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第127話 帝国元老院

 新学期2日目。


 俺は午後の魔法の訓練を取りやめて学校を早退すると、アスター邸に設置したクロム皇帝からの贈り物の転移陣を使って、帝都ノイエグラーデスにある皇帝の宮殿にジャンプした。


 この転移陣、一度に転移できる定員が4人に限定されており、帝都での護衛は皇帝の近衛兵が付けられることから、今回同行するのは女性ばかり、騎士団長のアンリエットと薔薇騎士隊隊長のアナスタシア、そして側近であり元帝国皇族のリアーネの3人となった。


 転移が始まって景色が薄れ行く中、俺たちを見送るアルフレッドがとても心配そうな顔をしていた。





「アスター王国ローレシア女王陛下ご到着! 総員、敬礼!」


 ザザザザッ!


 俺たちが転移すると皇帝直属の近衛騎士たちが一列に並んで出迎えてくれた。だがその中に俺が予想していなかった人物が一人混じっていた。


「やあ、待っていたよローレシア!」


「く、クロム皇帝? どうして皇帝自らが、わざわざ転移室までわたくしの出迎えを?!」


「そんなこと、当たり前ではないか。余が未来の后を出迎えるのは当然のことだし、そもそもここは転移室ではない。余の寝所だ」


「し、寝所ですって?! ・・・まさかここはクロム皇帝の私室なのですか」


「そのとおり。余がプレゼントした転移陣にはそのように設定しておいた。なかなか便利であろう」


「・・・帝国からは、今回のメンバーを女性に限定するよう連絡があったと、リアーネ様から伺っておりましたが、こういうことだったのですね」


「余の寝所に男の来客など不要だ。だがそなたなら、余に会いたくなったらこの転移陣を使って、いつでも遊びにくるといい。大いに歓迎するぞ」


「そ、それはさすがに・・・」


「おお! そのように恥じらう表情を見せると、余はそなたのことが余計に愛おしくなる」


「これは恥ずかしがっている表情ではございません。ドン引きしているのでございますっ」


「そんなことより、今から余と共に元老院に行くぞ」


「わたくしの話を聞いて・・・え? 元老院でございますか?」


「そうだ。本日は帝国軍幹部から魔族についての報告がある。そなたも聞いておいて損はないと思うぞ」


「え、魔族の報告っ! 承知いたしましたっ!」






 ブロマイン帝国は立憲君主制である。


 皇帝の権限は憲法によって制限されており、国権の一部は元老院が握っている。たとえ皇帝が巨大な権力を持っていたとしても、元老院の決定には相応の対応をしなければならないところが、他の周辺諸国とは異なる点である。


 これは前身の国家である神聖シリウス帝国の時代から引き継がれた体制であるが、周辺の小国を吸収して巨大化した国家を一つにまとめるためには、どうしても必要な仕組みであった。


 なぜなら、どれだけカリスマ性の高い皇帝であっても、肥大化した帝国の隅々まで統治することは不可能であり、また次代の皇帝が常に高い能力を持っているとは限らないからだ。


 つまり、周辺諸国を支配下に置いても完全な同化は目指さず、元老院議員という形で帝国の国家運営に携わせることで、皇帝の統治を助けたり、逆に牽制したりできるため、自らを帝国の一部として意識づけることに成功したのだ。


 すなわち、皇帝の権力に唯一対抗できる権限を有する元老院の議員は、古くからの帝国貴族、侵略を受けて併合されたかつての小国の王家や高位貴族、属国の王家などの中から互選により選出される。


 そんな元老院の議事堂は皇宮に隣接しており、俺はクロム皇帝にエスコートされて議場へと案内された。




「余は議場に席があるのでここで失礼するが、そなたはオブザーバ席でゆっくりと話を聞いているといい。後の案内は外務卿に全て任せるので、外務卿は余の后に粗相のないようにな」


「かしこまりした、皇帝陛下」


 恭しく一礼する外務卿を俺の元に残し、クロム皇帝は議場に設置された自らの玉座へと向かった。


「それではローレシア女王陛下。オブザーバ席は議場の一番後方となっております。本日は皇帝陛下と共に議場の前方より入られましたので、ここから議員席の間を通り抜けてオブザーバ席まで移動します。ただ申し上げにくいのですが・・・」


「ただ、何でございますか?」


「大変勝手なお願いで恐縮ですが、途中で議員たちの陰口が聞こえましても、あまりお気になさらないようにお願いします」


「陰口・・・ですか」


「はい。・・・それではこちらへどうぞ」




 そして俺たちが議員席の間を通ると、外務卿の言う通りコソコソと陰口が聞こえ始めた。


「あれがローレシア・アスターか。まだほんの小娘ではないか」


「皇帝と一緒に議場に入ってきたが、皇帝はどうもあの小娘への特別扱いが過ぎる。戴冠式に参列したなどとんでもない話だ」


「いくらソーサルーラの大聖女だからと言って、たかが小国の女王を思い上がらせるだけだぞ」


 なんなんだコイツら、言いたい放題だな。


「それよりも見ろよ、その後ろにいるのはリアーネ様じゃないのか」


「本当だ・・・。フィメール王国の内戦で消息不明と聞いていたが、まさか生きておられた上にこの帝都のしかも元老院に再び足を踏み入れられるとは」


「あの小娘、まさかリアーネ様を側近にしているのか。あの皇帝もよくそれを許しているな」


「ご自分の政敵をこの小娘の側近に置くなんて、あの皇帝の考えることは相変わらず理解できんな」


「全くだ」


 議員たちは俺とローレシアに対する反感の言葉を、わざと聞こえるようにヒソヒソ話をする。


 確かにブロマイン帝国に比べたらアスター王国など小国かもしれないが、ここまであからさまな敵意を向けられたら、俺もさすがに頭に来る。


 俺のついでに陰口をたたかれていたリアーネが心配になって後ろを振り返って見たが、彼女は完全に感情を殺して無表情に真っすぐ前を向いていた。


 さすが元皇族だな。


 だがこんな話をずっとコイツらに好きに話させても腹が立つだけなので、俺は議員席を足早に通り抜けると議場の一番後ろにあるオブザーバ席へかけこんだ。





「・・・帝国の者が大変失礼なことを言って、申し訳ございませんでした、ローレシア様」


「リアーネ様が謝罪する必要はございません。あなたもわたくしの巻き添えで、議員たちから陰口を叩かれてましたでしょう」


「わたくしは元帝国皇家の人間ですし、元老院で口撃を受けることには慣れております。それより外務卿! ローレシア様は魔族との戦いのために帝国にご協力いただくお立場であり属国の女王ではないのですよ! 今回の非礼に対しどのようにお考えか!」


「私も元老院議員たちの言動はいかがなものかと思いますが、彼らの不遜な態度は今に始まったことではないことぐらいリアーネ様もご存知ではありませんか」


「だからと言って、あのような言動を放っておくことは許せません。後でクロムに報告して、あの者共を処罰なさい」


「もちろん皇帝陛下には報告しますが、この戦時下において元老院の協力なくして魔族との戦いは継続不可能。それが分かっているからこそ、議員たちは皇家に対して強気の態度でいられるのです」


「・・・・全く、人類存亡のかかった重大な時だというのに、くだらないことを。それに皇家と元老院のどちらが魔族と戦いを望んでいるものやら」


「リアーネ様、それってどういう・・・」


「ここではお話しできませんので、その話はまた後ほど。それよりも議会が始まりますよ」





 リアーネに促されて議場の方に目を移すと、クロム皇帝が玉座に着座して議会の開会が宣言された。本日は魔族侵攻に関する特別審議であり、被害状況の報告と今後の対抗策を議論するため、帝国軍の前線司令官が参考人として招致されていた。


 アージェント方面軍司令官のヘルツ中将と名乗ったその男が議場の壇上に立つと、元老院の議長や議員たち、そしてクロム皇帝に向けて説明を始めた。



「我々ブロマイン帝国はこれまで、人間界への魔族の侵攻を食い止めるために、魔界との境界に防衛線を構築し長年に渡って戦ってきました。しかし昨夏、突如復活した魔王により、我が軍の前線補給基地が灰燼に帰し、防衛線の維持が困難になるという事態に陥ったのは記憶に新しいことと思います」



(ナツ、魔王の復活ですって。去年の夏と言えばわたくしたちがエール病と戦っていた頃ですね。その時、ブロマイン帝国は魔王と戦っていたなんて!)


(それはそうなんだが、まさか魔界と人間界の境界がブロマイン帝国内にあったことも驚きだし、その魔界から魔王がいきなり攻めて来たなんて、かなりの最終局面じゃないのかよ)



「そして我が軍の前線が後退を始めた途端、魔族の軍勢が魔界の門を抜けて我が帝国領内に大挙して侵入。この度のスタンピードの発生となったわけです」



(スタンピード! こいつはヤバいな・・・)


(ナツ、スタンピードってなんですの?)


(魔族やモンスターが大量に発生して、村や町を壊滅させる現象だ。これを防ぐのは相当大変なことだぞ)


(随分と詳しいのね。ナツのいた世界でも、そのスタンピードって発生していたの?)


(いや、そもそも魔族なんていないし、戦争も何もない平和な国だった)


(じゃあどうしてそんなこと知ってるのよ?)


(そういう物語をたくさん読んだだけだ)


(ガクッ・・・)



次回、魔族の脅威


お楽しみに

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