5.諦めるしか無い、運が悪かったんだ!
新世界歴1年1月2日、アメリカ合衆国 フロリダ州 エバーグレース国立公園
フロリダ半島南方に広がるフロリダキーズが何故かニュージャージー州沖合いに転移した事でニュージャージー州との管轄争いになってしまったが、フロリダ州にそんな余裕は無い。
何故ならフロリダキーズを押し退けて未知の大陸がフロリダ州とパナマ運河を挟んで消えた南米大陸の代わりに北米大陸に繋がってしまったからである。
そのせいでメキシコ湾が内海になってしまい、メキシコ湾の造船所に居た多数のアメリカ海軍艦艇が取り残されたしまったのは別の話。
そんなフロリダ州の先端に走る道路、スタート・ハイウェイ9336を、一見するとソ連の戦車かな?と勘違いしそうになるくらい丸みを帯びた砲塔が特徴の戦車が行く。
やがて多少整備された建物のある場所までやってくると数両の戦車からなる部隊は動きを止めた。
そして砲塔のハッチが開き、中から搭乗員達が降りてくる。
「それなりに整備はされてますが建物らしき建物がありませんね。」
「道はまだ先に続いているからその先に大きな町があるのかもしれん。」
戦車から降りて来た兵士と後続の装甲車から降りて来た兵士達がリゾート地のように整備された建物を見ながら話す。
実際に観光地なので整備されてるのは当たり前だが、知らない彼等は推測で物事を話すしか無い。
「やっとこさグリースレーン共和国のグズ共が消えたと思ったら今度はロクな建物も無い場所か・・・」
「道路だけはちゃんとしてますので街はあると思いますが?」
彼等はレムリア帝国軍の先遣隊である。
300年前に有象無象の国々しか無かったレムリア大陸を武力で纏め上げた帝国であり、征服した植民地の国民と本国の国民を同等に扱ってる為、国内は非常に安定している。
まぁ、植民地の文化は一切認めず、宗教すらも徹底的に破壊し尽くし、レムリア帝国式の文化・宗教のみを押し付けているのだが、洗脳教育が優秀なのか、植民地になった国の国民は数年で大人しくなるらしい。
キョウイクッテスゴイナー(棒)
「とは言え街まで進軍するならこの程度の戦力では話にならんな、本国に追加の部隊派遣を要請しよう。幸いインフラは整ってるようだしな。」
兵員輸送車に乗って来た歩兵部隊の指揮官が部隊の指揮官でもある現場指揮官に進言する。
現場指揮官も納得してるようでウンウンと頷いている。
一応、この部隊は先遣隊なので戦車も含まれるとは言え、その兵力は1000人にも満たない。
「ここまで来て敵の防衛施設すら見当たらないのが少し不安だが、まぁ大丈夫だろ。」
この国の防衛意識は大丈夫か?と他人事のように思いながらも指揮官は部下達に指示を出す為に車輌へと戻って行った。
新世界歴1年1月2日 アメリカ合衆国 首都ワシントンD.C. ホワイトハウス
「これはもう我が国に対する立派な侵攻だよな?」
ホワイトハウス執務室のモニターに映し出されたドローンからの映像を見ながら大統領は国防長官達に同意を求めた。
「そうですね、まだ1000人にも満たない兵力ですが、恐らく先遣隊かと思われます。次期に万単位の追加戦力がやってくるかと・・・」
国防長官の推測に背筋がゾッとする大統領、敵部隊が今いるフラミンゴビジター・センターからスタート・ハイウェイ9336を北上すればフロリダ州最大の人口500万人都市圏を有するマイアミがあるのだ。
しかも彼等の現在地からマイアミまで100kmも無いのだからかなりヤバい。
「こ、こちらの戦力は大丈夫なのか!?」
「1番近い基地ですと、彼等が最初に到着するであろうホームステッドに空軍基地がありますが、ちょっと近すぎますね。」
「そもそも防衛ラインを何処に設置するか?という問題もあります。」
国防総省やフロリダ州政府が考えてる防衛ラインとして州間高速道路75号線か州道41号線の2つの案があるが、どちにしろマイアミは放棄しなければならない。
つまり、少なくとも100万人以上の避難が前提となる。
「最初の都市ホームステッドまで約50kmだろ?避難出来るのか?」
これが日本ならば軍隊が頑張ってなんとか時間を稼ぐ、という方法しか取れないが、ここは大陸のアメリカ、合衆国軍にはちゃんと別の対策があった。
もちろん軍が頑張るのは同じだが。
「彼等がいるエバーグレース国立公園は海岸沿いはマングローブ、それ以外は湿地の場所です。つまり、彼等のいる場所から他に行く唯一の道路であるスタート・ハイウェイ9336を破壊してしまえば、少なくとも戦車は使えません。」
「成る程、少なくとも時間は稼げるという事か?」
取り敢えず民間人の避難する時間は稼げると安堵した大統領達隔離だが、地図を見ながら1人顔色の悪い閣僚が居た。
「ん?エネルギー長官、どうしたんだ?」
顔色の悪さを大統領に見つかり、質問されたエネルギー長官は震えるような声で大統領含む閣僚達に伝えた。
「な、75号線や45号線を防衛ラインとしてマイアミを放棄するのは構いませんが、防衛ラインの外側、ホームステッド沿岸部には原子力発電所があります!」
エネルギー長官の発言に隔離は急いで地図を見る、すると確かにホームステッド沿岸部にターキー・ポイント原子力発電所があったのだ。
「ど、どうする!?弁を閉じて使えない状態にして非難しても、もし彼等が炉心を破壊してしまったら、マイアミ近郊で濃縮ウランが野ざらしになりますよ!!」
「そうなればフロリダ南部は二度と人の住めない土地になる!!」
エネルギー長官の発言に隔離は混乱状態になるが、どうしようも無い。
敵を抑えられるなら全力で抑える、抑えられないのなら神に祈りフロリダ州北部まで防衛ラインを下げるしか無い。
何処ぞの原子力発電所船のように移動出来ないのだから。
ちなみに原子炉建屋は戦闘機の衝突にも耐えられるだけの強度を有しているが、福島のように外部の発電機が止まり、冷却水が送れなくなれば、もう後は水蒸気爆発する。
そんなこんなで結局、フロリダ州南部に避難命令が出ただけで、原発に関してはどうしようも無い、というのが結論であった。
新世界歴1年1月2日、スフィアナ連邦 首都レスティナード 首相官邸
「では、これより災害時に於ける国家非常事態宣言発令に伴う緊急会議を開催する。」
何故か部屋の中なのに植物園の如く観葉植物がこれでもかと置かれている大会議室で参加者を見渡せる一際豪華な席に座って居る国王がそう告げた事でこの会議は始まった。
国王を君主とする立憲連邦君主制の自由民主主義国家であるスフィアナ連邦に於いて国王の権限は幾つかを除いて少ないが、その影響力は国のあらゆる所にまで及んでいる。
今回の非常事態宣言発令に伴う緊急会議も常に王族の誰かが出席しないといけないなど、王族の影響力は非常に大きい。
最も、会議が始まってしまえば国王は関係無いのでお茶菓子を食べながら会議の流れを眺めるだけである。
「取り敢えず、先日の多国籍海軍合同演習での事態は皆さん把握してる筈と思われますが、我々外務省としましてはその際に判明した国家と接触するべきだと考えます。」
会議がひと段落したところでそう発言したのは女性の外務大臣である。
閣僚に女性が居る事から、この国はそれなりに発展した国家だと思われるが、我々日本人が見たらその興味は彼女の頭などに付いている物に映るだろう。
彼女の頭には狐の耳が付いており、お尻には尻尾まで付いている、そう彼女は獣人なのである。
よく見ると、会議参加者の何名かは動物の耳などが付いており、その割合は少なくない。
他にも耳の長い人も何名か出席しており、それだけでこの国が多種族国家である事が分かる。
「情報総局からもレイラル諸島北西から未確認の電波が出ているとの報告もあり、付近のSOSUSに国籍不明の潜水艦を探知しました。恐らくこの潜水艦は演習での艦隊を追跡して来た物の推測され、北西にある国は我々の位置を把握してると推測されます。」
情報総局長の発言に室内が騒ついた。
それは北西にある国が自国の位置を把握している事に対してでは無く、その国が潜水艦を建造するだけの技術を持った国である事に対してだ。
「ならばまともな国ならこちらから行かずとも、向こう側から来るという事か・・・」
そう言ったのは野党の党首。
この会議は国家非常事態宣言に伴う会議なので、それぞれの党の議員数に合わせた参加が認められている(というより絶対参加)。
ようはミニ国会のような物なので、非常事態宣言下の現在はこの場所が最高意思決定機関である。
「失礼します。」
そんな事を野党党首が言ったからなのか、扉が開き海軍の連絡士官が入ってきて、国王に一礼すると防衛大臣に報告しようとする。
「今は緊急会議中だ、そのまま報告したまえ。」
防衛大臣に報告する前に国王がそう言い、海軍士官にそのまま報告させる。
言わば国会中なので、防衛大臣に伝えられても後でどうせ出席者達に何を言われたのか聞かれるので、困った海軍士官に視線を向けられた防衛大臣も頷いた。
そもそも国王という雲の上の人に命令されたら流石の防衛大臣でも断れない。
「では、失礼します。先程レイラル海軍航空基地所属の哨戒機がレイラル諸島に向かう船舶を確認。海洋警察巡視船に臨検させたところニホンと名乗る国の外交使節と判明。我が国との会談を求めて来ています。後何故かスフィアナ語が伝わりましたので言語問題の心配は無いかと・・・」
「分かった、会談に応じると伝えてくれ。くれぐれも丁重にな。」
「はい。」
やっぱり来ちゃったか・・・と首相を含め会議参加者達の思いは一致し、未知の国家との交渉を行う外務大臣である女性に同情の視線を向けた。
皆の視線を浴びた外務大臣は(せめて話が通じる国でありますように)と思いながら退出し、レイラル諸島へと向かう事になった。
「取り敢えず何故、言語が通じるかも含め要調査だな。」
少し情報が分かったところで、更に謎は増えていくのだった。