第134話 エクスプロージョン
その翌日の午後、俺とアンリエットはエクスプロージョンの練習をするために、城下町の外の荒野へとやって来た。
「ローレシアお嬢様。この辺りなら街からかなり離れていますし、見通しがいいので練習には最適かと」
「そうね、ここでやってみましょう」
俺とアンリエットが早速練習に取り掛かると、一緒についてきたエミリーたちも、自分たちの魔法の練習を始めた。
実は昨日の夕食の時、俺たちが城下町の外で魔法の練習をするという話をすると、この3人も興味を示して、一緒について来ると言い出した。
だがローレシアは、カトリーヌの件で俺のことをまだ怒っていて、この3人がついて来るのに反対した。でも俺がエクスプロージョンの練習中に草木が燃え広がったらこの3人に消火してもらえると説得すると、最後には賛成してくれたのだった。
ローレシアって、意外と嫉妬深いんだな・・・。
それに俺はこの3人がどんな練習をするのかとても興味があったのだ。もちろんエッチな意味ではなく、水属性魔法の向上の観点からだ。
俺はこっそりと3人の様子を見る。
すると3人は、アイスジャベリンを使ってせっせと氷柱を作り始めた。そしてそれを組み合わせて建物を組み立て始めたのだ。
まず最初に氷柱を地面に深く突き刺して土台にすると、その上に氷柱を水平に乗せて梁を作る。さらにその側面や上に今度は平らな板のような氷を乗せて一階部分を作ると、どうやらそれを繰り返して階層を積み上げていくようだ。
「アンリエット・・・みんな楽しそうですね」
「ああ。だがとても理にかなった訓練方法だと思う。様々な形状の氷柱を作る技術、空中で氷柱をコントロールする技術、楽しく訓練をすることでいつの間にか基礎魔力の向上にもつながっている」
「わたくしもあちらの訓練に参加したい気も致しますが、魔族のことを考えるとそうも言ってられません」
「・・・ナツはどうしてそんなにエクスプロージョンにこだわるのだ。やはり皇帝と二人で見に行った軍港トガータの件か。・・・だったらカタストロフィー・フォトンを磨いた方が」
「本当はそうした方がよろしいのでしょうが、実はあの魔法をこれ以上強くする方法が分からないのです。時間をかければ何か方法に気づくかもしれませんが、わたくしにはそんな時間などございませんし、今存じ上げている中で一番強い魔法がエクスプロージョンですので、これを習得する方が近道だと考えたのです」
「・・・そうか、なら仕方ないか。ではこちらはこちらで頑張ろうな、ナツ」
俺は昨日教えてもらった呪文を唱えながら魔法イメージを頭に思い浮かべる。アンリエットからは、他人のエクスプロージョンをよく観察して、それを見よう見まねでイメージするといいと教えられた。
普通に爆発のイメージでいいのではと思ったが、よく考えるとこの世界にはまだ火薬が存在しない。いやひょっとしたらあるのかも知れないが、転生してからこれまで一度もお目にかかっていないのだ。
だから爆発現象を見る機会は、実は他人のエクスプロージョンを見ることぐらいだったりする。
俺はマーガレットやアンリエットを始め、これまで何人かが使用してみせたエクスプロージョンをイメージしようとしたが、よくよく考えると俺は様々な爆発現象を既に知っているので、別にこの世界の人と同じようにする必要はなかった。
そもそも爆発とは、急激な燃焼によって強い衝撃波が発生し、周りを破壊する現象のことだ。俺は爆発の裏に潜む本質を意識しながら魔法を唱えた。
【火属性魔法・エクスプロージョン】
俺がその魔法を発動すると、上空に巨大な魔法陣が出現し、その中心から白い光点がゆっくりと降りてきて、そしてさく裂した。
ドゴーーーンッ!
それはファイアーよりもはるかに強大な破壊力を持つ、典型的な大魔法だった。
「さすがはナツ。初めてにしては上出来だな」
「ありがとう存じます、アンリエット」
「次はフレアーを撃ってみてくれ。この2つの魔法はどちらも広域的に発動する魔法なんだが、その違いを意識しながら繰り返し練習してみて、火属性広域魔法に関する感覚を身体で身に着けていくといい」
「承知いたしました、アンリエット」
このフレアーという魔法は、巨大な熱の塊を空間に発生させて広範囲を焼き尽くす魔法だ。爆発を伴わない分持続時間が長いのが大きな特徴だ。
俺はアンリエットに言われた通り、この二つの魔法を交互に発動させて練習を続けた。
ふと気が付くと、水属性クラスの3人が俺の後ろに体育座りをして練習の様子を見学していた。
3人はもう魔法の訓練に飽きたのかなと思ったが、彼女たちがさっきまでいた場所には、見事な氷の神殿が既に完成していた。
すげっ! お前ら、さっぽろ雪まつりかよっ!
「ねえねえ、エクスプロージョンの練習をしてるんでしょ! 私にもやらせてよ」
3人の一人、セレーネが目を輝かせていた。
「あなた水属性クラスなのに、エクスプロージョンが使えるのですか?」
俺がそう言うと、彼女は楽しそうに答えた。
「そうよ。私って水と火の2つの属性に適性があるんだけど、水属性は去年使えるようになったばかりで、それまでは火属性しか使えなかったのよ」
「え? 属性って、途中で増えるものなのですか?」
「私も知らなかったけど、実は増えるのよ! だから魔法アカデミーでは水属性を勉強しているんだけど、本当に得意なのは火属性魔法なんだから。見てて!」
そう言うとセレーネは勝手にエクスプロージョンの詠唱を始めた。
まあ一発撃てば本人も気が済むだろうし、この子は俺の考えた水魔法・ウォシュレットを容易く身につけた天才でもある。
俺はどんなエクスプロージョンを見せてくれるのか興味があったのだが、やがてそれは失望に変わった。
本人が得意だって言うわりには呪文の詠唱がたどたどしく、こんな詠唱で本当に魔法が発動するのか疑わしいレベルだったのだ。
だが、どうにか最後まで詠唱し終えたセレーネは、その魔法を発動させた。
【火属性魔法・エクスプロージョン】
すると遥か上空に巨大な魔法陣が出現し、その中心からゆっくりと降下を始めた白く輝く光点が、やがて強烈な光を放って炸裂した。
ドッゴーーーーーーーーーンッ!
その爆発は俺のエクスプロージョンどころか、本職のアンリエットやマーガレットのものよりも、さらに一回り強力なものだった。
見事なきのこ雲を発生してみせたセレーネは、満足そうな表情で俺にほほ笑みかけた。
「ねえ、見た? 私のエクスプロージョン! やっぱり魔法はこれに限るわねっ!」
いい笑顔でサムズアップするセレーネに、エミリーとカトリーヌが抱き着いた。
「すごーいっ! あんなエクスプロージョン、初めて見ました!」
「水魔法だけでなく、あんなに立派な火属性魔法も使えるなんて、セレーネ様はやっぱり天才ですわっ!」
「えっへん! どう、すごいでしょ」
「どうやったらあんなすごい魔法が使えるのですか」
「実はね、魔法ってイメージがとても大切なのよ。特にこのエクスプロージョンの場合、余計なことは一切考えずに、ひたすら火力を大きくすることだけに集中するのよ」
「火力をっ! そ、それで?」
「後はその火力をギュって圧縮したら、それがバーンって破裂して、最後に雲がモクモクってなるのよ! エクスプロージョンって、実はたったそれだけのことなのよ! 知らなかった?」
「さ、さすがは天才魔導士! 説明を伺っても何を仰っているのかさっぱり分からないところが、わたくしたち凡人とは違いますね。ねえエミリー様?」
「カトリーヌ様のおっしゃる通り、ギュッ、バーン、モクモクって、私たちにはとてもマネできませんね」
そうして3人がキャッキャウフフと楽しそうにしているのを、アンリエットはただ呆然と見つめていた。それを見ながら俺は、
(ローレシア! 今の感じたか!)
(ええナツ! 普段の彼女からは全く気がつかなかったのですが、エクスプロージョンが発動する瞬間に、とんでもない魔力を感じました)
(ああ。ほんの一瞬だったけど、今まで感じたことのないような魔力だった。・・・彼女って何者なんだ)
(・・・確か、ブロマイン帝国の富豪アーネスト家の娘で、あの転校生のお姉様)
(まさかとは思うが彼女が魔族ってことはないのか。だって彼女、わりと知能が低そうだし)
(知能が低そうって・・・彼女に対して失礼よっ! そもそもわたくしたちと同じ魔法を使っていますし、あの能天気さはとても邪悪な存在には見えません!)
(そうだよな。ただ魔力が強いってだけで魔族と疑うのは良くないよな)
(ええ、それこそかつての魔族狩りと同じになってしまいます。彼女のことをアホっぽいとか、言葉遣いがお下品とか、栄養が頭に行かずに全て胸に行ってしまっているとか、思っていても絶対に口にしてはなりません。彼女に気の毒ですし、それが貴族の嗜みです)
(いや俺もそこまでは思ってないよ、ローレシア)
それからまた数日が経ち、その間は魔法の訓練に精を出す日々が続いた。
雷属性クラスでは、相変わらず隣の席の転校生二人組は学校を休みがちであり、アスター邸ではあれからずっと水属性クラス3人組が一緒に暮らしていた。
(もう彼女たちにも、それぞれ部屋を与えた方がいいレベルでアスター邸に居ついてしまったな)
(カトリーヌ様の専属メイドまで一緒に暮らしてますし、さすがにエミリーの部屋では狭すぎますよね)
俺達がそんな相談をしてると、突然リアーネが雷属性クラスに飛び込んできて、クロム皇帝からの緊急連絡を持ってきた。
どうやら前線に向かった勇者部隊の一つが、魔族に敗れて全滅してしまったらしいのだ。
俺は学校を早退して急いで準備を整えると、アンリエットたちを連れて帝都へとジャンプした。
次回、ついにローレシアに出動要請が
お楽しみに




