第154話 転移
アンリエットは戸惑っていた。
ダゴン平原での魔族との戦いに、まさか指名手配中のフィリアが魔族の味方として参戦してくるとは想像もしていなかったからだ。
しかもフィリアの魔力が以前と比べてけた違いに強大な上、深淵の底に引き込まれそうなポッカリと空いたその深緑の瞳が、まるで大気中のマナを独占するかのように吸い寄せて、魔力をさらに増大させている。
「なんて強さなんだ。それにあの禍々しい形相、とてもこの世のものとは思えない恐ろしさだ。まさに魔界からの刺客、フィリアは最早人間ではなく完全に魔族になってしまったのか・・・」
アンリエットの表情に焦りの色が見え始めるが、同時にアルフレッドもすでに限界を感じていて、
「まずいなアンリエット・・・僕たち3人ではとてもフィリアを抑えきれない。仕方がない、ここはイワンたちに助けを求めるか」
「フィリアの弱点は、両親が一番詳しいはず。情けないがその方がよさそうだな・・・」
だがアンリエットはイワンとアナスタシアの様子をチラッと見るも、彼らは闇の魔族2体と現在進行形で激しい激戦を繰り広げており、こちらを助ける余裕は全くなさそうだった。
そしてそれは他のメンバーにも言え、ランドルフ王子とジャンも2対2の戦いをギリギリで渡りあっているし、マリアやレスフィーアたち7人も、2体の少女の魔族と上空のフレイヤーを相手に奮戦中だった。
3対1なのに苦戦を強いられている自分達は、やはり自力でフィリアを倒すしかない。そうアンリエットは判断したが、それが彼女たちを窮地に追い込む。
フィリアの身体から生じた膨大な光のオーラが天を貫くと、彼女の手元に浮かび上がった禍々しい魔法陣に吸収され、渦を巻きながらまばゆく輝き始めた。
「マズいっ! カタストロフィー・フォトンが来る。みんな逃げ・・・」
【光属性固有魔法・カタストロフィー・フォトン】
アンリエットの言葉よりも先に、フィリアはその右手から大出力レーザーを発射した。
それは秒速30万㎞の速度でアンリエットたち3人を包み込む。
だが、
「・・・生きている」
アンリエットは自分の手のひらを見つめそう呟く。隣を見るとアルフレッドもジャネットも無事だ。
フィリアの魔法は失敗したのか・・・。
そう思ってアンリエットは正面を見ると、きょとんとした表情のフィリアの前に、一人の少女が手を大きく広げて立ちはだかっていた。
「ナツ・・・」
その少女・・・フィリアの魔法を一身に受け止めたローレシアが苦悶の表情を滲ませながらアンリエットの方を振り返った。
「間に合ってよかったわ、アンリエット!」
「ナツ! また命を助けられたな・・・すまない」
アンリエットは少し涙を浮かべてローレシアにそう答えた。ローレシアは軽くうなずくと、すぐに正面のフィリアを見据え、
「フィリア・・・あなた生きていたのね」
すると、フィリアがニヤリと不気味に笑いながら、
「お久しぶりね、お姉様。でもこのわたくしのカタストロフィー・フォトンを受け止めてなお無事なんて、本当にお強いのね。ウフフフ」
「フィリア! どうしてあなたがここにいるのっ! どうしてカタストロフィー・フォトンを使えるの! これはアスター家当主にしかつかえない秘術のはず。どこでこの魔法を覚えたのか言いなさい!」
「あ~あ、もう本当にうるさいですわね、お姉様は。そう言えばこの魔法って、当主の執務室にある魔術具で当主交代の折に継承するアスター家の秘術でしたね。でも、わたくしのカタストロフィー・フォトンはアスター家に伝わる紛い物とは全く違う、本物の大魔法なのよ。わたくしの愛するご主人様に頂いた魔術具と真の呪文でしか、この魔法の本当の力は解放されないのよ。知らなかったでしょ、ウフフフ」
「真の呪文・・・本当の力・・・なによそれ!」
(ローレシア。フィリアが言っていることは本当なのか? 真の呪文って一体何なんだ)
(わからないわ・・・わたくし、呪文はお父様から教えられたものしか存じ上げないし、あの子はお父様から何も教わってなかったはず。なのにどうして)
(カタストロフィー・フォトンにも、俺達の魔法と魔族の魔法の2種類あるのか)
(そうかも知れませんね。でも、どうしてフィリアがダゴン平原にいて、魔族の仲間として戦っているのでしょう。わたくしはアージェント王国の人達のことを魔族とは思えなくなりましたが、あのフィリアの不気味な姿を見ていると、やはり魔族は存在するのだという気がしてきました)
(そうだな・・・今回の戦いでは色々なことが同時に起こって、俺も少し頭が混乱しているが、少なくとも魔族についてフィリアは俺達の知らない真実を色々と知っているようだ)
(アウレウス伯爵が言っていた帝都でのクーデターの話もそうだけど、わたくしたちには決定的な情報が欠けていて、正しい判断が何もできません。この子を捕まえて情報を吐かせましょう)
(そうしたいところだが、俺達はフィリアにかまっている時間はない。クロム皇帝がいなくなってしまったし、アウレウス公爵の所に残してきたロイたち3人も危険だ。さてどうするか)
メルクリウス騎士団によるエクスプロージョン爆撃が始まってからしばらく経った。
ネオンの指示通り、アランは防御に専念したおかげで勇者部隊に目立った被害は出ず、メルクリウス騎士団の進軍の足を完全に止めている。
レオンハルトは魔法で眠らせて拘束し、念のために勇者バーツに見張らせている。そのせいでバーツの戦力が使えず、フレイヤーだけは上空を好き放題に飛び回っているのだが。
そのフレイヤーは、しばらくエクスプロージョンの急降下爆撃をここに繰り返していたが、今はローレシア勇者部隊が戦う戦場に移動し、支援補給部隊7人に襲いかかっている。
そんな彼らが奮戦する光景を、アランは居たたまれない気持ちで見ているしかなかった。
そんな乱戦の中、アランのすぐ近くで2発のエクスプロージョンが突然大爆発した。さっきからずっと口論を続けていたネオンと正体不明の魔族が、ついに戦闘を開始したのだった。
「あの魔族はやはりネオンの敵だったか。しかし今のエクスプロージョンは本当にヤバかった。バリアーを張っていたからよかったものの、あの二人もあんなものを撃ち合って、よく平然と生きているよな」
アランはメルクリウス騎士団だけでなく、至近で戦う彼女たちにも備える必要があるためその戦いの様子を見ていたら、二人の戦いに参入しようとするクロム皇帝とその近衛兵の姿が映った。
「ローレシアの守りについているはずの皇帝が、どうしてネオンを助けに戻ってきたのだ。それにあの近衛兵は誰だ。あんなやつ、この勇者部隊にいたか?」
だがこの状況、ネオンから聞いていた作戦とは違うし、何かイレギュラーなことが起きたのだとすれば、場合によっては自分がローレシアの元に向かう必要性もあると考え、アランは皇帝に確認しようと思った。
折しも上空にはフレイヤーがおらず、メルクリウス騎士団からの攻撃も小康状態になっていたため、アランは一時的にバリアーを解く。
だが次の瞬間、自分の背後から強力な魔力が発生したかと思うと、アイスジャベリンが自分の横を通りすぎてクロム皇帝を背後から串刺しにした。
「なん、だ、と!」
すぐに後ろを振り返ると、勇者バーツがレオンハルトとともに荷馬車から出てきて、そこに立っていた。
「勇者バーツ・・・貴様、レオンハルトを目覚めさせたのか。そして何をやった!」
だがそれに答えたのはレオンハルト。
「勇者アラン。見ての通り、魔族に取り込まれた背教者を始末したのだよ」
そう言うレオンハルトの目は狂信者のものだった。
「勇者バーツ! キミが監視していながら、なぜレオンハルトの好きにさせた!」
するとバーツは真剣な顔でアランに、
「・・・我々は2人は魔族に手も足も出ず、配下のメンバーを全滅させてしまった。しかし勇者ローレシアの部隊はまだ健在であり、全ての栄誉は東方諸国人のローレシアが一身に受け、一方の俺たちの名誉は失墜し帝国での居場所はなくなる」
「だからと言って、どうして!」
「・・・「皇帝は魔族に取り込まれた背教者で、その彼が聖戦に口出しをして我々は魔族に敗れた」元老院でそう証言すれば、俺達は責任を問われないだろう。それに皇帝が死ねばレオンハルトやアラン、お前たちの処刑もなくなる。急所を貫いたので皇帝はじきに死ぬ。俺達はここから脱出するからお前も一緒に来い」
「・・・勇者バーツ、お前というやつは!」
「早くしろアラン! 皇帝の緊急脱出用の転移陣を使えば、最前線の陣地まで帰れる!」
「何を言っている! その魔術具を使えば、勇者ヤーコブの魔力が全て使用され、命を失う!」
「ヤーコブは人間ではなく、ただの魔石だ。俺達が生き延びるために犠牲になってもらえばいい!」
バーツは冷たい目でヤーコブが眠る荷馬車を見つめる。どうやらバーツは何かの一線を越えたらしい。
アランはバーツを睨みつけると、二人はアランの説得をすぐに諦め、荷馬車に乗り込んで魔術具を作動させてしまった。
「しまった!」
一瞬遅れてアランが荷馬車に乗り込むと、バーツとレオンハルトは基地へと転移していき、勇者ヤーコブは魔力を全て吸いとられて、その命の灯を消した。
「あいつらめっ!」
アランは込み上げる怒りを抑え、今できることを冷静に考え行動した。すぐに自分の支援部隊とともに皇帝の元へ飛ぶと皇帝の応急措置を始め、それと同時にローレシアを呼び寄せるために、緊急を知らせる信号を上空に発射した。
フィリアと対峙していた俺は緊急信号が上空に光ったことに気がつき、それが放たれた場所を確認した。見るとアラン勇者部隊のメンバーが集まって、何やらバタバタと動き回っていた。
その真ん中に白タキシード姿の青年、クロム皇帝らしき人物が血を流して地面に横たわっていた。
「クロム皇帝が・・・倒れている」
とたん俺の心臓は、不安で鼓動が速くなった。
まさか、さっきの火の魔族に皇帝がやられたのか。アウレウス伯爵が婿殿と言っていたあいつが。
すると向かいのフィリアが、
「さすがはわたくしの愛するご主人様! 見事クロム皇帝を倒したのね」
「皇帝を倒した・・・」
「ええ、ご主人様はリアーネを帝位につけるために、ついにクロム皇帝を倒されたのよ!」
その瞬間、俺はクロム皇帝の元へ走った。
緊急信号を受けて、ローレシア勇者部隊の全員がなんとかアウレウス公爵たちの部隊との戦いから逃げ出すと、続々と皇帝の元に参集した。
そして勇者アランがみんなに向けて悲痛な表情で、
「ローレシア、そして勇者部隊のみんな・・・本当にすまない。クロム皇帝はレオンハルトの攻撃で致命傷を負ってしまった。急所を貫かれ、我々では手の施しようがない。彼を救えるとすればローレシア、ソーサルーラの大聖女であるキミだけだ。頼む、皇帝を助けてくれ」
皇帝は魔族ではなく、レオンハルトの裏切りにより命を失おうとしているのか・・・。
「勇者アラン・・・確かにわたくしなら皇帝の命を助けることができるかもしれませんが、この戦場で戦いながらでは不可能です。あの魔族は真の強敵、彼らと戦っている間は治癒魔法をかけている余裕はございません。一体どうしたらよろしいのでしょうか」
「・・・それなら大丈夫。今からキミたち全員をこの戦場から転移させる。うまく落ち延びて皇帝陛下の命をお救いしてくれ。では全員、ローレシアの周りに集まってくれ!」
「勇者アラン、転移魔法なんかではこの広い戦場を離脱することなどできません! 少なくともわたくしのワームホールでは無理です」
「実は皇帝陛下が万が一の事態に陥った時のために、ヘルツ中将から渡されていた緊急脱出用の魔術具がある。これを使えば全員脱出できる」
「・・・そんなものがあったのですか?」
「ああ。ちょっと待っていろ」
そしてアランは荷馬車からその魔術具を取りだしてきて戻ってくると、魔術具のチューブを掴んで自分の腹に突き刺した。
「うぐっ!」
「勇者アラン! 一体何をする気なのっ!」
俺たちが叫ぶ中、アランはその魔術具に自分の魔力の全てを注入すると、巨大な暗黒の球体が現れた。
そして、
「勇者ローレシア・・・これまで本当にすまなかったな。またいろいろと押し付けるようで申し訳ないが、私の代わりに皇帝陛下をお救いしてくれ。・・・さらばだ」
「勇者アラン!!」
アランだけを残して、その場にいた全員が暗黒の球体に飲み込まれると、遥か彼方へと転移させられていくのを俺は感じた。
全員を転移させた勇者アランは、力尽きるとその場に倒れ伏した。
「・・・ローレシア・・・あとは任せた・・・」
最後にそうつぶやくと、アランの意識は永遠に失われ、その場には死体だけがポツンと取り残された。
次回から新展開です。
お楽しみに




