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第157話 打倒主戦派への道のり

 そして話し合いは今後の作戦へと移る。


「わたくしは、クロム皇帝の回復を待ってすぐにでも帝都ノイエグラーデスに帰還すべきだと存じます。主戦派の力をそぐため、直ちに帝国元老院を解散し、商業ギルドと職人ギルドも解体。シリウス教会の主戦派も処分しなければなりません」


 それにクロム皇帝もうなずくが、


「そうだな。余を暗殺しようとした勇者どもは主戦派貴族と結託するであろうし、この状況を大人しく見ているとは思えん。今ごろは余が死んだと思い込んで、固有の騎士団や帝国軍の部隊を展開させて帝都に攻め込む算段をしているだろう。リアーネを廃位させ新たな皇帝を立てるためにな」


「リアーネ様を廃位。そんな候補がいるのですか?」


「主要な皇族は余が既に処刑したが、ブロマイン帝国皇家の血が途絶えたわけではない。帝国の名門貴族家には先々代の皇帝の血を受け継いだ者が何人もいるから候補には困らんだろう。例えばヴィッケンドルフ公爵の甥とか。あとはリアーネがどこまで粘ってくれるかだが」


「代理とはいえ、現在ブロマイン帝国皇帝の地位にいるのはリアーネ様。融和派貴族たちも、リアーネ様を旗印にしている限りは彼女を支えてくれることでしょう。ところで、主戦派の戦力はどの程度を見積もればよろしいのでしょうか」


「帝国軍の上層部には貴族の子弟がたくさんいるが、そのうちどの程度が主戦派貴族に呼応するのかは正直わからん。だが挙兵されてからでは遅いので、余の戦力をなるべく多く確保するため、帝都への帰還は急がねばならぬな」


「ヘルツ中将はクロム皇帝の味方ではないのですか」


「それもわからん。ヤツは主戦派貴族であり、アージェント王国との最前線にいる将官だからあまり期待しない方がいいだろう。それより確実なのは特殊作戦部隊のネルソン大将だ。やつと接触する方が先だな」


 クロム皇帝といえども帝国の全てを支配しているわけではないのか。想像以上に権力基盤が脆い。


「戦力という意味では、アージェント王国を頼るというのはどうでしょうか」


「・・・アージェント王国か」


 クロム皇帝が思案したが、


「却下だ」


「どうしてですか? 戦力はなるべく多い方が」


「自分の国を守るのに、よその国を頼ってどうなる。仮に戦いに勝てたとしても、それは余の実力で得たものではなく与えられた勝利。その後のブロマイン帝国はアージェント王国の傀儡にもなりかねん」


「・・・フェルーム王国の二の舞ですね」


「そうだ。同盟を組むのは、あくまで対等な力を持つもの同士。この戦いはあくまで余の戦力で戦う」


「承知しました。では我々は可能な限り早く戻る努力をしましょう」





 俺がクロム皇帝の決意に感心していると、ネオンが話し始める。


「クロム皇帝の言うとおり、力のない皇帝と同盟を結んでもアージェント王国には利がないから、いいように利用されて終わりでしょうね。もしクロム皇帝がすぐにでもアウレウス公爵たちを頼ろうとしたら、今ここでこの私が見限っていたわ」


「ネオン様?」


「改めて自己紹介するわね。もうみんな気付いてると思うけど、私はブロマイン帝国の商家の娘ではなく、アージェント王国の貴族、ネオン・メルクリウス。 メルクリウス騎士団を保有する伯爵家の令嬢よ。そしてローレシアと同じクラスのアゾートや水属性クラスのセレーネもみんな私と同じメルクリウス一族なの」


「やはりそうだったのですね」


 するとクロム皇帝が、


「そうか・・・余と戦っていたあの魔族・・・いやアージェント王国の貴族だったな。あいつがネルソン大将の言っていたアゾート・メルクリウスか。底の知れない奴だったが、あのまま戦っていたら余はおそらくあの者に倒されていたかもしれないな」


 やはり皇帝と戦っていたのはアゾートだったのか。ネオンと全く同じ魔力を感じたのでおかしいとは思っていたが、彼もこの戦場に来ていたのか。そして皇帝も彼のことを知っているようだ。


「アゾート・メルクリウス・・・そう言えばアウレウス伯爵が婿殿と言っていたのは彼のことなのね」


「ローレシアはアウレウス伯爵と話をしたんだっけ。ちなみにアゾートは形式的には既に一人本妻がいて、アウレウス伯爵の娘でフリュオリーネって言うのよ。彼女も魔法アカデミーの風属性クラスの3年生にいるんだけど、なぜか今回の戦いには姿を見せなかったわね。どうしたのかな・・・」


「え~っ! あなたたち3人以外にも、まだあの魔法アカデミーに仲間がいたのですか?」


「すごく目立つ子で、たぶん見たことがあると思う。大きな扇子を広げながら修道女を取り巻きに従えて、廊下を偉そうに歩いている、女王様みたいな生徒がいたでしょ」


「あ~あ、そのお方なら存じ上げております。風属性クラスの教室であのカミール・メロアを屈服させて、無理やり床に跪かせていた女王様ですよね」


「ええ、その子よ。そして、その取り巻きをしている修道女があなたの妹のフィリア」


「えーっ?! フィリアって、魔法アカデミーにいたのですか! しかも同じ3年生って・・・まさか」


「驚いたでしょ。気が付かなかった?」


「全然・・・」


 ローレシア暗殺の指名手配犯が、まさか同じ学園に通っていたなんて、灯台下暗しとはこのことだ。


 フィリアの性格が図太過ぎる件について・・・。


 だがイワンとアナスタシアは衝撃を受けたようで、




「フィリアが生きているって言うのは、本当なの? 魔法アカデミーの生徒ということは今はソーサルーラで暮らしているのよね?」


 アナスタシアはやはり、自分の娘のことが心配なようだった。だがアイツだけはヤバい。あのサイコパスぶりはキュベリー公爵家のマーガレット以上だから、俺たちの近くには絶対に置けない。


「お母様、フィリアはアージェント王国の軍勢に加わってあの戦場でわたくしと戦ったのです。膨大な魔力とアスター家のものよりも強力なカタストロフィー・フォトンを携えて。危うくアンリエットたち3人が、まとめて殺されてしまうところでした」


「魔法を教えても全然使えるようにならなかったあのフィリアが?・・・何かの間違いでは」


「いいえ、あの子は本物の魔族のような不気味な形相で、今だにわたくしを殺す気満々でした。ですので、あの子のことはもう忘れてください。それにあの子、アージェント王国で一生暮らすと言っていたので、この際アスター王国から永久追放して、愛するご主人様だと言っていたアゾート・メルクリウスに差し上げることに致します。これは決定事項です」


「げっ! あんな子、うちにいらないのに・・・」


 ネオンが心底嫌な顔をしたが、俺だってフィリアなんかいらない。


 絶対にメルクリウス家に引き取ってもらおう。




「フィリアのことよりも、クロム皇帝の回復にはあとどれぐらいの日数がかかりますか?」


「そうね、あと2週間程度はかかると思うけど、どうせならここに潜伏するより、私たちメルクリウス家の領地に来てみない」


「メルクリウス家の領地・・・」


「そうよ。ここだと私のお小遣いで物資を調達しなくちゃいけないし、みんなも毎日街に買い物に行ったり食事を作るの大変でしょ」


「ネオン様のお小遣い! それは大変失礼しました。でもかなりの資金が必要だと存じますが、そんな大金を持ち歩いているのですか?」


「そんなわけないでしょ。みんなは気がついてないと思うけど、このアジトの周辺には私の直属部隊が潜んでいて、ここを守っているのよ」


「まさか!」


「赤い瞳の親衛隊・ガルドルージュ。諜報活動を専門とする最精鋭部隊よ。私はメルクリウス騎士団の中に直接動かせる戦力は持ってないけど、この諜報部隊は私のだからローレシアに味方してあげるわ。それとうちの領地に来て欲しい理由はもう一つあって、シリウス教会と戦う前にみんなに知っておいてほしいことがあるの」


「知っておいてほしいこと?」


「シリウス教についてよ。シリウス教にはいくつかの教義があって、あなたたちが邪神教団と呼んでいるものは旧教、東方諸国で布教されているのが新教。同じ新教でもアージェント王国のものと、ブロマイン帝国のもの、東方諸国のものは少しずつ違うのよ」



(なあローレシア、シリウス教ってそんなにたくさんあったんだ)


(わたくしも初めて知りました。わたくしの知っているシリウス教は、東方諸国の新教だったのですね)



「でもその違いを理解することが、シリウス教会と戦うこととどう関係するのですか」


「シリウス教会と戦うのはいいんだけど、その教義まで否定してほしくないの。悪いのはあくまでもシリウス教会という組織とそこにはびこる主戦派。シリウス教を信じている帝国臣民は別に悪くはないのだから」


「言われてみれば、その通りですね」


「それとアージェント王国の実態も知ってほしいの。今、王国全土では新教徒たちが暴動を起こして、王家や貴族の打倒を目指しているの。火をつけて回っているのは帝国軍特殊作戦部隊のボルグ中佐。それで締め付けが強化されたこの王国にあって、メルクリウス伯爵支配エリアにあるディオーネ領には、弾圧を逃れるために新教徒たちがどんどん集まってきているのよ」


「アージェント王国はそんな大変なことになっていたのですか!」


「そうよ。アージェント王国は敬虔な旧教徒の国で、新教は邪教。弾圧の対象だからね」


「わたくしたちの新教が邪教・・・そ、それならメルクリウス伯爵は、王国に逆らって邪神教徒を匿っている背信の徒ということにはならないのでしょうか」


「本当はそうなるんだけど、そもそもメルクリウス一族の人たちは誰一人としてシリウス教を信仰していないから、旧教と新教の区別すらついていないのよ。だから他の貴族からどれだけ警告されても、何を言われているのか全く理解できていないと思う。つまり宗教にはてんで無関心な結果、新教徒の安住の地が王国の中にできあがってしまったのよ。今からそこに行ってみましょう」


「ひーっ! と、とんでもない強心臓ですね、メルクリウス一族は・・・」






 冒険者ギルドの転移陣を使ってたどり着いたのは、巨大な城下町だった。冒険者ギルドのある繁華街から幅の広い街路に出ると、その道は街の中心にあるお城まで真っすぐに伸びていて、街の中心に近づくにつれて高級そうな店舗が軒を連ねている。


 そして街はどこも人でごった返していて、活気に満ち溢れている。みんなその表情は明るくとても弾圧を受けている人たちのものではなかった。


「これほど大きな街は帝都ノイエグラーデス以外では見たことがございません。それに人々がこれほど生き生きと暮らしているなんて、何か秘密があるのでしょうか」


「生き生きか・・・。実はこの街はつい最近までブロマイン帝国に支配されていたんだけど、1年ほど前にメルクリウス家がここを征服し、街の圧政者から人々を解放したのよ」


「この街が、ブロマイン帝国に支配されていたのですか? クロム皇帝、これはどういうことでしょうか。アージェント王国内には既に帝国軍が侵入して橋頭保を確保していたということになりますが」


「余も詳しくは報告を受けていなかったから、おそらくは帝国軍特殊作戦部隊の仕業であろう。あの組織はローレシアも知っての通り帝国軍でありながら、その指揮命令権はシリウス教会にあり、そのトップは枢機卿の一人ネルソン大将。融和派だ」


「特殊作戦部隊・・・。新教徒を煽って王国で暴動を起こしたり、領地を占領しては同じ新教徒に圧政を強いたり、でもそのトップはクーデターをたくらむ融和派の一員で、シリウス教会の枢機卿。一体何がしたいのか全く意味がわかりません」


「ローレシア、特殊作戦部隊は諜報機関であり、情報収集と共に、敵国に潜入して破壊工作を行って混乱させるのが仕事だ。これらは全てシリウス教会の指示に従ってやったのだろうが、ネルソン大将が教会に反旗を翻すのであれば、暴動はすぐに治まるであろう」


「そういうものでしょうか・・・。つまり現状をまとめると、ネルソン大将からこの領地を奪い取ったメルクリウス伯爵はアウレウス公爵兄弟とともに帝国との講和を模索しており、王国で新教徒に暴動を起こさせているそのネルソン大将は融和派でやはり王国との講和を求めている。昨日の敵は今日の友と言いますが、そう上手くいくでしょうか」


 まるで狐と狸の化かし合い。俺が呆れているとネオンは事も無げに、


「アゾートは戦争も外交手段の一形態みたいに考えていて、そこに正義や悪は存在しないの。もちろん戦争は命の奪い合いなので全く割に合わない手法だとわかってて、それしか方法がない場合にのみ選択するのよ。だから今回の場合、アゾートは躊躇なくネルソン大将との同盟の道を選択するでしょうね」





 現状を分析する限り、アージェント王国は融和派と早晩結託するだろうし、主戦派は融和派を排除するためやはり帝都で兵を上げるだろう。


 出遅れた俺たちは、ここからどう立ち回るか。

次回、ナツの秘密


お楽しみに

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