4.そういうのだけは一流
新世界歴1年1月1日、日本連邦国 首都東京 首相官邸 危機管理センター
「他国の艦隊が浦賀水道に現れたはどういう事だ。」
首相官邸地下の危機管理センターの扉を開けるなりそう言ったのは先程緊急の閣僚会議が終わったばかりの総理大臣である。
会議が終わりマスコミ向けのプレスリリースを考えている途中で海上保安庁長官により東京湾出入り口に国籍不明艦隊が現れたと報告され、急いでやって来た訳である。
「長官、詳細を。」
「はい。本日異常事態が発生したと同時に第3管区海上保安本部浦賀水道監視レーダーに多数の反応を探知、また付近を航行中の船舶からの通報もあり巡視船などを派遣し、停船を呼び掛けましたが無視してこのような状況です。」
そう言って海上保安庁長官は危機管理センター正面の大型モニターに視線を移す。
そこには多数の巡視船に囲まれながらも一切の勧告を無視し、逃走している艦隊の姿が映し出されていた。
「バリバリの海軍艦隊だな。」
「ジェーン年鑑や他のデータと照合しましたが、どの艦艇も一致しませんでした。」
「海軍旗も見た事無い旗ばかりですね。」
その艦隊は現代の艦隊では有り得ないほど近い距離で艦隊を組んでいたが、どの艦艇も小口径砲やミサイル発射機と思わしき兵装を搭載しており、明らかに現代の科学技術を用いて建造された艦艇だった。
「この艦隊の真ん中の1番大きい艦は揚陸艦か?艦隊位置から察するに旗艦だと思うんだが。」
「その後ろは補給艦でしょうね、周りは駆逐艦クラスからフリゲートクラスまで、様々な海軍旗を掲揚してる事から多国籍艦隊でしょうか?」
「こんなモノが浦賀水道に現れるまで気付かないはずは無いな、どう対処しようか。」
艦隊の映像を見ながら好き勝手に持論を展開する閣僚達だが、その全てが的を得ておりそれなりの知識はあるようだった。
「今現在は海保が対応にあたっているのか?」
「海上に関してはそうですが、海軍の哨戒機や空軍の偵察機も出ています。どう対処致しましょうか?」
「どう対処しましょうと言われても、この艦隊が敵対行動をとってない以上、要請程度の事しか出来んだろ。」
一応、国連海洋法条約19条や領海条約第14条により沿岸国の平和秩序安全を害さない事を条件として、事前通告無しでの通行を認めており、この艦隊が日本に対し攻撃を仕掛けてこない以上、こちらからどうにかする事は出来ないのである。
「では監視のみで実力行使は行わないという事で宜しいですか?」
「あぁ、だがこれでハッキリしたな。この世界には我々の知らない未知の国家が存在する可能性がある。」
「はい。こちらの船舶や航空機に対し威嚇すらしてこないのを見ますとそれなりの自制があると思われます。」
総理の言葉にさっき来た外務大臣も同意する。
この世界の日本は史実よりも人口や経済が大きく、必要な資源の量も多い。
つまり、貿易相手国としての可能性があるのだ。
「艦隊を追跡して本国の位置を特定しろ。用意が出来次第海保の巡視船を派遣して接触するんだ。」
「了解しました。」
「分かりました。」
そしてその後、追跡した海軍の潜水艦により艦隊の母港の位置が明らかになった。
南北大東島沖合500km、もしかして領海とか排他的経済水域などで揉めるんじゃね?と報告を聞いた総理が思ったのは秘密である。
新世界歴1年1月1日、アイルランド島沖合 旧大西洋
前世界で言えばアイルランド島西方沖合の大西洋にあたる海域を更に西へ向かって進む艦隊がいた。
1隻の空母と1隻の補給艦、2隻の駆逐艦に2隻のフリゲートの計6隻からなる空母【クイーン・エリザベス】を中核とする英国空母打撃群である。
転移当日、アイルランド沖で訓練を実施していた彼等は訓練を切り上げて西に燃料の許す限り向かうように命令されたのである。
まだ本国を含めた異常事態を理解して無い彼等にとっては北アメリカ大陸に向かえと同じ事を言われただけなので、その命令を幹部士官以外は疑問に思わずに実行していた。
実は命令が下る2時間前にイギリス空軍の早期警戒機がイギリス本土西部から不審な電波を探知した為、その確認を兼ねて空母打撃群に命じたのだ。
「ただ西に向かえというざっくりした命令なんてこの職について初めてですよ。」
「同感だが、ルーカーズ空軍基地に日本の戦闘機が着陸した事を考えると世界中の陸地の位置が無茶苦茶になったと考えるべきなんだろうなぁ。」
「グリペンでしたっけ?確かに戦闘機で辿り着ける距離では無いですね。」
彼等がそう話していると同時に1機の戦闘機が着艦して来た。
飛行甲板後部に張られているアレスティング・ワイヤーに戦闘機から尻尾のように伸びている着艦拘束用フックをかけて強制的にスピードを落とすのだ。
着艦して来たF-35C戦闘機は無事にフックな引っ掛けたようで無事にスピードを落とし着艦出来た。
「今見つかってる国が日本とスカンディナビアの2ヵ国だけ、少ないな。」
「まぁ、数時間前に起きた出来事ですし、政府も確信があるからこそ我々を西方に向かわせているのでは?」
「見知った国家だと良いんだが・・・」
「今の本土からの距離は?」
「アイルランド島沖6000kmです。訓練で慣れたと思ってましたがGPSが使えないのはキツいですね。」
そう言って2人はGPSシステムが使えない為に自艦の位置をロストしている位置情報パネルや自艦周辺海域情報が記載されている作戦情報記載パネルなどを見てため息を吐く。
GPSは使えないが艦や航空機に搭載されてるレーダーは使えるので飛行は可能だ、ただレーダーの探知範囲外に出てしまうと自機の位置が分からなくなるので作戦半径は非常に小さい。
「失礼します。先程僚艦【ドラゴン】のレーダーが艦艇を捉えました。」
「国籍不明艦か?」
「いえ、ジェーン年鑑に記載されている船です。」
扉を開けて空軍将校が入ってきてレーダーからの情報を報告する。
海軍が全て運用するアメリカの空母とは違いイギリスの空母では艦載機は空軍の機体なので空母は海軍と空軍の共同運用である。
「成る程、艦名は?」
「満洲共和国海軍所属の【052D型】巡洋艦【遼寧】です。」
【052D型】巡洋艦は中華民国と満洲共和国が共同開発した艦艇なので満洲だけでは無く中華民国も【052D型】を建造している。
ちなみに性能は史実の【052D型】とほぼ同じである。
「ほぅ、満洲か・・・そうなると我が国は中国大陸沖合に転移したという事か?」
そう言いながら嫌な顔をした。
中国大陸沖合と言っても少なくとも6000km沖合なのだが、中国大陸というカオス大陸の沖合と言うだけで嫌になってきた空軍将校であった。
ちなみに比較として東京からハワイ州オアフ島が6200kmなのでかなり遠い。
「とりあえず【遼寧】とは連絡が取れてるそうで、一先ず合流します。CAPは通常通りとの艦長からの命令です。」
「まぁ、前世界よりマシか・・・私だ、2機編隊でCAPをあげてくれ。よろしく頼む。」
前世界のイギリスの位置を思い出し、前よりマシかと思った空軍将校・・・空母飛行隊司令は艦長からの命令を履行する為に行動するのであった。
新世界歴1年1月2日、イギリス連合王国 首都ロンドン ダウニング街10番地
「ふんふん、ユーラシア大陸がここで日本がここ、スカンディナビアがここか・・・・・」
「感覚的には太平洋のど真ん中に飛ばされた感じですね。」
通信が可能になりユーラシア大陸を発見したと、ようやく空母打撃群から入ってきた連絡で首相は白紙にイギリスと日本、スカンディナビアを書き込んで、西にユーラシア大陸を書き込んだ。
「ユーラシア大陸からの距離は約7000km、まぁ微妙な距離だな。」
「我が国単独じゃ無いだけマシ程度ですね。」
首相と国防大臣がそう言ってる疑念の相手はもちろん西側諸国の敵、ソビエトと中華人民共和国の2ヶ国である。
中華民国や満洲、韓国、ロシアという防波堤が存在する以上、史実より遥かにマシだが、中国大陸が史実同様にカオス大陸なのに変わりはない。
「まぁ、ウチもIRAの事もあるし他人の事は言えないがな。」
ブリカスが史実以上にイギリスしているせいでアイルランド島全域を領有しており、その為にIRAがテロ活動している現実を思い出しながら首相はそう思い、多分巻き込むであろう日本とスカンディナビアに心の中で謝罪した。