを始めたが、やはりクロム皇帝も含めたこの3人がローレシアに群がってくる展開になった。
恥を忍んでこの純白の水着を着て来た甲斐があったぜ。この3人には、俺の大切なローレシアとの会話を楽しんだり、ましてや海でキャッキャウフフと遊ぶことなど断じて許さん。
お前らの相手はローレシアではなく、この俺だ!
ウッシッシ。
「わかりました。ではクロム皇帝とネオン様も含めたこの5人で、誰が一番早くあの島まで泳げるか競争いたしましょう。レスフィーア様とアンリエットはまた明日、秘密のビーチで遊びましょうね」
そして食事が終わると、俺たち5人は一斉に浜辺に駆け出して、島に向かって泳ぎ始めた。
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」
根性で一番最初にたどり着いた俺は、小島の砂浜にへたり込むとみんなの様子を眺めた。
先頭はランドルフ王子で、すぐその後ろをアルフレッドが追いかける展開。クロム皇帝はリハビリ中ということもあり最後方をゆっくりと泳いでいて、その後ろをネオンがしっかりとフォローしている。
「・・・少しはしゃぎすぎてしまいましたね」
クロム皇帝の体調のことをすっかり忘れて全力で泳いでしまった俺は、少し反省しながらもアルフレッドとランドルフ王子のデッドヒートに目線を戻した。
結局そのままの着順で浜辺へ上がってきた二人は、息を切らせながら俺の近くまでたどり着いて、砂浜に横になって倒れた。
「はあ・・はあ・・おいアルフレッド、俺の勝ちだ」
「く、くそう・・・もう一息だったのに、負けた」
「じゃあ・・・俺が最初に行くからお前は2番目だ。文句はないな・・・」
「はあ・・はあ・・・別に構わないぞ、ランドルフ。先に行ったから勝ちというものでもない。決めるのはローレシアだからな」
・・・何の話をしてるんだ、この二人。
ローレシアが決めるって何を?
そして少し遅れてクロム皇帝とネオンが砂浜に上がって来て、5名全員が無事にこの小島に到着した。
だが俺を除いた4人が少し離れたところに移動すると何やら相談を始め、その後ランドルフ王子がこちらに歩いて来ると、俺の手を引っ張ってヤシの木の下に連れて行った。
そして俺がヤシの木を背にすると、ランドルフ王子はヤシの木に手を突いて、俺に顔を近付けてきた。
な、なんだなんだ、このシチュエーションは?!
これがあの有名な壁ドンか? いや、ヤシの木だからヤシドンだな。
そんなことを考えているとランドルフ王子が真面目な顔をして、
「ローレシア、俺はキミに正式にプロポーズする」
「プ、プロポーズって、急に何をおっしゃっるのですか、ランドルフ王子!」
「クロム皇帝から話を聞いたのだが、帝国に戻ったら皇帝はローレシアを正式に皇后として迎えることに決めたそうだ。だがその前に俺にも一度だけチャンスがもらえることになった。ローレシアが俺を選ぶなら、皇帝は自ら身を引くと」
「ちょっと待ってください。皇帝には再三お伝えしましたが、わたくしはまだどなたとも結婚する覚悟ができていないと」
「それは聞いている。だがローレシアの覚悟が決まった瞬間に、クロム皇帝と結婚されては困るのだ。せめて婚約だけでも済ませておきたい」
「それはそうですが・・・ランドルフ王子はどうしてこのわたくしと結婚しようと考えているのですか」
「一番の理由は王族としての義務だ」
「王族としての義務・・・ですか?」
「これはローレシアも同じだとは思うが、王族は世継ぎを作って国の将来を安定させることが求められる。そして我が魔法王国ソーサルーラはその世継ぎが強い魔力を持っていることが求められ、結果として王妃は強力な魔力を持っていることが最大の条件となる。その点ローレシアには比類ない巨大な魔力があり、我が国の王妃になるのに全く問題がない」
「世継ぎの話ですか。それならわたくし以外にもこの勇者部隊には魔力の強い令嬢がたくさんいると存じますが。例えばレスフィーア様とかマリアたちメイド軍団とか・・・」
「魔力の強さだけなら彼女たちにも資格があると思うが、キミは我が国の大聖女であり他国への流出は何が何でも阻止しなければならない。それにソーサルーラとアスター王国は隣国同士。俺たちほど利害関係の一致した王族同士の結婚はそうあるものではない」
「・・・・確かにランドルフ王子のおっしゃる通り、アスター王国の未来を考えた場合、東方諸国の盟主、魔法王国ソーサルーラとの関係強化は絶対条件。こんなにいいお話は滅多にございませんね」
「ならば!」
「はい、ランドルフ王子のご提案は理解しました。ですが先ほど申し上げましたようにわたくし自身の覚悟がまだ固まっておりませんので、今すぐの回答はできません」
「・・・わかった。だが俺との結婚が悪くないことはわかってくれたようだから、今はそれでいいさ」
そう言って、ランドルフ王子はみんなの所に戻って行った。そして次にやってきたのはアルフレッドだ。
「ナツ・・・ランドルフ王子から事情は聞いたと思うが、僕も改めて君にプロポーズをするよ」
「アルフレッド・・・」
「ナツ、僕は君が好きだ・・・愛してるよ」
「でも・・・わたくし殿方なのですが」
「そんなの構わないよ。君が男でも女でも・・・」
「ごめんなさい・・・わたくしアルフレッドのことは親友で戦友だと思っておりました。殿方同士の友情は感じておりましたがそこに恋愛感情はございません。なぜかたまに胸がドキドキいたしますけれど・・・」
「恋愛感情はないか・・・最初は僕もそうだったし、ローレシアの身体に同居する君に嫉妬していた時期もあった。だが、ナツと一緒にいるうちにすぐに友情を感じ始めて、それが徐々に愛情へと変化していった。こんな僕じゃ、君は愛せないか」
「・・・ごめんなさいアルフレッド。わたくしが愛しているのはローレシアとアンリエットの二人だけなのです。わたくしアルフレッドのことは、あくまで同性の親友としか思えなくて」
「親友か・・・そう言ってもらえてとても嬉しいよ。だがナツは僕たち3人のうち、誰かと一人と結婚するのだろう。だったらこの僕を選んで欲しい!」
「ええ、この3人の中の1人と結婚することになると思います。ただしそこには恋愛感情などなくアスター王国の後継者を得るための、ただ王族の義務を果たすだけの結婚です」
「それでもかまわない! 君と一緒にいられるのなら僕はその王族の義務に殉じよう!」
「アルフレッド・・・本当はわたくし、親友のあなたにだけは幸せな結婚をしてほしかった。せっかく王族ではなくなったのに、あなたにこんな義務的な結婚に付き合わせたくなんか・・・」
「いや、いいんだナツ・・・君が僕のことをどう思おうと僕は愛するナツと一緒に居られるんだから、僕にとってはこれが幸せな結婚なんだ。僕の気持ちは伝えたから・・・覚悟が決まったらこの僕を選んでくれ」
そういうと、アルフレッドはみんなの元へと戻って行った。
そして最後にやってきたのはクロム皇帝だ。
「聞いての通りだローレシア。余はあの二人に最後のチャンスをやった。だがそなたが結婚するのはあくまでも余とだ」
「クロム皇帝、少しやり方が強引なのでは!」
俺はクロム皇帝のやり方に苛立ちを感じたが、皇帝はそんな俺の気持ちに構わず、
「そなたに強引と感じさせたは済まなかったが、ブロマイン帝国の皇后にふさわしいのはローレシア、そなたしかおらんのだ」
「そんなことはないでしょう。帝国には数多くの貴族家があり、わたくしなんかよりも皇后にふさわしい、しっかりとした教育を受けた令嬢がいるはず」
「ローレシアの言うとおりかもしれない。だかそれが主戦派貴族の令嬢であったらどうする?」
「それは・・・」
帝都ノイエグラーデスに初めて訪れた日の夜、ローレシアを歓迎する晩餐会に出ていた帝国貴族の顔ぶれを俺は思い出した。
あそこにいたのは帝国貴族のごく一部であり、今から思えば彼らこそクロム皇帝の忠臣かリアーネと信条を同じくする融和派貴族だったのだろう。そしてあの場にいなかった大多数の貴族たちが主戦派かもしくは東方諸国のことを格下に見ている者たちだ。
そんな貴族家の令嬢が帝国の皇后として実権を握るということは、今の帝国の体制を抜本的に変革させることも、東方諸国と帝国との対立関係を緩和することも、そしてアージェント王国を魔族と謀り戦争を継続させる主戦派の動きを止めることもできない。
「よいかローレシアよ。ブロマイン帝国皇帝の権限は絶大ゆえ、間違った人間がそれを握ると世界に混乱と破壊を招く。今迫り来るこの危機的状況がまさしく、それを雄弁に物語っているであろう」
「はい・・・」
「主戦派を敵とする余にふさわしい后は、この状況を理解してそれを打破しようとする強い意志、そして余と運命を一つにして帝国の未来のために主戦派貴族と戦い抜ける圧倒的強者。そんな令嬢が、果たしていまの帝国貴族の中に存在すると思うのか?」
「・・・いいえ」
「ではもしそんな令嬢が今、余の目の前にいるのだとすれば、そなたならどうすればいいと思う」
「それは・・・」
「そういうことだよローレシア。余と共にブロマイン帝国を、そしてこの世界を変えよう。有史以来戦い続けてきたアージェント王国との戦争を終結させ、そして東方諸国とも手を取り合って、この大陸全土に真の世界平和を余と二人で実現させようではないか」
言葉もでなかった。
俺はローレシアの結婚をアスター王国の後継者問題とだけ捉えていた。だがここにいるクロム皇帝は全く違っていた。その目は遥か未来を見つめ、世界規模の恒久平和を追い求めていたのだ。
男としてのスケールが違った。
「余の言いたかったのはそれだけだ。まだ結婚の覚悟の決まっていないそなたを急かすようなまねをして、本当に申し訳なかったが、今回の件はランドルフ王子やアルフレッド・・・余の大切な仲間のことも考え、どうしても必要な通過儀礼だったのだ。いい返事を待っているぞ、ローレシア」
最後にそれだけ言うと、クロム皇帝もみんなの所に戻って行った。
突然の3人からのプロポーズが終わって、ヤシの木にもたれ掛かったまま呆然としていると、なぜかネオンがこちらに歩いてきた。
そしてネオンもヤシの木に手を突いて、俺に顔を近付けてきた。
「まっ、まさか! ネオン様もこのわたくしにプロポーズをするのですか?!」
次回、邪神教団の国
お楽しみに




