第142話 前線基地エステルタール
それから2日かけて2回の転移を行い、俺たちはブロマイン帝国の西部エリアに到達した。いよいよ魔族が跋扈する魔界の境界門もあと少しだ。
ここから先は20名を同時に転移できるような設備を整えた中継基地がないため、全員軍馬に乗り換えての移動となる。つまりここが帝国の前線司令基地だ。
転移陣室ではこの基地の幹部が整列して、俺たちを出迎えてくれた。
「皇帝陛下、ローレシア女王陛下、そして勇者部隊の皆様、ようこそ前線基地エステルタールへ。私は前線司令官ヘルツ中将です」
元老院議会で魔族との戦いについて報告していた、あの時の司令官だ。
クロム皇帝が俺に挨拶するよう促す。
「初めましてヘルツ中将。わたくしローレシア・アスターと申します。6人目の勇者としてこの勇者部隊を率いて参戦いたしますので、よろしくお願いします」
「皆様の到着を心待ちにしておりました。なにせ皇帝陛下に女王陛下、それに東方諸国の高位貴族の方々で編成された勇者部隊です。早速ですが皆様には今回の作戦をご説明いたしますので、今から作戦司令室にお越しください」
基地の作戦司令室に場所を移した俺たちは、ヘルツ中将と参謀長のカフス中佐から今回の戦略目標と現在の戦況についての説明を受けた。話の冒頭は俺が元老院で聞いたものと同じだったが、初めて聞くみんなは息を飲んでヘルツ中将の話に聞き入っていた。そして話は戦略目標に移る。
「戦略目標は大きく分けて2段階あります。まず第1段階は今回のスタンピードにより帝国の領土に入り込んだ魔族どもを再び魔界の境界門まで押し返すことです。つまり昨年までの状況に戻すことが最初の目標となります。そして第2段階は逆に我々が魔界の境界門を潜り抜けて魔界に侵攻し、魔界の王を倒してそこにとらわれている人々を救い出すこと。これはシリウス教の教義に基づく「聖戦」に勝利することで、帝国建国以来の宿願です」
「聖戦に勝利・・・」
部隊のみんながゴクリと息を飲む。
俺はこの機会に、以前から疑問に思っていたことをヘルツ中将に質問してみた。
「この場には帝国幹部のお二人とわたくしの仲間しかいないので率直にお聞きいたしますが、魔族はどのようにして見分ければよろしいのでしょうか。魔界にもわたくしたちと同じ人間がいて、その彼らを救い出すことが聖戦の目的なのですよね。であれば魔族と人間の違いをはっきりと区別できなければ目的は果たせません」
するとヘルツ中将が一つ咳ばらいをして、その問いに答える。
「ここからの話は軍の最高機密に属しますので絶対に他言無用でお願いします。魔族は人間と見た目では区別できませんが、彼らの持つ魔力と使用する魔法が我々と異なります。我が帝国陣営にも皆様高位貴族のように魔力の強い者が一握りですが存在します。しかし魔族はその魔力がとても強く、特に雷属性や闇属性に特異な能力を発揮します。また使用する魔法も種類は少ないのですが我々のものよりも強力です」
「それは分かりましたが、魔力の属性とか魔法の違いなどは、戦場で即座に判別できるものではございません。魔族と間違って人間を殺してしまうようなことが許されるのでしょうか」
「魔族かどうかの判別は一種の割り切りになります。まず魔力を持たない一般の兵士については、人間と考えて間違いありません。ただ彼らは魔族に洗脳されていますので我々に攻撃を仕掛けてきます。無用な殺生は避けるべきですが、我々も彼らに殺されるわけにはいきませんので、彼らに対しては通常の戦争のルールで戦います」
「つまり他領や外国の軍勢と戦争をしていると考えるわけですね。それでは魔法を使う者は全て魔族と考えればよろしいのでしょうか」
「そこも割り切りがあり、実は魔界にも皆様と同じように神の代理人たる貴族がいるのですが、魔族と混血している者もおり戦場では明確に区別できません。ですので特に強力な魔力を持つ者や、雷属性や闇属性を持つ者は魔族とみなして討伐対象とし、それ以外の者は魔族の血が薄いため皆様と同じ貴族と考えて戦争のルールを適用します」
「ということは強力な魔力保有者を見つければ魔族として討伐を行い、それ以外は一般の戦争ルールで対処するということですね」
「その通りです。ですので勇者部隊には、魔族討伐を優先的にお願いすることになります。結果としてそれが魔族の率いる死の軍勢の瓦解へとつながり、そして帝国軍が勝利することで、戦いを強いられている人々の解放となるのです」
なるほど。ようやく今回の戦いの基本イメージがつかめて来た。
「ではわたくしたちはその魔族と直接戦うことになると思うのですが、彼らはどのぐらいの強さを持っているのでしょうか」
「それはこれから実際に戦ってみて実感いただくしかないでしょう。なぜなら我々は魔族の強さはわかっても、肝心のローレシア勇者部隊の強さが分からないからです。ちなみに我が軍では魔族をいくつかの階級に分類し、最も強い魔族を魔将軍クラスとしています。そして最強の魔族は魔将軍ドルム」
「魔将軍ドルム! つ、強そうなお名前ですね」
「ええ本当に強いです。それからその魔将軍に準じた強さの魔族は魔将クラスと呼び、魔将ライアン、魔将ホルスなど10数体の個体が確認できてます。ただ」
「ただ?」
「今回のスタンピードでは、魔界の奥底から魔将軍クラスや魔将クラスが多数出現し、現在我が帝国の最前線では数10体から下手をすれば100体近くの個体が暴れまわっています」
「そ、そんなにたくさんの魔族が・・・」
「そして魔将クラスの下を我々は暗黒騎士と呼んでいてここまでを魔族として線引きしますが、全部合わせると1000体近くいます。逆にそれ以下の敵は人間として救出の対象としています」
「左様ですか・・・。それで、現在の戦況、特に他の勇者部隊の状況を教えてください」
俺が質問すると、参謀長のカフス中佐が説明を始めた。
「すでに帝都にはご報告したとおりですが、先般、我が帝国軍は5つの勇者部隊と10万の兵力をもって魔族の軍勢に戦いを挑みました。彼ら魔族は5万以上の軍勢を大きく3つに分けて、我が帝国の領土を東に向けて進軍しています。その一番北側の軍勢が、従来から我々と戦っていた魔将軍ドルム率いる軍勢で、史上最大の2万体で攻め込んできました」
ゴクリッ・・・
勇者部隊全員が思わず息を飲む。
「そして残り2つは、魔界の奥地に潜んでいた新種の魔族。そのうち中央に位置する軍勢が全体の司令塔のような役割を果たしており、おそらくは魔界の王の直属部隊。そして南側にいるのは変異種です」
「変異種とは?」
「人間に比べて魔族は知能が低く、魔力や体力、腕力に任せて個人プレイでの戦いを好む蛮族なのですが、変異種はそれとは異なり組織的に戦います・・・我々帝国軍と同じように」
「帝国軍と同じ・・・。わたくし実は帝国軍の戦い方も良く存じておりませんが」
「失礼しました。我が帝国軍は騎士団の集合体ではなく、ブロマイン帝国皇帝を元帥として将官、佐官、尉官から末端の兵士クラスに至るまで、貴族の爵位とは関係なく軍律により一元的に統制された国軍なのです。そしてその作戦行動は参謀本部により戦略として立案され、各部隊に伝達されるとそれを戦術レベルで作戦が組まれ、連隊、大隊、中隊、小隊と各組織ごとに実戦指揮されるのです」
「それはとても近代的な軍隊ですね。わたくしたちのアスター王国や他の東方諸国では、各貴族家が固有の騎士団を持って国軍と言うものは存在しません」
「これはブロマイン帝国だからこそなしうるはずなのですが、信じられないことにその魔族の変異種は我が帝国と同じ戦い方を一部取り入れているのです。そしてそこで戦う兵士たちは全て普通の人間で・・・同じシリウス教徒なのです」
「シリウス教徒がどうして我々に戦いを挑んでくるのですか」
「捕虜を何人か尋問しましたが、意味不明なことしか言わないため、洗脳でまず間違いありません」
「わかりました。それでは勇者部隊についてですが、やられたのはその3つの軍勢のどれなのですか」
「最後に申し上げた変異種にです」
「なぜそちらに侵攻したのですか。この場合、中央の軍勢を目指すのが正攻法かと」
「もちろん最初に攻め入ったのは、魔界の王の直属部隊と思われる中央の軍勢だったのです。そして案の定、そこには魔将軍クラスの魔族が多数存在し、勇者部隊との間で激しい戦いが始まりました。そして戦いは半日にも及ぶ壮絶な死闘だったのですが、我々の想定よりも魔族の数が多く結局打ち滅ぼせずに撤退を余儀なくされたのです」
「撤退ですか・・・。それならなぜ南側の軍勢に?」
「撤退の指示は我が参謀本部から出したものだったのですが、5人の勇者たちは士気も高くとにかく魔将軍クラスの首を一つでも取ろうと、撤退指示を拒否したのです。ただその時点で部隊メンバーの2割を失っており、また物資もかなり心もとない状況だったので、中央の軍勢と戦うのを一旦諦めてシリウス教徒たちを扇動している南側の軍勢に転進してしまいました。こちらは大した魔族はいないとの報告でしたので」
「でもそこで勇者が一人やられた」
「はい。我々も勇者部隊を追いかけたのですが、魔族どもの作戦にはまって我々帝国軍の部隊と勇者部隊が完全に切り離され、間に強力な結界を張られてしまったのです。ですので戦いの詳細な経緯は勇者部隊からの報告によるものしかないのですが、実は我々も理解に苦しむような展開だったのです」
「理解に苦しむ・・・」
「その戦場では、ローレシア様のような年齢の魔族ばかりが集まっていて、魔力的には成長途上という感じだったようなのですが、初めて見るような魔法や特殊な戦い方をするようで、勇者たち自身がどうしてやられたのか理解できなかったようなのです。そして気が付くと部隊のメンバーが6割ほどに減らされていて、物資も完全に枯渇。もはや撤退するしかないと決断したそのすきに、敵の大攻勢が一気に始まって命からがら逃げかえってきたと。そして逃げ遅れた一部隊が、完全に消滅したとのことでした」
「完全に消滅した・・・それは何かの大魔法によるものでしょうか」
「ただのエクスプロージョンだったそうです」
「・・・エクスプロージョン」
俺は先日クロム皇帝と視察した軍港トガータの惨状を思い出した。アンリエットやマーガレット、そしてセレーネも使っていたあのエクスプロージョンで、基地を丸ごと破壊したり勇者部隊を完全に消滅させたりできる者がいる。それはやはり、
「・・・魔王」
俺はついその言葉を口にした。
「それから最前線に行くまでに、もう一つ任務がございます」
再びヘルツ中将が話し出した。
「それはなんでしょうか」
「帝国の領土深く入り込んだ魔族の軍勢の討伐です。実は前線の5万の軍勢の他に、我々の防御を突破した1万あまりの軍勢が帝国領内で略奪行為を繰り返しています。何とか数を討ち減らしたものの、複数の魔将クラスに率いられた1000体規模の軍勢が複数、近隣の町や村を襲い略奪の限りを尽くしています」
「それは大変。町や村に早く救援に行かなくては!」
「そうなのです。ただ強力な魔力を持ち機動力も高い魔族の騎士団ですので、一般兵が相手にするには荷が重いのです。ローレシア様の勇者部隊にはまずこの魔族の討伐をお願いします」
「分かりましたが1000騎もの軍勢となると、我々20名では手に負えません」
「もちろん我々も勇者部隊の護衛として同行します。エステルタール基地の精鋭部隊1000騎で敵の軍勢を抑えますので、ローレシア様の勇者部隊は敵の軍勢を率いている魔将クラスの討伐をお願いします」
「それなら何とかいけそうです。承知いたしました」
ヘルツ中将からの作戦説明が終わり、作戦司令室を出た俺たちは、基地の精鋭部隊1000騎とともに、すぐに基地を出発する。
だが、
「ローレシア、少しだけ話があるから付き合え」
「クロム皇帝?」
俺はクロム皇帝に手を引かれて、ヘルツ中将と3人で基地の小部屋にこっそりと移動した。
次回、魔族討伐開始
お楽しみに




