8.更なる火種
新世界歴1年1月4日、日本連邦国 首都東京 総理官邸
会議室の大型モニターにはこれまで判明した世界地図が映し出されていた。
「今のところ判明してるのは何故か我が国の北西に転移したイギリスと北東に転移したスカンディナビア、西方に7000km地点にユーラシア大陸、南東に2万km地点に北アメリカ大陸、そして同じく南東に3000地点にスフィアナとか言う国家か・・・」
「南方にも国家からと見られる電波を探知してますので位置的に恐らく前世界と同じ位置にオーストラリア大陸もあるかと・・・」
総理や他の閣僚達に地図の説明と報告をしてるのは防衛大臣と国土交通大臣である。
オーストラリア大陸があった場所からの電波を探知したのは防衛総省情報本部、まだ確認出来ていないので喜べないが、可能性と意味では安心出来たのは確かだ。
「現在、オーストラリア大陸と思われる場所には海軍の哨戒機が向かっており、GPSが使用出来ない為、TACANによる誘導で大陸へ向かっています。」
「これで食糧問題はとりあえず解決ですな。」
農林水産相の言葉に何名かの閣僚が頷き、何名かの顔が和らいだ。
樺太や台湾のお陰で史実より多少食糧自給率は高いが、それでも食糧の輸入が一切途絶えると干上がるのが日本である。
ちなみに資源の方は1年半で干上がる予定だったが、イギリスの北海油田とアメリカ発見のお陰で何とかなる見通しだ。
「まぁ、1つ問題が解決したとは言え他に問題が無い訳じゃ無いがな・・・」
そう言って総理は国土交通相の方に視線を移した。
「・・・数千ページの暫定報告書を読むだけになりますがよろしいですか?」
「いや、担当部署に任せよう。増員も必要だろうしな。」
目にクマのある国土交通相を見て想像したのか総理は諦めた。
他の閣僚達も首を振ってる。
「そ、それはそうとスフィアナとかいう国、交渉は進んでるか?」
「はい。国の主な情報はお配りした報告書に記載してる通りです。」
外務大臣そう言うと皆は目の前に置かれている報告書に目を通す。
「彼等の正式な国名はスフィアナ連邦、人口は約1億6000万人で議会民主制の立憲連邦君主制。経済に関しては通貨などが違う為現時点では不明、軍は総兵力で約40万と我々とほぼ同じ、技術水準は我々と同じ水準ですね。」
どうやら初めて接触した際に互いに国家紹介をしたようで、それらの情報から作成されていた。
最低限の情報だが、少なくともヤバい国そうじゃ無いな、と言うのは閣僚全員が思った事だった。
「お互いに国家紹介などは終わりましたので、このまま順調に行けば数日程で国交を結べるかと思われます。」
「ならば外務省の方で進めておいてくれ。さて、次は占守島の北、前世界だとかカムチャッカ半島に現れた島に関してだ。」
総理がそう言うとモニターの画面がその島の空撮画像に変わった。
場所も形もカムチャッカ半島に似ているが、今回見つかったのは島、そして今のところ人が住んでる痕跡は無いというのが偵察した防衛総省からの説明であった。
「面積は約40万㎢、今は冬の筈だが、気候が違うのか雪は標高の高い山を除いて殆ど見られない。スカンディナビアはリソース不足からか領有を否定しており、恐らく我が国とイギリスで分割されるだろう。」
総理の言葉に閣僚達の顔が一斉に険しくなる。
日本はロシア共和国支援の見返りで北樺太を譲渡され以来、何処とも陸での国境を有しておらず、島国として歩んできた。
色々な利権などが絡む為、口には出さないが、陸での国境を接するくらいならそんな島要らない、と考えてる閣僚まで存在する。
幾ら相手がイギリスでもアメリカとメキシコの国境を知ってる彼等からすれば遠慮したい物だろう。
「先程島と言ったが、この島は島を二分する形で真ん中を大河が流れており、恐らく川の標高や広さから察するに海水だろうな。」
「川とはどれ程の幅ですか?」
「最広部で約5km、最狭部で2kmだな。この川で島は南北に分けられる。」
「それならばアリか?」
最も、イギリスがその川を国境とする事で納得するかは分からないが、日本との関係を悪化させたく無いのならば納得するだろう。
と言うより寧ろ、その線で交渉してくるだろう。
「現在、我が国とイギリスの合同部隊が島に向かっており、双方で領有宣言した後で交渉で国境線を決定する事で同意しています。」
それだと宣言から交渉完了までイギリスと領土問題を抱えてしまう事になるのだが、相手がイギリスや日本なら大丈夫だと思ったのか、日英はそれでいく事にしたらしい。
「発見は未完の権限である、だな。」
外務大臣がICJの国際判例の1つを述べる。
つまり、実行的占有が行われなければ領有権の根拠にならないという事である。
「失礼します。」
「どうした?その場で報告してくれ。」
途中で警備員が居る扉を開けて入って来たのは外務省の職員、全員の視線と行政の代表者を受けて外務大臣に報告する前に足を止められた。
「はい、先程在中華人民共和国日本大使より連絡がありまして、前世界のカムチャッカ半島の位置にある島を我が国固有の領土と表明し、海軍艦隊を派遣しました。」
「何!?」
中華人民共和国が海軍艦隊を派遣したという事は日本や英国が阻止すれば戦争の可能性があると言う事だ。
しかし、この世界の日本は(史実でも同じかもしれないが)、かなり強気の外交姿勢である。
相手がアメリカならば判断に迷ったであろうが、相手が史実より弱体化している中華人民共和国ならば判断は早い。
「直ぐにイギリスと合同で抗議声明を発表しろ!防衛大臣、海軍の艦隊を派遣して人民解放軍艦隊を足止めしろ、直ぐに例の島を我が国とイギリスで領有させるんだ、戦争してでも中華人民共和国に領有させるな!!」
「わ、分かりました!」
「直ぐに行動します!」
総理大臣の怒気を含んだ指示に外務大臣と防衛大臣は急いで部屋を飛び出し、本省へと指示を実行しに戻って行った。
定例会議は一時終了し、後日NSC(国家安全保障会議)を開催する事に決定した。
アメリカでの火種は日本でも飛び散りそうであった。
新世界歴1年1月4日 中華人民共和国 首都北京 中南海
「これで日英に対し楔を打ち込めるな。我が国が最初に領有を表明した以上、日英は何も出来まい。」
海軍艦隊に派遣を命令した後、国家主席は日英を出し抜いたと上機嫌に中南海にある池の辺りへと向かっていた。
「おっと、遅れてしまいましたね。」
「いえ、構いませんよ。」
池の辺りの亭では6名の男性が烏龍茶などを飲んで寛いでおり、とても彼等が7億人の行方を左右する政治局常務委員だとは思えない。
「それでは、始めましょうか。」
国家主席が座った事で7名になった中国人民7億人の舵取りを行う中国共産党中央政治局常務委員会が全員揃った。
そこに憲法や法律、人権などは存在せずに彼等7人が決めた事が法律であり、憲法でもある。
例え他国との戦争だろうが、少数民族の弾圧も彼等の判断で実行されるのだ。
「取り敢えず空母機動艦隊を派遣しましたが、日英は転移の混乱で何も出来ないでしょうな。」
「それで気付いたら自国領土を脅かせる位置に我が国の領土か、国際法に乗っ取ってるだけに彼等は何も言えない。」
実はその国際法が彼等の中だけの国際法であり、日英海軍が人民解放海軍艦隊を阻止する為に動いてるとは想像も付いてない。
そして日英の部隊が島に向かってるので、島の領有権が中華人民共和国に無い事も・・・
「と言っても早急に行動しなければ日英双方共に国連の常任理事国だ。特に日本には拒否権もある。うかうかしてたら周りが全部敵なんて事になるぞ?」
史実では常任理事国どころか国連の敵国条項により敵である日本だが、この世界では敵国条項なんて物は存在しない。
更に国際連合創設メンバーの1つである日本はアメリカ・カナダ・イギリス・フランス・イタリア・中華民国・中華人民共和国・ソ連と共に常任理事国の1つである。
そして、拒否権を使用できる国はアメリカ・ソ連・日本の3ヶ国だけであり、その他の常任理事国は拒否権は有していない。
その為、中華人民共和国は国連の常任理事国ではあるが拒否権は有していないのだ。
最も、今は国連総会を開ける状況では無いが。
「問題無い。そもそも国連総会など開ける状況じゃ無い上にソ連が拒否権を使うさ。それより私としてはこの気候変動の方が問題だと思うが?」
そう言って1月なのに半袖半ズボンな自身を指す常務委員。
「今の気温は?」
「30.1℃です。昨年の7月の平均気温程あります。」
常務委員の質問に答えるのは彼等に付き合わされて暑そうなスーツ姿の秘書官である。
自分達だけ夏服の用意が出来ており、それに付き合わされている秘書は堪ったものではない。
「直ぐに原因を特定して何とかしなければな。」
常務委員の1人がそう言うが、自然現象なんてなんとか出来るのか?と言うのが聞いてた心の呟きである。
決して口にはしないが・・・
ちなみに第一次五カ年計画で調子乗って始めた大躍進計画では原因を特定しながらも何もしなかったので、数千万人の餓死者(中華民国分少ない)を出すと言う実績もある。
その為、実際に何か特定しても何かするかは不明である。
「それはさて置き、アメリカが居ない間にどちらか片方は落としておきたいな。」
「労力的な意味だと満洲か?」
「中華民国よりは楽かもな。」
どちにしろ戦争する事しか考えてないのはこの際無視する。
「それでは満洲方面で宜しいですか?」
「あぁ、構わない。全土を落とさなくても一部でも切り取れれば合格点だろう。」
「そうですな。」
「それでは、決定ですね。」
まるで何処かに遊びに行くように他国との戦争を決めたが、彼等の中では当たり前の事である。
ちなみに中華民国や満洲連邦共和国とは現在停戦中なので宣戦布告などは必要ない。
彼等がそれを守った事など無いが・・・
「では、満洲に対し領土奪還を行うよう人民解放軍に指示します。」
こうしてまた1つ新たな火種が出来ようとしていた。