第2話 葬送
と言ってもそこまで細かく葬儀は書けない(ぇ
「はぁ!? ここが、私がいた世界ではないだと…………痛ぅっ!」
私が説明をすると、私の目の前に敷かれている布団で横になってる状態の女騎士さん……それも聖騎士だという、私と同い歳と思われる少女は、激痛に苦しみつつも訝しげな顔を向けて、そう言ってきた。
うんうん。確かに最初にそう説明されても納得以前に何の事やら理解できないよね。私だって、私達が今いる私の生まれ故郷『五十里村』から、自転車で三時間はかかる先にある隣町の本屋で買った、昨今流行りの『異世界系』のライトノベルを読んでなければ「ここは異世界です」と異世界で言われても、絶対に納得できないと思うもん。
でも、回りくどい言い方は面倒臭いし、エリスさんには早めに納得してもらわなければいけない事情があるから……なんとしても信じていただきます。
「まず初めにですが……ここにある物、もしくは光景はあなたがいた世界にありましたか?」
「…………私は、全ての国家を見てはいない。だから、ここがその……私が見た事のない国だという可能性は捨てきれない。それにその、水が入っていたギヤマンは隣国にもある」
なるほど、そう来たか。
だけど甘いよ。その考え方にも一理あるかもしれないけど……あなたの今の状況がそれを否定してる。
「でも、あなたケガしてるよね? という事は戦争か何かをしてたんだよね? 聖騎士って言うくらいだし。でもそれなら、あなたが倒れていた場所の近くで戦争が起こっているハズですよね。でも、この村の周囲では戦争など起こってませんよ。その証拠に、戦争が起こっていればこの家が倒壊していてもおかしくないではありませんか。せいぜい、一昨日起こった山田さんちの夫婦喧嘩くらいでしょうかね、諍いなんて。いやそれ以前に……この村が属する国家はもう七十年以上も戦争していませんけど」
「…………そ、それは……」
エリスさんはキョドってきた。
私の説明を聞き、本当かもしれないと思い始めている。
「お願い、信じて」
そして私は、最後のひと押しとばかりに言った。
「そして、あなたの仲間の亡骸を……この国における方法で弔わせて」
※
昨日の夕方。
私は隣町の本屋からの帰り道……その途中にある森の中で、アニメや漫画でさえも見た事がないタイプの騎士服を着た状態で大ケガをしていたエリスさんと、その仲間と思われる二人の男性を発見した。
まさかレイヤーさんがクマにでも襲われたのか、と思ったりしたけど、私の生まれた村を含むここら一帯は〝聖地〟というワケじゃないしレイヤーな外国人が移住してきたという情報もない。というかそもそも彼女の服装は、さっき言った通り、アニメや漫画では見た事がないタイプなので……ヲタクな私としては、昨今流行りの逆異世界転移な事象が起こった、と言われた方が納得な状況である。
その時、エリスさんだけは……なんとか息をしていた。
こんな状況じゃなかったら、たとえエリスさんの正体がレイヤーさんだとしても心が舞い上がっていただろうけど、大ケガしているのを見て慌てて村人を呼んだ。
エリスさんを村まで運んで、そしてその仲間の二人には、すぐさまその場で心肺蘇生法を施す事になった。だけどダメだった。お医者さんである佐藤さんが、手を尽くしてくれたけれど…………手遅れだった。
※
その事を、エリスさんに伝えた。
エリスさんの国ではどういう弔い方かは分からないけれど、少なくともこの国においては主流な火葬ではないかもしれない。もし土葬が向こうの世界の主流なら、なんとかこの村主流の弔い方をさせてくれるよう頼まないといけないから。この村の宗教面などを考えて、土葬などはしない方がいいから。だからまずは、この世界がエリスさんから見て異世界で、そしてこの国にはこの国のルールが存在する事を理解してもらった上で許可を貰い、弔わなければ。
「…………外を、歩かせてくれないか?」
するとエリスさんは、顔を俯かせながら言った。
「できれば、自然豊かな場所まで行きたい」
※
私はエリスさんに肩を貸して、外に出た。
外では、エリスさんの仲間二人を弔うための準備が……多くの村人の手によって進められていた。隣町にいる和尚さんも、打ち合わせのためにすでにいる。遺体の損傷具合などから見て、葬儀は早めに済ませなければならない状況なのだ。
そんな慌ただしい中を、私とエリスさんは無言のまま進む。
異世界人に肩を貸してる時点で私のテンションは上がりまくっているが、それをなんとか抑え込み……近くの草原までやってきた。
「…………すまない。自然が、豊かな……場所じゃなければ……マナを、感じ取れなくてな」
そう言うなり、エリスさんはその場で目を瞑り、深呼吸をする。
と同時に、なんとエリスさんの体がかすかに光ったように……私には見えた。
やっぱりこの子、異世界の女騎士ちゃんなんだな……と再確認した瞬間だった。
「…………マナが、違う」
田舎の空気と都会の空気の違いのようなモノが、マナ……おそらく、私達が思い浮かべるソレと同質であろうモノにはあるのかもしれない。そして今、エリスさんはその違いで……ようやく理解したんだ。
「ここは……私が生まれた世界じゃないんだな」
※
その後。
エリスさんの仲間の葬儀が始まった。
そして、なんとかケガなどが目立たない程度まで綺麗になった遺体が入れられた二つの棺桶の前で。私が貸した、葬儀用の黒い服を着たエリスさんは……私の肩を借りた状態で、静かに泣いた。
「…………アントン軍曹……ジョージ……最後まで、一緒に戦ってくれて…………ありがとう……」
いったい二人とどんな時間を過ごしたのか。
異世界人である私には、想像がつかないけれど。
だけど少なくとも、私は。
時空の迷い子と言うべきエリスさんの仲間が……天国で幸せになってほしいと、心から思った。
※
「ありがとう。私の仲間の冥福を一緒に祈ってくれて」
場所は変わり。アントン軍曹、という人と、ジョージさんという人の遺骨が入れられた墓の前で、エリスさんは黙祷しながら言った。本当はこの国に合わせ、両手を合わそうと思ったらしいが、左手が無いために黙祷である。
「ううん。事情は詳しく知らないけど、大変な事があったんでしょ?」
私は、エリスさんの身に起こった事を知らないけど。
正直言って、異世界人との第一次接触によってちょっと浮かれているけれど……それ以上に、彼女が、血だらけになるような事を想像しただけで、時空の迷い子になった彼女のために、何かしてあげたいと思った。
同情されるのは嫌いかもしれない。
でも、この村の人達はお節介焼きで、そして私も、ヲタクでありますがそのお節介遺伝子を継いでいるのである。
たとえ拒絶されたとしても……エリスさんを見つけて治療した責任は私を始めとする村人にあるからね。最後まで面倒見ちゃいますよ。
まぁそれ以前に、どんな事情であれ仲間を喪い心身共に傷ついているエリスさんを放っておいたら、人としてどうかしていると思うけど。
「困った時はお互い様だよ。だから、エリスさん……これからどうするにしても、この村で一緒に住まない? というか、あなたの正体からしてよその土地に行くといろいろマズいと思うけど」
「…………ああ、そうだな」
もう、元の世界に帰れないかもしれない。
いったいどんな事情でこの世界に来たのかは分からないけれど、それでも、その可能性があるのは間違いなくて。それでエリスさんは……寂しげな顔をしながら、
「至らないところがあるだろうが、これからよろしく頼む」
私達、村人の前で……頭を下げながらそう言った。
「…………フン、なんだかな」
すると、その直後だった。
私の後ろから、私にしか聞こえない小さな……私の知っている声が聞こえた。
「えっ?」
まさかと思い、振り向く。
するとそこにあったのは、私がエリスさん達を森の中で発見した際、助けを求めて最初に呼んだ、私より三歳年上の幼馴染の拓斗……私はタク兄ぃと呼んでいる人が険しい顔を、頭を下げたエリスさんに向けている場面だった。
「…………タク兄ぃ?」
幼馴染の見た事もない顔に、私は困惑した。
いったいタク兄ぃが、どれだけ恐怖を抱いていたかも知らずに。