第13話 初めての魔獣討伐①
それから一週間、俺は宿屋の部屋で筋トレを繰り返し、腕立て、腹筋、背筋それぞれ100回ずつは余裕でこなせるまで鍛え上げた。
ここまでくれば、部活で鍛えた男子高校生ぐらいには身体が動かせるはずなので、アンリエットの訓練を受けられるぐらいにはなっただろう。
その副産物として、1日に何十回もヒール&キュアをかけ続けたおかげで、魔力もさらに上がって来た。この一週間の成果としてはまずまずと言えるだろう。
今日からは修道服を着用した加重トレーニングと、スタミナを付けるためのランニングを追加する。
ギルドの受付で申し込んで使用許可を得ると、裏の闘技場に俺たちは再び足を踏み入れた。厚手の布で作られた修道服は重く、顔のベールは息苦しい。負荷をかけるにはちょうどいい服装だ。
ところで俺は、外ではいつも修道服を着ているが、この格好が好きかと聞かれれば実はそうではない。むしろ男なのにスカートをはいて人前に出なければならないという屈辱に耐えているのだ。
ただこの服装は、頭にベールをかぶって顔が見えないこと、厚手のロングスカートで肌の露出が皆無であること、修道女の制服であり特に注目を浴びるファッションではないことが理由でまだ許せている。
本当はアンリエットみたいな騎士の装備がいいのだが、まともに戦えないのに装備だけ騎士というのも格好が悪い。もう少しちゃんと戦えるようになってから、アンリエットに買って貰うことにしよう。
さて、仕方なく修道服を着ている俺だったが、ギルド裏の闘技場で必死に筋トレする謎のシスターの出現に、ギルドの冒険者たちもみなギョッとしていた。
やはり絵面がかなりシュールらしい。
だがこればっかりはしょうがない。俺も人の目を気にしている余裕がないし、ちゃんとした装備を買うまでの短い間のことなので、我慢してほしい。
筋トレが終わったら次はランニングだ。闘技場の周りを緩急をつけて走るいわゆるインターバルトレーニングを行うが、急走と緩走を交互に挟み込んで心肺能力と走力をこれで磨くのだ。
そして疲れたらヒールとキュアを重ね掛けし、時間の許す限り何本でも何十キロでも走り続けた。
そんな懸命なトレーニングを繰り返して、最初の冒険者登録から2週間目の今日、第2回目のレベル判定が行われた。
アンリエットを伴って例の部屋に入った俺は、受付嬢の指示に従い水晶に再び手をかざした。
水晶の中の7色の光は前回よりも強く光っており、浮かび上がっている文字のようなものも増えている気がする。果たして結果は、
「・・・たったの2週間で、どうしてこんなに能力値が上昇しているの・・・ちょっと信じられない」
受付嬢は呆然と水晶を見つめていた。
やった、レベルアップしたかも。
「それでわたくしのレベルは、いくつになったのでしょうか?」
「そうね。実際の戦闘経験がゼロなのでレベル上昇には限界はあるけれど、筋力や体力、すばやさが格段に上昇しているわ。それに魔力も」
「ステータスが全体的に上昇したわけですね。それでレベルの方は?」
「少し押さえ気味に評価して、勇者レベル10・・・といったところかな」
思ったよりも大きな数字だったが、それがどの程度のものなのかピンとこない。
「具体的にはどんなクエストが受注できますか?」
「魔獣討伐の経験値がゼロなのでレベル10という数値になってるけど、ランクCのクエストまでなら紹介が可能よ。この街の近辺に出没する危険害獣の駆除は、すべて解禁するわ」
よしっ!
「やりましたわ、アン!」
「短期間でよくここまで。素晴らしいですお嬢様!」
俺はアンリエットと両手で握手しながら飛び跳ねて喜んだ。
「それでは善は急げ、さっそくクエストに出かけましょう。アンの指示に従いますので、適当なクエストを見繕ってくださいませ」
「お任せください、お嬢様」
「では『ラージポイズンボルフの討伐』でいいのね」
「はい、それでお願いいたします」
俺は受付嬢にそう伝えると、魔術具を手渡された。これを持っていると、実際の魔獣討伐数がカウントされてギルド報酬が正しく支払われるそうだ。なるほどこれがないと、討伐数を証明するために魔獣の身体の部位を大量に持ち運ぶ必要があり、手間がかかりそうだな。
俺はその魔術具を袋に詰めこむと、アンリエットを従えて意気揚々とギルドを後にする。それを見ていた冒険者たちは、
「あの筋トレばかりしていたシスターがついに魔獣討伐に出かけるらしい」
「聞いた話なんだが、あのシスターって実は勇者らしいぞ」
「え、勇者ってあの伝説の職業の? どっちかと言えば聖女の間違いじゃないのか?」
「いや勇者で間違いないようだ。だがあまりにも弱すぎるため、裏の闘技場で筋トレをさせられてたって話だ。勇者レベル1だってよ」
「ぷっ、勇者なのに弱えぇのかよ!」
「でもあのアン様の弟子だそうだ」
「げげっ! あ、あ、あのアン様の弟子だって!?」
「しーっ、声が大きい。アン様に聞こえるぞ」
「お、おおう、悪い。しかし、よりによってあの超恐ええアン様の弟子になるなんて、あのシスター本当に大丈夫なのか?」
「さあな。ひょっとしたらあのシスターとも今日で見納めになるかも知れないから・・・せめて俺たちは無事の帰還を祈ってあげよう」
「そうだな。あのシスターのために神に祈りをささげてやるか」
なんだなんだ? あの冒険者たちの話は。
アンリエットが超恐いって、アンリエットとあの冒険者たちの間にいったい何があったんだよ。
「アンリエット、今の話は・・・」
「お嬢様、恐らく今の話は、私たちがギルド登録した初日のことだと思います」
「初日ですか?」
あの日に何かあったっけ?
「お嬢様と別れて私がクエストを選んでいると、ギルドにいた冒険者たちからパーティーメンバーの誘いを受けたのです」
「えっ? アンリエットは一人でクエストをしていたのではなかったのですか」
「はい。最初はパーティーを組んで始めたのですが、途中でパーティーを解散してソロになったのです」
「何があったのですか?」
「その日はできるだけ高難易度クエストを受注して、パーティーメンバーで魔獣討伐に出掛けました」
「高難易度クエスト・・・」
「最初は私にいい格好をしようと魔獣に挑んでいった冒険者たちでしたが、結局手も足も出ずに私の後ろに逃げ隠れてしまいました。仕方なく私が一人でその魔獣を倒したのですが、連中のあまりの不甲斐なさに頭にきた私は、連中が泣きを入れるまで徹底的にシゴキ抜きました」
「そ、それで・・・」
「結局私はパーティーを抜けてソロになり、次の日以降ギルドの誰からも声をかけられなくなりました」
「そ、そうでしたか。それは大変でしたね・・・」
(ローレシア・・・これから俺たちはアンリエットに鍛えて貰うわけだけど、本当に大丈夫なのか?)
(アンリエットの弟子になるという話は、そもそもナツが言い出したことでしょう)
(そんなの知らなかったんだよ。どうしよう)
(まあ、アンリエットは冒険者相手だから厳しく対応したのだと思います。きっとあたくしたちにはそんなことは致しません)
(だ、だよな)
俺たちは城下町を出て、その魔獣が出没するという森に到着した。他にも様々な魔獣が出るらしいが、それを討伐してもちゃんと報酬が貰えるらしい。1ギルでも多く稼ぎたい俺は、積極的に魔獣討伐に取り組むことにした。
ところで光属性はあまり攻撃魔法がなく、回復・支援系の魔法が中心である。だからアンリエットが武器屋でショートソードを購入して俺に持たせてくれた。小ぶりで軽いため、初心者の俺にも扱いやすい。
そんな光属性魔法にも攻撃魔法は2つある。1つ目は【ミラー】を使って敵の放った魔法を跳ね返すカウンター魔法だ。色々と制約のある魔法だが対魔導士との戦いでは重宝されそうだ。ただし魔獣は魔法を撃って来ないので、今日のクエストでは出番がないだろう。
そしてもう1つの攻撃魔法が面白い。
(アンチヒール? なんだその魔法)
(一種の裏魔法です。呪文はヒールと全く同じなのですが、その効果を反転させて、敵の体力を奪うことができる攻撃魔法です)
(だったら、アンチキュアとかアンチライトニングもあったりするの?)
(ございません。ひょっとしたら存在するのかも知れませんが、わたくしが使えるのはアンチヒールのみです)
(へえ、でも攻撃魔法としては面白いと思う。今日はこの魔法が試せるといいな)
言ってるそばからさっそく魔獣が現れた。雑魚モンスターの定番ゴブリンである。これがおよそ10体群れをなしていて、全員がアンリエットを凝視していた。
恐らくアンリエットをメスとして狙っているのだろうが、この10体のゴブリンを俺が一人で片づける。
俺は準備していた魔法をすかさず発動した。
【ライトニング】
強烈な閃光があたり1面を照らす。俺とアンリエットはタイミングよく目をつぶったが、ゴブリンどもはこの閃光を直視してしまった。
閃光が消えるタイミングで俺は目を開ける。すると全てのゴブリンが目を押さえて地面にうずくまっている。俺はショートソードを手に、1匹ずつゴブリンにとどめをさして回った。
この閃光魔法ライトニングを使った目くらまし戦法は、知能の低い魔獣退治にはかなり有効な作戦であり、他の攻撃方法と組み合わせれば、効率よく戦えると思う。
だがゴブリンを倒しただけでいい気になっていてはいけない。クエストはまだ始まったばかりなのだ。
次回、アンリエットとの魔獣討伐の後編です
ご期待ください




