EpiSodE098:闘技場での秘密
エルノールが闘技場に入り、エルサリオンに稽古を申し出ていたのだが、闘技場内はそれどころではなくなっていた。
「おい!エルノール様がおられるぞ!」
「エルノール様だ、、」
「エルノール様!おはようございます!」
エルサリオンに稽古をつけてもらっていたイグゼキュタはエルノールを見てざわついていた。
というのも、普通のエルフはハイエルフに会える事がほとんどなく、それはイグゼキュタであっても同じであった。
エルサリオンはエルフ族最強の戦士という肩書きもあった為、イグゼキュタの指導を長老から任されていた。
そして、イグゼキュタには秘密があった。
「それにしてもエルノール。これは大変な事になったぞ」
そのエルサリオンの言葉にエルノールもなんの事かわかったみたいだった。
「は、はい、、兄上、申し訳ございません、、」
「俺はいいんだが、長老がなんて言うか、、イグゼキュタの顔を知っているのは俺と長老くらいだからな」
イグゼキュタの秘密というのは、イグゼキュタに所属しているメンバーの顔だった。
イグゼキュタの仕事はアルフヘイムの法の番人。
掟を犯した者を罰する為のエルフだ。
犯罪者を罰する時はその身元がバレないようにいつも仮面をしていた。
それは犯罪者の仲間からの仕返しを防止する為でもあった。
「兄上、僕は大変な罪を犯してしまいました、、どうすればいいでしょうか?」
イグゼキュタは絶対に素性を知られてはならない。
知ろうとした者はそれだけで罪に問われるのだ。
「エルノール様、、」
イグゼキュタのメンバーもどうしたらいいのかわからなくなっていた。
その時、1人のイグゼキュタが怯えながらエルサリオンに意見をした。
それも無理はない。
イグゼキュタからしたらエルサリオンは直属の上司にあたる立場だったからだ。
「エ、エルサリオン様!」
「どうした?」
「エルノール様は悪気があったわけではありません!純粋にエルサリオン様が何をされているのか気になって、たまたまこの場に居合わせただけです!なので、今回の件は、、見なかった事に出来ないでしょうか?」
1人のイグゼキュタの言葉は他のメンバーにも勇気を与えた。
「「お願いします」」
全員が頭を下げていた。
「お前達、それでもアルフヘイムの秩序を守る精鋭部隊か?、、と俺も言いたいところだが、確かに今回のこれは誰にも非がない。どうしたものか、、」
「エルサリオン。見逃してやるんじゃ」
そこに1人の老エルフが現れた。
イグゼキュタ達がそのエルフを見るや否やそのエルフに対して跪き、こうべを垂れた。
「長老か。いいのか?こいつだけ特別扱いしても」
闘技場に現れたのはエルフ族の長、アルフィリオンだった。
「相変わらずお前は生意気じゃのう」
「いいだろ、今更。それよりエルノールは無罪でいいのか?」
「いいも何もこの中にエルノールと戦って勝てる奴がいるのか?」
エルサリオンは少しイグゼキュタを眺めた。
「いや、いないな。全員でまとめてかかってもエルノールには勝てないだろう」
エルサリオンのその言葉に、イグゼキュタはなんの疑念も抱かなかった。
何故ならそれが事実とわかっていたからだ。
「そうじゃろ。じゃあどうしようもない」
イグゼキュタもホッとした顔を浮かべていた。
エルノールは人当たりが良く、誰からも好かれるようなエルフだった。
それはイグゼキュタにとっても同じで、尊敬しているエルノールを罰する事など絶対にしたくないと全員が思っていた。
「そういう事じゃ、エルノール。良かったのう」
「、、申し訳ありません!ありがとうございます!」
「まぁでも何も罰がないって言うのもなんか癪だなぁ」
「あ、兄上何をおっしゃってるんですか?」
エルサリオンはエルノールの言葉を無視して考え込んでいた。
そして、、
「そうだ。お前もイグゼキュタに稽古をつけてやれ。毎回俺1人だと疲れるんだよ」
エルノールはエルサリオンの言葉聞いてキョトンとしていた。
「そ、それでいいのですか?」
「長老、問題ないよな?」
エルサリオンが長老に聞く。
「願ってもない事じゃな。エルサリオンにエルノール。エルフ族最強の兄弟に稽古をつけてもらえるなんて、幸せな事この上ないじゃろ。のう?」
アルフィリオンがイグゼキュタに問う。
するとイグゼキュタの面々は顔が一気に笑顔になった。
「もちろんです!私共にとっては至高の時間です!」
今までずっと跪いていたイグゼキュタ達が長老の前という事を忘れたかのように喜んでいた。
「だってよ。お前はどうしたい?」
「もちろん、、もちろん僕も喜んで受けます!」
「よし、わかった。これからは朝、俺と一緒に闘技場に来い」
その言葉にエルノールは顔に嬉しさが滲み出ていた。
「わかりました!」
「稽古する側とされる側では見方が全然違ってくる。お前も教える側に立って、一つでも多くの事を学べ」
「はい!」
「じゃあ今日はもう終わりだ。家に帰るぞ」
「はい!兄上!」
「これからは2人で稽古にあたる分、体力も有り余るから、お前達もこれから覚悟しておけよ」
エルサリオンがイグゼキュタに向けて檄を飛ばす。
「「はい!よろしくお願いします!」」
エルサリオンとエルノールに向かって敬礼をした。
「こちらこそよろしくお願いします!」
エルノールも同じようにイグゼキュタに返した。
「おーおー。エルサリオンはエルノールと違って怖いのう。こりゃこれからはエルノールを慕う者の方が多くなるかもしれんのう」
アルフィリオンがエルサリオンに聞こえるように嫌味を言っていた。
「うるせぇよ。じじぃ」
エルサリオンも冗談混じりに反抗した。
「ほほ。これからのイグゼキュタの成長が楽しみじゃ。よろしく頼んだぞぃ」
「わかってるよ」
「はい!」
こうしてエルノールは罰を免れた。
そして家に帰ってる時のエルサリオンとエルノールはというと。
「全く。結果的には良かったが、お前はなんでこんなところに来たんだよ」
「兄上が抜け駆けするからですよ!」
「抜け駆けってなんだよ」
「僕に内緒で自分だけトレーニングしてるのかなって思ったんですよ!」
エルノールはふくれっ面で少しいじけていた。
「俺がトレーニング?トレーニングなんて長らくやってないよ」
「それでその強さをずっと維持出来てるのがすごいですよ、、」
この時エルサリオンは思った。
確かに強さの維持は出来ている。
だが維持をしているだけで、何十年もの間それ以上に強くなっていなかった。
それに比べてエルノールは強さに貪欲になり、毎日のように自分の稽古を受け続けている為、日に日に成長し、強くなっていた。
それを間近で感じていたはずなのに、自分自身が強くなろうとしていなかった。
そして、エルサリオンはこのままではいけないと今になって感じた。
「そうか。俺ももっと強くならないといけないな」
「なんで兄上が強くなるんですか?エルフ最強の戦士なんですからもう強くならなくてもいいじゃないですか!」
「ダメだ。強くならないと」
「今より強くなるのはダメですー!」
強くならなければいけないと思うエルサリオンと、もう離されたくないから強くなってほしくないと思うエルノール。
闘技場からの帰り道はその話をずっと繰り返していたのであった。
こんなにも平和なアルフヘイムに悲劇が訪れるのか。




