EpiSodE037:追い詰められたルーナ
夏生の真っ直ぐな思いを聞いた男が思った事とは。
「そうか。だったら私達は分かり合えない。僕達は悪魔の軍門に降ってでも奴隷になる事は避けたいからな。僕達も君のような特殊な能力が欲しかったよ。まぁこうやって使えなくなってしまっては意味がないがな」
わかっていた。何を言おうと今のこの状況をひっくり返す手立ては無いという事は。
ただ、今は時間を稼ぐ必要があった。
何故なら姫那達はこの海底都市に着いていて、今頃自分の事を探している頃だろうと予想していたからだ。そしてエルサリオンならその予想通りに動いてくれているはず。
夏生はそう考え、少しでも会話を長引かせて助けが来るのを待つしかなかった。
自分でこの危機を脱却したいがギフトも使えず、手足も縛られていたら流石に一人ではこの人数相手に勝てる気がしなかった。
(こうやって話を長引かせて仲間の助けを待つ事しか今の俺にはできない、、何も変わってないな俺は)
そしてその頃ルーナは無理矢理仕事をさせられていた。
その仕事とは、やはり男の客をお酒を注ぎながら接待する歓楽街だった。
「お前、歳はいくつだ?」
「13歳です」
「13か〜。人間の13歳は酒を飲ましたらすぐ倒れるからな。お前は飲まなくていいからお客さんに酒を注いで楽しく飲ませるんだ。わかったな?」
「楽しく飲ませるってどうしたらいいかわからないです」
「ニコニコしながらお客さんの話を聞いて共感してたらいいんだよ。お客さんに不快な思いをさせたら躾をするからくれぐれも気を付けろよ」
躾とはたぶん暴力の事だろうとすぐにわかった。
ここに運ばれてきた時もそうだったし、さっき表に出てくるのが遅かっただけでも殴られそうになった。
「それにしても人間の13歳にしては顔もいいし、スタイルもいいじゃないか。これはお酒は飲まなくてもお客さんも楽しんでくれそうだ」
この店の支配人であろう悪魔はルーナの事を舐めるような視線でゆっくり眺める。
ルーナはその視線に寒気を感じ、体が震え出した。
「はは、そんなに怯えるなよ。俺は何もしないから安心しろ。そろそろお客さんも来る時間だ。準備しとけ」
煌びやかな衣装を纏い、お客という悪魔に接客をする。これ以上に屈辱で恐ろしい事はない。
悪魔は人間を喰べる種族だ。その悪魔の前で笑顔で愛想良く振る舞うのは無理難題だ。
ルーナ以外にも人間は数人いて、他にも猫人のような種族もいる。
そしてやはり全員ブレスレットをつけていて、顔も体も怯えているのが伝わる。
みんな美人で出るところは出ていてスタイルも良く、ルーナよりも10歳くらい歳上だ。
ガチャッ
扉が開く音にそこにいた全員が反応した。その反応は完全に怯えた姿だった。
「いらっしゃいませ〜。今日も来て頂いてありがとうございます。今日も上玉が揃ってます」
「そうか。楽しめそうだな」
そして続々と来店し、各席に従業員という名の奴隷の女性が付き、接客をしている。
悪魔の気変わりは早い。少しでも気に触る事があると何をされるかわからない。
接客をしている女性達は気を損なわないように、話したくもない話をし、したくもない事を悪魔にしているのだ。
顔は満面の笑みだが、目が心が一切笑っていなかった。
そしてついにルーナが接客をする番まできた。
「お嬢ちゃん、新入りか?初めて見る顔だな」
「、、、はい、そうです」
周りの女性達とは違い、ルーナは笑顔にはなれなかった。
それはもちろん怖いからというのも理由の一つだが、それ以上に悪魔に対して嫌悪感があり、とても笑顔で接客をするなんて事はできなかった。
「なんだー?全然楽しそうじゃないなー。だが、顔もいいし、いい体つきもしている。少しお仕置きをしよう。それで許してやる」
悪魔はそう言うとルーナの太ももに手を伸ばしてきた。
「やめてっ!」
ルーナが叫ぶが、支配人はそれを見て見ぬふりをしている。
そしてこれはどこの席でも起きている事で、他の人達は嫌々ながらも受け入れていた。
この街のピラミッドの頂点は悪魔だ。悪魔が支配人で悪魔が客の時点で全ては悪魔の手の内なのだ。
「何を嫌がっているんだ。お前は奴隷だろう?お前達が生きていられるのは俺達悪魔が使ってやってるからだろう?別に今ここでお前の事を喰ってやってもいいんだぞ」
更に手が伸びてくる。
「、、、っ」
(お姉ちゃん!助けて!)
心の中で姫那を呼んだその瞬間、その声が届いたかのように扉は開いた。
ドカン
轟音と共に扉が吹き飛んだ。
「な、なんだ?なんなんだこの手は!」
ルーナが扉の方を見ると人間の何倍もの腕が扉を突き破っていた。
そしてその腕は見覚えのある腕だった。
「葵、ちゃん?」
涙をこぼしながら願うかのように呟いた。
「ルーナ!ここにいる?」
その声は誰よりも安心できて、何よりも信頼できる声だった。
「お姉ちゃーーーん!助けてーー!」
大号泣しながら姫那に助けを求める。
「ルーナ!やっと見つけた!大丈夫!今すぐ助けてあげるから!」
今回何故姫那達が強行突破を図ったのか、それはこの店が最後の店だったからだ。
洗脳した悪魔から聞いた限りではこの辺りで豪華な建物は5軒ほどあって、4軒はもう調べた。全て姫那が洗脳をかけて聞いたが何も出てこなかった。
そしてここが最後だった。では何故ここまでの事をしたのか。それはそれまでに入って来た店がルーナがいた店と同じような状態だったからだ。
悪魔が女性に手を出し、それを止める者はいなかった。
その現場を見た姫那達は1秒でも早く助け出さないとルーナも危ないと思い、強行突破をしたのだった。
『思考停止』
姫那がギフトを発動すると悪魔が身動き取れなくなった。
それは圧倒的な強制力で指先すら動かす事ができないほどであった。
ここまで来るまでにどれだけギフトを使ったかわからない。
それが姫那のギフトを更に高みへと押し上げ、対象相手に何もさせないほどの強制力を与える事ができるようになっていた。
そして囚われていた女性も悪魔が動けなくなったのを見て逃げ出していた。
「ルーナ!」
「お姉ちゃん!」
「ごめんね、遅くなって!大丈夫?」
「ううん、来てくれてありがとう!私は大丈夫だよ!」
姫那とルーナは抱き合い、姫那の腕の中で泣きじゃくりながら安堵の表情を浮かべていた。
「あの悪魔がルーナを怖がらせてたんだね。許さない」
ルーナを助ける事に成功したが、姫那の怒りはまだ収まっていなかった。
「私の可愛い妹をよくもこんな目に遭わせてくれたな悪魔ども」
怒りで口調も少し変わっていた。
そして姫那が数メートル離れたルーナに触っていた悪魔に手を向けて拳を握ると、その悪魔は自ら自分の首を締め始めた。
姫那は更にギフトの力を強めていたのだ。
ルーナを助けたい、ルーナにこんな思いをさせたこの悪魔を消し去りたい。
姫那は初めて悪魔を本気で殺したいと思ったのだ。
その強い思いが姫那のギフトを覚醒させた。
「お姉ちゃん?」
しかし、ルーナは姫那の異変にすぐ気付いた。
あの時の夏生と一緒のような感じもしたが、それよりも何かもっと異質なものがあった。
ルーナを助けに来た姫那と葵。
姫那に起きた異変とは。




