第133話 魔王の残滓
シリウス教会の総大司教猊下の話を聞き終えて皇宮に戻ってきた俺たちは、すぐにでも魔法アカデミーへ帰還して魔法の修行に集中したいことを、クロム皇帝に伝えた。
「余としては、そなたにはこのまま宮殿で暮らしてもらい、帝国軍の施設で魔族との戦いに備えてほしかったが、こと魔法の修行に関しては確かに魔法アカデミーの右に出る場所はない。そなたの納得のいくまで、アカデミーで修行をするとよいだろう」
「ありがとう存じます、クロム皇帝」
「だがソーサルーラに帰るまで、まだ少し時間があるだろう。これから少しだけ余に付き合え」
「またどこかに行くのですか? ・・・まあ、少しだけなら構いませんけど、何をなさるおつもりです?」
「そなたと二人きりで街に出る。お忍びだ!」
「えーっ! こんな時に、まさかのデート?!」
「そうだ。面白い所に連れて行ってやる!」
「それはさすがにちょっと困ります・・・」
「執事長! 皇宮の転移陣の準備をしろ。行き先は分かっているな」
「はい、承知しております皇帝陛下」
「それからメイド長! ローレシアを町娘の服装に着替えさせろ」
「承知いたしました。皇后陛下こちらへ」
「えっ? もうデートに行くことが決定してる!」
皇宮の転移陣室に入った俺とクロム皇帝は、執事長が操作する転移陣が作動するのを待っていた。
「ローレシア、そなたは町娘の服装が全く似合っていないな。貴族のオーラが駄々洩れだぞ」
「そ、そうでしょうか。自分ではよくわからないのですが。でもクロム皇帝はとてもよくお似合いですね。全く違和感がございません」
「余はちょくちょくお忍びで出かけることがあるので、この服装には慣れているのだ。お、そろそろ転移が始まるぞ。転移酔いには気をつけろよ」
「ご心配なく。クロム皇帝こそお気をつけ遊ばせ」
そして周りの景色が歪み始め、俺たちはどこかへと転移した。
よくわからない暗い小部屋から出た俺たちは、クロム皇帝に手を引かれるまま路地裏を抜けていく。だが転移酔いをしてしまったらしく、ひどい吐き気をひたすら我慢していた。
「き、気持ち悪い・・・。クロム皇帝、ここは一体どこですか? かなりの距離を転移した気がするのですが、まさか帝都ノイエグラーデスのままってことはないですよね」
「さすがローレシアだ。いきなりこの距離を転移してもその程度で済んでいるのだからな。この距離は帝国軍でも正式な訓練をつんだ者しか転移が許されない。まあ普通の人間なら死んでいるな」
「死っ! な、何をしているのですか、クロム皇帝! わたくしを殺すおつもりですかっ!」
「そなたは普通の人間ではないし、これぐらいの転移は全く問題ないだろう」
「普通の人間ですっ!」
「まあそう怒るな。それより見よ、この景色を!」
路地を抜けていきなり広い場所に出た俺は、クロム皇帝に促されて周りを見渡した。
「え? 何ですか・・・この廃墟は」
そこで目にしたのは、どこまでも広がる広大な土地に埋め尽くされた瓦礫の山であり、所々に完全に倒壊した建物や高熱でガラス状に変化した地面、そして港を埋め尽くす沈没船の残骸だった。
そしてこの荒涼とした風景とは対照的に、その先に広がる海は青く穏やかだった。
「ローレシア。ここがどこだかわかるか」
「いいえ、存じ上げません。でもこの廃墟・・・わりと最近にできたものですね。まだ少し焦げ臭いにおいが漂っております」
「そのとおりだ。ここは元老院の報告にもあった軍港トガータ。魔王が放ったとされるたった一発のエクスプロージョンで、ここにあった巨大な軍港がこのような廃墟と化してしまったのだ」
「・・・ここが軍港トガータ。この廃墟がたった一発の魔法で・・・うそ」
建物の残骸を見ると鉄の柱はねじ曲がり、レンガは高熱に曝されて変質してしまっている。それよりとにかく廃墟の規模が広すぎる。
これがエクスプロージョンにより引き起こされたのだとすれば、マーガレットの放ったものとは明らかに次元が違いすぎる。完全に別の魔法だと思いたい。
「我々が現在交戦中の魔族、その頂点に君臨する魔王とは、このようにとんでもない破壊力を持つ存在なのだ。この魔王にどうやって勝つのか、これからそなたが魔法アカデミーで修業を続ける上で参考になればと思い、余はそなたをここに連れて来たのだ」
「こんな魔法を使った魔王に・・・本当にこのわたくしが勝てるとでも?」
「余が、キュベリー公爵とそなたとの戦いで見せてもらった大魔法・・・カタストロフィー・フォトンだったか、あれにさらに磨きをかければあるいはこの魔王にも届くやもしれん」
「カタストロフィー・フォトンがこれほどの破壊力を持てるとは到底思えませんが、万が一にもこのレベルに届き得るとすれば、確かにその大魔法しか」
「現在我が帝国軍はこのように強大な魔力を持つ魔族どもと必死の戦闘を続けている。彼らのためにも一日も早くそなたの力を借りたい」
「・・・承知いたしました。ではなるべく早く皆様のお手伝いができるよう、魔法アカデミーでの修業に励みとう存じます」
「よろしく頼む・・・ローレシア」
それから魔法アカデミーに戻った俺は、再び魔法の特訓に明け暮れる日々を送った。
午前中は教室で雷属性魔法の特訓、午後はマリエットの研究室で火属性魔法の特訓、そして夜はギルド裏の闘技場で剣術の訓練と、一日中訓練に明け暮れた。
そんなある日の午後のマリエットの研究室で、
「アンリエット、わたくしにもエクスプロージョンを教えてください」
「ナツはようやくファイアーを使えるようになったばかり。いきなりエクスプロージョンだとうまく扱えないから、まずはその中間のフレアーからやった方が」
「ではそのフレアーも同時に教えてください」
「ナツが焦る気持ちもわからなくはないが・・・仕方がないな。両方交互に練習してみるのもいいだろう。では今日は呪文と魔法イメージを学習して、明日の午後は城下町の外の荒野で練習をしよう。ナツの魔力でエクスプロージョンを放てば、ひょっとしたら研究室のシールドが持たない可能性もあるからな」
「いきなりそれはないと存じますが、外での特訓はとても楽しそうですね。それではさっそく呪文から教えてくださいませ」
その後二つの魔法の呪文を必死に覚えて、それから二人でアスター邸に帰った。
アスター邸に戻ると、応接室からはいつものように女子たちの楽しい笑い声が聞こえた。
エミリーたちだ。
エミリーはいつもクラスメイトと3人で、応接室で水魔法の特訓をしているのだが、その前を通るたびにキャッキャウフフと楽しそうで、本当に修行をしているのか疑わしかった。
俺はそーっと、中の様子を覗き込んでみた。
すると、
「きゃっ、冷たい!」
「やりましたわね、セレーネ様!」
「まだまだ行くわよー、エミリー、カトリーヌ!」
「キャー! エミリー様、助けてくださいませ~!」
・・・3人で水の掛け合いっこをしていた。
水属性魔法・ウォーターを使って、お互いに相手を狙って水を撃ち合うのだが、なぜか3人とも下着姿で水をかけあっているので色々と大惨事になっている。
俺がボーッと見ていると、頭の中でローレシアが早くあの3人を止めるように大騒ぎを始めた。
しかたなく俺は、
「何をやっているのですか、あなたたちはっ!」
するとエミリーが俺の前に慌てて駆け出してきて、
「あ、ローレシア様! おかえりなさいませ。私たち水属性魔法・ウォータを使った戦闘訓練を行っていたのです!」
「戦闘訓練って、応接室で水の掛け合いっこをしているだけではないですか! それにソファーも家具も水で濡れてしまって、台無しでしょ!」
「申し訳ございません、ローレシア様・・・。水は後で拭き取っておきますが、水属性魔法・ウォーターの訓練ですので、最後にはどうしても水の掛け合いになってしまうのです」
さっきまでの楽しそうな雰囲気が完全に消え、意気消沈するエミリー。だが頭の中ではローレシアがカンカンだ。
「うーん、確かに言われてみればそのとおりなのですが・・・でも、その恰好はなんですか! 下着が水に濡れて大変はしたないことになってます! わたくし目のやり場に困るではありませんか!」
「ローレシア様は女性なので、別に目のやり場に困る必要はないと思います。それにこの応接室は男子禁制にしておりますので、アルフレッド様も来ませんし、ご心配には及びませんが・・・」
「うっ・・・そ、そうですよね。ここには殿方は一人もいませんよね。大丈夫と言えば大丈夫・・・でも」
俺はなぜかエミリーとローレシアの板挟みになってしまい、ここから何をどうしたらいいのか、よくわからなくなってしまった。すると今度は、カトリーヌが悲壮な顔で俺とエミリーの間に割り込んできた。
「ローレシア様! エミリー様をそんなに叱らないであげてください。下着姿は確かにはしたなかったと存じますが、これでも水属性魔法クラス公式の練習方法なのでございます。明日からはわたくしの屋敷の応接室で訓練を致しますので、今日の所はどうかご容赦くださいませっ!」
カトリーヌは今にも泣きそうな表情で、必死に謝罪してきた。俺はカトリーヌの謝罪に、そもそも水の掛け合いっこをなんで応接室で行うのか、という疑問も感じてはいたが、そんなことも吹き飛んでしまうほど気になることがあった。
なんと、カトリーヌの下着が3人の中で一番はしたないことになっていたのだ!
完全にずぶ濡れのカトリーヌは、大切なものが色々と下着から透けてしまっている。
そして頭の中では、ローレシアが完全に激怒していた。さっきから俺がチラチラと、カトリーヌの色んな所を見すぎだと言うのだ。
結局ローレシアは、エミリーたちに怒っていたのではなく、彼女たちをチラ見する俺に怒っていたのだ。そうと分かれば、俺はカトリーヌから目を背けながらこう言った。
「カトリーヌ様、まずは早く服を着てくださいませ。公式の練習方法なら仕方ありませんし、アスター邸では、メイド全員に戦闘訓練を推奨しています。ですので明日以降もここで特訓をするのを許します。ただし、そのはしたない格好はやめてください。わたくしが叱られてしまいますので」
「まあっ! どなたに叱られるのかわかりませんが、お許し頂きありがとう存じます、ローレシア様!」
カトリーヌがいい笑顔で俺に感謝すると、エミリーも慌てて、
「ありがとうございました、ローレシア様! 下着で訓練するのはもうやめにします。それからその・・・ついでのお願いで大変恐縮なのですが、今日から少しの間、この二人を私の部屋に泊めてもよろしいでしょうか」
「それは全く構いませんが、どうしてですか?」
「実はセレーネ様のお家に誰もいらっしゃらないようで、お食事の用意が大変ということなので、その間はこちらに泊めて差し上げようかと」
するとセレーネが、
「ローレシアお願い! 私だけ一人ボッチにされて、とても困っているのよ。料理以外のことならお手伝い頑張るからこの家に泊めて!」
「そ、それは別に構いませんが、ご家族の方はどうなさったのでしょうか」
「みんな用事があるって言って、どこかに行ってしまったの。いっつもみんな私だけおいて勝手にどこかに行くんだから、もうっ!」
「それはお気の毒に。わかりました、どうせわたくしもいつもこの家にいるわけではございませんし、もしお二人さえよければ、好きなだけエミリーの部屋に滞在して頂いて構いません」
「ありがとう存じますが、ローレシア様!」
「ありがとう、ローレシア!」
こうしてカトリーヌとセレーネが、アスター邸に泊まることになった。
次回、エクスプロージョン
お楽しみに




