第120話 奴隷の夫婦
ソーサルーラのアスター邸に帰宅したローレシアは、病院勤務を希望する分家の娘や女騎士たちにアスター邸の部屋を与えた。
彼女たちは得意の光属性魔法を使って、ローレシアの代わりに病院に勤務することになったのだ。
その反対に、侍女たちの一部はアスター王国へ連れて行くことにした。
魔法アカデミーに通っている侍女はソーサルーラに残し、それ以外の侍女を全員連れて行く。具体的には侍女長マリアとノーラ、エレノアの既婚者コンビ、そしてサラ、ニア、ミルの3姉妹だ。
カトレアが寂しそうにつぶやく。
「アナスタシア様とも仲良くなれたし、ローレシア様と一緒にアスター王国に行きたかったのですが、ローレシア様はもうこちらへ戻って来られないのですか」
「いいえ、カトレア。わたくしはまだ魔法アカデミーに通うつもりです。そろそろ闇属性以外の魔法も身に着けたいの」
するとエミリーが、
「ではぜひ水属性クラスに編入してくださいませ! ローレシア様とクラスメイトなんてとても素敵です」
「ズルい! でしたらローレシア様、ぜひ雷属性クラスへのご編入を」
「そうね。まだまだ学ぶべき魔法がとても多いので、女王なんかしてる暇はないかもしれません。ということでわたくしの部屋はそのままにしておいてくださいませ。あちらが落ち着いたらすぐに復学いたします」
「「はい! 承知いたしました!」」
その後侍女を連れて王宮に向かったローレシアは、ソーサルーラ国王に改めてあいさつしたのち、転移陣で国境にジャンプし、アスター城へ帰還した。
アスター城に戻ったローレシアは、それからしばらくは建国のために馬車馬のように働いた。
アスター王国の王城はアスター城をそのまま使うこととし、アスター伯爵領は王家直轄領となった。一方旧キュベリー公爵領は、ハーネス侯爵家とウォーレン伯爵家の領地に分割し、両家を昇爵してハーネス公爵家とウォーレン侯爵家とした。
ハーネス公爵家の当主は老齢のハーネス侯爵が勇退して娘夫婦であるフィメール国王夫妻があとを継ぎ、その二人の長男のアルフレッドが、ハーネス公爵家の次期当主ということになった。
「これで僕も正々堂々とキミの騎士になれるよ。我が麗しき主君、ローレシア女王陛下」
そう言いながら深々と騎士の誓いを立てるアルフレッドに、
「そんなにうれしそうな顔でわたくしの前にひざまづくのはやめてください! 恥ずかしいでしょ」
ローレシアは居心地が悪そうにしていたが、アルフレッドは嬉々として、ローレシアの後ろに控える護衛騎士隊のロイの隣に並んだ。
そのアルフレッドの反対側に立っているアスター伯爵は、ローレシアの女王就任が決まったことでその爵位を失い、イワン・アスターとして引き続きローレシアの護衛騎士の任につくことになった。イワンの隣にいるバンが遠い目をしながら、
「ローレシア様の関係者とは言え、ご両親やら元王子やらがただの護衛騎士って、メチャクチャだよ」
するとケンが、
「ご両親を護衛騎士にした時もそうなんだが、ローレシア様は普段は常識的な貴族のお嬢様なのに、突然人が変わったように破天荒な行動に出る時があるよな」
「それは僕も感じてたよ。でもその度にピンチを脱してとうとう女王にまで登り詰めたんだ」
「ああ、だからこの僕もローレシア様がいつ豹変されるのか楽しみにしてるんだ。貴族の常識にとらわれない、おかしなことをしてくれることをね」
ブライト男爵は2階級特進して伯爵の爵位を得ると、元アスター侯爵家の臣下を全て配下に加えた。
レイス子爵は、キュベリー公爵家が滅んでフィメール国王も失脚した今、見せしめとして処罰する必要もなくなり、ローレシアはその罪を許した。領地は大幅に削られたが、彼はブライト伯爵の臣下として名誉回復を目指すことになった。
重臣たちの爵位と領地が決まると、次は王国の主要ポストの配分だ。
まず王国運営の要である王国宰相には、ウォーレン侯爵が就任した。
「謹んで拝命いたしまする、ローレシア女王陛下」
そして財相兼内相にはハーネス公爵、外相にはブライト伯爵が就任した。
「さすがにブロマイン帝国とフィメール王国の手前、元フィメール国王を宰相にするわけには参りませんでしたが、内政の重要ポストですので、リアーネ様ともよく相談して、よい国となるようお願いします」
「うむ。命の恩人であるローレシアの期待は、絶対に裏切ることはないであろう」
「父上、もう呼び捨てはいけません。女王陛下と呼んでください」
「むむ、そうだったな・・・ローレシア女王陛下殿」
「ブライト伯爵には外交をお願いします。特にブロマイン帝国と魔法王国ソーサルーラとは軍事面でも協力関係にありますので、伯爵の手腕に期待しています」
「お任せください、女王陛下。・・・それから我が娘は今後どうなさるおつもりですか」
「アンリエットにはそのまま王国騎士団の騎士団長に就任していただきます。彼女ももう伯爵令嬢なので、本当は騎士として生きるべきではないのでしょうが、よろしいでしょうか、お父様?」
「ええ、もちろんです女王陛下。それにもう我が娘はローレシア様に差し上げます。いかようにでもお好きにお使いください」
「承知しました。ではアンリエットはこのわたくしが確かに譲り受けましたので必ず幸せにしてみせます」
「幸せにするって・・・え?」
そんな風に、ローレシアの戴冠式に向けてアスター王国の建国が急ピッチで進めていたある日、フィメール王国から一人の男が届けられた。エリオットだ。
地下牢暮らしで浅黒く汚れ、ボロをまとったエリオットがアスター城の前庭に放り出されると、彼を連れてきた役人はローレシアあての親書をアスター王国の役人に手渡し、そのまま馬車で引き返していった。
その信書を受け取ったローレシアは、アスター城の地下牢に移送していたマーガレットを庭に連れ出すとエリオットの隣に並べた。
「あなたたち二人は、本来なら直ちに処刑すべき大罪人なのですが、二人ともクロム皇帝所有の奴隷になってしまったので、処刑できなくなってしまいました。今後も我が王国の中で生かしておくことにしますのでありがたく思いなさい」
するとエリオットが情けない表情で、ローレシアに助けを求めた。
「ローレシア、頼むから僕を奴隷として追放しないでくれ。なんでもするから、この王城に置いて欲しい。この通りだ」
「お断りします。あなたの顔など2度と見たくないと申し上げたはず。本当はどこか遠くの国に行ってほしかったのですが、あの皇帝のせいでわたくしの国から出せなくなってしまいました。本当に迷惑な話です」
「そんな冷たいことを言わないでくれ。僕たちは幼いころからの婚約者同士じゃないか」
「・・・そんな過去もございましたが、わたくしにとっては早く忘れてしまいたい黒歴史です。それにあなたにはマーガレットという生涯の伴侶がいらっしゃいますので、あなたもわたくしのことは早く忘れてください。お二人で末永くお幸せに」
「そんな・・・僕は本当にキミのことを愛していたんだ。・・・なぜこんなことになってしまったんだ」
「マーガレット、あなたの夫をすぐに黙らせなさい」
「もう嫌! わたくし奴隷なんかになりたくないし、今さらこんな奴隷の男と結婚したくもございません。ごめんなさいローレシア様、わたくしをもう許して」
「許してもなにも、あなたは本当は死罪なのです! 死ぬことを何よりも恐れていたあなたなら、奴隷として生きる方がまだマシでしょ。早く受け入れなさい」
「無理よ! お風呂にも入れず、自分の身体が臭くてかゆいのよ。髪もごわごわで気持ち悪いし、服もボロボロではしたないの。こんな姿、恥ずかしくて人には見せられない」
「あなたはもう貴族ではないのですから、その格好で我慢するしかございません」
「ううっ・・・でしたらもう奴隷で構いませんので、せめてこの王城で働かせてちょうだい。外で生きていける気がしないのよ」
「嫌です。あなたのようなサイコパスを王城で働かせるなど、恐ろしくてわたくしには無理です」
「わたくしが悪うございました・・・もう絶対にあなたを殺そうとしませんので許して。ここを放り出されると、わたくし絶対に死んでしまいますわ。だってわたくし働いたことないのよ!」
「心配しなくても、あなたたちをただ放り出すわけではございません。ちゃんとベテランの奴隷商人に売却いたしますので、あなたたちが高い値段で売れるよう厳しい奴隷教育を受けることになるでしょう。マーガレット様も女奴隷として必要な実技を、色々と仕込んでもらってくださいませ」
「ひーっ! そんなの嫌よーーっ! 奴隷なんか絶対になりたくない! ぎ、ぎゃーーーーっ!!」
マーガレットが奴隷になるのを強く拒否するほど、肩の奴隷紋が怪しく光り、激痛で地面を転げだした。
「エリオットも奴隷としてちゃんと働くのですよ。そしてマーガレットを大切にして二人で支えあって生きて行きなさい。奴隷商にはちゃんと奴隷の夫婦としてセットで売却するように命じておきますので、ご安心ください」
「何も安心できないよ! ローレシア頼むから奴隷商に売るのはやめて、ここで働かせてくれ!」
「衛兵、この二人を奴隷商に売ってきなさい」
「はっ! さあ、お前たち、こっちに来るんだ」
「離せ! 奴隷なんか嫌だ、ぎゃーーーっ!!」
エリオットの奴隷紋も怪しく光始め、二人はのたうち回りながら衛兵たちによって城から連れ出されていった。
(ローレシア。これでエリオットとマーガレットの処分は終わったが、妹のフィリアと弟の名前なんだったっけ・・・はこのままでいいのか)
(そうね。弟のステッドはエリオットと同じロクでなしですが、平民として生きてみて立ち直ってくれれば、騎士として雇い入れてもいいかもしれません。でもフィリアは・・・)
(マーガレットと同じサイコパスで、修道院でキミを殺した犯人。あの母親も今ではフィリアの所業には真っ青になっているし、あの性格は治らない。それこそ奴隷紋で縛らない限りは外には出せないな)
(ですのでこの話はひとまず終わりにして、次はナツとアンリエットの話よ)
(え? 俺とアンリエット?)
次回、アンリエットのお話です
お楽しみに




