第159話 常夏のポアソンビーチ
ディオーネ領に滞在して数日が過ぎた。
その間いろいろな場所を視察したが、今日は新教徒が集まる教会で神父さんや信者から話を聞いた。
俺はシリウス教のことはよくわからないので、ここだけローレシアに身体を代わってもらったが、彼らの話を聞いたローレシアが言うには、東方諸国と王国の教義はほぼ同じらしい。
ただ神の代理人たる貴族に関する考え方が違っていて、東方諸国では貴族と平民との共存共栄がベースになっているのに対し、アージェント王国では貴族と平民は対等で自主独立がベースになっているようだ。
なぜそんな違いがあるのか神父さんに聞くが、彼は王国の教義しか知らないため理由はよくわからないらしい。すると黙って後ろに控えていたネオンが、
「新教はブロマイン帝国の旧都アルトグラーデスが発祥で、そこから大陸全土に広まっていく過程で、東方諸国の新教が一番旧教に近く、王国が最も過激になっていったのよ」
「王国が最も過激? 帝国ではなく?」
「そう。どの新教もベースは帝国のものなんだけど、王国の教義はシリウス教会に操作されていて、王国を混乱に陥れるように貴族と平民の対立を先鋭化させるような教義を書き加えたのよ」
「そういうことですか。では東方諸国の新教がその反対で旧教に近い理由は?」
「新教は儀礼的な部分が旧教に比べてすごく簡略化されたけど基本的な考え方は同じなの。その上で東方諸国の場合はアージェント王国との戦争とは無関係なのと、一つ一つの国が小さくて貴族と平民が対立なんかしていたら他国に攻め滅ぼされてしまうため、実害があったからだと思うわ」
「なるほど・・・」
「ちなみに帝国の教義はその中間なんだけど、ここにだけ魔族と聖戦のことが記載されてる。ずっと理由が謎だったけど、今回の件でやっとからくりが見えてきた。やはり倒すべきはシリウス教会ね」
「そ、そうですか・・・」
その後もネオンによる講義が続いたが、旧教と各地の新教の違いなどあらゆる教義に精通していて、神父さんもローレシアも、回りのみんなも絶句していた。
メルクリウス一族はシリウス教を全く信仰していないはずなのに、なんでコイツはこんなに詳しいんだ。
その後、この領都を治める自治体を視察した。
この巨大な領都は、東西南北4つの自治体に分かれていて、領民による普通選挙で選ばれた議員の中から議長が選出されて街の運営を行っている。
一方、ここの領主であるメルクリウス伯爵はと言うと、徴税権と予算の配分、議会の決定に関する拒否権は持っているものの、街の運営にはノータッチ。君臨すれど統治せず、立憲君主制に近い民主主義体制を敷いていた。
「な、な、な、なんですかこの領地は!」
俺はショックのあまりに叫んでしまうと、アンリエットが、
「どうかしましたか、ローレシアお嬢様。これがそんなに驚くようなことなのでしょうか」
「だってこの中世ヨーロッパ風の封建的な世界観の国で民主主義ですよ! あ、ありえません・・・」
「民主主義とは何でしょうか。私には街を代官に任せて、領主は遊んでいるようにしか見えませんが」
「全然違いますっ! 代官は貴族で領主が指名しますが、議長は領民の中から選挙で選ばれた議員が選び、領民自身が街の運営を行うのです!」
「すると代官は平民なのですか。普通は分家か重臣に任せますので、たしかに驚くべきことですね」
「だから代官ではございません! 領民から選ばれた議員とその中から多数決で選ばれた自治体の長が、この領都の運営をしているのですよ!」
俺は一生懸命説明したが、結局アンリエットは理解してくれなかった。ていうかここにいる誰も事の重大さをわかっていない。
「ネオン様・・・アージェント王国のことがよくわからなくなってきました。この街を見てると、東方諸国よりも数百年遅れているように見えるのですが、ところどころ日本が混じっていてそれがすごくなじんでいます。王国はどこもこんな感じなのでしょうか」
「そんなわけないでしょ! このディオーネ領だけは特別で、他はどこも古臭い封建社会。騎士道がまかり通る世の中なんだから。まあ、ここ以外だとプロメテウス領も少し変ね。あそこには商品先物市場があるから。デリバティブ取引よ」
「で、で、デリバティブっ! クロム皇帝、もう絶対にメルクリウス騎士団と戦ってはいけません。こんな人たちなんか相手にしない方がいいです!」
「ローレシア・・・さっきから興奮しすぎだ。それに余はもうこことは戦争をやらん。余の敵は主戦派どもだからな」
そう、クロム皇帝は視察に同行できるほどにまで回復したのだ。まだ完全回復とまではいかないが、もう少しここでリハビリを続けていれば、自分の身を守れる程度にはなるだろう。
損傷を受けた内臓もすでに魔法での修復措置は不要になり、あとは自然治癒に任せる段階になった。
「ネオン様、クロム皇帝も大分よくなりましたので、いつまでもわたくしの部屋で看病するのも外聞が良くありません。彼にもご自分のお部屋を用意していただけませんか」
「それなんだけど、そろそろ帝国に向かってもいいと思うの。視察も十分したし、この城を出ましょうか」
「一日でも早く帝国に帰るのは賛成ですが、これからの戦いのことを考えると皇帝がもう少し身体を動かせるようになってからの方がいいと存じます。でないとわたくし心配で・・・」
「実は帝国に戻る途中に、リハビリにとてもいい場所があるのよ。そこに行ってみない?」
「そんな場所があるのですか?」
「ここからずっと東にある、王国の東南端の商業都市ポアソン領。帝国とは目と鼻の先なんだけど、海流の関係でそこだけ常夏の気候でプライベートビーチもあるから、水泳を取り入れたリハビリができるよ」
「え? プライベートビーチがあるのですか! 是非行きましょう!」
「じゃあ決まりね。明日の朝出発しましょう」
翌朝荷物をまとめた俺たちは、ディオーネ城の転移室からポアソン城に転移した。ここの領主のマール・ポアソンは、まさにブロマイン帝国との戦争に出陣していて不在のため、領主代行をしている姉のソニア・ポアソンが出迎えてくれた。
領主の姉という割りにはとても若く、20歳になるかならないかにしか見えない。
「あのー、ネオン様。領主のお姉様がとてもお若いのですがどういうことでしょうか」
「ここの領主はローレシアと同じ年の女の子よ。あなたが女王をやってるぐらいだから、別におかしくはないでしょ」
「納得いたしました」
それからソニアの案内で、転移陣を使ってもう一度ジャンプすると、転移先のポアソン邸の窓から見える景色に衝撃を受けた。
白い砂浜と打ち寄せる波、燦々と照りつける太陽、そう、南国のビーチがそこに広がっていたのだ。
「すごい・・・こんな素敵なビーチがこの世界に存在したのですね!」
「ここはアージェント王国中立派貴族、シャルタガール侯爵やその重臣たちの紹介でしか利用のできない、VIP御用達のリゾート地だったのよ。来賓用の水着やボート、ビーチパラソルなどいろいろ揃っているから、ここで皇帝のリハビリをしましょう」
「アージェント王国・・・本当に恐ろしい所。こんな国と戦争するなんて主戦派は本当に愚か者の集団ね」
領主の両親に迎えられて、俺たちはそれぞれ客室を与えられた。28人という大人数なのでさすがに個室という訳にはいかず俺はアンリエットとレスフィーアの3人で過ごすことになった。つまりクロム皇帝とはついに同じ部屋ではなくなったのだ。
その開放感から、ベッドにジャンピングアタックをかけた俺は、その上をゴロゴロと転げまわる。
「ああー、ついに自由ですっ! クロム皇帝のリハビリはしばらくネオン様にお任せして、わたくしたちはリゾートを満喫いたしましょう!」
青い空、白い雲、常夏の太陽と色鮮やかなサンゴ礁の海! 俺は居てもたってもいられずベッドから立ち上がった。
「さあ、みなさま。早速ビーチに行きましょう!」
貸出し用の水着を選びに行くと、既に他のみんなも集まっていて水着の物色を始めていた。そこには本当に様々なデザインの色とりどりの水着が、サイズごとに取り揃えられていた。
「すごい・・・。こんなに水着の種類があるなんて、本当にここは異世界なの?」
アージェント王国に来て以来、ずっと驚きっぱなしの俺だったが、この水着のラインナップにはさすがに参った。俺は楽しそうに水着を物色しているネオンを見つけて尋ねてみる。
「ネオン様、これも転生者が作り出した水着なのですか? 日本以上にバラエティーに富んだ水着が豊富に取り揃えられているのですが」
「私も初めてこれを見た時はすごく驚いたんだけど、私たち転生者はこれには全く関与してないのよ」
「するとアージェント王国は、なぜか水着文化だけが高度に発達した水着先進国だったのですね」
「そんなわけないでしょ! 実は最近わかったことなんだけど、この世界にはただ一人だけ、転生者でもないくせに日本に居住しながら毎日この世界に通い続けている人がいるのよ。その人が最新の水着のデザインをこの世界に持ち込んでは職人に作らせて、ポアソン領に売りつけて小遣いを稼いでいたの。ほんと信じられないわよね」
「えーっ! そんな人までいるのですか! なんでもありですね、ここは」
「しかもその人、在日米軍の少佐で大学の教授までしてたくせに。私が気がついて彼を問い詰めるまでずっととぼけてて、本当にセコいわよね。まあ彼にはメルクリウス騎士団の顧問として、米軍仕込みの軍事教練を担当してもらってるけど」
「メルクリウス騎士団に米軍関係者が指導を・・・」
俺はもう、メルクリウス騎士団のことを真面目に考えるのをやめた。勝てるわけねえだろ!
さて気を取り直して水着選びだ。
いつものドレス選びのように、ローレシアの好きなものを選んでもらうのだが、ローレシアの体形だと、ビキニタイプはちょっと厳しい。
決してないわけではないのだが、とても慎ましやかな胸を隠すため、胸元にフリルのついたワンピースタイプの水着を強く推奨した。
そしてローレシアが選んだのは、彼女の大好きな純白の水着だった。
・・・この水着、本当に大丈夫なのだろうか。
俺にはよくわからないが、そこはかとなくマニアックな香りのするその水着。少し嫌な予感がしたので、
(ローレシア・・・俺はさすがにこれを着て人前に出るのは恥ずかしい。頼むから代わってくれ)
(・・・女の子同士で遊ぶのなら別にいいのだけど、どうせすぐにクロム皇帝とかアルフレッドとかランドルフ王子が近づいて来るでしょ。その時にわたくしが彼らの相手をしてナツは平気なのですか)
(この水着を着たローレシアがあいつら3人と・・・それは絶対にダメだっ! ローレシアは俺の妻なんだから、他の男には指一本たりとも触れさせん!)
(ありがとうナツ、愛しているわ。わたくしも、ナツ以外の殿方には絶対に触れられたくない。だからナツにビーチに出てもらうしかないのですが、本当にごめんなさい)
(俺の大切なローレシアのためだ。ここは恥を忍んでこの俺がローレシアの選んだ水着を着て、ビーチに出てやろうじゃないか!)
俺はアンリエットとレスフィーアの3人で砂浜の一角に陣取った。大きなビーチパラソルの下、チェアに寝そべりながら波打ち際をボンヤリと眺める。
そこではクロム皇帝がネオンの指導でリハビリを開始していた。黒いビキニを着たプロポーション抜群のネオンが、腰まで水につかった皇帝の手を引いて、海の中で歩行訓練をしている。
その近くではアラン勇者部隊の人たちやマーカス&レイス子爵らオッサンチームが、ポアソン邸の侍女や執事たちから水泳の指導を受けている。
ディオーネ領にいる時もそうだったが、彼らは視察には同行せずひたすら訓練に明け暮れていた。みんな主戦派との決戦にやる気十分だ。
俺は隣に座っているアンリエットに目線を移した。アンリエットは真っ赤なビキニを着ていて、ネオンに負けずとも劣らない抜群のプロポーションを惜しげもなくさらしている。
長い髪を後ろに束ねたいつものポニーテール。その完璧な美しさに、俺は見ているだけでドキドキする。さすがは俺の嫁だ。
「アンリエット、わたくしたちも海で泳ぎましょう。みんなには負けていられません!」
「ローレシアお嬢様。私は海というものが初めてで、水泳の教練を受けたことがないため泳げません」
そんなアンリエットの隣にはレスフィーアが座っている。彼女は俺とお揃いのデザインの水着だが、色違いのパステルピンクで妹って感じがしてすごくかわいらしい。ただし胸はローレシアよりも大きいが。
そんなレスフィーアが、
「まあ、ローレシア様は泳げるのですか! ぜひわたくしにも泳ぎ方を教えてくださいませ」
「もちろんですわ、レスフィーア様。では3人で向こうの浜辺に行きましょう。ここは殿方が多いので邪魔になるといけませんので」
アンリエットを男どもの視線から遠ざけるため、俺はポアソン邸の前の砂浜ではなく、どこか遠くの方に場所を移すことにした。
浜辺を歩いていると、マリアたちメイド軍団がジャネットと一緒に鍛錬をしていた。20代前半から中盤の大人の女性の水着姿に思わず見惚れてしまうと、
(もうっ、ナツったら! マリアたちにまで変な視線を送らないでよ)
(す、すまんローレシア。みんなの水着姿が珍しくてつい・・・)
(水着と言うよりさっきからみんなの胸ばかり見てるでしょっ! どうせわたくしは胸が小さいですから)
(そ、そんなことないよ!)
(いいえ! ナツは普段から令嬢の胸の大きさばかり気にしていますし、本当にエッチなんですからっ!)
(それは男だからしょうがないというか、生理現象というか・・・)
(生理現象・・・でしたら、アンリエットの胸だけを見ていなさい。それなら許します)
(それはそれで、周りから怪しまれるからっ!)
次回も水着回です




