最終話 出立
沙也加の最後の行動については……謎のままにします(ぇ
「いったい……どうなっているんだ?」
タクトと謎の女の姿が、私の知る魔族……私が生まれた村を襲った魔族と同じ姿に変わって、それで……争っている?
「え、エリスさん!? い、いったい何が起こったの!? た、タク兄ぃは!? タク兄ぃはどうなったの!? ねぇ!!」
私達は遠くの木の陰まで撤退した。
これだけ遠く離れれば、いったいあの現場で何が起こっているのかはよく分かるまい。これなら、サヤカがタクトに対して恐怖を抱いたりする恐れはない。
…………これでいいんだろ、タクト。
なんでお前が、私の村を襲った魔族と同じ姿形をしているかは分からないが……お前の、サヤカへの言葉から……なぜ私を含めた、村人達へと警戒しているような視線を向けるのかようやく分かったよ。
お前は、その姿を見た村人に怯えられると。
私に殺されるかもしれないと思っていたから。
今まで周囲を、警戒してたのだろう。
「だが……私を見くびるな、タクト」
確かに、その姿をした存在に対する怒りと憎しみはある。
だがお前の今までの態度からして……お前がアイツらの一体だとは到底思えん。
いやむしろお前は……その姿からして、私の世界に出現する魔族について何かを確実に知っている。
ならば!!
「通常の魔族と違い、話が分かる方であるお前を、聖騎士として……死んだ仲間のためにも……ここでむざむざ殺させてたまるか!!!!」
そして私は、駆けた。
サヤカに「一歩も動くな」と指示を出すのを忘れたが……彼女に危害が加わる前に始末してしまえば問題はない!!!!
※
伝える必要はないと思って、エリスさんには言っていなかったけど。
私の視力は、田舎育ちである故なのか……なんと二・〇以上もある。
だからエリスさんが連れてきてくれた、遠く離れた、この木の陰からでも。遠くで何が起こっているのかを……私は理解できちゃう。
タク兄ぃがいた場所に……知らない女性が変身したのと同じような姿の、異形の怪物がいたのを。
しかも、もう一体の怪物との戦いの合間に、時々だけど、頭を振る癖……間違いなくタク兄ぃだ。
タク兄ぃが、怪物だった。
その事実に私は衝撃を受けた。
なんで? なんで、タク兄ぃが怪物になったの? まさか最初から? 私達を、騙して……? じゃ、じゃあなんで……タク兄ぃは今まで私達を襲わなかったの? も、もしかして……卒業旅行の事故の後に、何かあったの? うん、それしか思い当たる理由はない。
ねぇタク兄ぃ……なんで、何も話してくれなかったの?
※
「大丈夫か、タクト!?」
「ッ!? お、お前……」
美原と、まるで柔道のように立ったまま組み合い、数分が経過したその時。
彼女の横っ腹へと、光弾がぶち込まれ炸裂した。発射された方向を見るとそこにいたのは、沙也加の家の物置に入れっぱなしであった、今や血がすっかり取れた、自分の装備を身に着けたエリスだった。
「勘違いするな」
そしてすぐに彼女は、俺から距離をとる美原を目で追いつつ釘を刺した。
「お前は、もしかすると私の世界に出現する魔族の秘密を知っているかもしれないからな。私の世界の魔族を殲滅するその方法を確立させるまで、死なせるワケにはいかないだけだ!!」
「…………は、なんじゃそりゃ」
まぁ、普通に助太刀に来たとは思わなかったが……それでも助かったぜ。
「俺や美原のような姿の魔族は寒さに弱い!! 氷魔法を使え!!」
「了解だ!!」
「き、貴様ぁ!!」
美原が叫ぶ。
すると、その直後。
美原の動きが…………鈍る。
周囲の温度が、エリスの氷魔法によって下がったのだ。
そしてそれに伴い、俺の動きも鈍ってしまうが……問題ない。
「エリス!! 俺に炎魔法を!!」
「ッ!? ああ、了解した!!」
俺の次の指示の意図を、すぐに彼女は察した。
直後に俺に炎弾が叩き込まれる。俺の家の畑にまで燃え広がんばかりの火力……後で覚えていやがれこの野郎。いや女郎。
そして、炎に身を包んだまま……俺は駆けた。
そして、次の瞬間。
俺は美原の胸元を手刀で貫く。
背中から、彼女の心臓を掴んだ手が突き出る。
そしてその心臓を、俺は……同級生の一人を手にかけた、その罪を自覚し、涙を流しつつも……握り潰した。
魔族にとって心臓は、弱点であると同時に力の源なのだ。
だから心臓を握り潰さない限り、その異形としての力は永遠に失われない。
でも、だからと言って。
かつては同級生だった存在を……この手で殺すのは……ッ。
そして俺は、涙を流しながら元の姿に戻った。
どういうワケだか、服まで、変身前のように元通りだが……そんな事を気にしている場合では。泣いている場合ではなかった。
俺は連中の、この村への侵入を簡単に許した。
という事は、連中は気配遮断のための力を手にしたのだろう。
ならばもう、この村にはいられない。
また侵入した時に、今度こそ被害者が出ないとは限らな――。
「タク兄ぃ危ない!!」
――その直後だった。
沙也加が俺を突き飛ばし。
そして、その沙也加の腹を……殺したハズの美原の手が貫いたのが見えた。
「……チィ……は、ずした……か……」
まさか、最後の力を振り絞ったというのか!?
その証拠に、今度こそ本当に死んだのだろう。目の光が消えていって……いや、そんな事は今どうでもいい。今は沙也加だ!!
「沙也加!! しっかりしろ沙也加!!」
「サヤカ!! おいサヤカ!! 死ぬな!! おい!!」
俺とエリスは、沙也加を何度も呼んだ。
けど沙也加が、再び目を開ける事はなかった。
※
翌日。
私とタクトは村長の家にいた。
そして私達は、私達が知る限りの情報を村長に話した。
実は昨日のあの戦いは、一部の村人の目にも留まっていたらしい。当たり前か。畑の真ん中であんな戦いをすれば誰だって気づく。
だからこそ私達は、情報を提供した。
もちろん、サヤカの両親も同席した上でだ。
「…………拓斗君……君の身に起こった事は、とても私には想像もつかない苦しみだったと思うけど……それでも、この村からは出ていってほしい」
村長である男性は、申し訳なさそうにタクトに告げた。
当たり前の指示だ。村人が、いつどんなキッカケでヒトを襲うか分からない魔族になった上に、しかもその魔族を追ってきた、同胞の魔族の手によって、村人が傷ついたのだ。
幸い、命に別状はなかったが……それでも、サヤカは植物状態。
たとえ、意識を取り戻した彼女が許したとしても。
敵を村の中に招き入れたタクトの存在を、他の村人は許さない。
「…………分かっています。ですが、せめて……沙也加を救えるかもしれない可能性に、賭けさせていただけませんか?」
タクトの、ワケの分からない発言を聞いて、村長とサヤカの両親だけでなく、私までもが頭上に疑問符を浮かべる。いったいタクトは何を言っているんだ?
「俺が拉致監禁されてた研究施設には、傷ついた存在を癒やす、謎の液体で満たされたカプセルがありました。しかもそれは、魔族だけでなく、エリスがいた世界の女性と思われる存在……もしかすると、魔族が研究用か、慰みのために連れ去ったのかもしれない女性までもが使っていました。もしかするとその液体は、この世界の人間にも、効果があるかもしれない。そして、それを使えば……沙也加を助ける事ができるかもしれないッ」
その発言を聞いた私と村長、そしてサヤカの両親は目を丸くした。
私にいたっては……まさか魔族にさらわれた女性が、そんな液体を使ってたとは思わなかったのもあるが……とにかく、まさかの希望に、私達は驚いた。
「だからどうか、その液体を病院に使わせる許可だけは……沙也加を助けられるかもしれない可能性に賭ける許可だけは……俺にくださいッ」
そしてタクトは、その場で深々と土下座をした。
私達は、まさかの希望……そしてタクトの、サヤカに対する想いを前に……もう何も言う事は、できなかった。
※
その日の午後。
タクトは村を旅立った。
無論、私もその旅に同行した。
サヤカを救うため。そして私のいた世界に来る魔族を殲滅するため。
そしてタクトから、魔族がどうして生まれたのかを聞くために。
どうもタクトには、村長達の前でその話を濁してた節がある。
だが私には、死んだ仲間のためにも、全てを知る権利がある。
だから、どれだけ時間がかかっても聞き出すつもりだ。
仮にその中に、私でさえも想像だにしない衝撃の事実があったとしてもだ。
「沙也加は、俺の母親になってくれるかもしれない女なんだよッ。ぜってぇ死なせねぇ」