第156話 覚悟と決意、そして復讐の炎
少し時間を遡り、レオンハルトとバーツが転移陣を使ってダゴン平原の戦場から脱出した頃、前線司令官ヘルツ中将は、帝国軍本体と勇者部隊が魔族の軍勢に分断されてしまったため、それを挽回すべく攻勢をかける準備をしていた。
その時、司令部に備え付けてあった皇帝脱出用の転移陣が作動すると、二人の男がジャンプしてきた。
「お戻りですか、皇帝陛下! いや・・・キミたちは勇者バーツと勇者レオンハルト。なぜ、皇帝用の転移陣を使ってキミたちがジャンプしてきた! 皇帝陛下はどうされたのだ!」
普段は冷静沈着なヘルツ中将だが、この緊急脱出用の転移陣を本来使うべきクロム皇帝ではなく、二人の勇者が使用したことに困惑と苛立ちを隠せなかった。その問いかけにレオンハルトが答える。
「ヘルツ中将にご報告したい。実は重大な裏切り行為があって、勇者部隊は全滅してしまったのだ」
「勇者部隊が全滅だと・・・まさか皇帝は」
レオンハルトの報告にヘルツ中将は血の気が引いていくのを感じた。そして、
「ヘルツ中将、今から言うことをどうか落ち着いて聞いてほしい。勇者ローレシアの正体は実は魔族だったのだ。最初から魔族と通じていたローレシアは、同じ魔族のネオンと共謀して魔族が仕掛けた罠に突撃させ、我々勇者部隊を全滅させてしまったのだ」
「まさかそんなことが! 勇者ローレシアは神使徒であり魔族などということは絶対にありえない」
「だがこれは事実なのだ。帝国軍本体と分断されてしまった我々は、すぐに合流すべく東への撤退を進言した。しかしローレシアが頑なに南への進軍を主張し、彼女・・・つまり魔族に完全に魅入られてしまった皇帝の命令で、我々の南への進軍が決まってしまった」
「そんなバカな・・・勇者ローレシアと皇帝陛下がそんなことをするはずが」
「普通に考えれば帝国軍本体との合流を考えるのがセオリーだが、皇帝はすでに正気を失っており、ローレシアの誘導に従って、待ち構えていた魔族の軍勢に取り囲まれて、我々の部隊はあえなく全滅した。せめて皇帝だけでもお救いしようとこの転移陣を作動させたのはいいが、ローレシアの奴に直前で皇帝を殺害されてしまい、結局我々二人だけがここに飛ばされてしまった・・・くそっローレシアめ!」
レオンハルトは涙をこらえながら、ことの顛末をヘルツ中将に語った。
「それは本当のことなのか・・・勇者バーツ」
バーツはレオンハルトのあまりの演技力に呆気に取られながらも、それに同調するように、
「勇者レオンハルトの言ったことは全て真実だ。さもなければ、こんな短時間で勇者部隊が全滅することなどありえない。それに皇帝陛下まで・・・くっ!」
バーツも涙を流しながら、ヘルツ中将に訴える。
「そんなことが・・・今からでも助けに行くことはできないのか」
「行っても無駄だ・・・。クロム皇帝は既に崩御され、ローレシア勇者部隊は全員が魔族に魅了されてしまった。今帝国軍が向かっても何も得るものがなく無用に兵を損ねるだけ。今は一度戦線を後退させて軍を再編させた方がよいだろう。我々はこれからすぐに元老院に戻って、事の経緯を報告しなければならない。今すぐに転移陣の使用許可を」
「・・・わかった。二人は早く帝都へ戻ってくれ。我々は戦線を整えつつ情報の収集にあたる。キミたち二人を信用しないわけではないのだが、まだ皇帝陛下の生存の可能性や勇者部隊の生き残り救出の可能性は捨てきれないのでな」
「・・・まあ無駄だとは思うが、そこは中将の判断で勝手にやればいいさ。では我々はこれで失礼する」
二人はヘルツ中将から転移陣の使用許可証を受け取ると、エステルタール基地へと馬を走らせて行った。
教会の地下食堂に全員を集めた俺は、皇帝から秘密にしてくれと言われていた情報も含めて自分が知っているもの全てを開示した。
シリウス教会が魔族と呼んでいた者の正体は、帝国の西側に存在する大国、アージェント王国の貴族であり、自分たちとなんら変わらない人間であること。
シリウス教会はそんな魔族に関する情報を独占し、一般の帝国臣民や東方諸国には情報を秘匿し、それ以外には身分や職種によって情報を使い分け、アージェント王国との戦争を継続するために好き放題にコントロールしていること。そんなシリウス教会の教本には、都合のいいウソが色々と隠されていること。
つまり聖戦と呼ばれているこの戦いは、シリウス教会と帝国元老院、帝国貴族たちが私腹を肥やすために行っている戦争であり、そこに正義は何もなく犠牲になるのは何も知らない兵士であること。
そして魔族と呼ばれたアージェント王国の大貴族、アウレウス公爵兄弟から、融和派の皇族であるリアーネがブロマイン帝国皇帝の座につけば、講和条約を結んで停戦する用意があるとの提案があり、それに呼応するように帝都ノイエグラーデスでは融和派によるクーデターの動きがあることをみんなに告げた。
全てを聞き終えたみんなは、ある者は憤り、ある者は呆れかえり、ある者は黙ってうつむいた。だが共通して感じたことは、ブロマイン帝国とシリウス教会に対する怒りの感情だった。
そして全員がクロム皇帝を見る。ブロマイン帝国の頂点に君臨し、帝国臣民や東方諸国を騙してアージェント王国との戦争を主導していた責任者が今この場にいる。
クロム皇帝も場の空気を察したのか、誰かから要求される前に自らその口を開いた。
「皆が今、余に対して持っている感情は理解しているつもりだ。だがあえて余の立場を説明させてもらう」
周りは完全に静まり返り、全員の鋭い視線がクロム皇帝ただ一人に注がれる。
「ブロマイン帝国の皇帝の地位を得ようとする者は、兄弟姉妹との血塗られた権力闘争に打ち勝たなければならない。先帝亡き後、余もそうやって今の地位を得た。決して正当化されるものではないのかもしれないが、何もしなければ兄弟姉妹に殺される、弱肉強食の世界なのだ。そして自らが生き残るためには味方となる大貴族と縁を結び、このパワーゲームを生き残る。そこには互いの利害をカードにした清濁併せ飲む様な駆け引きしか存在しない」
「よくある権力闘争だと存じますが、超大国ブロマイン帝国なら特に激しいのかもしれませんね」
「我が帝国は建国以来、強い皇帝を生み出すために単なる世襲ではなくこのようなシステムを取ってきたのだ。そして余は帝国屈指の大貴族、ヴィッケンドルフ公爵の後ろ盾でこの政争を勝ち抜いた。その時に互いに差し出しあったカードは数知れず、魔族との・・・いやアージェント王国との戦争も、それらカードの一枚に過ぎなかった。今は言い訳にしか聞こえないかもしれないが、この戦争は余が帝位につくための数ある妥協の産物の一つであり、余の意思で行われたものではなかった」
クロム皇帝の独白に、一同は息を飲んで聞き入る。
「ではクロム皇帝にお尋ねします。今はこの聖戦をどのようにしたいと思っておられますか。シリウス教会や帝国元老院、後ろ盾でいらしゃるヴィッケンドルフ公爵をどのように思っておられるのでしょうか」
俺は皇帝に核心をつく質問をする。
その回答如何では、ここからの行動方針が大きく変わってくる。ここでクロム皇帝の覚悟を問うのだ。
「ローレシア・・・そなたは、我が帝国とアージェント王国とで講和条約を結ぶべきだと考えており、アージェント王国がリアーネを皇帝にすることを望んでいるということは、言い換えれば余が邪魔だからその首を差し出せと言われたのだろう。・・・ローレシア、そなたが望むならこの命、そなたにくれてやろう」
クロム皇帝が真っ直ぐに俺を見つめる。その瞳には一点の曇りもなく完全に覚悟を決めた漢の目だった。
俺も男なら、ここで覚悟を決めよう。
「・・・いいえ。わたくしはクロム皇帝の首を差し出すことなど考えておりません。でもアージェント王国との講和は望んでいますしシリウス教会と帝国元老院は決して許すことができません。もちろんバーツとレオンハルトの二人の裏切者についても同様です。もしクロム皇帝にそのつもりがおありなら、リアーネ様ではなく自らが融和派の皇帝として、王国との講和を成し遂げればいいと考えておりますが、いかがですか」
「余が融和派の皇帝として・・・王国と講和を結ぶ」
「はい。それで帝国貴族が皇帝に反旗を翻すのなら、東方諸国は一致団結して帝国元老院と対決し、クロム皇帝、あなたの後ろ楯として全面的に支持するでしょう。いかがでしょうか、東方諸国の盟主・魔法王国ソーサルーラのランドルフ王子?」
俺はランドルフ王子に話を差し向ける。
「魔法王国ソーサルーラの大聖女であるローレシアの提案に賛成する。我が国は強大な魔法戦力と武装中立の立場を背景に、東方諸国における仲介役を果たしてきた。その政治力を利用して東方諸国を一丸としてまとめ、憎むべきブロマイン帝国元老院に一致団結して立ち向かうことを約束しよう」
そしてマリアたちメイド軍団も立ち上がって、
「わたくしたちを追い出したことに引け目を感じている我が祖国の王族たちならば、この話に確実に乗ってきます。私たちメイド軍団も、クロム皇帝が融和派に転じるのならば、全面的に支持いたしましょう」
そして俺も、
「では東方諸国に先駆けて、弱小ながら我がアスター王国は、クロム皇帝を全面的に支持することをここに宣言致します。異存はございませんよね、騎士団長アンリエットと筆頭公爵家次期当主のアルフレッド様、レスフィーア様」
「「「もちろんでございます。全てはローレシア女王陛下の御心のままに」」」
そしてみんなが次々に支持を表明していくと、
「・・・わかった。それでは余は改めて皆に誓おう。今日この瞬間より余はここにいる皆と心を一つにし、必ずやこの戦争を終わらせる。主戦派なる帝国貴族やシリウス教会の寄生虫どもを我が帝国から一掃するため、皆も余に力を貸して欲しい」
そして皇帝が深々と頭を下げると、みんなから一斉に歓声が沸き起こった。
この瞬間、ブロマイン帝国とアージェント王国の戦争に東方諸国まで参戦した世界大戦の幕が上がった。
次回、転生の秘密
お楽しみに




