第146話 勇者のまとめ役
特殊作戦部隊の司祭の軍勢と別れた俺たちは、その翌日には前線へと到着し、魔将軍ドルムと戦っている部隊の野営陣地で4人の勇者たちと合流した。
俺はそこの司令本部の天幕に入り、中で待っていた勇者たちと再会する。
「お久しぶりです、勇者アラン、勇者バーツ、勇者レオンハルト」
俺が挨拶すると、最初にアランが微笑みながら握手を求めてきた。
「待っていたよ、勇者ローレシア。すでに聞いたと思うが、我々の最初の突撃は失敗に終わってしまった。ちょっと勇み足が過ぎてしまい、恥ずかしい限りだ」
そしてバーツとレオンハルトも、
「撤退勧告が出ていた時にそれに従っていれば、このようなことにはならなかったんだ。後悔してるよ」
「そうだな。あの二人には本当に悪いことをした」
二人?
「あの・・・すみません。帝都に入ってきた報告では魔族に倒された勇者はお一人と伺っておりましたが、ここには皆様3名しかいらっしゃいませんね。あとの一人はどうされたのでしょうか」
俺がそう尋ねると、3人の勇者は居心地の悪い様子でお互いを見つめ合った。そしてリーダー格のアランが重い口を開く。
「・・・勇者ローレシアのいう通り、魔族に倒されたのは勇者デニル。勇者ヤーコブは命は無事だ」
「ひょっとして勇者ヤーコブはお怪我をされたのでしょうか。でしたらこのわたくしが治して差し上げてもよろしいのですが」
「いや彼の怪我はすぐその場で治癒魔法師が治した。だが・・・言葉で説明するよりも直接本人を見た方が早いと思う。彼はこの近くの天幕で休んでいるので、今からそちらに移動しよう」
アランたち3人に連れられて、俺たちは近くの天幕に移動した。そこは救護用施設で多くの将兵が治癒魔法師から治療を受けていた。その一番奥のカーテンで仕切られた場所に勇者ヤーコブは居るらしい。
「ではローレシア、彼の様子を見てくれ」
アランはそう言うと、俺にカーテンの中に入るように促した。
「失礼します、勇者ヤーコブ。わたくし勇者ローレシアです。ご無沙汰しております」
俺はそう言うと、カーテンの中に入って行った。
カーテンの中にはベッドが一つあり、そこに勇者ヤーコブが眠っていた。
深い眠りについているようで身動き一つしない彼の全身には、たくさんのチューブのようなものが接続されていて、そこから七色のオーラが吸い上げられるとベッドの横にある大型の魔術具に流れて行った。
「これは・・・」
すると、俺の後ろに立っていたアランが、
「勇者ヤーコブはまだ生きているんだが、強制的に眠らされてこのように魔力を吸い上げられているんだ」
「強制的に眠らされている・・・」
「・・・彼は魔族の攻撃を受けて致命傷を負ったのだが、運よく治癒魔法師の治療が早かったため一命をとりとめた。だが彼の心が壊れていて、以前の彼ではなくなっていた。今はただ暴れまわるだけで意味不明なことしか言わない、狂人になってしまったんだ」
「狂人・・・そんな」
「魔族はとても恐ろしい魔法を編み出し、勇者ヤーコブに対してやったように、人格を破壊するようなことを平気でしてくる本当に悪魔のような奴らだ」
「それって、どのような魔法だったのですか」
「彼の勇者部隊のメンバーに聞いた話だが、どうやら光属性の攻撃魔法のようでバリアーが一切効果なく、強烈な光が勇者ヤーコブの右目を焼き尽くしたのだ」
「・・・・わたくし光属性魔法には詳しいのですが、そのような魔法は存じ上げません」
「だから魔族が編み出した新魔法なのだ。それで勇者ヤーコブは精神に異常をきたして、もう戦うことが出来ないから、このように彼の魔力を吸い出して、不足している魔石の代わりになってもらっているのだ」
「魔石の代わり・・・人間を」
そう言えば以前、キュベリー公爵家の次期当主たちが処刑される代わりに魔石として帝国軍に連行されていった。ひょっとしたらリアーネの元配偶者も、こんな風に魔力を吸い上げられているのだろうか。
俺は勇者ヤーコブの姿を見てゾッとした。
あのキュベリー公爵との戦いに負けていたら、今頃俺も勇者ヤーコブと同じような姿になっていたのだろうか。それとも魔族に負けてこれからこのような姿になるのか、あるいは勇者デニルのように消滅するか。
・・・そう言えばネオンは、魔族の光魔法攻撃を防ぐためと言って、このウェディングドレス風の防具を俺に着せてくれたんだっけ。
まだ他にも俺たちの知らない魔法があるかもしれないし、この戦いでは彼女に軍師のような役割をお願いしてみるか。
勇者ヤーコブとの再会を終えると再び司令部のある天幕へと戻り、すぐに作戦会議をすることになった。
するとアランが、
「勇者ローレシア、人払いをしてくれ・・・皇帝陛下以外の全員だ」
「失礼ですが勇者アラン、作戦会議であれば勇者部隊全員が聞いておいた方がよろしいと存じますが」
俺はそう主張したのだが、アランたち3人は顔を見合わせて、
「実は魔族側に俺たちの作戦が漏れているのだ。それも勇者部隊しか知らないような情報まで全て」
「魔族のスパイが潜んでいるってことですか?」
「ああ・・・。だから本当に念のためなのだが、今回からは我々の勇者部隊も含めて作戦は勇者だけが知っていて、直前に部隊メンバーに指示することにした。理解してほしい」
「・・・かしこまりました。では勇者アランのおっしゃられる通り、皆様は外に出ていてくださいませ」
そして天幕の中に盗聴防止の魔術具を発動させた上で、アラン、バーツ、レオンハルト、クロム皇帝、そして俺の5人だけになった。早速俺は、
「勇者アラン、さきほど魔族側に作戦が漏れているとおっしゃられましたが、具体的にはどのような情報が漏れていたのでしょうか」
「・・・凡そ全てだ。勇者部隊の基本構成から人数、対魔族用に考えていた戦略、戦術、ターゲット、進軍コース、使用魔法、物資の量にいたるまで何もかもが丸裸にされて、俺たちの作戦を逆手に取られて待ち伏せまでされていた」
「敵のスパイが潜んでいたとしても、普通そこまで情報が漏れることはないのでは」
「そうなのだ。しかも進撃開始時刻などかなり直前に決まった情報も魔族に知られてしまっていた。だから我々は帝国軍幹部や・・・勇者部隊のメンバーに内通者がいることを疑っている」
「それでヘルツ中将たちまで席を外させたのですか。でも、直前に決まっていたことがすぐに伝わるのは、何か特別な魔法を使ったと考えるべきですね。例えば転移陣を使った形跡から犯人を割り出すとか」
「いや、この前線には強力なマジックシールドが展開されていて、転移陣は使えない」
「転移陣が使えないのに情報がすぐに伝わる。そんなことができるとしたら、それはまるで・・・」
「勇者ローレシアには、何か心当たりがあるのか?」
「い、いえ・・・そんなものがこの世に存在するはずございませんし、わたくしの気のせいです。情報漏洩の件はわたくしも理解いたしましたので、作戦会議の方を進めましょう」
改めて会議が仕切りなおされると、まずアランから提案があった。
「これまでは5人の勇者のまとめ役を私がやっていたが、今作戦から勇者ローレシアに代わってもらうことにしたい」
突然まとめ役が回ってきた。だが、俺にはちょっと荷が重すぎる気が。
「勇者アラン、わたくしは皆様のようにちゃんとした訓練を受けておりませんし、年齢も一番下です。ここは勇者アランに引きつつぎリーダー役をお願いしとう存じますが」
おれが丁重に断ると他の二人もそれに同意し、
「勇者ローレシアのいう通り、ここは年長者でもあり最も強力な魔力を保有する勇者アランに、引き続きまとめ役を頼みたい」
だがアランはそれに反論する。
「そこなんだ勇者バーツ。魔力の強さで言えば、勇者ローレシアの方が私よりも上だ。それに彼女の部隊には皇帝陛下がいらっしゃる。私がリーダーをするには力不足だ」
するとクロム皇帝は、
「余のことはあまり気にするな。勇者の戦い方は勇者自身が決めることであり、余はローレシアが心配だからここについてきただけだ」
その言葉にレオンハルトは、
「皇帝陛下もこのようにおっしゃられているし、帝国名門貴族メロア家の次期当主、アラン殿が引き続き指揮をとればいい。勇者ローレシアはまだほんの小娘であり、戦いの指揮をとるには経験不足だろう」
「・・・わかった。そこまで言うならここにいる4人の勇者のまとめ役は、引き続きこの勇者アランが引き受けよう。それでいいか勇者ローレシア?」
「承知いたしました。それではわたくしは勇者アランのご指示に従います」
「それで作戦だが、当初は魔族の軍勢が騎士団ごとに分かれているのを逆手にとって、魔族の頭を勇者全員で叩く各個撃破作戦を考えていたが、それが向こうに知られて魔将軍クラスまでが集まってしまったため、その作戦が不可能となった。そこで今回は第一目標である魔族の軍勢の弱体化をひとまず置いておき、第二目標である魔界への侵攻を行う。前線の突破だ!」
その言葉に全員が息を飲む。そしてバーツが、
「たったこれだけの人数で魔界に突入してどうしようというのだ。本当に魔界の王を倒せるとでも」
バーツもさすがに焦っているがアランは淡々と説明を続ける。
「だが、前回の戦いでも思い知らされたとおり、今のままではいつまで経っても魔族どもを倒すことなどできない。同じ作戦で突撃したところで、俺たちは勇者ヤーコブや勇者デニムのようにやられてしまう」
「いや、勇者ヤーコブは魔力が一番低かったし、運も悪かった。勇者デニムも弱いくせに調子にのって手柄を立てようと前に出すぎた。だから逃げ遅れて魔族の返り討ちにあったんだ。だが俺たち3人は違う」
バーツがそういうとレオンハルトも、
「勇者バーツのいう通り、今回は勇者が一人減ったがその代わりに可憐なるローレシア様がいらっしゃる。戦闘能力には大して期待していないが、魔力だけはアラン殿よりも上なのだろ? なら最悪我々の盾として魔石代わりにでもなって貰えばいいではないか」
・・・なんだコイツは。
だが真っ青になったアランが慌てて、
「勇者レオンハルト! 勇者ローレシアに失礼ではないか! ローレシア女王陛下と皇帝陛下、勇者レオンハルトの暴言、勇者を代表して謝罪いたします」
そう言ってアランが深く頭を下げたがレオンハルトはそれを無視して、
「ふん、女王陛下と言ったって、所詮は属国の女王。それに比べて勇者アランのメロア家や我がクラーク家は古くからの帝国貴族。どちらが格上なのかは論じるまでもないであろう」
・・・このレオンハルトという男、俺とローレシアのことをバカにしやがった。
帝国元老院でもそうだったが、帝国貴族は基本的に周辺国を自分たちの格下だと思っている節がある。
みんなが一致協力して魔族と戦おうとしてる時に、こんな発言を絶対に許すことはできない。
そして俺がレオンハルトに言い返そうとすると、
「おい貴様! 勇者のことには口出ししないと言った手前先ほどから黙って聞いていたが、余の大切な后に何たる暴言。貴様は不敬罪で死刑にするぞ!」
それに慌てた勇者レオンハルトはクロム皇帝の前に膝をつき、
「これは失礼しました皇帝陛下! まさか、勇者ローレシアが陛下とご結婚されていたとは存じ上げず。ですが元老院から陛下のご成婚に関わる決定が出されたとは聞いておりませんが」
「まずはこの魔族との戦いに決着をつけるのが先で、元老院の同意など後でもよい!」
「ではまだ正式にご成婚されてないのであれば、勇者ローレシアはただの愛人。代わりなどいくらでも」
「くどい!」
「し、失礼いたしました・・・」
俺よりも先にクロム皇帝がレオンハルトを黙らせてくれた。
それは嬉しいのだが、皇帝にまた変な外堀を埋められてしまった。そのうち掘り返しておかなければな。
だが、レオンハルトが俺のことをよく思っていないことはハッキリした。
出陣式で初めて会った時に俺の前で静かに頭を下げて何も言わなかったが、それは緊張していたからではなく、小国の女王への侮蔑や反発の気持ちを隠すためだったんだな。
こんな奴と一緒に戦っていけるのだろうか・・・。
次回、魔族への奇襲作戦開始
ご期待ください




