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第130話 帝国の夜(後編)

 だがリアーネはため息をついて話を続けた。


「この広大な領地を持つブロマイン帝国は、シリウス教という宗教を核として団結した多民族国家であり、そこに住まう臣民もかつては別々の国の人間でした」


「帝国は周辺諸国を次々に攻め滅ぼして、その領土を拡大してきましたからね。フィメール王国も半分属国にされてしまいましたし。そう言えばこの帝国の前身は確か神聖シリウス帝国」


「はい。昔この大陸には大小様々な国が入り乱れていましたが、ある時、大陸に覇を唱える新興国の王と、シリウス教の布教を狙う枢機卿が手を組んでできたのが、後の神聖シリウス帝国でした。その後内部分裂が起きて前皇家は滅ぼされ、代わりにブロマイン家が皇帝の座につきましたが、シリウス教の総本山は引き続きこの帝都ノイエグラーデスにございます」


「つまり昔からこの帝国の中心にはシリウス教という宗教があるということですね」


「はい、そのとおりです。ですので、帝国に取り込まれたかつての王侯貴族たちで構成される元老院議員は、結局のところシリウス教と言う宗教でしか結びつくことができません。だから自ずと元老院の考え方はシリウス教的価値観の主戦派に片寄ってしまうのです」


「・・・ひょっとしてリアーネ様は融和派でいらっしゃるのではないですか」


「どうしてそうお思いですか?」


「主戦派は合理性よりも宗教的価値観が優先されて、魔族を客観視できないと思うのです。ですがここまでのリアーネ様のお話はその逆で、融和派、主戦派双方の観点を客観的にお話されておりましたので」


「そのとおりです、ローレシア様。わたくしもシリウス教徒であり、魔族が邪悪な存在であることに疑いを持っているわけではありません。ですが、帝国を統治する者として臣民の血を無駄に流すわけにはいきませんので、融和派の考え方に近くなったのです」


「でもリアーネ様のようなお考えの方は元老院にはいらっしゃらないのでしょうか」


「残念ながら少数派でしょう。表だって発言すると神への冒涜だとか、弱腰とか散々攻撃を受けてしまいますからね。それに現在の元老院議長のヴィッケンドルフ公爵が強硬な主戦派であり、融和派の議員を次々と排除してしまいますから」


「なるほど。・・・クロム皇帝はどのようなお考えをおもちなのでしょうか」


「クロムは・・・わたくしにもわかりません。彼は自分の本当の気持ちを他人には明かしませんので」


 主戦派と融和派、二つの考え方が帝国内には存在し、今は主戦派が帝国の主流なのだということがわかった。そしてクロム皇帝は、他人に自分の気持ちを悟らせない・・・孤高の支配者か。





「ところで話は変わりますが、ローレシア様はクロムと本当に結婚されるのですか」


「いいえ。別にそんな予定などございません。どうしてそのようなことをお聞きするのでしょうか」


「だって、帝都にこのような立派な宮殿を用意された上に、ローレシア様はこうして受け入れられました」


「え? ・・・ひ、ひょっとして、この部屋に泊るのはお断りした方がよかったのでしょうか!」


「もしクロムと本当に結婚する気がないのなら、きっぱりとお断りした上で代わりの客間を用意していただくべきでした。わたくしもローレシア様のお気持ちをちゃんと確認しておけばよかったのですが、そこまで気が回らず申し訳ございませんでした」


「そんなっ! わ、わたくし、別にクロム皇帝と結婚する気なんてございませんよ!」


「でもわたくしの見たところ、お二人はとても仲がよさそうで、クロムのあんな楽しそうな顔を見たのは、わたくし生まれて初めてです。普段は自分の気持ちを見せないクロムも、ローレシア様のことを気に入っていることだけは伝わってきます。そしてローレシア様も最初はツンツンした態度を見せつつ最後はクロムと楽しそうにされてましたので、わたくしてっきり」


「ご、誤解ですっ! わたくし、クロム皇帝となんかとは全然仲良くないんですからねっ!」


「でも困りましたね。先ほどの晩餐会に出席していた貴族たちはすでに、ローレシア様を未来の皇后陛下として認識してしまいましたよ」


「先ほどの皆様の長い挨拶は、そういうことだったのですね。ど、どうしましょう?!」




 その時、俺の頭を撫でる手を止めたアナスタシアが、少し距離を開けて俺の顔を覗き込んだ。そして、


「あら? ローレシアって、クロム皇帝派だったの。意外だわ」


「お、お母様?!」


「わたくしはてっきり、アルフレッド派だと思っておりましたの。だってあなたたちは幼馴染みで、お互いに憎からず想っていたでしょ。特にあなたがエリオットに婚約破棄されてからは特に仲がよかったし」


「ちっ違いますっ! 別にわたくし、アルフレッド様のことをそういう目で見たことは、一度もございませんでしたから!」


「あらそうなの? でもアルフレッドって、何があっても、あなたのことは絶対に裏切らないわよ。まさに忠犬って感じで、かわいい子よね」


「ちゅ、忠犬っ?!」


「それに比べてクロム皇帝は、見た目はアルフレッドと同じ金髪のイケメン王子だけど、何を考えているのかよくわからないミステリアスところが魅力と言えば魅力よね。強いて言うなら腹黒王子?」


「はっ、腹黒王子っ!」


「でも王道ヒーローはなんと言ってもランドルフ王子よね」


「王道ヒーローっ!」


「だってあなたのことが好きなのに、親友アルフレッドのために自分の気持ちを隠して一歩引いていたそのやさしさ。それでもあなたのことが忘れられず、親友からあなたを奪い取ろうと決意する! この熱い想いは、そう、略奪愛っ! そんなランドルフ王子は、普段は朴訥とした真っすぐな青年であり、騎士団長も務められる厚い人望を兼ね備え、騎士としても最強の強さも持っている。そしてなにより黒髪の超イケメン。この3人の中だったら、わたくしは断然ランドルフ王子よね! 素敵・・・」


「その長い語り口、お母様ってランドルフ王子派だったのですね。でもお父様とランドルフ王子は随分違うタイプだと思うのですが」


「イワンはね、顔はいいし魔力もとても強いのですけど、なぜか気が弱いのです。自分に自信がないというか、相手から強く出られるとすぐに自分の意見を引込めてしまうタイプ。もう、本当にダメな人ね・・・。ですので、わたくしがついていてあげないと彼はもっとダメになるのよ。そう、イワンにはわたくしが絶対に必要なの。それがわかってしまったから、わたくしイワンと結婚してあげたのよ。だってあの人を放っておいたら可哀想でしょ」


「そ、そうですね・・・お母様のおっしゃるとおり、お父様って本当にダメ人間ですからね」


「でっ、でもねローレシア! あの人にもちゃんといいところがあるのよ。この前のキュベリー公爵との戦いの時なんか、わたくしのことをさりげなく守っていてくれたし、ソーサルーラのギルド裏の闘技場でも、ずっとわたくしと一緒に特訓をしてくれるのよ。彼って、離婚した今でもわたくしのことを本当に愛しているのよ」


「そっ、そうだったのですね! お二人のことはよくわかりましたのでそろそろ寝ませんか? 明日は大切な勇者部隊の出陣式がございます」


「あら、まだ全然宵の口でしょ。寝るにはまだ早いと存じます。それにローレシアもたまにはわたくしの話をちゃんと聞いてくださいませ。それから特訓が終わった後、あの人ったらわたくしに・・・」


 その後アナスタシアは、延々とイワンとののろけ話を話し続けた。俺はそんな話は全く聞きたくなかったのだが、リアーネが妙に食いついてアナスタシアから根掘り葉掘り聞こうとしたのだ。


 一方ローレシアは「親のそんな話なんか聞きたくない! もうやめて!」って白目を剝きながら必死に耳をふさいでいる始末(姿が見えないので、あくまで俺の想像だが)


 こうして地獄のような帝国の夜が更けて行った。

次回、勇者部隊の出陣式


お楽しみに

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