第116話 ローレシアの知らなかった真実
「わかりました、その提案に応じましょう。ただし一つ条件を付けさせてください」
「ほう、この提案にさらに条件を付けてくるとはな。まあいい、聞くだけ聞いてやろう」
「もし可能であれば国王とアルフレッド王子の身柄を引き渡していただきたく、その場合どのような対価をお支払すればよろしいかお聞かせ願えますか」
「あの2人を解放すれば、フィメール王国の再統一をもくろむ火種にしかならんから、どのような条件もつけることはできない。それともそのような事は絶対にさせないとそなたが約束するとでも」
「そ、それは・・・」
やはりそのあたりはお見通しのようで、あの二人を救うことはどうやら難しそうだ。
「だが、こちらの条件に応じてくれれば、考えてやらんこともない」
そう言いながら皇帝がニヤリと笑った。何だ?
「・・・どのような条件でしょうか」
「ローレシア・アスター、そなたの力を余に貸してほしい」
「わたくしの力を・・・ですか?」
皇帝はお茶を一口飲むと、ローレシアに向き直って話し始めた。
「我が帝国がなぜ周辺諸国に圧力をかけてまで国力を増強しているのか、その理由がわかるか」
「それは帝国が大陸統一の野望を持っているからではありませんか。つまりはわたくしにその野望の片棒を担げと」
「・・・大陸統一は手段であって目的ではない。そもそもその必要が生じたのは、人類の力を糾合して魔族どもに対抗するためだ」
「魔族・・・ですか?」
「・・・まさかそなたは魔族の存在を知らないのか」
「魔族の物語は幼い頃に祖父から聞いたことがございますが、遠い国のお話で、わたくしはまだ一度も見たことがございません」
「何をのんきなことを。これはおとぎ話ではないし、そなたの隣国のブロマイン帝国の話である! それにそなたは王家に近い高位貴族家の当主。帝国の抱える事情や周辺諸国の政治状況にも精通しているはず」
「いいえ。クロム皇帝は何か思い違いをしているようですが、わたくしはもともとフィメール王家に嫁ぐために、王族としての社交界のルールやマナー、ダンスしか学んでおりません。アスター家当主をやっているのもフィメール内戦を戦ったのもすべて成り行き上のことであり、全て終われば辺境に引きこもってスローライフを送る計画でございます。ですので帝国の事情も周辺諸国の政治も魔族のことも、わたくしは何も存じ上げておりません」
「社交界、ダンス、典型的な嫁入り教育だな・・・。確かによく見ればそなたは正真正銘の貴族令嬢。公爵とのあの苛烈な戦闘ができるようには到底見えんな、フフ、フハハハハ!」
クロム皇帝は何がツボに入ったのか、ローレシアを見て笑い続けていた。
「・・・あの~クロム皇帝、わたくしのことを笑い者にするのも如何かと存じますが、そろそろその魔族について教えていただいてもよろしいですか」
「これは失礼した。魔族についてであったな。魔族は昔からこの世界に存在していたのだが、500年ほど前に魔王が突如現れて魔族どもを統一し、大陸の一部に魔界を作ってしまったのだ。そしてその魔界はブロマイン帝国と隣接しており、定期的に我が帝国に攻めてきているのだ。やつらの目的はおそらく人類の征服」
「えーーーっ! 魔族が人類の征服を企んでいるのですか? それは大変なことではありませんか!」
「・・・・それを知らなかったそなたも大概だがな。つまり我がブロマイン帝国は常に魔族どもと戦う宿命にあり、周辺諸国の力を借りたり、言うことを聞かない国は併合して国力を増強し、魔法についてはソーサルーラの助力を受けているのだ」
「もしかしてランドルフ王子はこのことをご存じでしたの?」
「もちろんだ。ていうかローレシアが知らなかったことの方がむしろ驚きだ」
「・・・そんな話、貴婦人方は誰も話題になどしておりません!」
「それで話を戻すと、その魔族との戦いにそなたの力が必要なのだ。できればともに戦ってほしい」
「えぇぇ・・・このわたくしが魔族と戦うのですか」
(ナツ・・・どうしよう。クロム皇帝がわたくしに魔族と戦えって。そんなの無理よね、恐いし)
(いやいや、やっと異世界転生っぽくなってじゃないか。まさにこれだよ! 魔族だって・・・くうっ!)
(・・・ナツ、すごいやる気ですね)
(当たり前だよ。俺はここに転生してからというものの、素敵なドレスやティアラがどうのとか、お花摘みやお風呂当番がどうのとか、高位貴族とか令嬢同士の争いとかそんなのばっかりで、俺の出番なんかアンリエットとの戦闘訓練や実際の戦争しかなかったんだ。まあアンリエットとの訓練はなんか青春していてドキドキしたけど、俺は戦争よりも冒険者として戦う方がいいし、戦うなら強い敵、そう魔族なんか最高だ!)
(そ、そうですか・・・。わたくしは魔族などと言う禍々しい者と戦いたくなどありませんが、ナツがそこまで楽しみにしているのでしたら、この条件を飲みましょうか)
(よっしゃー!。魔族と戦えて国王や王子が助かるのなら、それこそ一石二鳥だよ)
ローレシアは居住まいを正して皇帝に答えた。
「わかりました。このローレシア・アスターは、ブロマイン帝国とともに魔族との戦いに参加いたします」
「おお! そなたが参戦してくれるのであれば、あの魔族どもにも痛撃を与えることが出来るだろう」
「では国王と王子の身柄は」
「もちろんそなたへ引き渡そう」
「ありがとう存じます。ではこの後の進め方は」
「帝国はフィメール王国次期国王として第2王子マークの戴冠を承認すると同時に、そなたの国の独立も承認する。国の名前を何にするかはそちらで勝手に決めてほしいが、フィメール以外の名前を使ってくれ」
「独立・・・え、わたくしが建国するのですか!?」
「当たり前だろう! そなたは女王になるのだから、当事者意識を持って建国してもらわなければ困る」
(ナツ・・・どうしよう。わたくしが女王ですって)
(プーッ、クスクスクス)
(なんで笑うのよ・・・)
(ついにローレシアも正真正銘の女王様か。大丈夫、ローレシアにはピッタリの仕事だよ)
(でもそうなった場合、ますますナツとアンリエットの3人のスローライフから遠ざかるし、それにソーサルーラ国王との関係はどうなってしまうのでしょう)
(スローライフがダメなら、跡継ぎを産むためにこの俺は誰かと・・・ガクガクブルブル。そ、それはひとまず考えないことにして、ソーサルーラとの関係は国王と相談するしかないだろう。きっといい知恵を出してくれるさ)
(そうですね。あと、フィメール国王を引き取るとして、身分はどうなっちゃうんでしょう)
(・・・国を追われた亡命貴族・・・とか?)
(・・・フィメール王国統一を目論む亡命王家、そしてそれをわたくしがかくまうのですね)
(そう考えると皇帝の言う通り、フィメール国王なんか将来の火種にしかならないな)
(でもだからと言って助けないわけにはいかないし、なるようにしかならないと思います)
(だな。で国の名前だけど、シンプルにアスター王国にでもするか)
(それだとわたくしがソーサルーラの貴族をやめることが前提となるので、アスター侯国とかかしら)
「さて、これで話し合いは終わったな。そなたがぼーっとしている間に調印文書に署名をしておいた。ランドルフ王子の署名ももらったので、あとはそなただけだ」
「承知しました」
ローレシアはこの話し合いの結果を文書にした調印文書に署名し、ここにフィメール内戦は終結した。
次回、マーガレットの処罰です
お楽しみに




