第108話 フィメール内戦の行方
時間を少し遡る。
王都の公爵邸からローレシアに逃げられてしまったキュベリー公爵は、その夜のうちに公爵邸を引き払って公爵領に全員転移すると、公爵家の現有戦力をかき集めて王都に向けて出陣した。
そして公爵を捕らえるために王都を出陣したばかりの王国騎士団に、電光石火の強襲で痛撃を与えることに成功した。もともと五分の戦力を保有していた国王と公爵は、この公爵側の奇襲成功により国王側がその保有戦力を大きく減らすこととなった。
こうしてフィメール内戦は、王都前の平原を主戦場として公爵軍優勢からその火蓋が切って落とされた。
この結果に、フィメール国王は王城の玉座で苦虫を噛み潰していた。
「くそっ、キュベリーめ! だがこちらにはアルフレッドに託した騎士団や、王国重臣たちの戦力が温存されている。それに貴様のクビをはねれば私の勝ちだ」
一方、奇襲に成功したキュベリー公爵も、
「くそっ、攻めきれずに王都に侵入することができなかった。こんなところで国王の騎士団の数を多少減らしても大して意味がない」
「父上、折角の勝利なのでもっと喜べば」
「いや、国王の身柄とやつの王冠のレガリア。これを手に入れなければ、いくら戦場の勝利を重ねても意味がない。第一王子ジェームズに戴冠させて、この国のキングメーカーとなった時点でワシの勝ちだ」
だがこの戦いの結果はやはり公爵側に有利に働いた。勅令の公布により参戦を戸惑っていた公爵派の貴族たちも、初戦の公爵優勢の展開に、我先にとこぞって戦いに参戦していったのだ。
なぜなら公爵の覇権が決定的になった際、参戦の名乗りの順や参戦する騎士団の規模によって、得られる王宮の官職や利権の配分に大きく影響してくるのだ。
公爵派の貴族たちの参戦により、王都を巡る戦場はますます公爵軍優勢となり、王都フィメールの城門が突破されるのも時間の問題と思われた。
だが、このタイミングでローレシア率いるアスター騎士団の勝利の報が王都に伝えられた。
キュベリー騎士団の全滅、レイス子爵の拘束、旧アスター侯爵家臣下の寝返り、そしてローレシア親衛隊とソーサルーラの大火力魔法攻撃の噂が流れると、最高に高まった公爵軍の士気に冷や水が浴びせかけられた。特に公爵派貴族の間に動揺が走った。
さらに国王側にもようやく援軍が到着した。アルフレッド王子の母親の実家であるハーネス侯爵家と外務卿のウォーレン伯爵の騎士団及びその臣下の騎士団の大軍勢であった。
この親国王派貴族の遅ればせながらの参戦により、公爵軍は一度に大打撃を受け、城門近くまで迫っていた戦線も大きく後退させることとなった。
「騎士団がバラバラに戦っていてはダメだ。各貴族家騎士団の指揮権を、このワシに集中させろ!」
だが公爵が全軍の指揮を執り始めると、軍全体が有機的に機能し始めた。そこに公爵の老練かつ粘り強い用兵も合わさって、戦線を再びジリジリと押し戻して初戦の奇襲で得た拠点を再奪還すると最初の位置まで前線を押し上げてみせた。
キュベリー公爵は非凡な男であった。
若い頃は武芸でその名を轟かせて、30を超えればその豊富な魔力で騎士としての幅を広げ、公爵家を継いでからは権謀術数で公爵家の権力を強化していく、マルチプレイヤーだったのだ。
その溢れんばかりの才能が、やがてフィメール王国を我が物にすると言う野心へと繋がっていくのだが、そんな有能な公爵も娘のマーガレットの教育に失敗したため、国王から逆賊の汚名を着せられてしまうことになってしまったのだ。
だが自らの生き残りをかけたこの内戦の中で、キュベリー公爵は自分の才能をさらに開花させていった。用兵家としての才能である。
公爵が全軍指揮したことで、ハーネス・ウォーレン両騎士団の参戦を受けてなお、その猛攻をはねのける快進撃をやってのけたのである。
それを見た公爵派貴族からも、
「当代のキュベリー公爵は歴代最強かもしれんな」
「権謀術数は当然として、武人としての才も、魔導師としての才も超一流。そしてこの用兵。公爵がフィメール王国を統治すれば、近隣諸国に覇を唱えてあのブロマイン帝国の領土すら切り崩せるかもしれん」
「何代か後にはキュベリー公爵家からブロマイン皇帝を出すことも夢ではないな」
貴族たちの絶賛が沸き起こるほど勢いを盛り返した公爵軍だが、またもやその進軍を新たな軍勢に阻まれることとなる。
アルフレッド王子率いる王国騎士団と、それに随行する旧アスター家臣下連合1000の軍勢だ。これに喜んだのは、王城の玉座で王国軍の指揮を執っていたフィメール国王だ。
「でかしたアルフレッド! まさかこんなに早く王都に騎士団を帰還させられるとは思わなかった。しかも無傷の上、援軍まで連れてくるとはあっぱれ!」
この新たな戦力の参戦は決定的で、さすがの公爵も戦線をもはや維持することはできなかった。
「くそっ・・・我が命運もここで尽きたか」
キュベリー公爵は、騎士団の幹部や側近たちを集めた軍議で一言告げた。
「何を言っているのですか父上! たかがアルフレッド王子の騎士団が参戦しただけ。また戦線を押しかえせばいいではないですか」
「いや、我が騎士団が全滅したのは聞いていたが、まさか王国騎士団が無傷だったとは。しかも旧アスター家臣下のやつらが一戦も交えることなく敵に寝返ったのが想定外。簡単に寝返るやつは本当に信用できん」
「でも父上ならこの程度の敵・・・」
「戦争において数の優勢は絶対なのだ。今の我が軍に対し王国軍はついに2倍の戦力に達した。戦術を駆使してなんとか戦線を維持してきたが、ここが限界だ」
「何を言っているのですか。少し劣勢に傾いただけでは」
「今はな。だが国王側にはまだここに到着していない軍隊がもう一つ存在する」
「・・・ローレシア率いるアスター騎士団」
「そうだ。レイス子爵戦の話を聞いた限り、やつらは魔法の火力に特化した我が国騎士団とは異質の軍隊。やつらがこの戦場に到着してしまえば、我々はもう終わりなのだ」
「ではついに・・・」
「ああ、我が野望が潰えた今、フィメール国王も地獄の道連れにしてやる。帝国軍に救援要請を出せっ! これでこのフィメール王国は終わり。ブロマイン帝国の属国として、暗黒の時代を生きるがいいさ」
ローレシアは、レイス子爵領の占領を終えると再び騎士団の再編に着手した。というのも、この戦いで少なくない死傷者が出てしまったのだ。
ローレシアはすぐに負傷者の手当てを行うと、傷が癒えたばかりの騎士をマーカスの部隊に集め、健在な騎士は逆にアンリエットの部隊へと異動させた。
そしてマーカスの部隊にはレイス子爵領の占領と、今回アルフレッドとともに進軍した旧臣下の領地の監視の役割を与えた。
それから解体したレイス騎士団の中には、汚名返上のためアスター騎士団に入隊を希望するものが出てきた。そこで彼らの中から忠誠心が高く精強な騎士を選りすぐり、アンリエットの指揮下に200騎、ブライト騎士団も同数の200騎になるように配属させた。
この400騎の騎士団に、ランドルフ王子が率いるソーサルーラ騎士団100騎がこれに加わった500騎で王都への進軍を開始する。
「それではマーカス、レイス領の占領と他の貴族家の監視、それに敵敗残兵の管理など色々と大変ですが、そこは大人のマーカスが適任と思いますので、お任せいたします」
「承知いたしました、アスター侯爵閣下。そういうことは、このマーカスめにお任せください」
「頼りにしてますよ、マーカス」
「も、もったいないお言葉を! ・・・この命に代えても、旧アスター侯爵家全土はこのマーカスめが死守いたします」
レイス子爵領を離れて王都へと向かったローレシアたちは、王都まであと二日という距離まで騎士団を進めていた。
だがそこで、ついに恐れていた報告をアルフレッドの使者から耳にしてしまった。
「ブロマイン帝国軍がついに参戦したのですか!」
「はい、戦況のご報告とアルフレッド王子からの救援要請をお伝えします。王都近郊の主戦場での優勢を確保していた王国軍に対し、その背後を新たに参戦してきた帝国軍に突かれ、現在公爵騎士団との挟撃を受けて苦戦しています。帝国軍に攻撃を加えて王国軍から引き離してほしいと」
「ついにキュベリー公爵は自らの覇権を王国に築くことをあきらめ、生き残りに絞ったというわけですね。それでアンリエット、わたくしたちはどのように参戦いたしますか」
「ここから真っすぐ王都に向かうと、ちょうど帝国軍の側面に出ます。帝国軍の後背に回るなら右から反時計回りに進軍する必要がありますが、帝国軍は数が多いため王国軍との挟撃を行っても効果はあまり出ないかと」
「王子からの要請は帝国軍への打撃ですが、もし公爵軍へ攻撃する場合、どういう経路になるのかしら」
「公爵軍は我々からは戦場のほぼ反対側に位置するため、左から大きく時計回り旋回しないといけません。進軍に余計に日数がかかってしまうため、こちらへの攻撃は現実的ではないかと」
「つまり、わたくしたちは帝国軍と戦うしかないわけですね。あるいはそうなるように仕向けられたってことかしら。やはりこの戦場全体の構図をコントロールしているのはキュベリー公爵・・・」
(ナツなら、この場合どうしますか?)
(うーん・・・難しいところだけど、俺たちの強みを活かすような作戦がいいな)
(わたくしたちの強み・・・強力な魔法攻撃かしら。ランドルフ王子の部隊もいますし、アスター騎士団もどちらかと言えば魔法が売りですから。ただ全体的に光属性が多めなので、どうしてもアンリエットみたいな他属性騎士が攻撃の主力になります)
(・・・なるほど、そうか! だとすれば、騎士団としては規模が小さいこともある意味強みになるな)
(・・・それって強みでもなんでもありませんが)
(そして全員が騎馬兵で、歩兵が一人もいない)
(機動力は、一応ございますね)
(今のアスター騎士団は、補給部隊に合わせて進軍してるので進軍速度は歩兵並みなんだけど、彼らを切り離せば一時的にだが進軍速度は跳ね上がる)
(でも支援部隊なしに進軍するなんて自殺行為よ)
(そうだな。だが今回に限ってはそうとも言い切れない。そこの地図を見てほしい。俺たちがいる位置から真西が王都でそこには帝国軍が展開している。王国軍はその南側の城門を守るように布陣していて、公爵軍はさらにその南側から王国軍を挟撃している)
(ええ。それがどうかしたの)
(仮に公爵軍を強襲する場合、大きく迂回することになるが、公爵軍のさらに南には何があるか)
(・・・キュベリー公爵領。まさか公爵軍を無視してさらに遠方の公爵の領地を攻めるの? 遠すぎるわ)
(そのお陰で公爵もここを俺たちが攻めるとは考えていないはず。たぶん俺たち同様、最低限の守備隊しか残さず、ほぼ全軍を王都に集結させているだろう。ここで公爵の領地を叩けば、少なくとも公爵軍の一部は王国軍の包囲を解いて自領の防衛に向かうはず。そこを俺達と王子で逆に公爵軍を挟撃して先にやつらを全滅させられれば、帝国軍は援護すべき対象を失い、撤退や休戦交渉のテーブルにつかせることができる)
(でも、ここから公爵領までかなりの距離があるわ。王都まで2日の距離だから、公爵領までは少なくとも4~5日はかかる。だから公爵は、自領が攻められる心配がなくなり領地を空けていられるのよ)
(でもその時間は普通に進軍した場合で、騎馬兵だけなら飛ばせば1日だ)
(そんなの馬が持たない。やはり2日、3日はかかると思うの)
(だから少数であることが強みなんだよ。ソーサルーラの遠足で俺たちがやったことを思い出せ)
(遠足? ・・・そうか、キュア&ヒールの重ね掛けを騎士団全体にするのね)
(そのとおり。これだと馬の疲労を無視して全力で駆け抜けられるし、速度もかなり上がるだろう。そしてがら空きの公爵領に侵攻して、大魔法をぶっぱなしてメチャクチャに暴れるだけだ)
(・・・さすがわたくしのナツです! そのメチャクチャな作戦で行きましょう)
次回、ローレシアたちが突撃します
お楽しみに




