第101話 公爵令嬢 vs 侯爵令嬢(ナツの場合)
ローレシアと交代した俺は、手に持っていた大きな扇子を広げて口元を隠すと、すぐに攻撃魔法の詠唱を開始しながら状況を確認する。
敵騎士は全部で10名。
全員が剣を構えて、ゆっくりと俺に近付いてくる。魔法を唱えているものはいない。
一方の俺は、公爵の聴聞会に出席していた時の服装のままなので、買ったばかりの豪華な純白のドレスに悪役令嬢がよく持っていそうなあの大きな扇子のみ。魔剣シルバーブレイドは当然持ってきていない。
つまり今の俺はただの令嬢で、まともに戦える装備ではないということだ。
使える武器は、やはり攻撃魔法のみ。
覚悟を決めた俺は魔法一本、勝負に賭ける。
一撃必殺だ。
俺はこの魔法詠唱の時間を確保するためじりじりと後ろに下がって騎士たちとの距離を取る。か弱い令嬢が怯えて後ろに下がっていくように見せかける。
「おい、こいつ魔法を使おうとしているぞ!」
「ふざけやがって、全員かかれ!」
もうバレた!
魔法発動を阻止するために騎士たちが一気に迫り、騎士の一人が俺に剣をふるう。俺はそれを避けるために身体を翻すが、その太刀筋が完全に見えた。
あれ、この騎士は動きが少し鈍い?
俺は難なく騎士の一太刀目を避けるが、いつもの服装と違ったため避け方が足りず、大きく広がったドレスのスカート部分を切り裂かれてしまった。
やばっ、これローレシアが気に入っていたドレスなのに・・・。
そして最初に避けた騎士の後ろから、さらに別の騎士が現れて、今度は剣を突き出して俺に向かってきた。
俺はアンリエットと毎晩のように剣術の稽古をしていたおかげで、騎士の動きに目が慣れている。だから、二人目の騎士の突進も、三人目以降の斬撃も次々に避けていく。そして俺はある事実に気がついた。
こいつらアンリエットよりも全然弱い。
「あなたたちローレシア一人に何をしているのっ! その子を早く殺しなさい!」
「はっ、マーガレットお嬢様!」
「ちょこまかと動きやがって、このクソ女め!」
俺は交互に攻めてくる騎士たちの攻撃を次々に躱して逃げ回る。そのたびにドレスが切り刻まれてボロボロになっていくが、もうそんなことは構わない。詠唱が終わるまでひたすら攻撃を避け続けるのだ。
騎士たちの剣戟に合わせ、まるでダンスのステップを踏むように転移室内を軽やかに舞うとマーガレットの顔色が徐々に青くなってきた。
「嘘でしょ・・・なんなのよあの子、なんで騎士たちの攻撃をあんなに素早く避けられるのよ。本当にあのローレシアなの?!」
詠唱も終わりに近づき魔力が手元に集中してきた。発動準備完了だ。そして俺は意図して部屋の隅っこに追いやられると、真正面に全ての騎士たちをとらえる位置に立った。
今だ!
【闇属性魔法・ワームホール】
部屋の天井近くに巨大な転移陣が出現すると、その下に暗黒の球体が出現し騎士たちを全て飲み込んだ。そして彼らをどこか適当な空間に転移させた。
作戦成功。
魔法一発で騎士10人を一網打尽にできた。
そして騎士たちが誰一人いなくなった部屋の中にはマーガレットだけが取り残された。呆然とする彼女は顔を真っ青にしながら、
「ローレシア! 騎士たちをどこへやったのよ!」
「さあ、どこかしらね。わたくし、ここがどこなのか存じ上げませんので、ここからまっすぐ100メートル先に転移させておきました」
「あなた・・・ここは5階よ。・・・わたくしの騎士たちを全員殺したのね・・・」
「あら、ここって5階でしたの。でしたら生きている人もいると思いますよ。それよりわたくしを殺そうとしたマーガレット様、今度はわたくしのターンです。覚悟なさい」
俺が睨み付けると、マーガレットは「ヒィッ」と顔を歪ませながら部屋から逃げだした。だが俺が即座にマーガレットに走り寄ると、その後ろ髪をがっしりと掴んだ。
「痛いっ! 髪の毛を掴まないでっ!」
「マーガレット様、あなたには色々とお聞きしなくてはいけないことがございます」
俺は髪の毛を掴んだままマーガレットの足を払って床に引き倒すと、彼女を仰向けに転がして馬乗りにしてマウントを取った。
「な、何をする気なの」
俺は何も喋らず、冷たい目でマーガレットを見下しながら、その顔面を数回殴りつけた。
ガスッ、ボカッ、ベキッ、クシャッ
「・・・ひぐっ・・・や、やめて」
頬が腫れ、口を切り、鼻から血を流したマーガレットは完全に怯えていた。さあここからが本番だ。
「最初にお聞きしますが、どうやってわたくしをここに転移させたのですか」
「・・・わたくし公爵令嬢ですよ・・・その顔を殴るなんて・・・なんてひどい・・・あなた本当にローレシア様・・・なの?」
「いいから、早く答えなさい!」
ボカッ
「もう許して・・・」
ガスッ、ボカッ
「言いますから・・・もう殴らないで・・・あ、あなたの妹のフィリア様に・・・アスター家の転移陣に仕掛けを・・・あなただけを・・・ここに転移させて」
「フィリアってあの妹ですね!・・・それより転移陣で一人だけ別の場所に飛ばすことができるのですか」
「・・・・・」
「答えなさい」
ガスッ、ボカッ、ベキッ
「・・・キュベリー家の特殊な転移陣を・・・フィリア様にお渡しして・・・」
「だからあの時フィリアは転移室にいたのね」
「・・・フィリア様は・・・あなたを恨んで・・・」
「フィリアがわたくしを恨んでいた・・・」
その時、
「そこで何をやっている!」
突然転移室の中に、護衛騎士を伴ったキュベリー公爵が現れた。
「お前はまさかローレシア・・・なぜここに!」
キュベリー公爵は俺の顔を見て呆然と立ち尽くす。
「どうやら、公爵がわたくしをここに転移させるよう命じたわけではないのですね」
「転移? 何のことだ。そう言えばなぜローレシアがうちの転移室にいるんだ・・・・。ちょっと待て! そこに転がっているのはマーガレットじゃないのか。ローレシア、マーガレットに一体何をしている!」
マーガレットに気づいた公爵が慌てて近づく。
「マーガレット様がわたくしをここに転移させ、騎士たちに殺させようとしたのです。それでどうしてそのようなことをしたのか、理由を伺っていたところです」
「マーガレットが・・・・お前まさか、ローレシアを誘拐したのか!」
「・・・助けてお父様・・・ローレシアが・・・わたくしを・・・殴るの・・・」
「誘拐したのかと聞いているんだ!」
「・・・はい」
「お前はなんて事をしてくれたんだ! 帝国軍を呼んだだけでもとんでもないことなのに、ローレシアの誘拐までするとは・・・。ローレシアはソーサルーラの侯爵なんだぞ。誘拐したことがばれたらただの罪では済まされない!」
「・・・遺体を処分すれば・・・バレない・・・。お父様・・・早く・・・助けて」
「お前は全くバカな娘だ。・・・くそっ仕方がない。お前たちローレシアを捕らえろ」
「はっ!」
今度の騎士は3人だが構え方や雰囲気がさっきの奴らとは全然違う。こいつらロイたちのようなエリート騎士だな。
あの3人を同時に相手するイメージで俺は戦闘態勢をとる。魔法しか使えないこの不利な状況で勝つために、俺は再び扇子を広げて魔法の詠唱を始めた。
だが・・・。魔力が封じられているだと?
「気がついたかローレシア。お前の魔法はこのワシが封じさせてもらった。ソーサルーラの大聖女に自由に魔法を使われたら、こちらの命が危ないのでな」
「本当に魔法が使えない・・・」
魔力が身体を循環せず、手元にも全く集まらない。そして手練れの騎士3人がゆっくりと迫ってくるが、俺には彼らを攻撃する手段がない。
マズイっ!
そして3人の剣が俺の喉元に突きつけられた。
「・・・降伏いたします」
俺は騎士たちに捕らえられると、指輪や闇のティアラなどの魔術具を全て奪われ、縄で固く縛られた。
そして連行されようとするところを、フラフラと歩いてきたマーガレットに平手打ちを食らった。
バチーーンッ!
「このっ・・・ローレシアっ・・・死ねっ!」
そして俺の首を力一杯絞めるマーガレットを、公爵が羽交い締めにして後ろに下がらせた。
「どうして・・・止めるのですか・・・お父様!」
「マーガレット、ローレシアを絶対殺してはならん。彼女はこの屋敷に監禁して、一生ここで暮らしてもらう。ローレシアはもう二度と外に出ることはない」
「わたくしを・・・一生・・・監禁?」
「そうだ。お前を誘拐した事実を誰にも知られる訳には行かないのだ。だがお前を殺してしまうのはあまりにも惜しい。だからお前を生かしておくが、ここから二度と出すことはできない」
「お父様っ! その子を殺して!」
「どうしてお前は、すぐにローレシアを殺したがる。まさかとは思うがローレシアを修道院で暗殺したのはマーガレット、お前ではないだろうな」
「わたくしです・・・その子の妹に頼んで・・・修道女に毒を盛らせました・・・」
「・・・なんてことをしたんだ、お前は!」
公爵は娘の暴走に愕然としながらも、護衛騎士の一人にマーガレットを任せると、そのまま転移室を後にして俺を地下に連行して行った。
そして地下牢に俺を入れると、護衛騎士の一人に見張りをさせて、上に戻っていった。
次回、公爵に捕らわれたローレシアとナツ
お楽しみに




