EpiSodE019:夏生の怒り
エルサリオンは自分でも不思議に思っていた。
今自分は人間の為に怒っているのだ。
少し前の自分ではまず考えられなかった事だ。むしろこの隣にいる人間を殺そうとしていたのだから。
まだ違和感はすごくある。だが変化していっている自分も悪い気はしない。
「エリー、どうした?何かあったか?」
自分の事を考えなら歩いていたら深刻な顔になっていたみたいだ。
「いや、なんでもないよ。先を急ごう。姫那達が心配だ」
警戒しながらも少し小走りに地下通路を進む。
その道中でいくつか牢屋もあるが中に誰もおらず、固まった血だけが残っている。
「こいつらどれだけ人間を喰ったんだ」
「たぶん人間以外もいるだろうな。人間は最上のご馳走と言ってたから他の種族の肉も喰っているのだろう」
「悪魔からしたら他の種族は全部餌でしかないって事かよ。まじでふざけてるな」
「あぁ、俺もそう思う。だから一人でも多く、犠牲者を減らそう」
そして、地下通路が行き止まりになり大きな扉に辿り着く。
「気合入れろ、エリー。たぶんこの先に悪魔がいるぞ」
「わかっている。俺はいつでも戦う準備はできている」
扉を開ける。
ギィ
そこは広いドーム状の空間になっていて、真ん中に鉄の檻があった。
そしてその中には姫那とルーナがいた。
「姫那!ルーナ!」
「二人とも来ちゃダメ!」
もちろん罠という事はわかっていた。そんな事見れば明らかだ。それでも夏生は飛び出せずにはいられなかった。
それはエルサリオンも一緒で、夏生が飛び出してすぐにエルサリオンも飛び出した。
ガンッ
檻の外側に透明の壁のような物がある。
「ノコノコと出てきたな阿呆どもが」
広場の上の2階部分から声がした。
その声がする方を睨む夏生とエルサリオン。
そこには人間で例えると40〜50代くらいの男の悪魔が立っていた。
「お前が悪魔の首謀者か?」
「そう聞かれるとそうなるな。この街は実質的には私が治めている」
何かちょっと曖昧な答えだが、そこにいる悪魔が姫那や俺達を陥れた張本人だとわかり、更に激昂する夏生。
「まぁ待て。私より先にお前らの相手をする奴が目の前にいるだろう」
悪魔がそう言うと、夏生達が出てきた反対側の方から大きな岩の塊のような物が二足歩行で歩いてきた。
「あれは、、なんだ」
「砂漠の魔物を大量に倒してきただろうが、こいつには初めて会うだろう。ゴーレムだ」
ゴーレムとは岩や泥を固めて作られた人造モンスターだ。
その強さは普通の人間じゃ太刀打ちできない程強く、基本的には造った本人の強さによってゴーレムの強さも変わる。
今回のゴーレムは上にいる悪魔が造った物で大きさは夏生達の5倍はある。
強いのは間違いない、、、のはずだった。
ボゴッ
夏生が龍刃を放つとゴーレムは一瞬で木っ端微塵になった。
「なんだと?」
悪魔はもちろん驚いているが、姫那やルーナ、エルサリオンまでもが夏生の一撃に驚愕していた。
「おい、悪魔。早くそこから降りてこい。お前だけは絶対に許さん」
「ふん、まぁいいだろう。私が直々に戦ってやろうじゃないか」
そう言うと悪魔が上から飛び降りてきた。
この時エルサリオンは思った。いや、思ったというよりは確信に近いかもしれない。
この戦いに自分は不要だと。
「まずは名乗っておこうか。私の名前は、、」
悪魔の言葉を遮るように夏生が喋る。
「いや、名乗らなくていい。お前の名前なんて知りたくもないし、今から消える奴の名前なんてどうでもいい」
「礼儀すら知らないとは。所詮人間は喰われる為にしか生きてないんだな」
夏生の様子がおかしい。姫那はいつもと違う夏生の姿を見て怖くなった。
「夏生、大丈夫?」
「、、、あぁ。大丈夫だ。すぐ助けてやるから待ってろ」
「う、うん。ごめん、私今能力使えなくて。なんかこの檻の中だと使えないの」
「私も使えない」
姫那もルーナもこの檻の中では何か特殊な力が働いてるのか、ギフトが全く使えなくなっている。
「そうなのか。だから俺のギフトでも檻を壊せないのか」
何度か檻を切ろうとしたがなかなか切れない。
夏生の剣もギフトによって創造された物だから檻を壊す事は出来なかったのだ。
「おい、なんでこの檻は壊れないんだ?」
悪魔はどうだと言わんばかりの顔で解説をした。
「まぁお前らでは壊せないだろうな。それはお前らのような対異世界人の能力用に作られた檻だからな。中で能力を使うこともできないし、外から能力で壊すことも出来ない」
悪魔の言うことが本当なのならば、この悪魔には元から異世界人が使う能力の概念があった事になる。
だが、今はそんな事はどうでもいい。
「そうか」
そう一言だけ返すと、剣を振り下ろした。
「それはさっきゴーレムの時に見たぞ!そんな物、私には通用せん!」
悪魔はその斬撃を止めようとゴーレムの残骸の岩を操って防ごうとした。
だが、夏生が繰り出した攻撃は同じのようで同じではなかった。それは威力だ。
ゴーレムに放った時と悪魔に放った時とでは全く違ったのだ。
その違いに夏生本人もあまり気付いていなかった。
そして、夏生の龍刃を受け切れなかった悪魔は片腕を消し飛ばされる。
「全然さっきの技と違うじゃないか!」
「知るかよ。それよりもこの檻を消せ。じゃないとお前は普通に死ねなくなるぞ」
「そんな脅しに乗るものか!腕一本飛ばしたくらいで調子に乗るなよ!」
夏生は悪魔を生かす気は全くなかった。
今檻を消そうがその後殺す事に変わりはない。今すぐ消さないなら消すまで殺さずに痛みを与えるだけだった。
そして悪魔のチャンスは一度だけだった。
ガブッ
夏生の龍刃が悪魔の腕を食いちぎる。
「早く消した方がお前の為だぞ。次は左足を飛ばす」
「ぐっ、無理だ。私自らでは消せない」
「お前が造ったんじゃないのか?」
「いや、私が造った。だが私では消せない。消す権限がないんだ」
「お前がこの街のトップじゃないのか?」
「もういい。早く殺してくれ。俺を殺せばその檻は消える」
目の前にいる両腕がなくなった悪魔を少し哀れに思う。
この街にはこいつより上の存在がいて、そいつがこの檻を作らせ姫那達を捉えていた。
という事は姫那達を喰べるのはこの悪魔よりも更に高位の悪魔だったのだろう。
この悪魔が今まで人間を喰っていたのは違いない。だが、一番のご馳走は結局喰べれないのだ。
本当の黒幕は別にいる。
「わかった。安らかに逝け」
『龍刃・双』
夏生は渾身の一撃で葬った。
悪魔が消えると同時に檻も消えていった。
「姫那、ルーナ、怪我とかはないか?」
「うん、私達は大丈夫。それよりも夏生は大丈夫なの?」
「俺か?俺は全然大丈夫だぞ」
いつもの夏生に戻っていて、安堵する姫那。
さっきまでの夏生は少し変だった。何かに取り憑かれているとゆうか、鬼気迫った感じで夏生じゃないみたいだった。
ルーナも何か感じていたみたいで、ずっと震えていた。
そのルーナも今は笑顔で夏生と話している。
「とりあえずここから出よう。さっきの悪魔よりまだ上の存在がいるみたいだった。そいつを倒しに行こう」
まだ終わりではなかった。
むしろここからがこの街、そしてこの階層の決戦の始まりだったのだ。
夏生の別の人格が少し垣間見えた。
これから3階層はどうなっていくのか。




