6.巻き込まれないのを祈るだけ
新世界歴1年1月3日、アメリカ合衆国 フロリダ州 ターキー・ポイント原子力発電所
現在も合衆国軍と州兵により避難が行われているホームステッド近郊の沿岸部に位置するターキー・ポイント原子力発電所。
この発電所は何故か原子力発電施設と火力発電施設が併設されている珍しい発電所なのだが、火力発電所に関しては今回関係無いので置いておく。
ちなみにこの発電所は史実では○芝の経営危機を導いた発電所である。
そんなターキー・ポイント原子力発電所の中央制御室では多数の作業員が緊張した表情でモニターと睨めっこしていた。
「・・・はい、分かりました。直ちに実行します。では・・・」
中央制御室の一角では発電所所長が原子力規制委員会から掛かってきた電話を切り、静かに置いた。
「経った今、NRC(アメリカ合衆国原子力規制委員会)から3、4号基を停止するよう指示があった。」
所長の言葉に驚きは無い。
ニュースでもフロリダ南部に敵とみられる軍隊が侵入し、フロリダ州南部に避難命令が発令されたと報じてるからだ。
報道機関は転移に関する報道で原発の事にまで気が回らないようだが、原発の作業員は皆予想出来ていた。
「制御管理室長。」
「はい、これより3、4号基のスクラム停止作業を実施します。総員確認配置!」
原発の管理責任者である制御管理室長が制御室に居る作業員が室長の号令でそれぞれ配置に着く。
それぞれが炉心温度や核燃料制御棒の状態などをモニターしていく。
「ではカウントダウンします。3・・・2・・・1・・・スクラム停止!」
そう言いながら制御室長は蓋をされた赤いボタンを押した。
ボタンを押した瞬間に激しいアラーム音が鳴り響く、原子炉がスクラム停止された証拠でもあった。
「制御棒入りました!」
「炉心温度低下中」
「冷却水の注入を開始します!」
スクラム停止をした直後から作業員達がモニターの様子を順番に報告していく。
現時点でターキー・ポイント原子力発電所は核分裂反応による発電をやめたのだ。
「取り敢えずからで一安心ですね。」
「敵も原子力に関する知識が多少なりともあるならば余計な事はしないだろう。」
様々な事を確認する職員を横目に所長と室長は温度がどんどん下がっていくモニターを見つめながらそれぞれそう呟いた。
彼等だって分かっているのだ、例えスクラム停止し原子炉に制御棒が挿入された状態でも原子炉を冷やす冷却水が止まれば水蒸気爆発が起きフロリダ半島が汚染される事を。
「敵が愚かでは無い事を祈ろう・・・」
そう言った所長はどこか不安そうであった。
新世界歴1年1月3日、日本連邦国 首都東京 総理官邸
「え、アメリカが見つかった?」
防衛大臣の報告を聞いた総理はどこか嬉しそうな笑顔でそう言った。
1853年の黒船来航から始まるアメリカとの関係は常に良好だった。
日露戦争の講和交渉の仲介はアメリカで、日露戦争での戦費で苦しむ日本に対し、高値で満州の利権を購入したのもアメリカであった。
その後は同じ連合国としてドイツ第三帝国と闘い、東西冷戦時にはアメリカ主導のトロント協定に加盟、西側陣営としてアメリカは常に味方だった。
まぁ、そのような安全保障上の話は置いておいて、アメリカは日本の重要な貿易相手国でもあった。
近年は中華民国との貿易が増えていたが、日本にとってアメリカ程大事な貿易相手国は無い。
そんなアメリカが発見されたのだから経済界から対応を求められていた内閣の長として笑顔になるのも当然の事だろう。
「はい。英国の発案で早期警戒機や空中給油機を駆使した作戦により南東海域を偵察中の機体が同じレーダー波反応を確認、アメリカの早期警戒機だと判明しました。」
「またその捜索の過程でハワイ王国も発見しました。位置関係は前世界と同じでした。」
え?空中給油機を駆使したイギリスが発案の作戦ってあの作戦じゃね?と総理は一瞬思ったが、アメリカが見つかったのでヨシとした。
ちなみにイギリス曰く爆撃機じゃ無くて早期警戒機なのでセーフらしい。
あとサラッと話に出てきたハワイ王国だが、この世界ではハワイはアメリカに併合されずに独立国として存在している。
ちなみに同じレーダー波反応なのは、発見した日本空軍の早期警戒管制機『E-767』とたまたま哨戒中のアメリカ空軍の早期警戒管制機『E-3』の搭載レーダーが同じ『AN/APY-2』だからである。
「で、場所は?」
「アメリカは我が国の南東約1万2000km地点です。位置的には前世界の南米大陸の東辺りですね。気候的に大丈夫でしょうか?」
「うわぁ・・・」
かなりヤバい場所である。
何せアラスカ州のアンカレッジでさえ今は沖縄より南なのだ、色々と気候的にヤバそうだが、どうしようも無い。
なるようにしかならないのだ。
「あと、あと南米大陸が消えて別の大陸がくっついたようでメキシコ湾が内海になりました。」
「おぅ、幾つかの造船所死んだな。」
ヒューストンやタンパなどのメキシコ湾岸の諸都市はかなりの造船所や石油ターミナルなどがあったけどタンカーとか閉じ込められたな、と今頃発狂してるであろう合衆国のオイルメジャーを哀れむながらもどこか嬉しそうな総理であった。
「あと、これは未確認情報ですが、接続した大陸で国家が確認されフロリダ州の一部やパナマなどの駐米諸国の一部が軍事占領されたそうです。」
「・・・は?」
「ちなみにターキー・ポイント原子力発電所は閉鎖、フロリダ州南部全域に避難命令が出ています。」
あれ?もしかしてこれ同盟国が戦争状態?とさっきまでの笑顔はどこに行ったのか、能面のように表情を無くす総理は頭の中でアメリカ駐在の邦人に帰国命令出した方が良いかな?とか、ウチも軍出せって言われないかな?などと大混乱であった。
「総理、取り敢えず他にも報告が有りますので、会議室へ。」
総理執務室前の廊下で固まった総理を防衛大臣は一気に言い過ぎたか?と反省しながら会議室へと促すのであった。
新世界歴1年1月3日、イギリス連合王国 首都ロンドン ダウニング街10番地
「ほぅ、アメリカは大分大変な事になってるようだな。」
国防大臣や外務大臣から報告書を受け取った首相は他人事のようにそう言った。
「まぁ、海・空軍や海兵隊と比べたら影は薄いですが、陸軍も40万人程いますし、州兵も居ますので我々が援軍を求められる事はまず無いでしょう。」
実はアメリカ陸軍は予備役なども入れたら総兵力100万を超える巨大組織なのだが、平時は40万人ほどしか居らず、海外派遣される事もないのでスポットが当たる事はまず無い。
最も、アメリカ軍なので装備は最新鋭で世界有数の陸軍ではある物の、馬鹿みたいな戦力を有する海軍や空軍と比べると総じて地味である。
「敵の規模次第ですが、まぁアメリカ軍レベルの軍隊なんてそうそう無いでしょう。」
外務大臣の言葉に首相と国防大臣は内心、当たり前だ!と突っ込んだが、アメリカ軍レベルがそうポンポン存在するならば恐らく人類はとっくに絶滅してるであろう。
過去、アメリカと対立していた国家も人員は多いが装備が旧式や、通常戦力では貧弱なので特殊装備で対抗するなどの弱点があったのだ。
兵力も多くて装備も最強、国力も高いとかいう化け物国家は1つで十分である。
「そう言えば日本が接触した国家については?」
「現在、日本が交渉中なので詳細は不明ですが、話は通じるそうです。」
「それは言語的にか?」
「交渉的にです。言語は英語に近いそうです。」
何故、別世界の国家の人間が英語を話してるんだ?とは日英の言語学者全員が思った事だが、実際に交渉する外務省の人間は「通じるんだから良いじゃねえか」と全く気にしてなかった。
そんな事を気にする余裕が無いとも言える。
「一応、日本からの情報提供で国名はスフィアナ連邦と判明。人口は約1億2000万人で議会民主制の立憲連邦君主制の国家だそうです。」
「1億2000万か、まぁ島国ならそんなもんか。」
そう言う首相だが、島国というのはどこも似通った人口密度になりやすい。
イギリスの人口はグレートブリテン島とアイルランド島を合わせて約7000万人、日本は台湾分も合わせて約1億5000万人である。
ちなみにスカンディナビアは旧3ヶ国合わせて約2200万人程だ。
「はい。議会民主制なのでいきなり侵攻はなさそうですね。」
「・・・そうだな。」
歯切れの悪い首相だが、同じ議会民主制でもアメリカなどはポンポン戦争をしてるので、そのスフィアナがどうなのか分からないが、交渉してるのならまだ話し合いの余地はあるだろう、と思う事にした。