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第155話 外科手術

 勇者アランによって、クロム皇帝の緊急脱出用魔術具でどこかへ転移させられた俺たち。


 辺りを見渡すと、うっすらと明るくなり始めた夜明け前の空に照らされた景色は、先ほどのダゴン平原の荒涼としたものとは少し異なる、緑に覆われたものだった。朝の草の匂いが鼻をくすぐる。


 今ここにいるのは、ローレシア勇者部隊の全員とアラン勇者部隊の生き残り8名。その中に勇者アランの姿はなかった。


「なぜ勇者アランはここにいないの!」


 俺が問いただすと、アラン勇者部隊の一人が言いにくそうな表情で、


「この魔術具は、使用者の全ての魔力を使い果たしてでも対象を転移させるものです。ここには28名もいるので、勇者アランはおそらく・・・」


「・・・命が尽きたのね」


「はい・・・。バーツとレオンハルトも同様に、勇者ヤーコブの命を犠牲にして転移しましたので、間違いありません」


「・・・勇者アラン」


 勇者アランはクロム皇帝を守るために、自らの命を使ってまで俺に託したのだ。彼はその最後の瞬間まで勇者であり続け、それと対照的にバーツとレオンハルトは仲間の命を犠牲にして戦場から逃げてしまった。


「許せない・・・。あの二人には必ず相応の報いを受けさせますが、まずはクロム皇帝の治療が優先です。ところでわたくしたちはどこへ転移したのでしょう」


 俺はみんなの顔を見渡すが、誰も答えを持っていなかった。だがネオンが、


「たぶんだけど、この風景はダゴン平原の西側・・・つまりアージェント王国側に飛ばされたんだと思う。28名の大人数だから、さっきの場所からそれほど遠くには来てないと思う。領都エーデルの近くね」


「アージェント王国・・・それでネオン様、クロム皇帝の治療できる場所はご存じないでしょうか」


「そうね・・・潜伏するのにちょうどいい場所があるわ。今から領都エーデルに向かいましょう」





 軍馬や食料などの物資は全て戦場に置いてきたため、手持ちの装備だけを持って俺たちは領都エーデルに向けて移動する。瀕死の皇帝は数人で代わる代わる担いで、俺を含めたアスター家全員で治癒魔法をかけ続けた。


 そうして半日かけて移動した午後、領都エーデルの冒険者ギルドに飛び込むと、ネオンがてきぱきと手続きを終えて俺たちをギルドの転移陣の上に立たせた。


「アージェント王国の冒険者ギルドでは、自分たちの魔力を利用して転移陣を使用することが可能なのよ。みんな魔力には余裕があると思うから、この転移陣に魔力を込めて」


「承知いたしました、ネオン様。それでどちらへ向かうのですか」


「旧領都バートリー。そこには私にしか入れない秘密のアジトがあるの。しばらくそこに潜伏して、皇帝の治療をしましょう」





 転移した先はとても寂れた街だった。


 ほぼ廃墟と言ってもいいその街の住民はまばらで、街の真ん中には朽ち果てた教会が立っていた。ネオンはみんなをその教会の地下へと案内する。


 地下はかなり広く、たくさんの人を収容できるシェルターのようになっていて、その一番奥には隠し扉があり、ネオンが不思議な鍵をかざすとその扉が開いてさらに地下へと進めるようになった。


 そこを降りていくと、突き当たりが遺跡のような小さな石室になっていて、その奥には奇妙な祭壇と赤いオーブが怪しく輝いていた。


 ネオンがまゆのような形のベッドを引っ張り出してくると、クロム皇帝をそこに寝かせた。


「ネオン様、ここはなんなのですか?」


「ここは私のご先祖様から託された秘密のアジトよ。さっき通った地下室にはたくさんのベッドがあるし、掃除をすればここにいる全員、しばらく暮らすことができると思うわ」


「ネオン様、ご厚意に感謝致します。ところでこれはネオン様に尋ねることではないのかもしれませんが、クロム皇帝にいくらキュアをかけても、衰弱する一方で回復する様子が全く見えません。せっかく勇者アランが命をとしてまで皇帝を逃がしてくれたのに、このままでは彼の遺志を果たすことができません」


 クロム皇帝はあれから一度も意識を取り戻さずに、強力なキュアで何とか命をつないでいる状態なのだ。藁をも掴む思いでネオンに尋ねてしまったが、


「ローレシア、キュアという魔法は細胞レベルの修復は行えるんだけど、それは筋肉や内臓が一定の形状を保っていて機能を果たせる状態がなっていればこそ、治療効果が出るのよ。でもね今回の場合はおそらく、消化器系が断裂していたり神経系が損傷を受けたりしていて、キュアのような単純な治癒魔法では治療効果はでないのよ。当たり前のことだけど」


 まさかの回答を得られた・・・ネオンって何者?


「・・・それではどうすれば皇帝の命を助けられるのでしょうか」


「今からすぐに手術をしましょう」


「しゅ、手術ですって! いくら転生者でもそんなことできるわけないでしょ!」


「大丈夫。手術は私がするから安心していいわよ」


「ネオン様が手術って・・・だ、大丈夫なのですか、ここは異世界なんですよ?」


「こう見えても私、前世では外科医だったのよ」


「ネオン様は外科医だったのですか! ・・・わたくしのようなただの高校生とは違いますね」


「そっか、ローレシアはJKだったのか、いいわね。私なんか彼氏いない歴イコール年齢の三十路の喪女だったから今度こそ絶対に結婚するの。でも今はそんなことより皇帝の手術よね。私は今から手術道具を作ってくるから、ローレシアは手術の準備をしていてね」


 そして俺に色々と指示をすると、ネオンは外に出て行ってしまった。しかし今から手術道具を作るって、一体どうやって・・・。






 手術の準備が整った。


 地下遺跡の中に手術台にピッタリのテーブルを運び込み、その上にクロム皇帝を寝かせた。ネオンが作った手術道具はどれもテレビドラマなんかで見たことがあるものばかりで、まるで本物とそっくりだった。


 ネオンに作り方を聞くと、土壁を発生させる土魔法ウォールと、土魔法ゴーレムの2つを組み合わせれば簡単にできるのだという。


 全く訳がわからない。


 そしてファイアーとサンダーストームで道具の加工と殺菌をしたとらしいのだが、手術をするには不十分なのであまり時間をかけられないらしい。


「あの~、ネオン様? 殺菌でしたらわたくしの魔法である程度は可能ですが」


「そうなの? っていうかどんな魔法なの、それ」


「聖属性魔法・ウィザーといって植物を枯らす魔法です。これを使えば空気中や体内にある細菌を全て消毒することできて、エール病という細菌性の伝染病の治療にも効果がありました」


「いいじゃない、そんな魔法が存在したのね! それがあればかなり余裕をもって手術に臨めて、成功率もだいぶ上がるはず」


「それはよかった。他にも必要な魔法があればお申し付けください。手元はライトニングで照らせますし、造血細胞を活性化して血液の供給も行います。必要であればミニワームホールを使って輸血も試してみましょう。全ての属性魔法を駆使してお手伝いいたしますので、クロム皇帝を必ずやお助け下さいませ」


「わかった、頼りにしてるわね。絶対にローレシアの愛する人を助けてあげるから、心配しないで」


 どうやらネオンは俺と皇帝の関係を勘違いしているようだ。俺が男なんかを好きになるはずないし、ここはちゃんと間違いを訂正しておくべきだな。


「ネオン様っ! べっ、別に、皇帝のことなんか好きでもなんでもないんですから、勘違いしないでくださいませねっ!」


 するとネオンはニヤニヤ笑うと、


「ローレシアはツンデレJKか。萌えるわね」


 ツンデレじゃねえし、JKですらねえよっ!


 でも、なんでこんな話し方になってしまうんだよ。






 皇帝の手術はかなりの時間を要した。


 やはり内臓の損傷がひどく、それを一つ一つ修復するだけでもかなりの時間と魔力を費やした。


 だが幸いなことに背骨や神経系への損傷が軽微で、重大な後遺症が残るような事態には至らなかった。


 そんな大手術が10時間にも及んだが、手術はどうにか成功した。


 その後、俺とネオンと、助手に入ったイワン、アナスタシア、マーカス、レイス子爵の6人は疲れ果て、丸1日目が覚めることがなかった。


 それから数日ほどクロム皇帝の術後の処置に当て、ネオンに教わったやり方で損傷を受けた内臓の組織をうまく修復させるよう、キュア&ヒールの照射を続けた。その努力の甲斐が実ったのか、手術から5日目の朝、クロム皇帝の意識が戻った。




「・・・ローレシア。ここはどこだ・・・余は一体どうなったのだ」


「意識が回復されたのですね! よかった・・・」


 俺はクロム皇帝の回復を喜ぶと、ことの経緯を順を追って説明した。レオンハルトの裏切りにより皇帝が瀕死の重傷を負ったことや、ネオンの手術により一命をとりとめたことを。


「・・・そうか。余はそなたたちに命を助けられたということだな」


「はい、まだしばらくは安静にしておく必要はごさいますが、必ず良くなります。一緒にリハビリを頑張りましょう!」


「そうだな・・・早く回復して、帝国へ戻らなければなるまいな」




 それからさらに数日が経ち、皇帝も少しずつ自分で歩けるようになると、全員で集まってこれまでの魔族との戦い、そしてこれからのことについて話し合うことにした。


「まず始めに、今回の聖戦に関するウソと真実を明らかにしなければなりません。ブロマイン帝国とシリウス教会はわたくしたちを騙してこの戦争に利用した。魔族なんて最初から存在しなかったのです!」

次回もお楽しみに

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[一言] これは焼き討ちするしかなさそう
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