第122話 エピローグ②(ある女王陛下の戴冠)
戴冠式当日。
アスター城の謁見の間には周辺諸国から多数の来賓が訪れていた。それこそフィメール王国の戴冠式をはるかに越える来賓数で、謁見の間はすでに超満員だ。
ソーサルーラからは国王夫妻とランドルフ王子の他にも第1王子や王女たちまでもが参列し、他国も同様にフィメール王国の時よりも多くの参列者を、アスター王国に送り込んでいた。
事前に連絡のなかった王族まで参加してきたため、宰相ウォーレンは部下たちに指示を出し、会場を急遽変更して城の前庭で戴冠式を行うことにした。
今日は雲一つない快晴。もうすぐ冬が終わって春がやってこようとしている。
そう、ちょうど1年前にローレシアがこの城を追放されたのと同じ日であった。
前庭に設置された玉座に向かって、アスター城から姿を現したローレシアが、ゆっくりと歩みを進めた。
お気に入りの純白のドレスに闇のティアラを頭に飾り、指には各種魔術具の指輪、胸にはロザリオといういつもの衣装だが、ローレシアが着るととても清楚で神々しく生まれながらの女王の風格すら感じさせた。
ローレシアの後ろには、側近のリアーネ・メア・ブロマインが続き、その両隣にはアスター王国騎士団長のアンリエット・ブライトと薔薇騎士隊隊長に就任したばかりのアナスタシア・アスターが鋭い目を光らせて周りを警戒している。その3人の後ろには、アルフレッド、ロイ、ケン、バン、イワンの護衛騎士5人が続いた。
ローレシアが玉座の前に立つと、8人が下がって玉座の後方に並び、玉座の横には王国宰相のウォーレン侯爵や財務卿兼内務卿のハーネス公爵、外務卿のブライト伯爵などの重鎮がずらりと並んだ。
そしてローレシアが一歩前に出ると、脇に控えていた大神官から、アスター王国の王権の象徴となる王冠が彼女の頭に厳かに乗せられた。
王国宰相ウォーレンが高らかに宣言する。
「今ここに、ローレシア・アスター女王陛下がご即位されアスター王国の建国が相成った。我等がアスター王国とローレシア女王陛下に栄光あれ!」
「「「栄光あれ!」」」
誕生したばかりのアスター王国は、これからどんな国になっていくのだろうか。ここに集う参列者の誰しもが期待を込めて、女王ローレシアを見つめていた。
だがそんな参列者は、誰一人として知らない。
この若き女王の隣には、異世界からの転生者ナツが常に寄り添っていることを。
ローレシアとナツ、そして密かに側室となったアンリエットの3人が、このアスター王国を舞台にどんな物語を紡いでいくのか。
多くの参列者の祝福と大歓声に包まれながら、アスター王国の歴史が今ここに始まる。
~完~
<おまけ>
堅苦しい戴冠式もつつがなく終わり、前庭ではそのまま祝賀パーティーへとなだれ込んでいた。会場にはたくさんの料理や飲み物が運び込まれ、ローレシアも緊張の糸が解けたのか、アンリエットと二人で食べ物を物色していた。
するとアルフレッドが走ってこちらにやってきた。
「ローレシア様! 護衛騎士の僕をおいて行かないでくれよ」
「ごめんなさいね、アルフレッド。でもたまにはアンリエットと二人でのんびり食事がしたかったのです」
「え? だって、昨日の夜はアンリエットを部屋に呼んで二人で一緒に寝たんだろ。だったら僕との時間を作ってくれたっていいじゃないか」
「いいえ、昨日はナツがアンリエットとずっと一緒に過ごしてて、わたくしとはあまりしゃべってないの」
「ナツとアンリエットが・・・どういうこと?」
するとアンリエットが顔を真っ赤にして、
「アルフレッド、実は私・・・ナツの側室になったのだ。それで昨日はその・・・」
「アンリエットがナツの側室に・・・それっていったいどういう・・・昨夜は二人で何をしてたんだ?」
「アルフレッド! 女の子にそんなことを聞くものではありません。アンリエットが恥ずかしさのあまり、真っ赤な顔で固まってしまったではありませんか!」
「すまない・・・しかしナツはやるな。ローレシアとアンリエットの二人とも手に入れたのか」
そこへ、
「ローレシア様! 大変ご無沙汰しております」
「まあ、レスフィーア公女! 随分とお久しぶりですが、その後後遺症とかは出ていませんか?」
「はい、ローレシア様。おかげさまでわたくし、このとおりピンピンしております。そしてわたくしのコレクションもすべてフィメール王国から取り戻していただき、感謝の言葉もございません」
「それは良かった。キュベリー城・・・じゃなかったハーネス城はこのアスター城よりも広いので、立派なコレクションルームを作ってくださいね」
「それがもう完成したのですよ。つきましてはローレシア様を来賓第1号としてお迎えしたいと」
「え・・・で、でもわたくしはまだ少し忙しいので、ぜひ他の方を先にお招きした方が」
「いいえ、一番最初に女王陛下にご覧いただかずして他の方など誰も招待できません。ぜひわたくしのコレクションルームへお越しください。ぜひ、ぜひ!」
「わ、わかりました。では近いうちに伺いますので、リアーネ様とスケジュールの調整をしておいてくださいませ」
「承知いたしましたっ!」
そういうと、レスフィーア公女は鼻歌を歌いながらリアーネの方に飛んでいった。
「相変わらずですね、レスフィーア様は」
「ああ。王女から公女に変わっても中身は全くかわらないんだ。それはまあ僕も同じで、キミとは身分が入れ替わってしまったが僕はまだ諦めたわけではない。キミはアスター王家初代女王であり、王国の繁栄を考えれば必ず世継ぎが必要となる。その時にはぜひ僕をキミの配偶者にしてほしい」
「・・・やはり世継ぎは必要でしょうか」
「絶対に必要だ! 考えてもごらん。もしキミが後継者を産まずに他界してみろ、求心力を失ったこの国はまた内戦が発生して多くの血が流れるだろうし、他国に侵略されて国民が苦しむことになるかもしれない。でも、世継ぎがいればアスター王家を中心にアスター王国の統合が図られる。だからこの僕が」
「ちょっと待った~。ローレシアの配偶者の話なら、この俺も立候補させてもらおうか」
「ら、ランドルフ王子! どうして?!」
「どうしてもこうしても、ローレシアの配偶者なんて魅力的なポジション、立候補しない方がおかしいじゃないか」
「ですが、ランドルフ王子はわたくしに対して、今までそのようなことは」
「それは親友であるアルフレッドに遠慮していたんだよ。だがフィメール王国は第2王子のものとなり、コイツは国外追放されてハーネス公爵家の跡継ぎになったからもう遠慮はいらなくなった。ローレシア、ハーネス公爵家なんかよりも魔法王国ソーサルーラの王家と婚姻を結んだ方が両国の結びつきが強くなって国が安定する。世継ぎの魔力だって強いはずだ」
「なんだとランドルフ! 魔力の強さは僕の方が上だったじゃないか。強い世継ぎが欲しいなら、この僕を選んだ方がいい」
「クラスメイトだった時の測定で、たまたま俺に勝っただけではないか。普段は俺の方が強かったはずだ」
「ウソをつけ。お前なんか魔法王国の王家のクセに魔法より剣の方が向いていると言っていたではないか」
「そんな昔の話を今持ち出すな」
「じゃあ、どっちが強いか今ここで勝負をしよう」
「ちょっとこんな祝賀パーティーの会場でやめてください」
ローレシアは慌てて二人の決闘を止めようとするが、騒ぎに気が付いた来賓たちは、二人の青年が若き女王を巡って争っている姿に、表情をニヤニヤさせながらどんどん周りに集まってきた。
さらにブロマイン帝国の司令官までもが護衛騎士を伴ってこちらに歩いてきて、ローレシアに一礼した。
「あら司令官、お久しぶりですね。ブロマイン帝国もわたくしの戴冠式に参列されていたとは存じ上げませんでした。招待状を送ったのに連絡がなかったので、てっきり無視されたものとばかり・・・」
「いえいえ女王陛下、大切な同盟国を蔑ろになどいたしませんよ。ですので本日は、私みたいな司令官ではなく、ちゃんとした参列者を連れてきました」
司令官がそう言うと、後ろにいた護衛騎士が前に出てきて、その兜を脱ぎ捨てた。
「あっ、クロム皇帝っ! あなたがどうしてここに」
「もちろんローレシアの戴冠式に参列するためだよ」
「戴冠式に参列って・・・だって、フィメール王国の戴冠式には参列していなかったじゃないですか。それなのにどうしてわたくしなんかのところに」
「ローレシア、それはそなたが余の花嫁になるからに決まっているではないか。余にとっては、フィメール王国なんかより、そなたの方がはるかに重要だ」
ブロマイン帝国皇帝の突然の登場に、周りに集まった来賓たちは騒然となっていたが、加えて皇帝の口から飛び出したこの爆弾発言に、会場は一気に大騒ぎとなった。
「おい今の話を聞いたか! ブロマイン帝国の皇帝がローレシア女王陛下にプロポーズしたぞ!」
「これはとんでもないニュースじゃないか! 建国したばかりのアスター王国の女王が、今度は超大国ブロマイン帝国の皇后も兼任することになるかも知れないんだぞ」
「ソーサルーラの大聖女も引き続き兼務されるらしいし、ローレシア様の快進撃はまだまだ続きそうだな」
それに慌てたのが、アルフレッドとランドルフ王子だった。
「クロム皇帝! なぜローレシアを狙うんだ。嫁なら帝国内にいくらでもいるだろ」
「そうだ。帝国には追加で魔石を融通してやるから、ローレシアからは今すぐ手をひくんだ」
「断る。帝都にはローレシアのための宮殿もすでに用意してある。いつでも帝都に住めるぞ」
今度は三人の青年がもめ始めたため、いよいよ場の収拾がつかなくなったローレシアが、完全にキレた。
「もうあなたたち3人とは結婚致しません! それにクロム皇帝はもう帝国に帰ってください! アスター王国は帝国の属国ではございませんので、誤解されると困ります!」
「なら安心するがいい。余は属国になど姿を見せん」
「何も安心できませんし、クロム皇帝とは絶対に結婚しませんからねっ!」
「まあ、簡単にプロポーズの返事をもらってもつまらないし、ここはゆっくりとローレシアとの恋愛を楽しむことにするか。ではまた遊びに来るぞローレシア、さらばだ」
「もう来なくて結構ですっ!」
ローレシアの名誉回復の物語は、これにてひとまず終了ですが、この後日談をもう少しだけ続けてみたいと思います。
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