9.戦力、足りなく無い?
新世界歴1年1月4日 済州島沖 黄海海上
済州島南部沖の黄海と東シナ海のほぼ中間地点を悠々と航行する7隻の艦隊が居た。
052C型駆逐艦【西安】【海口】、052D型駆逐艦【銀川】【西安】、055型駆逐艦【ラサ】、901型補給艦【福裕】、001型空母【河北】の計7隻からなる遼寧空母機動艦隊である。
空母【河北】はソ連の退役空母【ヴァリャーグ】を改修した物の為、艦載機である『J-15』戦闘機を20機程しか搭載出来ないが、日本を除く近隣諸国には充分な威圧を与える物であった。
特に近隣の中華民国や満洲、韓国の各国家の海軍は良くてもヘリ空母程度しか保有していないので中古改修でも【河北】は非常に脅威である。
「艦隊付近に他国の艦艇は?」
「先程までレーダーに満洲海軍の艦艇が映っていましたが、今は確認されません。現在は中華民国と大韓民国の海軍艦艇が我々を挟むように並走しています。アメリカ海軍艦艇も混ざってますが・・・」
艦隊司令官の質問に部下が忌々しそうにそう返答する。
何故ならもし彼等と戦争になれば陸はともかく海では人民解放海軍艦隊は壊滅するからである。
もちろん戦力的にでは無く、黄海と言う狭い海域に集中してる為、青島を母港にしている彼等は韓国や中華民国の対艦ミサイルの常に射程圏内なのだ。
「海南島の方は南海艦隊だしなぁ、はぁ面倒だな。」
そう言って溜め息の吐く艦隊司令の脳裏には忌々しき南海艦隊司令が思い浮かぶ。
史実同様に中華人民共和国の内部派閥争いは常に深刻であった。
小型艦や潜水艦しか保有していない北海艦隊や潜水艦隊はともかく、河北空母機動艦隊が所属する東海艦隊と同じく、南海艦隊も空母【山東】を有する山東機動艦隊が所属している。
「と言っても今回の目的は我々の新たな領土である海北島に部隊を送り込む事だ。日本海軍やイギリス海軍が妨害してくるだろうが、関係なく我々は任務をやり遂げるだけだ。」
そう言って艦隊司令はかつて日本があった方向を見てニヤリと笑う。
ちなみに海北島は占守島北方の島に中華人民共和国が勝手に名付けただけで中華人民共和国以外何処も認めていない。
そもそも日英は国際法上、領有宣言しただけでは中華人民共和国の領土にはならないとしているので、もし人民解放軍が島に上陸したら間違い無く戦争になる事決定なのだが、彼等にはそんな事知る由も無かった。
新世界歴1年1月4日、東シナ海
意気揚々と進む傍ら中華民国海軍、アメリカ海軍、そして韓国海軍の各艦艇が人民解放海軍艦隊と併走し、そして監視していた。
韓国海軍駆逐艦【文武大王】もそのうちの1隻である。
「意気揚々と日本方面へ向かいますね、アイツら。」
「大方、昨日報道官が宣言していた島へ向かうんだろ?領有宣言したくらいじゃあ領有した事にならんのに・・・」
河北空母機動艦隊が進出したせいで休暇を取り消されて、今この場にいる不機嫌な艦長が航海長が双眼鏡を覗きながら言った言葉に返した。
「相手がウチならともかく日英だろ?絶対に戦争になるな。その意気揚々と航行する艦隊ももうすぐ見納めだ、精々眺めとくんだな。」
艦長は日英が自国付近の島を中華人民共和国に取られるのを絶対に許さない事を確信していた。
航海長はふと艦長が日本の防衛大学校に行ってた事を思い出したが、口には出さなかった。
ただ、もし戦争になれば日英海軍はともかく日本海軍だけでも目の前のそれなりに立派な艦隊は恐らく1隻たりとも残らない事が容易に想像ついた。
「日本とイギリスは海軍のレベルが違うからなぁ。」
別の艦橋要員が漏らしたその言葉に艦橋に居た全員が(確かに)と心の中で頷いた。
新世界歴1年1月4日 旧オホーツク海 例の島 上空
千歳空軍基地を飛び立った1機の『C-2』輸送機が護衛の戦闘機に守られながらカムチャッカ半島があった場所に現れた島の上空へ到達した。
『C-2』輸送機が運んでいるのは、自国領土とする為の実効支配を行う陸軍陸上総隊第1空挺団、謂わゆる空挺部隊である。
空挺団が特殊部隊に分類されるかは、かなりの兵士が空挺任務を行う可能性のある現代では微妙ではあるが、第1空挺団が精鋭部隊である事に変わりはない。
そんな訳で精鋭部隊である第1空挺団だが、薄暗い機内で待機する彼等の装備は他の部隊と違い多種多様であった。
持っている銃も他の部隊のように国産の『89式小銃』では無くアメリカ製の『M4A1』やドイツ製の『HK416』『HK417』とごちゃ混ぜである。
近年では特殊部隊でも装備を統一する事も多いが、使用弾が全て同じなら問題無いと隊員に裁量権を与えている部隊も珍しくは無い。
最も今回降りる場所には敵は存在しない筈だが、何が起きるか分からないという事で彼等は装備マシマシのフルオプションで任務にあたろうとしていた。
やがて後部ランプドアがゆっくりと開けられ、冬の冷たい風が機内へ入り込んでくる。
時刻は夜中の午前2:00を過ぎた辺りなので辺りは真っ暗で、眼下に見下ろす島も海も一切の灯がない。
ランプドアが開けられた事で立ち上がった空挺隊員達はハンドサインでお互いに合図しながら声を出す事無く1人、また1人と飛び出して行った。
空挺を専門任務にしている以上、彼等の実戦は敵がうじゃうじゃいる中での潜入などになる為、下手すればパラシュートで降下している途中に敵から撃たれるなども有り得る。
しかし、今回は戦地に降りる訳ではないので、その分彼等は今回の任務をまだ楽な部類だと考えていた。
ちなみに地図もインフラも無い島への降下作戦なので『C-2』のコクピットで降下する空挺隊員を見ながらパイロットは自分は空軍で良かったと思っていたりする。
新世界歴1年1月4日 旧オホーツク海 例の島 沖合
空挺隊員達が島へと降下している最中、小型の高速艇が灯りもつけずに島へと接近していた。
日本と同じく島の領有を主張するイギリスが島の領有の為派遣した海軍のSBS、特殊舟艇部隊である。
「うおっ!?隊長!日本の空挺部隊です!」
「なに!?クソッ!アイツら空挺部隊を投入してきたか!」
イギリス海軍の特殊部隊である彼等は第1空挺団と同じくこの島に上陸し、実効支配するのが任務だった。
別にどちらが先に到着しようが、日英両国で島を二分するのは決定していたのだが、そこは互いの特殊部隊のプライドとして負けられなかった為、勝負していたのだ。
もちろんそれを分かってるからこそ、英国国防省は虎の子のSBSを派遣したし、日本国防衛総省は手っ取り早く第1空挺団を派遣したのだ。
「クソッ!勝負は俺らの負けか・・・上陸したら直ぐにキャンプ地の選定だ。次の補給と迎えが来るのは3日後か、」
「私達の楽しみの紅茶をアイツらに取られましたね、隊長。」
「勝負に勝ってたら、アイツらのレーションを奪えたのにぃ!」
どうやら上とは別に現場レベルでも勝負してたようで、お互いに賭けまでしてたようだ。
ちなみにこれらの賭けの際にSBSは日本のレーションを要求し、空挺団はイギリスの紅茶を要求していた。
誰も好き好んでイギリスの不味いレーションなど食べたくは無いので当たり前だが、唯一の娯楽を取られる事になったSBSの士気がダダ下がりしたのはいうまでも無い。
新世界歴1年1月4日 イギリ連合王国 ダウニング街10番地
「・・・結局はこうなりましたか。」
イギリスの首相官邸であるダウニング街10番地の応接室にて、日本国外務大臣は目の前の書類にサインしながら疲れたように向かいにいるイギリス首相にそう言った。
「同感ですな。我が国と日本で協力して調査・開発という話の筈だったのに・・・なんで中国が。」
ただの出来レースが戦争にまで発展するなんて、と首相は忌々しそうに呟いた。
日本国外務大臣がサインした物を受け取ったイギリス首相はそれを側にいた補佐官に渡すと、仕事は終わりとばかりに紅茶を飲み始め、ティータイムがスタートした。
「我々としては彼等が島に上陸した瞬間に我が国に対する武力侵攻と判断し艦隊を攻撃する予定ですが、日本はどのような対応を?」
「同じですね。中国が上陸してくるのは恐らく島の南側、日本領だと推測されますが、それでもイギリスは攻撃を?」
「関係無いですな。日本と我が国は同じトロント協定加盟国、トロント協定に同盟国が攻撃された事に対する参戦規定はありませんが、1902年に締結された日英同盟は未だに互いに破棄されてませんので我々には参戦する権利が有りますから。」
そう言ってイギリス首相は部屋の端に置かれている棚の上を手で指した。
そこには日英同盟のイギリス側原本が鎮座しており、恐らくこの時の為にわざわざ持って来たのであろう。
ちなみに史実の日英同盟はその後の4ヶ国条約により破棄されたが、この世界では4ヶ国条約が結ばれなかった為、日英同盟は更新され、どちらかの国が破棄しない限り続くように改定されている。
まぁ、そんな物関係無しに日本とイギリスはトロント協定を通じた同盟国なので参戦出来るのだが、それをやると今後アメリカから要請される可能性があるので、イギリスしてはそれを回避した形だろう。
「日英同盟を出されては我々はどうしようもありませんなぁ。」
そう言いながら日本国外務大臣は少し冷めた紅茶を飲み始めた。
こうして日英の共同戦線が作られていったのである。