第100話 ローレシアの家族
ステッドの件は想定外の出来事だったが、護衛騎士たちを引き連れてアスター家当主の執務室でしばらく待っていると、フィリアが伯爵夫人を連れて部屋に入ってきた。
「ローレシア。フィリアから聞きましたが、わたくしたちに何かお話があるようですね」
「ええお母様。まずはそこにお掛けください」
伯爵夫人とフィリアが執務室のソファーに並んで座ると、ローレシアと伯爵もその向かいに座った。
そしてローレシアから、フィリアを侯爵家の養子に迎え入れる話を切り出した。
「先ほどまでキュベリー公爵の聴聞会にお父様と出席していたのですが、そこで出た話の中で、公爵家との争いを終結させる落とし所として、政略結婚を結ぶ可能性が出てきました」
「政略結婚?」
「ええ。キュベリー公爵はわたくしに公爵家に来てほしいようなのですが、わたくしはアスター家の当主でもありそれは不可能。代わりにフィリアをどうかと思って」
「まあ、政略結婚でフィリアを公爵家に! それってとてもいい話ではございませんか!」
「ただ公爵とはこれから交渉を行います。正式にはまだ何も決まっておりませんが、もしそうなった場合、フィリアを侯爵家の養子に」
「もう、こうしてはいられませんわ! フィリアには早速、公爵家にふさわしいドレスとアクセサリーを準備いたしませんと。そうだわ、明日にでも仕立て屋を呼ばなければなりませんね」
「お母様、わたくしの話を最後まで聞いてください! それにドレスなど正式に話が決まってからでも」
「何を言っているのです、ローレシア。こういうことはちゃんとしておいた方がいいのです。あなたのそのドレスだって最近しつらえたばかりでしょ。フィリアはあなたの妹なんだから、ドレスぐらい買ってあげなさい」
母親の前のめりの姿勢に思わずため息をつくローレシアだったが、フィリアは、
「お母様。お姉様にあまり無理を言わないで上げてくださいませ。お姉様はわたくしのために、公爵家との縁談を持ってきてくださったのですから、わたくしはそれで十分でございます」
「まあ、フィリアはお姉さん思いの優しい子ね。でもローレシアはこの家の当主になったんだから、多少のおねだりはしてもいいのよ」
「いいえお母様。お姉様のおっしゃるとおり、こういうことは正式にお話が決まってからでも、遅くはないと存じます」
この前会った時はローレシアに反抗的な態度を見せていたフィリアだったがどうやら反省をしたようだ。
ローレシアも仕方がないと判断したのか、
「わかりました。フィリアには新しいドレスを仕立てることに致します。でもその件はお母様にお任せしてもよろしいかしら」
「そうね。ローレシアは当主のお仕事で忙しいでしょうし、このわたくしが代わりにやっておきます」
フィリアの件は何とか進みそうなので、さっき起きた件も話しておく。
「それからお母様」
「まだ何かあるのですか、ローレシア」
「先ほどステッドが当主のわたくしに乱暴を働いたので、アスター家から追放いたしました」
「追放って・・・・ステッドはあなたの弟でしょ! なんでそんな酷いことをするの!」
「ステッドはわたくしが当主になったことに不満を持っており、わたくしとお父様に掴みかかって文句を言ってました。それで当主としての心構えを聞いてみると、領民や家臣を全く大切にせず、伯爵家の一員としての資質にも欠けるため、このまま伯爵家に残しておけば将来に禍根を残すので、この家から出ていってもらいました」
「たったそれだけのことで。・・・あなたからもローレシアにお願いして。ステッドの追放を撤回してこの家に戻すようにと」
「いや、私はもう当主ではない。ローレシアの決定には逆らえん」
「あなた、それでも父親ですか! 我が子がこの家から追放されたのですよ!」
「お母様・・・わたくしが追放された時は、そんなに必死になって助けていただけませんでしたが、わたくしとステッドでどうしてそう態度が異なるのかしら」
「そ、それは・・・あの時は、その」
「まあ今さらお母様から愛されたいとは全く思いませんので、別にお答え頂かなくても結構です」
「ローレシア・・・あなたそんな言い方しなくても」
「それにお母様に相談しているのではなく、当主決定をお伝えしているのです。ステッドはもうアスター家の人間ではございません。いいですね」
「・・・そんな・・・なんてことを」
話が終わって家族が全員部屋から出ていくと、ローレシアは大きくため息をついて、椅子の背もたれに仰け反った。
(もうっ! 本当に疲れるわね、わたくしの家族は)
(確かにすごい家族だよな・・・・。俺、伯爵が一番マシに思えてきたよ)
(うーん、お父様って上位の者には全く反抗できない小心者なだけなの。でもそれって貴族の当主としては致命的だと思うのよ。そしてお母様は気分屋で視野が狭く思い込みが激しいし、ステッドなんか完全にエリオットと同じタイプね)
(そう言えば、あんな簡単にステッドを追放しちゃったけど、本当にあれでよかったのか)
(分家ならともかく、あんな人がわたくしの弟としてアスター家にいたら、わたくしがここを離れたらすぐ実権を握って、それこそお父様よりも酷い状況になると思うの。そんな人、危なくてここに残せません)
(なるほどそういうことか。適当な罪状を作ってライバルを蹴落とすのは、貴族の常套手段だからな。昔そういう小説を読んだことがある)
(言い方が少し気になるけど間違ってはいないわね)
(まあステッドは男だから、追放されても冒険者にでもなればどうとでも生きていけるか。ところで妹のフィリアは随分と反省したみたいだな)
(そうね・・・。あの子って昔から、わたくしがエリオットの婚約者だったことをとても羨ましく思っていたのよ。そして王家に嫁ぐわたくしにばかりアスター家のお金が使われて、よく文句を言っていたわ。お姉様ばかりズルいって)
(あ~あ、それ妹あるあるだな。それでこれからどうするんだ、ローレシア)
(用件も済みましたし、こんな所に居ても家族の相手をして疲れるだけだから、早く王城に帰りましょう。帝国軍の情報も何か掴めているかもしれないし)
(そうだな。アルフレッド王子の所へ戻ろう)
ローレシアはさっそく護衛騎士たちを連れて再び転移室に戻ると、転移陣を使って王城にジャンプした。
ところが、
(あれ? ここは王城の転移室ではないようですね。どこなのかしら)
(本当だ・・・ここはどこだ? ローレシア、ロイたちに確認した方がいい)
(そうね)
「ロイ、この部屋は・・・あれ?」
ローレシアが振り返るとそこにロイはおらず、そればかりか護衛騎士全員がいなくなっていた。
「どうなってるの! みんな何処へ行ってしまったの! アンリエット、ジャン、みんな!」
(落ち着けローレシア。転移陣の故障かも知れないしこのまま一度アスター城に戻ろう)
(そ、そうね・・・わかったわ)
すぐにローレシアは転移陣を作動させようとする。が、いくら魔力を込めても転移陣は何も反応しない。そのことにローレシアが焦っていると、転移室の扉が開き外から騎士たちが入ってきた。
そして、
「ローレシア様、キュベリー公爵邸へようこそ」
「・・・あなたはマーガレット様! どうして?!」
「さあ、どうしてでしょうね。でもあなたはそんなことを知っても無駄です」
「無駄って、どういう・・・」
「あなたはここで死ぬからよ。さあ騎士たち、ここにいるローレシアを殺してしまいなさい」
「「「はっ!」」」
(ローレシア! 身体の操作を俺に代われっ!)
(ええ! ナツお願いっ!)
【チェンジ】
次回、悪役公爵令嬢にナツが戦いを挑む
お楽しみに




