第3話 遭遇
それからエリスさんは、私の家で暮らす事となった。
両親や村の人達に異世界がどうのこうのと説明するのは大変だったけど、エリスさんが簡単な魔法を使ったところを見せたり、逆異世界転移を、神隠しと村人達にも分かるように懇切丁寧に説明したおかげで、なんとか理解してもらえた。
その代わり、エリスさんに対して〝魔女〟のレッテルを貼って恐れる人が増えたような気がするけれど……まぁ実際魔法を使うし、間違いではないんだけど……。
「ウチの村で魔女狩りとか起こるのは勘弁してほしいな」
エリスさんが来てから、一週間後の夜。
私は晩ご飯を、両親とエリスさんと一緒に食べながらぼやいた。
魔法という特殊能力に恐れを抱き、エリスさんを村に住ませ続ける事に懐疑的になった人と、魔法を見せられてもなおエリスさんに対して好意的な人とで、水面下で真っ二つに割れている状態であるこの村の将来の事を思いながら。
「ま、まぁ大丈夫じゃないか沙也加?」
「そうそう。エリスちゃんは畑仕事を手伝ってくれる良い子だし、それに、エリスちゃんが世話した畑の野菜、以前よりも生き生きしているのよ。そんな子を害そうなんて人はいないと思うわ」
両親は苦笑しながら私に言う。
確かに、エリスさんが手伝った畑で育った野菜は生き生きしている。
もしや、エリスさんが放出している魔力のおかげじゃないかと私は予想しているけれど……おっと、エリスさんが訝しげな目でこっちを見てる。フォローせねば。
「だ、大丈夫だよエリスさん。魔女狩りなんて過去の話なんだから――」
「いや、その……まじょがり、とは?」
「えっ? エリスさんの世界にはなかったの!?」
確かに最近の異世界ものには、ひと昔前のRPGのように僧侶と魔法使いが、勇者と一緒にパーティ組んで、魔王と戦ったりするパターンが多い気がするけど……まさかエリスさんのいた世界はそれに近い世界観なのかな!?
って、そういえば私……エリスさんの世界の事あまり訊いてないや。
死んだ仲間の事まで思い出させるんじゃないかと思って今まで訊いていなかったけど……そろそろ訊くべきかな。
まぁエリスさんは真面目だし、この世界の事をある程度は教えたから、その等価交換とかで、いつかは教えてくれるとは思うけど。
「…………そう言われる人は、いたかもしれない」
魔女狩りとは何なのかについて教えるなり、エリスさんはおずおずと話し出す。
「だが現在、我がアルベスタ王国を始めとする国家は、魔族との戦争の真っ最中。一人でも多くの戦士が必要とされていた。だから……そんな貴重な戦力を迫害するような人はいなかったと思う。平和になったらまた分からんが」
ああ、なるほど。
もしかすると、ひと昔前のRPGのパーティに所属してた僧侶と魔法使いにも、そんな裏事情があったかもしれないね。魔王という共通の強大な敵を倒すために、一時的でもいいから手を組みましょう、的な。夢が壊れるな!
「魔族? 何だいそれ? 妖怪みたいなモノ?」
「ちょっとあなたっ」
すると、魔族という言葉がよく分からなかったのか、父がエリスさんに無遠慮にも訊いてきた。直後に母が父を叩いた。嫌な過去を無理やり思い出させるような事を言ってどうする! 母よ、もっと叩いていいと思うよ!
「…………いえ、お気になさらず」
エリスさんは、苦笑を返した。
「そろそろ……私の事情も、話さなければいけないと思っていましたので」
※
そして、エリスさんは自分の過去を話し始めた。
アルベスタ王国の田舎の農家に生まれた事。
聖属性を始めとする魔法に秀でていた事が、巡礼に来た聖職者によって発覚し、それをキッカケに聖職者を守護し、取り締まる任を持つ聖騎士に抜擢された事。
その数年後、魔族と巷で呼ばれる謎の存在が世界各地に出現し、聖騎士として、その魔族を神の敵と見なし、戦ってきた事。
そして森で私に発見される直前まで、魔族の侵攻を食い止めるための大戦をしていたが、大敗し、その撤退戦のための殿を、一週間前の葬儀で弔った仲間を始めとする戦士達と務めていたが、三人まで減ったその時、謎の閃光が起きて……気づくとこの世界にいたという……そんな不可思議な過去を。
※
「なるほど。手慣れた様子で畑仕事をしてたから、そうじゃないかと思った」
「あなた、そこじゃないでしょ」
いや、確かに私もそこんところは納得だけど。
片手だけというハンデを負っているにも拘わらず、私以上に畑仕事が得意だったその理由には納得だけどそうじゃないでしょ父よ。
私は椅子から立ち上がり、エリスさんの背後に回った。
そして、困惑するエリスさんを……背後から優しく抱き締めた。
そうせずには、いられなかった。
確かに異世界人との交流には胸が躍るけれど、それ以上に……彼女の歩んできた道を思うと、とても悲しくなって、食事中だけど、抱き締めずにいられなかった。
「さ、サヤカ……」
エリスさんは、恥ずかしそうな顔をしたけれど。
でも、私の想いが伝わったのか……それを素直に受け入れた。
※
サヤカの家で世話になって、一週間以上は経った。
私は、同い歳であるサヤカとは違って、この世界の教育機関である『こうこう』とやらには、異世界人という関係上、通う事は難しいが、その代わりに、家事や畑仕事を精一杯、隻腕でもできる限り頑張った。
一宿一飯の恩、という概念がこの世界にはあるらしいが、それと似たような概念はアルベスタ王国にも存在する。だから私は……あれから戦況はどうなったのか、物凄く気になるが、元の世界に帰れる方法が分からない、というか、どういう理屈でこの世界に来たのかすら不明なため、とにかく私にできる事を頑張るしかない。
「…………」
そしてそんな、異世界人である私が気に入らないのか。
隣の畑で野菜の収穫作業を進めている、確かサヤカの幼馴染の……タクト、とか言ったか。彼がジト目を私に向ける。
「何ですか。言いたい事があるなら言えばいいんじゃないですかね」
「別に、そんなんじゃねぇよ」
初めて出会った一週間前から、タクトとはこんな会話ばかりだ。
やはり私が異世界人だから警戒しているのだろうか。それとも私は、彼に粗相をしただろうか。気になってしょうがない。
一度、サヤカに相談した事がある。
すると彼女は「ま、まさかタク兄ぃ……エリスさんの事をッ!?」と言いながらなぜか衝撃を受けたかのような顔をしていたが……もしや彼女はタクトが好きなのだろうか。同じ女である私にはなんとなく分かる。
という事は、そのタクトは私に気がある……?
いや、あの目はそんな感情とは無縁のモノだ。
どちらかと言えば、私に対する疑惑に近い目だ。
……そういえばサヤカは、こんな事も言っていたな。
『いやでも、タク兄ぃ……高校の卒業旅行の時に事故に遭って、その後……三日間行方不明になって……それでなんとか村に、自力で帰ってきてからな気もするな。タク兄ぃがあんな、周囲を警戒するような感じになったの』
※
放課後。
「う~~ん……でも本当にタク兄ぃがエリスさんを好きだったらどうしよう」
今やライトノベルなどが原因でヲタクになってしまった私だけど。
それでも恋愛についてはノーマルだ。同性同士でチョメチョメする場面は……別に嫌いじゃないけど、でも、私自身はノーマルだ。
だからこそ、気になってしまう。
小さい頃から、いろんな事から私を助けてくれたタク兄ぃ。
村の規模が小さくて、同年代の子があまりいないその環境下だからか。そんな中で私がタク兄ぃに好意を持つのは不自然な事ではなかった。
もしかすると、私の中で世界が広がれば……この好意も薄れたりするんじゃないかと思ったりもするけれど、別に私としても……タク兄ぃが嫌いってワケじゃないからこの気持ちは、ずっとそのままにしておいた。
でもある日。
タク兄ぃが自力で村に帰還してから……私達の距離感は変わった。
私の、タク兄ぃに対する想いは変わらないままに。
主にタク兄ぃのあの、周囲を警戒するような視線のせいで……よほどの事がない限り声をかける機会はなくなってしまった。タク兄ぃの中身だけが、別人になってしまったみたいで怖くて……声をかける事が減ってしまった。
「ああでも、話さない事には何も変わらないよね! よぉしっ! まだタク兄ぃが怖いけど……勇気を出して訊いて――」
「ちょっとすみません」
と私が、周囲に誰もいないと思って声を上げた時だった。
誰もいないと思っていた後方から声をかけられて……私の体は、金縛りに遭ったみたいに硬直した。は、恥ずかしすぎて……後ろを向ける気がしないッ。
「この村に、タクトさんという方はおられますか?」
しかし、相手がタク兄ぃの事を訊いてきたため……私はさすがに反応した。
未だに恥ずかしいと思うから、ホント、ゆ~~っくり、後ろを向く。するとそこには、タク兄ぃと同い歳くらいの、髪をセミロングにした女性がいた。
「…………ええ、いますけど?」
「ああ、よかった」
そして女性は……年齢的に、タク兄ぃの同級生の可能性もある女性は。下手すると私のライバルになるかもしれない女性は言う。
「やっぱり傷ついた男は、故郷に帰るモノですよね」
エリスが育てた野菜の生きが良いのは、ア○トのショーイチくんの育てた野菜がおいしいのと同じ理由に違いない(ぇ