第135話 ローレシアへの出撃要請
クロム皇帝からの緊急連絡に応じて、俺たちは再び帝都ノイエグラーデスの皇宮に転移した。
「お帰りなさいませ、ローレシア皇后陛下!」
ザザッ!
クロム皇帝の寝所にある専用の転移室で近衛騎士たちの出迎えを受けた俺は、近衛隊長の案内で皇帝の待つ特別謁見室へと案内された。
アンリエット、リアーネ、アナスタシアの3人は外で待つように言われ、俺は一人、中に入って行く。
ここはごく限られた一部の貴族しか入ることの許されない特別な部屋で、部屋の中央にあるソファーにはクロム皇帝と、その向かいに2人の男性がすでに腰をおろしていた。俺に気づいた3人が振り返る。
「遅かったなローレシア。早くこちらへ座れ」
クロム皇帝が自分の隣の席をポンポンと叩き、早く座るようにせかせる。
それを無言で見つめる二人の男。一人はシリウス教総大司教のカル。相変わらず穏やかな笑みをたたえて俺を見ているが、もう一人は俺の知らない男だった。
俺がクロム皇帝の隣に腰かけると、その見知らぬ男が話しかけてきた。
「そなたがアスター王国女王のローレシアか。ワシは元老院議長のヴィッケンドルフ公爵だ。お初にお目にかかる」
「ローレシア・アスターです。お待たせしてしまったようで申し訳ございません」
「わかっているのなら、もっと早く来たまえ。我々をあまり待たせるな」
公爵はそれだけ言うと俺から顔をそむけて、クロム皇帝の方に向き直った。皇帝はそんな公爵の態度に少し顔をしかめるが、淡々と話し始める。
「ここに集まってもらったのは他でもない。前線司令官のヘルツ中将から報告があり、前線へ投入した勇者部隊のうち、一つが魔族によって全滅した」
その言葉にはっと息をのむ二人。俺は事前に話を聞いていたが、この二人は今知ったのか。俺は気になっていたことを聞く。
「クロム皇帝、全滅したのはどの勇者部隊ですか」
俺はこの前の出陣式で言葉をかけた5人の顔を思い浮かべる。・・・まさかあの勇者アラン・メロアではないだろうな。
「勇者デニルの部隊だ」
「勇者デニル・・・」
(勇者デニルって、確か入れ込みすぎて一番ガチガチに緊張していたあの勇者か)
(ナツ、あれは緊張とは少し異なります。わたくしたちに好意を寄せて、かっこいい所を見せようと空回りしていただけでしょう)
(・・・そうだっけ? 俺はてっきり出陣式に緊張しすぎて、いきなり剣舞を始めたものとばかり)
(ナツは殿方の恋愛表現に鈍感なところがございますね。ナツも殿方なのに、自分に好意を寄せられていることに気がつかないものなのでしょうか)
(いやむしろ、そんなこと気がつきたくないわっ!)
俺たちが勇者デニルを悼んでいると、ヴィッケンドルフ公爵が深刻な表情でクロム皇帝に、
「勇者部隊がまさかこんなに早く倒されるとは・・・相手は例の魔王でしょうか」
「いや、魔界の境界門から湧き出した軍勢に飲み込まれた結果だ。ヘルツ中将の報告では作戦通りに5部隊が連携して戦ったにもかかわらず、敵が想定外に強く最後は逃げるのがやっとだったそうだ。そして一番前にいた部隊だけ帰ってこれなかったらしい」
「なんと! 魔王ではなく、たかが配下の魔将軍とその軍勢ごときに・・・」
「これで公爵も理解できただろうが、勇者部隊は無敵ではないのだ。この戦いを今後どうしたいのか元老院は早く結論を出せ」
「・・・皇帝陛下、元老院はもう結論を出しており、対魔族用の補正予算を可決し、ソーサルーラから追加の魔石購入やルメール鉱山復旧を決定いたしました。そして周辺諸国には挙兵要請をし、各国の保有兵力の50%を魔界の境界門へ送るよう求める予定です」
「わかった。では早急にその方向で進めよ」
クロム皇帝が元老院の方針にゴーサインを出したが、俺は納得がいかなかった。
「少しお待ちください、クロム皇帝」
「どうしたのだ、ローレシア」
「周辺諸国に挙兵要請をするのは分かりますが、兵力の50%は多すぎます。余裕のある国はそれでよいのかも知れませんが、我がアスター王国は小国で、しかも内戦が終わったばかり。まだ国が安定しておりませんし、とてもそんな兵を出すことはできません」
「ああ、そなたの国はそうであったな。ではアスター王国だけ兵力を減らそう」
だが公爵が真っ向から反対した。
「お待ちください、皇帝陛下! なぜアスター王国だけ特別扱いをするのですか。各国の事情などいちいち聞き入れていては他の国に不公平感が出て誰も挙兵に素直には応じなくなります。元老院はそんな外交交渉をしている暇などありません。先ほど皇帝陛下も言っておられたように、魔族の勢いは勇者部隊でさえ止めることが難しい。したがってアスター王国にも50%の拠出を譲ることはできませんぞ!」
確かにこの公爵の言ってることも分かる。いちいち周辺国と交渉していては下手をすれば何年たっても話がまとまらないかもしれないし、そんなことをしているうちに魔族が帝国内を蹂躙するかもしれない。だが周辺諸国にだって事情はある。50%の挙兵なんて無理なものは無理だ。
「お待ちください公爵。諸国の事情も聴かず、一方的に帝国の意向を聞かせようとするのはあまりに横暴。多少手間がかかるにしても各国の事情は一応ご配慮いただきたいのですが」
すると公爵は再び俺の方に向き直ると、酷薄な笑みを浮かべて、
「そなたはたかが小国の女王のくせに、どうも思い上がりが甚だしいようだ。少しばかり皇帝陛下の寵愛を受けているからと、皇后気取りなどやめてもらおう。もしこの話が気に入らないのなら、アスター王国など打ち滅ぼして我が帝国の一部にしてしまおうか」
「何ですって! 魔族との戦いに人類が一丸となって戦おうという時に、どうしてそのようなことを平気でおっしゃられるのですか、あなたは!」
俺は頭に来て、公爵を怒鳴り付けると、
「まさにそなたの言った通り、魔族との戦いに人類が一丸となって戦おうというこの時に小国のつまらない事情で全体の足を引っ張らないでもらいたいからだ。時間は限られているし戦力の逐次投入など愚の骨頂。このワシに無駄な時間を使わせるな!」
「だからと言って、帝国元老院の決定が何でもかんでも通るとは思わないでください!」
この公爵は、アスター王国を始め周辺諸国を属国と勘違いしているようだ。俺と公爵がにらみあいになったところで、クロム皇帝がようやく口を開いた。
「公爵そなた、ローレシアを皇后気取りといったが、実際彼女は未来の皇后なのだ。少しは口を慎め」
「・・・皇帝陛下、ワシはそんな話など一度も聞いておりません。正式に皇后を迎え入れるのならば、元老院の同意もとっていただかなければなりませんぞ」
「それは分かっているが、それこそ後で構わないだろう。いいか公爵、アスター王国は保有兵力の20%で構わん。これはブロマイン帝国皇帝の決定だ」
「くっ・・・、承知しました。だがその条件を飲む代り、こちらからも条件を出させていただく」
「なんだ、早く言ってみろ」
「ローレシア女王陛下も勇者だと聞く。ならば直ちに勇者部隊を編成して、魔界の境界門に向かうべきだ。アスター王国の兵力を20%に減らすのだから、その30%分は女王自らが汗をかくべきでしょう」
公爵はニヤリと笑って、俺の方を見た。
「・・・わたくしが勇者部隊を率いるのですか?」
「そうだ。それとも魔族と戦うのが怖いのか?」
「・・・そうではありませんが、わたくしはまだ全属性の魔法を習得していませんし、わたくしが留守中の王国運営にも相応の準備が必要です。これでも一国の主ですので」
「魔法など新たに覚えなくても、今使えるもので十分だし、王国運営など大した問題ではない。ふん・・・よかろう。ではそなたに三日やろう」
「何ですってっ! そんな短い期間で準備などできるわけないでしょうが!」
「アスター王国のような小国なら、大した準備も必要あるまい」
「ひどい! なんて横暴な・・・」
俺が悔しそうに公爵を睨み付けていると、
「ローレシア、公爵が言うのもあながち間違ってはおらん。余も手伝ってやるから三日で出発しよう」
「しかしクロム皇帝・・・。え、手伝うって何を?」
「聞いての通りだヴィッケンドルフ公爵。ローレシアの勇者部隊には余も加わることにする。よって三日以内に帝国の運営が回るように至急準備せよ。人類存亡の危機だ、決して遅れてはならんぞ!」
「そんな無茶なっ! この大帝国が皇帝不在で回るわけがない! それを三日でなんて!」
「そなたが言い出したことではないか! 人に何かを求めるのなら、まず自分から行動で示せ!」
「なっ!! くっ・・・し、承知しました。ですが、最低でも皇帝の代理は必要。その人選はいかがするのですか・・・」
「余の代理なら、リアーネがいるではないか」
「り、リアーネ様を! せ、僭越ながらリアーネ様は皇帝陛下の政敵・・・代理とは言えリアーネ様を皇帝の座に就かせるのはいくら何でも・・・」
「なんだ、何か困ることでもあるのか公爵。だが安心せい。リアーネはこのローレシアの側近であり、彼女に忠誠を誓っておる。そうだろ、ローレシア」
「ええ・・・確かにリアーネ様はこのわたくしに忠誠を誓っておりますが・・・本当によろしいのですか」
「ローレシアは余の妻だ。妻の側近が皇帝の代理をするなら、何もおかしくはないではないか。よし、後のことは公爵とリアーネで準備いたせ」
矢継ぎ早にどんどん話が進んでいくが、その前提が決定的に間違っている。
後で取り返しのつかないことになると困るので、俺は今すぐ正しておくことにした。
「先ほどから気になっていたのですが、このわたくしがクロム皇帝と結婚する前提で、このお話が進んでいるように感じます。ですがわたくし、そのようなことを了承した覚えなどございませんが・・・」
「そう言えばそうだったかな? だがあと三日で出発しなければならないのだから、細かい話など後でいいではないか」
「「いや、さすがにそういうわけには・・・」」
俺とヴィッケンドルフ公爵がハモっていると、それまで一言も発さなかった総大司教カルがおもむろに立ち上がった。
「おお、なんと素晴らしい! 勇者ローレシアとブロマイン帝国クロム皇帝陛下がともに手を携えて魔族を打ち滅ぼす。これぞシリウス神の使徒テルルとテトラの再来ですな」
感激しながら神に祈り始める総大司教に、クロム皇帝は嫌な顔をした。
「・・・総大司教、ローレシアがテルルなのはわかるが、余をテトラに例えるとは何事だ! テトラは女ではないかっ!」
「お気に障ったのなら申し訳ございませんが、ただそれほど素晴らしいことだと申し上げたかったのです」
総大司教は口では謝っているが特に悪びれた様子もなく、俺に向き直ると今度は真剣な表情で、
「シリウス神よ。この勇者ローレシアに神の祝福とご加護を与えたまえ!」
総大司教がそう言うと、懐から取り出した古い経典に手を置いて、神に祈りを捧げ始めた。すると頭上に魔法陣が現れ神々しい光が俺に降り注いだ。
(何だこれは・・・聖属性魔法か! しかし総大司教は男なのに、どうやって聖女の魔法を?)
(ナツ、おそらくあの経典が魔術具になっていているのではないかしら。でも、これって何の魔法?)
しばらく身を任せるまま神々しい光を浴びていると、俺の右手の指に白金に輝く美しい指輪が出現した。それを見た総大司教はとても喜んだ表情を見せると、俺の前に恭しく跪いた。
「素晴らしい! やはりローレシア様は本物だった。シリウス神の御名において、ローレシア様をシリウス教会の大聖女とさせていただきたい」
「シリウス教会の大聖女?!」
俺が慌てているのをよそに、総大司教はすっくと立ち上がると、胸に手を当てて力強く言った。
「さあ今ここに新たなる神の使徒が誕生した。大聖女ローレシア様、今こそシリウス神を裏切った堕天使の末裔どもを打ち滅ぼし、この世界に真の平和と永遠の調和をもたらしたまえ」
俺は神から与えられた指輪を見る。
その指輪は、美しい見た目とは対照的に、底が知れないほどの魔力が感じられた。
次回、ローレシア勇者部隊のメンバー集め
お楽しみに




