第4話 対決
時々、夢で見る。
あの日……高校の卒業旅行最終日。
交通事故に遭って、それで……俺とクラスメイトを襲った悪夢を。
あの事故自体が仕組まれたモノだった。
俺達という少年少女を手に入れるためだけに。
力を付与し、異世界に送る……それだけのために!!
俺は、その悪夢からなんとか逃げ出した。
同級生を助けようと思ったけど……その隙ができた時には、すでにみんな異世界へ飛ばされていて。
そして、俺まで異世界に行きたくないと思って……一人、逃げ出した。
怖かった。
でもそれ以上に、沙也加達も卒業旅行の時に……いや、もしかするともっと早い段階で同じ事をされる可能性を考えて、彼女を始めとする後輩達を護りたくて……俺は逃げるという選択をしたんだ。
腰抜けだ、俺は。
これじゃ異世界へ飛ばされた連中に顔向けできない。
けど、せめて。
この悪夢は……俺達の代で終わらせてやるッ。
※
だけど、その悪夢は。
再び俺の前へと…………気配もなく立ち塞がった。
「久しぶりね、拓斗くん」
「み……美原、なのか?」
俺がいたクラスの、スクールカースト上位にいた女。
異世界に飛ばされたハズの女が……まるで鳥獣のように鋭利な爪を沙也加の首に押しつけた彼女が……畑仕事を終え、野菜を詰め込んだ段ボールを積んだトラックで家に帰ろうとする俺の前に。
「……た、たたたっタク、兄ぃ……」
「喋るな」
思わず声を震わす沙也加。
そんな彼女の首に……美原はその爪を少し食い込ませながら、冷たい声で沙也加に言った。
「人質が余計な事を喋るな。殺すわよ」
「ッ!?!?」
「オイお前!! どうしちまったんだ!!?」
まさかの同級生の豹変ぶりに、俺は困惑した。
「確かにお前は、嫌なヤツだったが……誰かを人質にするような、陰湿なヤツじゃなかっただろ!? なのになんで沙也加を!?」
「はぁ? アンタが言う?」
美原は軽蔑の眼差しを俺に向けた。
「私と同じく改造手術を受けたクセに。人を超えた超人になったアンタが。いや、もしかして洗脳を施される前に逃げたから……良心が残っちゃったカナ?」
「………………ぇ……?」
沙也加が、目を点にした。
ヲタクである彼女なら、すぐに理解できるだろう事実。
俺が、あの日からずっと……村人達に怖がられたくないからこそ隠し続けた事実……俺がとっくに、普通の人間ではなくなっているという事実を耳にして。
「まぁいいわ」
しかし、そんな沙也加の反応などどうでもいいのか。
美原は一度溜め息をついただけで、すぐに本題へと移った。
「おとなしく投降なさい。そうすれば……この子の命は――」
「オイ、そこの女」
すると、その時だった。
同級生が送り込まれた異世界からやってきたと思われるエリスの声が聞こえた。
「私の恩人から離れろ。『閃光』!!」
次の瞬間。
その場に閃光が起こった。
思わず俺と美原、そして沙也加まで目を瞑り……そして彼女は動いた。
※
隣の畑が、騒がしくなった。
気になった私は、すぐにそちらに顔を向け……ギョッとした。
遠目だからよく見えないし、会話もよく聞こえなかったが……そこには、怯えている様子のサヤカと、知らない女。そして二人に声をかけているであろうタクトの姿があった。
明らかに、異常事態。
元聖騎士としては見逃せない異常事態だ。
だから私は、すぐに三人に近づき、
「私の恩人から離れろ。『閃光』!!」
目を瞑った状態で光魔法を使い相手を怯ませ、すぐにサヤカを確保し後退する。
この国では心眼と呼ばれるこの技術は、アルベスタ王国の聖騎士にも伝わる技術である。そしてその訓練を受けていたおかげで、サヤカを救い出せた。選択科目ではあったが、受けておいて正解だったな。
「き、貴様まさか……あの世界の聖騎士か!?」
知らない女が、目を押さえながら叫ぶ。
聞き捨てならない台詞だった。なんでお前は私が聖騎士だと……いや、それ以前に、あの世界……?
「おい、どういう事だ!? 貴様はいったい何者だ!?」
だが、その答えは返されなかった。
というか知らない女は「くそっ! 人質を奪り還したからと言って……いい気になるなぁ!!」私の声が聞こえてないのか、そう言ってから咆哮し――。
――私がよく知る魔族の一体に姿を変えた。
まさかの展開に、私は驚愕する。
い、いったいどうして魔族がこの世界に!?
ま、まさか……私がいた世界から、一緒にこの世界に飛ばされてきたのか!?
「ひぃっ!」
ようやく視力が回復したサヤカが、悲鳴を上げる。
くっ! どういう状況なのか分からないが……とにかくサヤカだけはこの場から逃がさないと!!
「おい異世界人!!」
すると、その時だった。
タクトが私に向けて叫んだ。
「沙也加の目を隠せ!!」
まったく、どういう意図でしたのか分からない指示だった。
しかし何にせよ、サヤカには見せられない状況になるのは確かだったので、私はすぐにサヤカを抱き締め、彼女の目を隠した。再び、光魔法を使用するという選択肢もあったが……何度も使って失明したら元も子もないので、普通に抱き締める。
そしてすぐに、彼女を連れてこの場を一時撤退しようと、今度は身体強化魔法を使ってこの場を離れ……た、その瞬間。
「ウォオオオオオオオオォォォォーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!」
タクトが咆哮し。
そして彼までもが。
私が知る魔族の一体へと姿を変えた。
※
俺達に与えられた力は、沙也加が最近愛読している、異世界系のライトノベルの主人公を始めとする異世界転移者が持っているようなチートスキルの類じゃない。
エリスがいた世界にかつていたらしいが……エリス達の先祖によって殲滅され、この世界へと転生を果たした元先住民族の力の、劣化コピー版である。
しかも、その先住民族の力を行使するために必要な頑強な細胞と、先住民族の力の使い方を知るためとして、彼らの人格と、エリス達の先祖への強い怒りと憎しみの込められた記憶付きで……それは俺ら卒業生の肉体に移植された。
移植したのは、もちろん……その先住民族の転生者達。
その目的は、自分達を殲滅した者の子孫への復讐。そして、かつて自分達がいた世界の奪還である。
だからこそ俺は先住民族の記憶から、そしてエリスの鎧についていた紋章から、エリスが、俺の力のルーツである先住民族がいた異世界の聖騎士であると知り……ずっと警戒していた。
俺が魔族だと分かった途端に、問答無用で殺されるかもしれないし、逆に俺が、エリスを殺してしまうかもしれないから。
だが、今は。
恩人である沙也加にかかりっきりである今ならば……そうそう俺を襲えない。
このチャンスを。
美原を……先住民族の人格を植えつけられる前に逃げ出せた俺とは違い、もう、二度と元に戻れない彼女を倒せるこのチャンスを、無駄にはしない!!
「ふんっ! 昔、悪によって作られた存在が裏切ってヒーローになった……そんな特撮ドラマが存在したが、お前はそのヒーローになったつもりか!!?」
「別にヒーローを気取るつもりはない!!」
数多の鳥獣の……体の一部ずつが、複雑に組み合わさったかのような姿形。
もはやヒトではない。
バケモノと言うべき俺達の戦いが……地上で始まる。
互いの爪による斬撃が、手足による打撃が、お互いを傷つけ合う。ほとんど同じスペックで生み出された劣化版のバケモノ同士の戦いなので、なかなか決着はつかない。だからこそ美原は、沙也加を人質にした。でも、エリスがすぐ救出したおかげで、形勢は五分五分に戻った。あとはエリスが来てくれれば、一気に倒せるかもしれない…………けど期待はしない。
なにせ俺達は、エリスの住んでいた村を襲ったバケモノの一体の劣化コピー。
村人達の仇と言うべき存在と、同じ姿をした俺を……助けてくれるワケがない。
目覚めよ、その魂!(ォィ