第1話 転移
勢いで書いてみた。
全5話の予定であります。
神暦一六五五年。
アルベスタ王国建国から五十年目という節目であったこの年は、同時に、世界各国に突然現れた謎の存在〝未確認知的異相生命体〟……巷では〝魔族〟と呼ばれている存在との、長い長い戦いの始まりの年でもあった。
未確認知的異相生命体、では長いので私も魔族と呼称させてもらうが、その魔族は、我々とは違い、ヒトの姿をしていない。二足歩行で目と鼻と耳の穴がそれぞれ二つ存在するなどの、ヒトと似た部分はあるにはあるのだが、魔族は基本的に……数多の鳥獣の体の一部ずつが組み合わさっているような、まるで神話や伝承の中に登場する、鬼や龍を筆頭とする合成系の魔物の如き恐ろしい姿をしている。魔族と呼ばれるのも納得である。
出現するところを目撃した者がいないため、なんらかの原因により、この世界の中で突然誕生した存在の可能性もあるので、異世界の存在だとは断定できないが。
そして、二足歩行で目と鼻と耳の穴がそれぞれ二つ存在するなどの部分はヒトと同じであるところからして、もしかするとヒトから進化した存在ではないかという見解が、我がアルベスタ王国と、我が王国と同じく、魔族の襲撃を受けている国家の間で交わされた意見の中で、入手した情報の交換という形で出たりしたが、それよりも、どうすれば彼らの侵攻を止められるのかの議題の方が最優先であったため正体については……結局、軽く流されたらしい。
しかし、正体が何であれ。
アルベスタ王国に所属する聖騎士である私からすれば、魔族が神の敵として討伐すべき存在である事には変わりない。
私を始めとする女騎士が憧れる、アルベスタ王国に伝わる神話の中に登場する、神話の中の魔族を退けた聖女としても知られる女騎士・イグリット様のように。
※
神暦一六五八年。
しかし私は……そんな彼女のようにはなれなかった。
今までは、私を始めとする連合軍の戦闘員が、魔族の侵攻をなんとか止めていられたというギリギリの戦況だった。
だが、先ほどの戦いで。
なんと魔族は、この世界の誰もが見た事のない数多の種類の謎の武器を使って、我々連合軍の約半数を討ち滅ぼした。
まさか、今までの奴らは本気ではなかったのか。
あまりにも絶望的な状況。
だがしかし、諦めるワケにはいかない。
たとえ今は惨敗しようとも、次の戦いを勝利へと繋げられる可能性に賭けて……生き残った戦士達と共に撤退を開始する。
殿は、私を始めとする……そこそこ実力はあるものの、大怪我を負ったため撤退の際に足手まといになるだろう戦士。それも、志願者のみだ。誰かに無理やり犠牲を押しつけるほど、連合軍は腐っていない。
「さぁ来い魔族共!! アルベスタ王国聖騎士軍二番隊副隊長である、このエリス=ユーグナーが相手だ!!」
なるべく目立つように大声を出し、他の殿の戦士と共に魔族と戦う。
途中で何度も、戦士達を大量虐殺した、例の謎の武器を使われはしたが、防御系の魔法でなんとか凌ぐ。中にはそれさえ貫通する威力の武器もあったが、それでも根性で補う。だがそれでも、奴らとの間には戦力差がありすぎて……。
※
なんとか連合軍が撤退できた時、残った殿は私を含めて三人となっていた。
だが、恐怖はない。
私は殿としてやり遂げたのだ。
私が魔族に殺されたとしても……おそらく生き残った者の内の誰かが、この魔族共を倒してくれる。
「エリスさん……ジョージ君……貴君らと戦えて、よかった」
「俺もだぜ、アントンさん、それにエリス……冒険者としての最後の大仕事をお前らと一緒にこなせて、俺は満足だ」
「アントン軍曹……ジョージ…………」
私と背中合わせになり、周囲を取り囲む魔族共を一緒に睨む殿。
アルベスタ王国の隣国『ランバルド共和国』の軍人であるアントン軍曹と、同じく隣国である『自由都市同盟ラバール』出身の冒険者ジョージが、最期の刻を覚悟して感謝を述べる。
聞いただけで、胸が熱くなる。
一緒に戦った時間は、短いかもしれない。だがこの短時間の内に、生まれた国や所属する防衛組織は違えど……私達はこれ以上ないくらい固い絆で結ばれた戦友となっていたのだ。
「ああ、私も……二人と一緒に戦えて、よかった」
そして私も、感謝の意を伝える。
すると背後の二人は、とても小さいが笑い声を上げた。
私達の想いは、一緒だ。
そしてその想いのままに私達は、私達にとっての最後の戦いへと向かう。
するとその直後。
目を開けていられないほどの閃光が発生し――。
※
――その記憶を最後に、私は目を覚ました。
「ッ!? こ、ここは!?」
最初に目に入ったのは、知らない天井だった。
数多の木材を組み合わせて作られた天井で、しかもその天井からは……見た事のない照明器具が吊り下げられている。
連合軍に属するどの国家の照明器具とも違う。
いったいアレは……いや、それ以前に、魔族との最後の戦いに、アントン軍曹とジョージと一緒に向かったあの瞬間から今までの間に……いったい何があった?
まさかの異常事態。
私はすぐに体を起こし、さらに詳しく周囲の様子を窺おうとして……全身に激痛が走った。当たり前だ。目を覚ます前まで魔族と戦い傷ついていたのだ。その時の傷……左腕がかつてあった箇所も含めて痛みが走るに決まっている。
だが、この程度の激痛で歩みを止めるワケにはいかない。
私がこうして痛みを感じるという事は、少なくともここは死後の世界というワケではない。ならばアントン軍曹とジョージも生きている可能性はある。
ならば、捜さなくては。
捜して、一緒に何が起こったのかを探って……戦線に、戻らねば……。
「あっ! ダメだよ動いちゃ!」
すると、その時だった。
私がいるこの謎の空間と通路を繋ぐ……横開きの扉を開け、一人の……私とそう歳が変わらないだろう、私と同じくヒトとしての姿形をした少女が、私がいる空間へと、そう言ってから入ってきた。
その手には、包帯と思われる白いモノや、透明な液体……水、かもしれないモノを入れた、これまた自由都市同盟ラバールでしか見た事がないような、透明なギヤマンの器がのった盆を持っている。
少女は、ふらつく私の体を優しく抱き留めると、これまた優しく、先ほどまで私が横になっていた寝具に、私を寝かしつけた。その間に少女は、私に向けて何かを言うが、聞いた事のない言語であったため、すぐに翻訳魔法を行使した。直後に、少女の「傷がまだ治ってないんだから!」や「あなた、森の奥で血だらけで倒れていたんだよ!?」などの、私の身を案ずるが故の台詞が耳に飛び込んできた。
私としては、無理にでも動いて周囲の状況を把握したかったのだが、おそらく私をずっと看病していたであろう存在の想いを蔑ろにするほど、私は薄情ではない。なので少女の忠告に従い、私は、仲間を捜しに行きたいその思いをなんとか抑え、とりあえず冷静になり、今のままでも分かる限りの情報を集めようと目を凝らす。
まずは私自身。
まるで他国に伝わる、甦った死者の一種『マミー』のように、全身に包帯が巻かれていた。包帯には少々血が滲んでいるものの、キチンと手当てをされている。
次に周囲。
天井は……さっき見た通りだ。空間の壁は、おそらく土壁と思われる。そして少女が入ってきた扉……木と、紙でできているのか。どれもこれも、アルベスタ王国でも連合軍に属していたどの国でも見た事がない部屋だ。
そして最後に、私を看病していたと思われる少女。
変な文字が書かれた半袖の上着と……わ、私の国の女袴よりも短い丈の、女袴だとぉ!?
そ、そんなに短くて恥ずかしくないのか!?
…………いや、とにかく少女は。
そんな服装をして、腰まで届くほど長く黒い髪を三つ編みにした、彫りが浅い顔立ちで、その顔にソバカスがある…………素朴な感じの少女だった。
そういえば、私の国の反対側――東洋に、連合軍には属していない、そんな民族の国家があると確か聞いた事があるが、まさかここはその東洋にある国なのか!? いやだとすると、その国の貞操観念はどうなっているんだ!?
「えっと、あのー……聞いてるかな? いや、もしかしてだけど……言葉通じないかなぁ? 金髪だし」
すると、私がこの国の貞操観念への心配をしている……とは思っていないだろうが、話を聞いていなかった事でジト目を少女は向けてきた。さすがに会話を交わさないと怪しまれるし、助けてくれたのに礼を言わないのは聖騎士以前にヒトとして名折れだと思うので、私は、素直にこの国の言語で礼を言った。
「助けていただき、心から感謝する。わ、私は……アルベスタ王国に所属する聖騎士、エリス=ユーグナー……。それよ、り……ここは、いったいどこ、ですか?」
だが戦線が心配なため、激痛に耐えつつ、ついでに場所についても訊いておく。
相手の少女の名を訊かないのは、さすがにヒトとしての名折れかもしれんが……しかしそれ以上に事態は深刻だ。今は動けないだろうが、動ける時に備えて、外の状況は少しでも早めに知っておかねば。
しかし少女は、何も答えない。
いや、それどころか目を丸くしながら、
「…………や、やっぱり……逆異世界転移!?」
数瞬遅れて、私が聞いた事もない言葉を口走った。