第153話 クロム皇帝
アウレウス公爵兄弟との戦いは、予想通りに熾烈をきわめた。
うまく混戦状態に持ち込んで、絶対零度の監獄を撃てなくできたのは良かったが、それ以外の魔法戦でもこちらに少し分が悪かった。
魔族の使う魔法は性能が良く、同じ魔力を持つ者同士が同じ魔法を撃ってもこちらが競り負けてしまう。
そんなハンデの中、公爵兄弟に加えて向こうはさらに2体、おそらく彼らの息子と娘も入れた4体の魔将軍クラスを相手にしている。
一方こちらは俺とロイたち3人、そしてクロム皇帝の5人だ。魔力の総量ではほぼ同じだが、魔法の性能差の分だけ戦況は劣勢。
そんな苦戦の中、クロム皇帝が俺の耳元で囁く。
「ローレシア、このままではジリ貧。だが余にはこの乱戦でも使える大魔法がある。詠唱に時間がかかるので時間を稼いではくれまいか」
「大魔法・・・承知いたしました。それではわたくしの後ろに隠れてくださいませ」
そう言うと皇帝は俺の後方に下がって詠唱を始め、俺はそれを敵に悟られないよう、七色のオーラを爆発させて魔剣シルバーブレイドから解き放った。
そして皇帝の詠唱が終わり、俺の背後で土のオーラが爆発的に上昇する。皇帝は乱戦で使えると魔法だと言っていたが、この魔力は巨大すぎる!
どんな魔法かは知らないが、ここで撃って本当に周りを巻き込まないのか?
それでも俺は皇帝を信じて、後ろを振り返らずアウレウス公爵たちに対峙する。だが公爵たちは、この魔法を前にしても余裕の表情を崩さない。
彼らには、これを防ぐ自信があると言うのか。
だがその答えはすぐにわかった。
乱戦の中、突如接近してきた火属性の魔族がクロム皇帝に襲い掛かると、彼を魔法で吹き飛ばしてしまったのだ。
「何者っ!」
俺は振り返ってクロム皇帝を確認する。一撃で遠くに吹き飛ばされた皇帝はすぐに立ち上がると、帝国軍士官服を着た魔族と一対一の戦い始める。
「ローレシア様! 助けに行きますか!」
「我々4人ではこの4体には敵いません。彼を救出するか、撤退をお考えください!」
3人が危機感を募らせるが、
「ロイ、ケン、バン、彼がいなくてもこの4人で大丈夫です。わたくしたちは目の前の敵と戦いましょう」
俺にはまだアポステルクロイツの指輪がある。ネオンはあまり使うなと言っていたが、さっき一度使った限り危険な感じはしなかった。
これを使ってカタストロフィー・フォトンを撃てば、ワームホールを蒸発させて、レーザーが公爵に届くかも知れない。
そう判断した俺が現有戦力での戦いを指示すると、弟のアウレウス伯爵がニヤリと笑って、兄の公爵に話しかけた。
「ほう。結局クロム皇帝は、婿殿が戦うことになってしまったようだな」
「この拮抗した乱戦だからこそ、戦力が釣り合う者同士が対戦するのが必然の流れだ。メルクリウス伯爵なら皇帝を倒すことができるだろうが、後を追うか?」
しまった!
彼がクロム皇帝であることは、バレていたんだ。
マズいぞ・・・。
「あなたたち! 彼を追いかけようとしても無駄よ。このわたくしが、ここから一歩も通しません!」
俺が両手を広げて立ちはだかるが、アウレウス伯爵は余裕の表情を見せて、
「いや皇帝は婿殿に任せて、我々はそなたと戦おう。今はそれで充分だからな」
「あら、皇帝を狙わずにわたくしを狙うとは好都合。わたくしなどただの一兵卒ですが、あまり見くびっていると痛い目に会いますわよ!」
とりあえずやつらを俺に引き付けるために、ブラフをかけておく。だが、
「ただの一兵卒などと、過ぎた謙遜は嫌味にしかならないぞ、ローレシア・アスター女王陛下。カタストロフィー・フォトンで逆転を狙っているようだが、果たしてそううまくいくかな?」
皇帝だけでなく、俺の正体も知っているのか。しかも俺の必殺技まで!
そう言えば俺たちの情報は魔族に筒抜けだったが、どこまでの情報が漏れているのか。だがアウレウス伯爵の次の言葉に俺は衝撃を受ける。
「そなたは光属性魔法を得意とするのに、魔法アカデミーでは雷属性クラスに通う3年生らしいな。前の席に座る侍女のカトレア・ブルボンは元気かね?」
「なっ!」
魔族のボスが、なんでそんな情報まで・・・。
「さてそんなローレシア様に一つ質問だ。なぜそなたたちは、我々のことを魔族と呼ぶのだ」
なんだ・・・この質問は。
「・・・そ、それは、あなたたちがシリウス神に逆らった堕天使の末裔だからです」
「ほう? 我々も敬虔なシリウス教徒であるが、そのような話は初めて聞いたな」
「魔族のあなたたちがシリウス教徒ですって? 邪神教団の教えに従って、シリウス神を貶めているだけの邪悪な存在なのに何をおっしゃっているの?」
「邪神教団? それはなんだ?」
「堕天使をこの地上に召喚させた恐ろしい邪教です。詳しいことは存じ上げませんが、シリウス教会の方がそうおっしゃっておりました」
「そんな教団など我々は知らんな・・・だが今の言葉でわかった。そなた、心からシリウス神のためにこの戦争を戦っているのか? それともシリウス教会に、魔族を討伐せよと唆されたのか?」
アウレウス伯爵の目が鋭く光り、この聖戦について俺は自問自答する。
「・・・確かにわたくしは自分の意思で魔族と戦っているわけではございません。最初は自分でもそう思い込んでおりましたが、今は聖戦を戦うと言うよりは、ただ生き延びることのみを考えております」
「なるほどな。それでは今すぐに降伏しないか。さすればそなたの命だけは助けてやる」
「・・・魔族の言うことなど信用できません」
「我々は魔族ではなく普通の人間だ。それよりも私が今から言うことをしっかりと聞け。我がアージェント王国はブロマイン帝国と停戦に応じる用意がある」
「停戦ですって・・・」
まさか魔族からそんな言葉を耳にするとは思わなかった。だがアウレウス伯爵はその後、さらに衝撃的な言葉を口にする。
「今、帝都ノイエグラーデスで皇帝の玉座に座っているのは、クロム皇帝の姉のリアーネのはずだ。そして彼女は皇族の中でも数少ない融和派。我々は彼女となら講和を結ぶ準備がある」
融和派。
初めて帝都を訪れた夜にリアーネが口にしていた、魔族との戦いに関する考え方の一つ。対話によりこの戦争を終わらせようとする貴族派閥があるらしい。
俺ですら最近知ったこの事実を、まさかこんな戦いの最中に、魔族の口から聞かされるとは!
「・・・あなたたちは一体どこでそれを知ったの」
「情報の出所は言えんが融和派によるクーデターの動きはこちらでも掴んである。だがそのためには彼女が正式な皇帝になる必要があり、主戦派であるクロム皇帝は我々にとって邪魔な存在。この戦争を終わらせるために、ヤツの首を差し出すのだローレシア」
「だからクロム皇帝がいなくなったこのタイミングでそんな話を持ち出したのね。でも彼を殺すなんて」
ネオンはローレシア勇者部隊の全員を戦いに送り出すと、今度はアラン達にも指示を出す。
「アランとバーツ、あなたたち二人は後方から攻撃してくるメルクリウス騎士団の相手をするのよ。勇者部隊の他のメンバーでは太刀打ちできないから、あなたたち二人だけが頼りなの。基本的に防御に徹しつつ、上空からフレイヤーが迫ってきたらとにかくバリアーを展開しなさい。さっきみたいなエクスプロージョンを撃って来るから」
だがアランは首を立てに振らず、
「この私も勇者ローレシアとともに戦いたい!」
「それはダメ。向こうはあれでうまく戦力が拮抗できてるのに、ここでメルクリウス騎士団を通してしまうとバランスが崩れる。絶対にここを通したらダメよ」
「しかし、勇者ローレシアを守らなければ、私の命はおろかメロア家の断絶もあり得る」
アランは困った表情でネオンに必死に頼み込む。
「今回の作戦は私が責任を持ってるんだから、そんなことにはならないわよ。逆にメルクリウス騎士団をここから先に通したらそれこそあなたの責任を問うわ。その時は自害なさい」
ネオンの鋭い目に言葉を飲み込んだアランは、コクりと頷き、
「そう言うことならわかった。ここを死守するので、勇者ローレシアのことは絶対に守り抜いてくれ」
「ええ、もちろんよ。じゃあ私は今からローレシアのところに行くから、ここは二人に頼んだわよ・・・・ってイタタタ! 誰よ、私の耳を引っ張るのは!」
ネオンが振り向くと、そこには認識阻害の魔術具により誰だかわからない人が立っていた。
だが、
「やっと追いついたわよ、このバカクレア!」
「その声はせりなっち! ・・・でもどうしてせりなっちが、こんなところにいるのよ!」
「あなたを追いかけて、ソーサルーラから駆けつけて来てあげたのよ! それであなたとローレシアを助けてあげようと思ってここまで来たのに、何でアウレウス公爵を攻撃してるの。あそこには安里先輩たちみんなもいるのに、バカじゃないの! ちょっとこっちに来なさい!」
「イタタタ、もうっ耳を引っ張らないでよ!」
ネオンが誰かに耳を引っ張られて、少し離れた場所に連れられていく様子を、アランとバーツは呆気に取られて見ていた。
「おい、一体どういうことだ! やはりネオンは敵と通じているのではないか!」
バーツがそう叫ぶと、アランも、
「ああ・・・魔族のことにやたら詳しいとは感じていたが、ネオンは魔族の一員で間違いないな。だがどうしてローレシアを助けるような真似を」
「・・・それは勇者ローレシアも魔族だからだろう」
「勇者ローレシアが魔族だと? 何をバカなことを」
「いや、よく考えても見ろ。彼女のあの魔力は、俺たち勇者よりもはるかに強大で、とても人間のものとは思えないほどだった」
「それは彼女が勇者と聖女の両方であることによる、8属性適合者だからだろ」
「そんなもので説明がつくほどの差ではない! それにさっきネオンが、ローレシアと自分は同類のようなことを言っていたのも気になっていたが、あいつらが二人とも魔族だと考えると、全て辻褄がつく」
「・・・だが、ローレシアはシリウス教会から大聖女に認定されている。あの指にはめたアポステルクロイツの指輪を見ただろ。魔族が神使徒になど選ばれるはずがないではないか」
「・・・確かにそれもそうか。シリウス神が自らの使徒に魔族を選ぶはずはないよな」
アランの言葉にバーツがようやく納得するが、二人の会話を盗み聞きしていたレオンハルトが荷馬車から降りてきた。そして、
「勇者アランと勇者バーツ、やはりローレシアは魔族で間違いないだろう」
「レオンハルト・・・お前、何を言ってるんだ」
怪訝な表情のアランに、レオンハルトは愉悦混じりの顔でアランに言った。
「アイツは本物の神使徒ではない。なぜならあの指輪は偽物だからだ」
「偽物だと?」
「ああ。父上から聞いた話だが、教会にはある程度強い魔力を持つ聖女に、アポステルクロイツの指輪を授けることができる魔術具があるらしい。おそらく総大司教猊下はローレシアが魔族であることを知っていながらあの指輪を与え、勇者部隊を率いさせ魔族にぶつけた。魔族の共倒れを誘うために利用したのだろう」
「バカな・・・そんな話、聞いたことがない」
アランは首を振って否定するが、レオンハルトはさらに話を続ける。
「それで魔族であるローレシアに魅了されたクロム皇帝はすでに正気を失っていて、帝国皇家の忠臣であるクラーク家のこの僕、レオンハルトに死刑を命じてしまったのだ。皇帝はすでに魔族に取り込まれている」
「滅多なことを言うのではない、レオンハルトっ! 皇帝はいたって正気であり、そんな発言が皇帝の耳に入ればクラーク家全体に咎が下りるぞ」
「いいや勇者アラン。たとえ皇帝と言えども、聖戦を戦う勇者を処刑するにはシリウス教会の許可が必要。そしてそのような許可がおりたことはこれまで一度もない。にも関わらずクロム皇帝はこの僕を処刑するとハッキリと言った。これは皇帝が正気を失っている大きな証拠だし、もし正気で言ったならそれこそシリウス神に対する重大な背信行為だ」
「黙れレオンハルト! これ以上皇帝を侮辱するようなことを言うのなら、この私がお前を処刑する。勇者を殺せるのは同じ勇者だけだからな。勇者バーツ! その痴れ者を見張っていろ。皇帝が戻り次第この私の手でコイツを処刑する」
だがその時、上空にフレイヤーが迫ってきた。
「まずいぞ・・・もうメルクリウス騎士団が来やがった。勇者バーツは早くレオンハルトを拘束して、私とともに持ち場につけ!」
次回、急転
お楽しみに




