第105話 ローレシアの両親の処分、そして内戦へ
「さて、フィリアの次はお母様の番です」
「むぐーーーっ!」
「お母様は3つの中から一つ選ばせてさしあげます。一つ目はフィリアの隣の牢でその一生を終えること。二つ目は修道女として神に仕えて一生を終えること。三つめは伯爵と離縁して騎士団の一兵卒として最前線に立つこと。ウフフフッ、お母様は魔力だけは無駄に高かったので、突撃兵として使い手がありそうね」
「むぐーーーーっ! むぐーっ!」
「さあお母様。この3つのうちどれを選ぶか決まりましたか。今からその猿ぐつわを外しますが、もし余計なことを喋ったり、わたくしが少しでもうるさいと感じたら、自動的に1番が選択されフィリアの隣の牢でその一生を終えていただきます」
「・・・・・」
「あら? 急に静かになりましたね。・・・どうやらお母様の答えは決まったようね」
俺は衛兵に命じて伯爵夫人の猿ぐつわを外させると、すっかり観念した夫人は、虚ろな目で俺を見ていた。
「さあ、早く答えを言いなさい」
「・・・3番にいたします」
「わかりました。これでお母様は、お父様と離縁してアスター家の人間ではなくなりました。この瞬間から騎士団の一兵卒としての人生がスタートいたします」
「・・・一兵卒」
「さて配属先ですが・・・そうですね、アンリエットが以前隊長をやっていた薔薇騎士隊でいかがかしら。そこの新人騎士として、先輩方からその鈍った身体を鍛え直してもらってくださいませ」
「薔薇騎士隊ですって? ・・・だってあそこは」
「ええ、アンリエットの信奉者だけが集まった女騎士の部隊です。アンリエットの命令一つでどんな敵にも躊躇なく突撃していく精鋭部隊。訓練も騎士団で一番厳しいので、お母様も覚悟してくださいね」
「そんな・・・あそこだけはやめて、ローレシア」
「あら? 嫌ならフィリアの隣で一生を」
「それだけは絶対に嫌っ! わたくしはフィリアみたいにはなりたくないっ!」
「あらあら、あんなに可愛がってた愛娘だったのに、フィリアもかわいそうな子ね。あなた母親なんだし、一生隣にいてさしあげればいいでしょ?」
「やめてっ! もう伯爵と離縁してアスター家の人間ではなくなるのですから、そんなことさせないで! ぜひ薔薇騎士隊に入らせてくださいませ!」
「いいでしょう。では、今ここでアンリエットに忠誠を誓いなさい」
「え? このわたくしがアンリエットなんかに忠誠を誓うのですか?」
「嫌ならフィリアの隣で」
「ちっ、誓わせていただきますっ!」
伯爵夫人は慌ててアンリエットの前にひざまずくと、深々と騎士の忠誠を立てた。
「ところでアンリエット、薔薇騎士隊って今どこにいるのでしょうか」
「お嬢様と私が修道院へ送られた際、抗議のため全員アスター騎士団をやめてしまいましたが、私たちがここに戻ってきたので、みんなも騎士団に復帰いたしました。今はこのアスター城の修練室でその鈍った身体を鍛え直しています」
「それはちょうどよかった。それではお母様も今すぐ修練室に直行なさい。アンリエット命令を」
「アナスタシア、敬礼!」
「はっ!」
「現時刻を持って、貴様を薔薇騎士隊の隊員とする。修練室にいる隊員へ着任の挨拶に行け。駆け足っ!」
「は、はいっ!!」
・・・ローレシアの母親はアナスタシアという名前だったのか。
アナスタシアは重いドレスのスカートをたくし上げると、駆け足で修練室へと走って行った。
「最後に残ったのはアスター伯爵、お父様の番よ」
「ローレシア・・・お前は本当に私の娘のローレシアなのか」
「あら、どうしてそう思うの?」
「ローレシアとはまるで別人・・・お前は一体誰だ」
「だから言ったでしょ。今のわたくしはフィリアに殺された後にブライト家の召喚魔法で甦った死者の魂。以前のローレシアでないのよ」
「その人格の豹変ぶりは、本当にフィリアに殺されてしまったのだな、ローレシア・・・」
「ええ・・・でも今はそんなことどうでもいいのよ、お父様の処分を決めなければなりませんので。さて、さっきの三択の中ならどれを選びますか。でも2番の修道女を選ばれてもさすがに困りますが」
「私にまでそのような厳しい処分を行うのか!」
「あなたが諸悪の根元なのだから当然でしょ!」
「うっ・・・」
「さあどうするの? フィリアの隣の部屋はまだ空いているわよ」
「3番で・・・」
「あらまあ! フィリアって本当に可愛そうな子ね。両親にこれ程まで愛されていない娘も珍しいわ」
「ローレシア・・・何もそこまで言わなくても」
「でも・・・そうね、お母様と同様に、お父様も魔力だけは無駄に強いので、今回だけは3番で許して差し上げます。そして配属先は・・・そうだ、わたくしの護衛騎士におなりなさい。お父様は今から、アスター侯爵家の騎士団の新人です。騎士団長のアンリエットに忠誠をお立てなさい」
「なんだとっ! この私がアンリエットの部下だと」
「嫌ならフィリアの隣で」
「ちっ、誓わせて頂きます・・・」
そしてアスター伯爵もアンリエットの前にひざまずくと、深々と騎士の忠誠を立てたのだった。
(ローレシア、これで3人の処分は一応終わったよ。俺なりに配慮したつもりなんだが)
(・・・・気になることもいろいろございましたが、まずはお礼をさせてください。わたくしの代わりに家族に罰を与えてくれて、しかも処刑したり追放したりせずにこのままここに置いていただけて)
(フィリアは殺人罪だし、さすがにああするしかなかったが、キミの両親には騎士団の一員として戦力になってもらう。これから公爵軍との本格的な戦いが始まるだろうし、魔導士は一人でも多い方がいいからな)
(そうね。でもさすがナツは異世界人というか、発想が斬新というか、仮にも名門侯爵家の夫妻だった二人をアンリエットの部下にしてしまうなんて、わたくしもビックリいたしました)
(アンリエットなら例え王族が部下になっても大丈夫だろう。なんならアルフレッド王子にも騎士の誓いをさせておこうか)
(それは絶対にやめてあげてください。まあ、あんなバカな両親でも貴重な魔導士には変わりありませんから、あの二人に対してはとても合理的な処分でした)
(立ってるものは親でも使えと、昔から言うしな)
(でもナツ・・・一言だけ文句を言わせてください。どうしてあなたがわたくしの演技をすると、いつもあんな女王様みたいになるのですか! いいえ、今日のはもっとひどい、まるで悪役令嬢よ!)
(悪役令嬢ってことはないだろう。ローレシアそっくりにできたと思うんだけどな・・・)
(お父様には完全にばれてるでしょ! もうっ、ナツのバカ!)
さてここからはローレシアに身体の操作を交代し、ローレシアは今後の方針をアルフレッド王子や護衛騎士たちと議論する。
「まず皆様にはわたくしを無事助け出していただき、改めてお礼申し上げます。さて今回キュベリー公爵家に誘拐されたことで様々な真実が判明いたしました。まずソーサルーラ貴族であるわたくしの誘拐を実行し殺害しようとしたのは公爵家の次女マーガレットであり、その証拠隠滅のためわたくしを公爵邸に一生監禁して乱暴まで働こうとしたのはキュベリー公爵です。この二人は最早言い逃れのできない現行犯です。それから帝国軍を王国国境付近に呼んだのも次女のマーガレットであることがわかりました」
するとアルフレッド王子も、
「おそらく公爵自身も、今回の件で最早言い逃れはできないことをしっかりと認識しているはず。このまま何もしなければ王国法に基づき裁かれることは必定。公爵が生き残るためには、我がフィメール王国を完全に手中に収めるしかないため、いよいよ我が国は内戦に突入するだろう」
「そうですね。我がアスター家も生き残りをかけて、フィメール国王とともにキュベリー公爵と戦います。王子は大至急国王へ状況の報告を。わたくしはランドルフ王子に救援を要請いたします」
「わかった! ・・・しかし、レスフィーアのエール病の治療で王国に戻っただけなのに、大変な事態に巻き込んでしまって本当にすまなかったローレシア」
「まさかこんなことになるとは夢にも思いませんでしたが・・・王国のために絶対に勝ちましょう、王子」
その頃キュベリー公爵家でも、アスター家と同様に生き残りをかけた戦いに向け慌ただしく動いていた。執務室に家族や側近、騎士団幹部を集めた公爵は、皆を前に決意を表明していた。
「これからフィメール王国を二分する戦いが始まる。我がキュベリー家は、最早国王との戦いを避けられなくなってしまったのだ。我々が生き残るためにはフィメール国王を打倒するしか道はなく、負ければすべての罪を背負わされて断罪され、おそらく家族全員が処刑されて晒し首、公爵家も取り潰しになるだろう」
すると公爵夫人が、
「あなた、どうしてこんなことになってしまったの! ローレシアね! きっとあの子のせいなのね!」
「違う! これはすべてはマーガレットのしでかしたことだ。まさかマーガレットがこんなにも愚かな娘だとは夢にも思わなかった・・・」
「お父様! わたくしは何も悪くない! これは全部ローレシアのせいなのよ。きっとあの子がわたくしたちを罠にかけたに違いないわ。だからあの子を早く殺しておけばよかったのよっ!」
「いいや、これはローレシアではなくマーガレット、全てお前のしでかしたことだ。だがお前をこんな愚かな娘に育ててしまったワシたちにも責任がある。お前がローレシアの半分でも有能なら、こんなことにはならなかったからな」
「お父様、ひどいっ! このわたくしがローレシアなんかに劣ると言うの? ・・・お父様はローレシアのことが大好きで、公爵家に迎え入れてご自分の女にしようとしていたぐらいですから、きっとローレシアの方がわたくしよりも優秀に見えるのでしょう」
「そうよあなた! 自分の娘よりも年下の少女に熱を上げて、みっともないとは思わないのですか!」
「くっ、今はそんなことを話している場合ではない。それにローレシアさえ手に入れれば、フィメール王国など簡単に征服できたのだ。だがこうなってしまったらもう仕方がない。ローレシアのことは諦めて、我々も生き残りをかけて戦うのみだ。マーガレット、お前も騎士団の一員として戦え。魔法ぐらい使えるだろ」
「承知しました。ローレシアめ、今度こそ確実に殺してやる!」
そこで公爵家長男フィリップが作戦の話に戻した。
「父上、我が公爵家は臣下の騎士団を含めて、王国の戦力の約4割を支配下においてます。片や国王の勢力もほぼ同数ですが、ローレシアの要請で恐らくソーサルーラ軍が出てきます。だから我々も帝国軍に」
「・・・それはならん」
「なぜですか、父上」
「仮にそれで勝てたとしても、このフィメール王国は帝国の属国に成り下がり、キュベリー公爵家の支配権は今よりもずっと小さなものになってしまう」
「だからといって負けてしまったら元も子も・・・」
「だからギリギリまで要請は行わん。もし帝国の力を借りずに勝ちきることができれば、この王国は完全に我が公爵家のものになるのだからな。わかったら全軍進撃開始。目指すはフィメール王城だ!」
次回、レイス子爵領へ攻撃開始
お楽しみに




