第138話 ローレシア勇者部隊③
次の日の朝一番で俺はジャンとアンリエットを護衛に連れて魔法王国ソーサルーラの王宮に転移し、国王にこれまでのいきさつを話した。
3日以内に勇者部隊を結成して魔界の境界門へ出陣するよう求められたことを告げると、帝国元老院議長のあまりの横暴にさすがの国王も唖然としていたが、魔石の帝国への輸出枠拡大についてはひとまず理解を示してくれた。
そして勇者部隊のメンバーの話になると、国王の隣に同席していたランドルフ王子が、
「よし、俺がメンバーに加わってやる。アスター王国女王であり、我がソーサルーラの大聖女のローレシアが出陣するんだ。その従者となれば当然、騎士団長のこの俺が付いて行くべきだろう!」
やはりジャンの予想通りに、ランドルフ王子自らが志願した。後ろを振り返るとジャンが俺にウインクして、アンリエットは両手を広げてため息をついた。
「うふふっ、ありがとう存じます。ランドルフ王子にご参加いただければこれほど心強いことはございません。今は魔法盾と魔法アタッカーが1名ずつ不足しておりますので、王子にはぜひ魔法盾を」
「いや、俺はどちらかというと魔法アタッカーだな。それで魔法アタッカーは全部で3人いると聞いたが、俺の他に誰がいるんだ」
「ジャンとその・・・く、クロム皇帝です」
俺がそう言うと、ランドルフ王子はその表情を完全に失った。
「・・・クロム皇帝って、ブロマイン帝国の皇帝の? え、なんで皇帝自らが最前線に出るんだよ」
「話の行きがかり上、なぜか勝手に付いてきて」
「・・・冗談だろ?」
「いいえ、わたくしはこんな話で、冗談など申し上げません」
あの皇帝のせいで、ランドルフ王子まで混乱させてしまった。だが王子はキリッと表情を引き締めると、
「ふむ。だったらなおさら、俺がメンバーに加わった方がいいな」
「・・・それはどういうことでしょうか」
「危うく我が国の至宝である大聖女ローレシア様を、ブロマイン帝国にかすめ取られるところだった。いやよくぞこの俺に声をかけてくれた!」
「はあ・・・」
そういうことか。そう言えばランドルフ王子もローレシア狙いだったな。この勇者部隊、別の意味で面倒くさいことになりそうだがそこは後で考えるとして、
「それでランドルフ王子に相談したいのは、あともう一人、騎士団からご紹介いただきたいのです」
「騎士団からか・・・。それなら、魔法アカデミーの成績優秀者から探すといい。これから死地に赴くわけだし、見ず知らずの人間を俺が紹介するより、キミの知り合いの中から自分で選んだ方がいいと思うぞ。誰か心当たりはいないのか」
ランドルフ王子はそう提案するが、アカデミーの成績優秀者にうちの薔薇騎士隊やメイド軍団よりも強い生徒が本当にいるのか?
「アカデミーの成績優秀者からですか。よく考えたらわたくし学校を休みがちで、存じ上げているのは去年の秋の遠足の上位入賞者ですが・・・でもカミール・メロアとは性格の不一致というか、方向性が合わないというか、彼をメンバーにするのは正直嫌ですね」
するとランドルフ王子は心底ガッカリした表情で、
「知り合いがカミール・メロアだけって、ローレシアは本当に友達が少ないのだな。他にも優秀な生徒はいくらでもいるだろうに・・・」
「ほっといて下さい!」
「闇属性クラスか雷属性クラスのクラスメイトで成績優秀な生徒に声をかけてみたらどうだ。その者には、魔族討伐の間は出席扱いにしてやるから単位の心配は不要だと伝えてやれ」
クラスメイトと言われても、カトレアやエミリーの他に俺が知っているのは・・・
「・・・あ、そう言えば、成績優秀者ではないのですが、一人だけ心当たりがあります」
「ほう、誰だ」
「水属性クラスに最近転校してきたセレーネ・アーネストという女子生徒で、今はわたくしのアスター邸に住みついています。火属性魔法のエクスプロージョンがとてもお上手なのですよ」
「水属性クラスなのに、エクスプロージョンが得意? 訳の分からん生徒だが、ローレシアが見込んだのなら誘ってみるといいだろう」
国王との面会が終わると、俺はその足でアカデミーの雷属性クラスに向かった。セレーネには家に帰ってから伝えればいいし、それより魔族との戦いに備え、雷属性魔法について先生にまとめて教えてもらおうと思ったからだ。知識だけでも詰め込んでおくのだ。
教室に着くとまだ授業開始まで時間があるためか、登校している生徒はまばらだった。
ところが俺の隣の席には、いつもは休みがちでろくに学校に来ていなかった例の転校生が、二人とも席に座っていた。
珍しいな。
俺は自分の席に座ると、そんな隣人に話しかけた。
「お二人ともお久しぶりですね。しばらく学校を休まれていたようですが、またクエストにでも行かれていたのでしょうか」
するとアゾートが、
「まあそんなところだ。俺たちは実家に頼らず冒険者ギルドのクエストで生活費を稼ぎながら学校に通っているし、クエストは魔法の訓練にちょうどいいんだ。学校で魔法の勉強を集中的にして、覚えた魔法をクエストで実際に試してみる」
なるほど。だからコイツら、学校をさぼりがちなくせに、来たら勉強ばかりしていたのか。
「まあ、それはとても立派なことです。でもお二人が留守にしている間、ご家族のセレーネ様がうちにいらしてました。家に誰もいらっしゃらないからって」
俺がそう言うと、アゾートは愕然とした表情で、
「まじか・・・家に帰ってきたらセレーネがどこにもいなかったので、ずっと探していたんだ。でもまさかローレシアの家にいたとは・・・」
どうやらアゾートは、セレーネがうちにいることを全く知らなかったらしい。
「ではあの子はご家族の誰にも伝えずに、わたくしの家にずっと泊まっていたのですね。もうっ!」
「大変申し訳ない! 彼女はすぐに連れて帰りますし宿泊費もお支払いする方向で・・・」
このアゾートという男、腰が低くて話しやすいな。思いきって例のことを相談してみるか。
「いえ、そんなものは必要ございませんが・・・実は彼女のことで、折り入って相談があるのです」
「ひ、ひょっとしてお宅の家の中を水浸しにしたり、庭を丸焼きにしてしまったとか。もしそうなら、ぜひ弁償させてください」
「そうではありません。実はわたくし、魔族を討伐するために出撃することになったのですが、同行するメンバーを探しているのです」
「魔族の討伐・・・ひょっとして勇者部隊ですか?」
「はい、そうです。実はメンバーがひとり足りなくて、セレーネ様にそれをお願いできないかと」
「えーっ! せ、せ、セレーネを勇者部隊にっ!」
アゾートが腰を抜かすほど驚いている。まあ、いきなり勇者部隊にスカウトすれば、普通の生徒ならこんな反応をするだろうな。
「実は先日、街の外でエクスプロージョンの練習をしていたのですが、セレーネ様がとてもお上手だったのです。しかも彼女、とても強力な魔力をお持ちだったので、ひょっとしたらすごくお強いのではないかと思って、お誘い申し上げた次第です」
「エクスプロージョンの練習を・・・あっちゃー」
アゾートは両手で顔を覆って、自分の席に力なく沈み込んだ。そしてしばらく何かを考えた後に、非常に残念そうな表情で、
「誠に申し訳ない。彼女を勇者部隊のメンバーにすることだけはどうしてもできないんだ。それ以外のことなら何でもするから、どうかご勘弁を女王陛下」
アゾートの真剣な目を見て、俺はセレーネを仲間にすることを諦めた。クラスメイトとは言え、それほど親しくもない人間と共に死地へ向かわせるわけだし、家族としては簡単に許可は出せないだろう。
しかしそうなると、他に強そうな学生に知り合いはいないし、カミール・メロアを仲間にするぐらいならうちの薔薇騎士隊からもう一人選んだ方が・・・。
その時、
「私がメンバーになってあげようか?」
俺は声のした方を振り向くと、アゾートの前の席のネオンが俺を見つめていた。
「・・・ネオン様?」
いつもは黙って俺達の会話を聞いているだけだったネオンが、珍しく俺に話しかけて来たのだ。
「魔法盾役を探してるんでしょ。私これでも魔力にはそこそこ自信があるし、手伝ってあげてもいいよ」
「・・・セレーネ様がダメなのに、本当によろしいのですか」
「いいよ」
俺が恐る恐る尋ねてみると、ネオンは快く承諾してくれた。だがアゾートが、
「おい、ちょっと待てよネオン! お前、一体何を考えているんだ! 勇者部隊だぞ!」
だがネオンは、
「この子が困ってるみたいだし、ちょっと手伝ってあげるだけだよ。しばらく留守にするから、後のことはよろしくね」
「全く意味がわからん・・・ネオンが勇者部隊って、お前頭が良すぎて、一周回ってバカになったのか?」
アゾートは唖然とした表情でネオンを見ているが、そのネオンは平然として俺に言った。
「それじゃあローレシア、私が仲間になってあげるからその魔族とやらと戦いに行きましょう。こう見えて私はかなり強いし、あんなアホなセレン姉様よりも、ずっと役に立つんだからね」
ネオンか・・・。
初めてちゃんと話したが、わりと普通の女の子だ。それにさっきの話だと魔法の修行をかなり積んでいるようだし、頭もいいと言っていた。
何よりあのセレーネに瓜二つの妹だからすごい魔力を持っているかもしれない。ひょっとしたらかなりの掘り出し物だぞ。
よし!
「ではネオン様は魔法盾としてご同行くださいませ。それからアカデミーは出席扱いになりますので、単位についてはご心配なく。それから出発のご準備ができましたら、わたくしの家まで来てくださいね。一緒にアスター王国まで参りましょう」
「わかった。じゃあ後でローレシアの家に行くから、待っててね」
こうしてネオン・アーネストが仲間に加わった。
次回、いよいよ出陣
お楽しみに




