第147話 ダゴン平原の戦い①
対魔族戦です。
4~5話ぐらい続きます。
3人の勇者と合流したその日の深夜、4つの勇者部隊合同で魔族の軍勢に奇襲をかけることになった。
これはローレシア勇者部隊という存在を魔族に知られる前に、速攻を決めた方がいいという判断であり、時間の経過がそのままリスクとなるため、このような急な作戦となったのだ。
その出撃時刻も、勇者部隊のメンバーやヘルツ中将たち帝国軍幹部に知らされたのが、準備に必要なギリギリのタイミングである夕食時。
そこから末端の兵士にまで出撃命令が発令され、帝国軍陣地は突然あわただしい状況となった。
だがこれだけ徹底的に情報管理を行えば、さすがに魔族どもにも事前に察知されることはないだろう。
さて、進軍時における4つの勇者部隊の陣形だが、勇者アランの部隊を中心に、その前方を勇者バーツの部隊、左翼を勇者レオンハルトの部隊、そして右翼を俺たちローレシア勇者部隊が受け持つ。
なお、勇者ヤーコブは勇者アランの部隊に配属になり、彼の眠るベッドと彼に繋がれた各種魔術具ごと、アランの補給部隊の荷車に載せて運ぶことになった。そして防御の際には、ここから4つの勇者部隊を包み込むような強力なバリアーを展開させることになる。
そしてダゴン平原の中央に位置する王直属部隊に、夜陰に乗じて奇襲をかけるのだ。俺はここまで秘密にしていた作戦を、ようやくみんなに伝える。
「これから中央の軍勢に突撃いたします。昼間の偵察によれば合計8体いる魔将軍が2体ずつバラけて4か所に布陣しているようです。今回はそのうち他の個体から最も離れている2体を標的とし、これを確実に討ち取ります。本日はそれで終了ですがチャンスがあればもう1、2体行くそうです」
するとランドルフ王子が、
「ローレシア・・・そんな作戦で、奴らを魔界の境界門まで後退させることができるのか」
「いいえ、2体だけではおそらく無理でしょう。魔族を後退させるには最低でも半数・・・4体の魔将軍を討ち取らないとダメだと思いますし、そこは勇者全員の共通認識です。ですが議論の結果、せっかくの奇襲のチャンスを確実にものにするため、ここは無理をしないことになりました」
「なるほど。俺は今の作戦を聞いてヘルツ中将の言っていた第一の戦略目標が達成できないと思い確認したまでだ。行き当たりばったりに見えたが明確な意思を持ってこの作戦にしたのならこれ以上異論を挟まん。勇者のことは勇者で決めるべきだからな」
そう言ってランドルフ王子が納得して後ろに下がると、今度はアルフレッドやってきて、
「いや僕はやはり、せっかくの奇襲のチャンスなのにあまりにも消極的に過ぎると思うし、これでは軍の戦略とも食い違ってる。ヘルツ中将や参謀本部にちゃんと確認したのか?」
「いいえ、彼らには勇者アランが今伝えているはずです。実は勇者の中にも色々な意見があって揉めたのですが、結果的にこのような結論に落ち着いたのです」
「ちょっと待ってくれよ、ローレシア。作戦は最前線の司令官であるヘルツ中将が決めるのではないのか」
「いいえ、勇者4人による合議です」
「これは戦争なんだぞ? そんなあいまいな意志決定でどうするんだよ」
するとクロム皇帝が、
「アルフレッドよ。そなたの言う通り余もおかしいとは思うが、これは聖戦であり、神の戦士たる勇者の決定が全てにおいて優先されるのだ」
アルフレッドはまだ納得できないようで、俺も言葉を付け加えた。
「クロム皇帝のおっしゃられるように、勇者部隊に関しては帝国軍の指揮からはずれて、勇者の判断で行動するようなのです。ですのでわたくしたちは、一体でも多くの魔族を倒せるよう頑張りましょう」
「・・・わかった。ローレシアがそれで納得しているのなら僕は構わないよ」
「ありがとう存じます、アルフレッド」
アルフレッドはニッコリほほ笑むと後ろに下がってしまったが、俺は別に納得をしているのではないし、きっとアルフレッドも俺と同じ気持ちなのだろう。
それからあっという間に出撃時刻となり、俺たち勇者部隊は陣地を出発して、戦場を西北西の方向に進軍開始。ターゲットは敵中央の軍勢のうち一番北に陣取っている2体の魔将軍だ。
俺達は帝国軍本体から大きく先行する形で隠密かつ高速に移動し、敵に察知されることなく目標地点へとたどり着いた。
そして敵の陣地まであと少しという地点で、ローレシア勇者部隊は魔法攻撃の準備を始める。
「皆様、先手必勝。初手で敵を壊滅させるつもりで、この20名全員で最大級の魔法を放ちましょう。一斉に攻撃を放ちますので、全員詠唱開始っ!」
やがて全員が詠唱を完了すると、いつでも発射できる状態で勇者アランからの攻撃命令を待った。
だがいくら待ってもアランからの攻撃命令が届かない。俺はカタストロフィー・フォトンの発射態勢を保ちつつ、少し離れた場所に布陣するアラン勇者部隊へと走った。
「勇者アラン、わたくしたちは既に攻撃準備が完了しています。攻撃命令はまだですか」
だが勇者アランは首を横に振ると、
「・・・先頭にいる勇者バーツからの連絡で、目標地点に魔将軍の魔力が感じられないらしい。しかも陣地がもぬけの殻になっているようで、バーツ勇者部隊が周辺の偵察をしている」
「もぬけの殻・・・まさかわたくしたちの進軍が事前に察知されていて、敵が逃げ出したのでしょうか」
「そうかもしれない。でもこの奇襲作戦を公表したのは夕食時であり、その時点で敵のスパイが奇襲を知ったとしても、ここにいる魔族に伝える術などないし、こんな見事に撤収できるはずがない・・・」
「でも夕食時から現時刻まではわりと時間がありますし、野営地を撤収するのには十分ですが」
「その時点でわかっていれば確かにそうだが、そんなのは不可能。なぜなら自陣の監視は厳重に行っており外に抜け出した不審者はいなかったし、陣地を最初に出撃したのも、この地点に最初に到達したのも我々。魔族が事前に情報を得た可能性はゼロだ」
「いいえ、わざわざ人が伝えに行かなくても、電話があれば情報は伝わります」
・・・いや、この世界に電話など存在しなかった。何を言ってるんだ俺は。
俺がうっかり口を滑らせたその言葉を、だがアランはしっかりと聞きとっていて、
「勇者ローレシア・・・その電話というのは何だ?」
こんな時に余計な話をしている時間はないのだが、
「あのその・・・えーっと、相手の所に直接出向かなくても、離れた場所で会話ができる・・・魔法です」
「まさかっ! ・・・そんな魔法が存在するのなら、我々がやってきたことは全て無意味。この奇襲作戦も最初から魔族に筒抜けじゃないか。それならそうと、先に教えてくれればよかったのに・・・。まさか勇者ローレシアにもその魔法が使えるのか」
「いいえ、とんでもない。わたくしはそんな魔法は使えませんし、そもそもこの世界にそのような物があることさえ聞いたことがございません」
「・・・そうか。私はてっきり魔族がそのような魔法を使えるのかと思ってびっくりしてしまった。だが、この世界に存在しない魔法だと言いながら、まるで見てきたような説明ぶり。勇者ローレシアはどこでその知識を得たのか?」
訝しげに俺を見る勇者アラン。だが俺はこんな話を続けるのも無駄なので、そのまま黙り込んだ。
しかし思わずつぶやいてしまった電話という言葉。仮にそれと同じようなことが魔法なり魔術具なりでできるのなら、実はこれまでのこと全てに説明がつく。
例えば、帝国軍の中に魔族のスパイが潜んでいて、携帯電話のような魔術具で自由に連絡を取り合っていたとしたら、夕食時に深夜の出撃を知ってもそこからすぐに携帯で連絡し、連絡を受けた魔族は余裕を持って陣地の撤収を始めるだろう。
もっと言えば、罠を張る時間だってあるはずだし、秘匿情報であるローレシア勇者部隊の存在や、その他の軍事情報も敵に筒抜けだ。
結局、戦争の勝敗を左右するのは情報であり、向こうが携帯電話を持っている時点で、この戦いは魔族の勝ちが既に確定している。
そう、俺達を待ち構えて包囲殲滅すればいいだけ。
「勇者アラン! 魔族はわたくしたちの奇襲を察知してここに罠を張っています! 直ちに撤退を!」
だが俺が気づくのが一歩遅かったようで、勇者バーツが血相を変えて俺たちの所に飛び込んできた。
「勇者アラン、罠だ・・・。俺たちは魔族の軍勢に囲まれていたようだ」
「何だと! 畜生・・・奇襲は失敗か。あれだけ入念に情報を管理したのに事前に漏れていたなんて・・・やはり勇者ローレシアの言っていたとおり、魔族がその魔法を使っているとしか考えられない」
「勇者アラン・・・何だその魔法というのは」
「勇者ローレシアが言うには、電話という魔法を使えば遠くの場所にいる者同士が、その場で自由に会話ができるらしい」
「なんだとっ! そんな魔法は聞いたことがないが、魔族がそんなものを使っているのなら、いくらスパイの出入りを監視したところで、俺達の情報は筒抜け。なぜ勇者ローレシアはそんな魔法を知っていたのに、そのことを俺たちに話さなかったのだ! まさかお前が魔族のスパイ?」
勇者バーツが疑いの目で俺を見るが、
「バカなことを言わないで下さい! もしわたくしがスパイなら、そんな話わざわざするわけないでしょ! そんな無駄話をしているよりも、早くこの戦場からの撤退を!」
だが時既に遅く、背筋も凍るような強大な魔力が後方以外の全ての方向から感じた。
魔将軍、魔将、暗黒騎士。全ての魔族による一斉攻撃が始まったのだ。
俺は急いで自分の部隊に戻ると、
「わたくしたちは魔族の罠に嵌まり3方向を包囲されました。とにかくここは撤退しかございませんので、わたくしと支援・補給部隊は全員でマジックバリアーを展開。それ以外は魔法攻撃の発射態勢を維持したまま、わたくしの指示を待ってください」
そして全員で後退を開始したのだが、他の勇者部隊がついてこない。
一体何をモタモタしているんだよ、あいつらは!
「早く撤退をしないと、後方の帝国軍主力とわたくしたちが分断されてしまいます。手遅れになる前にもう一度勇者アランの所に・・・」
俺がそう言うより先に、勇者アランがこちらにやってきた。
「勇者ローレシア、撤退は中止だ。勇者レオンハルトの部隊が定位置から離れていて、どうも南にいる魔族に突撃を開始してしまったようだ。彼だけ見捨てるわけにはいかないので、我々も彼らを追いかけたい」
レオンハルトだと・・・あのバカ!
よりによって、なんでこんな時に勝手な行動をとるんだよ! 死にたいのか?
「進軍って、ちょっと待ってください。敵は罠を張っている上に、これほどの魔法攻撃は異常です。このまま前進を続ければ、死にに行くようなものです!」
「だったらキミは、勇者レオンハルトを見捨てろと言うのか!」
アランが激高するが、それでも俺はハッキリ言う。
「勇者アランは真面目でとても正義感がお強い方だと存じますし、リーダーとして勇者たちをまとめようと気配りをしているのも理解してます。ですがこの状況での突撃は絶対にあり得ません。一刻も早く勇者レオンハルトを連れ戻して撤退させましょう」
俺が断固として反対すると、勇者アランもさすがに冷静になったようで、
「勇者ローレシアの意見はよくわかった。私がなんとか勇者レオンハルトを連れ戻してくるので、その間はここで防戦していてくれ」
「承知いたしました。ただ時間がございませんので、できるだけ早く、無理にでも連れ戻してください」
そして勇者アランが南に向かっている間、勇者アランと勇者バーツの両部隊を呼び寄せて事情を説明し、その後俺の部隊に戻って今の状況を説明する。
何やってんだか、本当にバカバカしい。
それでも後少しの辛抱とみんなに言い聞かせて防戦を続けていると、アンリエットが俺のもとに駆け寄ってきた。
「ローレシアお嬢様・・・時間切れです。魔族どもの攻撃が徐々に後方からも発射されています。おそらく帝国軍本体を南北から挟撃し、我々と本体を分断する意図でしょう。撤退するなら今しかございません」
マズい!
いよいよ俺たちは魔族の中に取り残されてしまう。だがいつまでたっても勇者アランは戻って来ないし、彼の部隊も立ち止まったまま防御に徹している。
こんなことなら、あの時遠慮せずに俺がリーダーを引き受ければよかったな・・・。
次回もお楽しみに




