3.混乱する世界
新世界歴1年1月1日 日本連邦国 北海道択捉市 択捉空軍基地
空軍基地内のハンガーから誘導担当官に誘導されながら2機の『F-3.グリペン』がF404-GE-400ターボファンエンジンのエンジン音を響かせながら滑走路に誘導されていく。
最新のE/F型はF414ターボファンエンジンを使用しているが、択捉基地に配備されている『F-3.グリペン』は旧型のC/D型なのでF404-GE-400を使用している。
機体の左右翼下に搭載されている各2基づつの計4基のAAM-5は整備士により安全ピンを抜かれているのでいつでも発射可能である。
先程防衛大臣の命令により日本各地の空軍基地から航空機を発進させるように下命があった。
命令は至極単純で日本の四方全てに航続距離の限り飛行して陸地を見つけろ、と言うある意味無茶苦茶な命令でもあった。
そんな訳で択捉空軍基地に所属する2機の『F-3.グリペン』はとりあえず北へ向かって飛ぶ事になったのだ。
「とりあえず北に向かえって普通にカムチャッカ半島じゃ無いのか?」
「なんか異常事態が起きたんだろ?寒い寒い、サッサと部屋の中行こうぜ。」
そんな上の事情など知らない整備士達は飛び立った2機の機体を見送った後、冬のオホーツク海からの冷たい風から逃げるように暖房の効いた整備員待機室の中へと飛び込むのであった。
新世界歴1年1月1日 スカンディナビア連合共和国 首都イェーテボリ 首相官邸
「つまり今までの話を総括するとキール運河対岸のドイツは消え、フィンランドすら消え、我が国は島国になった訳だな?」
デンマーク・スウェーデン・ノルウェーが合併して出来たスカンディナビア連合共和国の首相官邸では首相が各省庁から報告された事態を呑み込もうと四苦八苦していた。
だが、何度聞いても理解が追いつかない。
「はい。フィンランド及びドイツに繋がっていた橋は綺麗に国境部分で消え去り、また現時点では我が国以外の国家は確認出来ていません。」
スカンディナビアとフィンランドの国境はトルネ川で隔たれていたのだが、それがいきなり海になったのだからフィンランドとの国境付近はかなりの高さの崖になっている。
ちなみにスカンディナビア連合形成時に旧ノルウェー北部のトロムス・オ・ファンマルク県は連邦形成に反対した為、そのままフィンランドに吸収されている。
旧デンマークのグリーンランドも反対したのでそのまま独立した。
「我々国防省としましては領空侵犯覚悟で航空機を飛ばすべきだと思います。」
「航空機を飛ばして周辺の地理を把握するのは我々エネルギー省も賛成です。食糧などは今のところ問題有りませんが、一部の鉱物資源などが不足します。」
国防省長官の提案にエネルギー省長官(日本で言う経済産業省と農林水産省の一部を出したような組織)も同意した。
「とりあえずソ連の脅威が無くなったのは良い事だが、今のままでは国家の維持すら不可能だな。」
国の様々なデータが記載された書類を見ながら外務省長官がそう呟いた。
そもそもソ連の脅威があった為にデンマーク・スウェーデン・ノルウェーは連合共和国という形で纏まったのだが、ソ連の脅威が無くなれば下手すれば連邦が解体されかねない。
「まぁ、今やる事をやるしか無い。ソ連が無くなったのなら軍の編成や配置を変更する必要もあるしな。」
「軍の再編成は後にしても航空機を用いた周辺偵察は行うべきでしょうな。」
それなりの国力のある国家が乱立しており、軍事力も高いアジアと比べ、トロント協定による集団的安全保障体制が構築されているヨーロッパの国家別の軍事力はお寒い限りである。
史実よりはマシとは言えドイツとフランスの陸軍がそれぞれ15万人と、冷戦時の50万人と比べたら非常に貧弱である。
ソ連の脅威がある為、この兵力は少な過ぎると指摘されていたが、予算不足もあってあんまり改善されていなかった。
「失礼します。」
扉を開けて国防省の職員が入ってきて国防長官に報告しようとするが首相が睨んでその場で発言するように促した。
そんな首相を見ながら国防長官もその場で発言するように促した為、不運な職員は国のトップ達の視線を受けながら発言する羽目になった。
「は、はい。先程シュレースヴィヒ空軍基地に日本空軍の戦闘機2機が着陸。パイロットによると日本は我が国南方約1000kmに転移、イギリスも日本の北西500kmに転移しているそうです!」
「何!?日本とイギリスだと?」
「よしっ!これで産業はなんとかなった!!」
他国の戦闘機が自国の空軍基地に着陸してる事がおかしいのだが、もちろん無断で着陸したのでは無く無線が繋がった空軍の管制官に誘導されての事である。
他国空軍戦闘機に領空侵入されているのでスカンディナビアの空軍は寝てたのか?と思うが一応レーダーサイトが接近してくる2機の戦闘機を探知、IFF(敵味方識別装置)に反応があったので友軍と判明した訳である。
恐らく1番驚いたのはカムチャッカ方面に向かって飛んでたのにいきなりスカンディナビアからの無線が入った『F-3.グリペン』のパイロット達であろう。
最もスカンディナビアの西方・東方・北方に関しては全く分からないので周辺偵察は行われる事になった。
新世界歴1年1月1日 中華民国 首都南京 総統府
「日本やアメリカとの連絡が取れないという事だが、中華人民共和国やソ連の攻撃では無いのか?」
中国国共内戦においてアメリカと日本の全面支援を受けた中華民国は善戦し、中華人民共和国との国境を現在の北緯35度線に押し留める事に成功した。
そんなアメリカ傀儡の中華民国の首都南京で閣僚達の報告を聞き総統はまず仮想敵国の攻撃を疑った。
「いえ、国境の人民解放軍に動きは無く、満洲共和国やロシア共和国のソ連との国境でも動きは確認されてませんので中ソの攻撃という可能性は低いかと。」
「デーニッツ在中米軍司令官とも中ソの攻撃の可能性は低いとの見解で一致しました。」
流石にソ連や中華人民共和国も宇宙空間に浮かぶ全ての衛星を破壊し、他の大陸との通信を遮断するのは不可能なのでその見解は間違って無いのだが、じゃあなんだ?と聞かれても彼等には分からなかった。
「あと、報告として1つ。英領香港が消失しました。香港と繋がる橋は香港側から消え去り、トンネルは全て水没しています。」
「日本が消えて香港もか・・・どうなっている?」
「不明です。ですが全軍を待機状態にさせ満洲やロシア、韓国などと今後の事を踏まえて一度話し合うべきかと。」
彼が今言った国家は全てアメリカ主導のトロント協定に加盟している国家達である。
その全てに米軍が駐留しているので味方でもある。
「そうだな。この混乱を利用して人民解放軍が動くかもしれん。陸軍全部隊に待機命令、海軍と空軍も警戒度を上げろ。満洲と韓国の海軍と協力して人民解放軍海軍を更に監視しろ。」
「了解しました。」
史実では海軍を大拡張している人民解放軍海軍だが、この世界では35度線南部を中華民国、満洲地域を満洲共和国が支配している為、そう大きくは無い。
と言っても海南島辺りは中華人民共和国なのだが、中華民国が沿岸部を押さえてる事に変わりはない。
ただ、青島や海南島を中心とした軍港に北海艦隊と南海艦隊の2つの艦隊を有している為、中華民国や満洲共和国、大韓民国などの周辺諸国からしてみれば、非常に脅威となっていた。
最も、日本連邦海軍やアメリカ合衆国海軍という海軍力1位2位が味方だった為、容易に対処出来ていたが、それらの国家が確認出来ない現在は今判明している国家で対処しなければならない。
「ところで福州のアメリカ第7艦隊は?」
「デーニッツ司令官曰く済州島西方沖合で確認出来たそうなので、そのまま黄海で遊弋、人民解放軍海軍に圧力を掛けてもらう予定だそうです。」
史実では横須賀基地を母港としているアメリカ海軍第7艦隊だが、この世界では中華民国の福州に基地を置いていた。
転移時は済州島沖を航行しており、一時行方不明になっていたが、韓国空軍の戦闘機が発見していた。
そしてそのまま黄海で遊弋して圧力を掛けてもらうので中華人民共和国にしてみれば非常に厄介であろう。
「そうか、なら在中米軍とも協力して空軍の一部部隊を東シナ海や南シナ海に出して周辺偵察を行え。」
「はい、そのように。」
その後の偵察で日本領台湾や日本本土が消失した事がはっきりと判明して余計に混乱するのだが、それは後の話。