第125話 謎の転校生①
本エピソードは前後編です
こいつら、俺がアカデミーに復帰した初日に校門ですれ違った5人組のうちの二人だ。
俺が二人を見ていると、向こうもそれに気付いたのか、男子生徒が俺に話しかけて来た。
「俺はアゾート・アーネストで、こいつはネオンだ。少しばかり金を稼ぐために休学していたんだが、今日から復帰することになった。よろしく頼む」
「まあ、そうでしたのね。自己紹介が遅れましたが、わたくしローレシア・アスターと申します。お二人とは入れ違いにこのクラスに編入して来たのですが、ようやくお会いできましたね」
「そうか。これからは席が隣同士、仲良くしてくれ」
「こちらこそ・・・・と言いたいところなのですが、実はわたくし、明日には帝都に向かわなければなりませんの」
「帝都というとブロマイン帝国の?」
「はい。帝国は魔族との戦いに勇者部隊を投入するそうで、帝都ノイエグラーデスで出陣式があるのです」
「勇者部隊だと! 帝国にはそんなものがあるのか。それに魔族って本当に実在するのか!」
「・・・え、ええ。わたくしも詳しくは存じ上げないのですが、勇者部隊も魔族も実在するようです。でもあなた方はブロマイン帝国から来られたとお聞きしましたが、ご存じないのですか」
「え?! いや、そ、そうなんだが実は俺たち・・・貴族ではなく辺境の田舎育ちの平民で、そういうことにはあまり詳しくなくて」
「まあ、そうでしたのね。でもこの学園には平民の方もたくさんいらっしゃるし、身分差別は禁止されてますので、安心して学園生活をお過ごしくださいませ」
「ああ、そうさせてもらうよ」
このアゾートという男、ぶっきらぼうだが気さくで悪くない感じだな。優秀な学生で周りとはあまり話をしないという評判だったので気難しい性格を覚悟していたが、わりと普通の生徒でホッとした。ただし内に秘めた魔力は膨大で、実技でクラスの誰も敵わなかったというのも頷ける。底の知れない男だな。
そしてネオンという女子の方は結局一言もしゃべらず、俺とアゾートが話している間も、つまらなそうに会話を見ているだけだった。
ただ彼女はとんでもない美少女で、白銀の長い髪に赤く大きな瞳が特徴的だった。ローレシアが妖精のような儚い美しさだとすると、彼女はまるで吸血姫のような妖しい存在感のある美しさだ。
そんなことを考えているうちに授業が始まった。
さて俺は雷属性クラスに転籍してしばらく経つのだが、まだ初級魔法のサンダーに悪戦苦闘している。
先生やカトレアに聞きながら見様見真似でなんとか魔法を発動させてはいるのだが、魔力を投入しているわりには雷撃がショボい。
雷魔法はコツをつかむまでが長いらしく、最初は誰もが通る道らしい。
一方で隣の席の二人は3年生で新たに習う新魔法、マグネティックフォースの練習をしていた。
俺と同じ時期に転校してきたというのに、この二人と俺は全くレベルが違う。こいつらって本当に優秀な学生なんだな。
まあ他人のことを気にしても仕方がないし、気を取り直して再び悪戦苦闘をしていると、突然アゾートが話しかけて来た。
「お前、雷属性魔法は初めてなのか」
「はい。わたくし闇属性クラスからの編入生で、雷属性魔法自体使ったことがないのです」
「そうか・・・。雷属性魔法にはクセがあるというか少しコツがあって、普通は例えば「夏の嵐の雷」なんかをイメージして魔法を発動させる人が多いんだが、実はそれだと魔力効率が悪くなるんだ」
「え、そうなのですか? 雷属性というぐらいだからてっきり雷を思い浮かべるものだと」
「魔法のイメージは目に見える現象ではなく、その裏に隠された真実をイメージするのがコツなんだ。だからこそ雷属性魔法は難しいんだよ。・・・・うーん、なんて言えばいいかな。あ、そうだ、電撃には磁石と同じように互いに引きあったり反発したりする正反対の2種類の流れがあるんだよ。知らなかっただろ?」
「2種類の流れですよね。それならわたくしもやっているのですが、うまく行かないのです」
「やっているだと? ・・・では周りにある空気のことはどう考えている」
「空気ですか? 特に何も・・・はっ!」
たしか空気は絶縁体で、基本的には電気の流れを阻害するものだ。だが落雷が発生している時、上空の雲から地上に向かう空気の一部が電離して電気の通り道を作っていると聞いたことがある。
雷がギザギザしているのは、その電離した空気のルートがそのようになっているからだそうだ。
つまり正解は、雷のような大電流を放つイメージと同時に、途中の空気を電離させて電気を通しやすくするイメージの両方を持つ必要があったんだ。
よーし、こんなもんでいいかな?
【雷属性魔法・サンダー】
パーーーーーンッ!
俺の手元から発生した魔法の雷は、強大なスパークを伴って練習用のターゲットを粉々に粉砕した。
「で、できました・・・カトレア、どうですか?」
「ローレシア様、すごいです! いきなりこんな強力なサンダーを放てるようになるなんて!」
指導していた先生も目を白黒して驚いている。だがこの成功は全てアゾートのアドバイスによるものだ。俺は彼に振り返って礼を言った。
「おかげでサンダーの習得ができました。アゾート様は教え方もお上手なのですね」
「・・・・いや、俺は大したことは何も言ってない。ローレシア、お前が自分で気が付いたんだろ」
「ですがわたくし、電撃のことばかりを考えていて、周りにある空気の事なんか全く考えておりませんでした。確かにこの電撃を遮る邪魔者が雷属性魔法の攻略ポイントでしたね。そのことに気づかせていただき、ありがとう存じます」
「・・・そうか」
俺がお礼を言うと、アゾートはぶっきらぼうにそう言って自分の練習に戻った。だがその向かいに座っているネオンは、その大きな赤い瞳を輝かせながら俺のことを興味深そうに見つめていた。
昼休みになると、アンリエットが雷属性クラスまで俺を迎えに来てくれた。
「ローレシアお嬢様、お迎えに参りました。さあ食堂へ行きましょうか」
「ありがとうアンリエット。カトレアも一緒にいらっしゃい」
「はい、ローレシア様」
そして3人で食堂へ向かうのだが、アンリエットはカトレアに見えないようにこっそり俺と手をつないだ。
アンリエットを見ると、頬が少し赤くなっている。
俺とアンリエットの関係は、アルフレッド以外に誰も知らない秘密だ。カトレアに気付かれないように、こっそりとイチャつくスリルと背徳感。そして恥ずかしさとうれしさで俺の顔も熱くなってきた。
「少し遠回りして行きましょうか、アンリエット」
「はい・・・ローレシア様。仰せのままに」
そんな新婚ラブラブの俺たちだったが、わざと遠回りをして普段は通ることのない風属性クラスの前を通り過ぎた時、その異様な光景が飛び込んできた。
なんと風属性クラスの教室では、男子生徒全員が床に片膝をついて胸に手を当て、一人の女子生徒を崇めていたのだ。
(何やってるんだ、このクラスは?)
(さあ・・・女王様と彼女にかしずく騎士たち?)
(プッ。ローレシア親衛隊みたいだな、あいつら)
(あーっ、またわたくしのことをバカにして!)
(でもみろよあの子、実際ローレシアみたいだぞ)
その女子生徒は長くきれいな金髪をしていて、瞳は透き通った青色。その整いすぎた顔はどこか人間離れしていてまるで妖精のようだった。・・・ローレシアと違うのは胸がとても大きいことぐらいか。
(あの子の人間やめた感、ローレシアにそっくりだ)
(何よナツ、その人間やめた感って! すぐわたくしのことをバカにする!)
(違うよ、それぐらい美人だってことだよ)
(ふ、ふ~ん・・・ナツはわたくしのこと、そこまで美人って思ってくれているのですね)
(もちろんだよ。俺はローレシアが世界で一番の美少女だと思ってるんだから)
(世界で一番の美少女って・・・もうっ、ナツったら大袈裟なんだから! ウフフ!)
(だから驚いてるんだよ。まさかローレシアみたいな美少女がこの学園にもう一人いたなんて・・・)
(・・・さっきの転校生も相当な美少女だったけど、この子は妖精みたいに綺麗よね。確かにこの子、完全に人間やめちゃってるわね。ウフフフフ!)
(お前もな・・・)
俺は風属性クラスと言えば、カミール・メロアぐらいしか知ってるヤツがいなかった。だからあまりいいイメージを持っていなかったし、なるべく近づかないようにしてきた。
カミールのワンマンだと思っていたこのクラスが、まさか女王の支配する教室だったとはな。そういえばカミールはどこに・・・あっ!
「あ、アンリエット! ・・・あのカミール・メロアが床に膝を折って、女王様にかしずいてる!」
「ほ、本当ですね・・・あの傲慢な男が跪くなんて、このクラスは一体どうなっているのでしょうか。カトレアは何かご存知ですか?」
「いいえ、アンリエット様。私も風属性クラスとはあまり付き合いがないので、こんなことになってるなんて全然知りませんでした」
そんなことを話していると、その女子生徒が懐から取り出した大きな扇子を広げて、口元を覆い隠した。
「あ、アンリエット・・・あの大きな扇子って確か、悪役令嬢が好んで使用しているものですよね。悪巧みをする時、口元を隠してクスクスと笑うための。あの女子生徒は悪役令嬢だったんですよ!」
「ナツ・・・ローレシアお嬢様もいつも持っておられるじゃないか。悪役令嬢の必需品みたいに言ったら、お嬢様に叱られるぞ(ボソッ)」
「・・・実は今、叱られているところです(ボソッ)でも待って。あの女子生徒の後ろにいるシスターを見てちょうだい! 彼女も懐から同じ扇子をとりだして広げたわ。これは一体どういうことなの? あの子は悪役シスターってことなの?」
「ナツ・・・令嬢はともかく、シスターがあの扇子を広げる姿は、さすがに違和感しかないな(ボソッ)」
「本当に訳がわからないですね。アンリエットっ! あの二人が教室を出てこちらに来ます!」
二人が廊下に向かって歩き出そうとすると、クラスの女子全員が起立して、
「「「いってらっしゃいませ、フリュオリーネお嬢様、マールお嬢様」」」
「あなたたちも早く食堂にいきなさい」
「「「はい、フリュオリーネ様。仰せのままに」」」
そして教室の扉が開き、二人が俺たちの横を通り過ぎて行った。フリュオリーネ様と呼ばれていたあの妖精のような女王様のような・・・つまりローレシアみたいな女子生徒は、チラリと俺を流し見ただけでそのまま無視して通り過ぎて行った。
一方、その後ろにくっついて歩いていたシスターは少し立ち止まって俺の方を見ると、すぐ慌ててフリュオリーネ様の後ろについて行った。
あのシスターの動き、あれはシスターのものではなく取り巻き令嬢のそれだ。それもプロフェッショナルの域に達した生粋のものである。
最近、ローレシアの真似をして修道服を着ている女子生徒をよく見かけるが、彼女もローレシアファンの一人なのかも知れない。
だが彼女は、圧倒的に修道服が似合っていない。
今度見かけたら、その服を脱いで制服に戻した方がいいって教えてあげなくちゃな。
次回もこの続きのアホ回です
お楽しみに




