11.先制攻撃
新世界歴1年1月7日 ロシア共和国 首都ウラジオストク 国土交通インフラ省
「で、一体どれだけの被害が出たんだ?」
国土交通インフラ省大臣執務室にて担当相は目の前で矢継ぎ早に報告してくる担当者達にイラつき、怒気を含んだ声でたじろぐ担当者達にそう告げた。
「え〜と、では私が・・・この暑さで永久凍土が完全に溶けてしまい鉄道・道路などの基幹インフラに甚大なダメージが出ています。」
最初から手短に報告出来るならそうしろよ!と大臣は思ったが、それどころでは無いので気にしない事にした。
担当者からの話を更に要約すると、インフラピンチ!な状態なのである。
「我が国だけで何とかなる問題か?」
「なりません。可能ならば日本辺りに支援を要請して下さい。」
永久凍土が全て溶けたならばその被害は甚大なものになるな、と思い聞いた大臣だが、担当者から帰って来た返答は予想通りだった。
「分かった駐在日本大使にはこちらから伝えておく。あと軍の工兵部隊にも出動出来るかこちらから相談しておこう。」
「はい、お願いします。」
そう言って担当者達はゾロゾロと部屋から退出して行った。
一方の大臣は仕事が倍増したと落ち込みながらも在露日本大使館へと電話をかけ始めた。
新世界歴1年1月7日、占守島北方 新海島
いつまで経っても島の名前が無いのは不便だとして日本が勝手に新海島と名付けた占守島北方の島だが、取り敢えずはとイギリスも使い始めたので、新海島で定着しそうな感じである。
最も、そんな名称に関してはさて置き、新海島沖合には空母を中核とする艦隊が遊弋していた。
場所的には日本・イギリス・スカンディナビアの中間海域なのだが、そんなの関係ねぇ!とばかりに艦載機のJ-15が艦隊上空を飛行しており、進出して来た日本とイギリスの海軍艦艇と睨み合いになっていた。
『我々は海上保安庁である!貴船は我が国の領海に侵入している速やかに退去せよ!繰り返す・・・』
そんな中華人民解放軍海軍艦隊に警告しているのは海上保安庁第1管区海上保安本部所属の巡視船である。
しかしそんな海上保安庁巡視船の警告に対する中華人民共和国の対応は駆逐艦の砲塔を向け、J-15戦闘機を巡視船の直ぐ近くをフライパスさせると言う返答だった。
「一応警告はしたからな・・・」
これ以上の警告は巡視船に被害が出るとの判断から第一管区海上保安本部より退避命令が出た巡視船の船長はまるで自国の海のように遊弋する空母機動艦隊を見ながら残念そうにそう呟いた。
彼はもし中華人民解放軍が新海島に上陸すれば日英両国に対する侵攻と見做し、宣戦布告無しに攻撃する事を知っているからの呟きであった。
「これで河北空母機動艦隊も見納めか・・・」
「立派な艦隊なんですけどねぇ。」
他にも日本政府の対応を知っている海上保安官達が離れていく機動艦隊を見ながら口々に意見を述べていく。
その意見に残念と言う思いは一切感じられず、ざまぁといった感情が表情にも出ていた。
新世界歴1年1月7日 新海島近海
河北空母機動艦隊からイギリス本土側に少し離れた場所に1隻の駆逐艦が監視するように遊弋していた。
何故かミニイージス駆逐艦なのに本家イージス艦の2倍以上の価格になった45型ミサイル駆逐艦である。
そんな45型駆逐艦1番艦【デアリング】のCICにて価格高騰の原因となったSAMPSON多機能レーダーが仕事を果たした。
SAMPSON多機能レーダーは探知距離250km、500〜1000の目標を同時に追尾可能で、12の目標と同時に交戦可能と言う初期型イージスシステムと同等クラスの防空能力を有していた。
「敵空母艦隊が動きました。ヘリコプターと見られる飛行物体4機が艦隊から分離、新海島へ向かいます。」
「恐らく人民解放軍の輸送ヘリコプター『Z-8』、フランス製『SA 321』かと思われます。レーダー反射面積的に恐らくうち1機は『WZ-10』攻撃ヘリコプターかと・・・」
レーダー士官からの報告を受け取った戦術行動士官は別の担当者に連絡する様に指示した。
「待機中の部隊・・・我が国と日本の部隊に伝えろ。雛が飛び立った。繰り返す、雛が飛び立った。」
「了解しました、そのように送信します。」
通信担当はすぐさま島にいる部隊に送信した。
「あと・・・対水上、対空戦闘用意!!」
彼のその指示により一気に艦全体が騒がしくなった。
新世界歴1年1月7日 新海島 日本側地域
インフラどころか人類未到の地である新海島の木々が鬱蒼と茂った場所、そんな所で目を凝らしても分からないレベルまで偽装されたテントがあった。
そして外からは分からないが、常に警戒担当の兵士達が周りを見張っている。
『こちらデアリング、雛が飛び立った。繰り返す、雛が飛び立った。』
無線機からその報告が聞こえてくると同時にその場に居た隊員の表情が硬くなった。
「どうやら我々の警告は無視されたようですね、草鹿大尉。」
「全くだ少佐。これで北中国は海軍戦力の半分を喪失する。」
自分の持つ銃のグリップを撫でながらそう言うのはイギリス海軍SBSのジョンソン少佐と日本陸軍第一空挺団の草鹿大尉である。
草鹿大尉は暫く考えた後に無線機を取り出して何処かへ指示を出し始めた。
「敵航空支援の処理は任せたよ。」
「SBSが対物ライフルで撃ち落としてくれても構わないんですよ?」
「いや、やめとく。」
彼等が言っている敵航空支援は輸送ヘリの護衛としてやって来る『WZ-10』攻撃ヘリコプターの事である。
通常のヘリコプターならともかく、光学系センサー類が大量に取り付けられた攻撃ヘリコプターを精々2km程の射程しか無い対物ライフルで撃ち落とすのは色々と無理がある。
具体的に言うと、射程内に近づく前に攻撃ヘリコプターの赤外線センサーなどに発見されて機銃やロケット弾で処理されるであろう。
最も、今回は対物ライフルよりも良い物を持ってきているが。
そしてその頃、新海島南部の草原を見渡せる場所に数名の隊員が居た。
「敵さん来ましたよ。」
何やら大きい筒を抱えている空挺団員の横で『HK417』の調整をしているのはイギリスSBS隊員である。
「こっちでも捉えている。絶対に今撃った方が危険性少ないと思うんだけどなぁ。」
そう言っているうちにも4機のヘリコプターは支援役のWZ-10を残し、着陸の為のホバリングを始める。
恐らくWZ-10は今頃赤外線センサーなどで周囲の状況偵察をしているだろうが、巧妙に偽装されている自分達を見つける事は出来ないだろう。
「領土侵略をしたと言う証拠が必要なんでしょ?」
そう言いながら別の隊員は今草原に降り立ったヘリコプターやそこからゾロゾロと出て来る兵士を写真に撮り始める。
「隊長、敵部隊が展開し始めました。射撃許可を願います。」
『こちらでも確認した。既に司令部からも許可が出ている。撃ち落として構わんぞ。』
「了解しました。」
そう言って無線を切るや否や、隊員は躊躇なく目標である『WZ-10』をロックオンして『SAM-2』の引き金を引いた。
引き金を引かれたSAM-2こと『91式携帯地対空誘導弾』は直ぐに筒内に装填されているミサイル本体のロケットブースターに点火され、M1.9の速度で赤外線画像認識により認識された目標へ突っ込んで行った。
また発射と同時に周りに居たSBS隊員や空挺団隊員の狙撃手がそれぞれ射撃を開始、遮蔽物も何も無い場所に展開していた隊員達は次から次へと倒れて行った。
更に『WZ-10』の1番温度が高い場所、エンジン排気口へ突っ込んだミサイルは安全の為に双発にしたエンジンなど無視して全て破壊した。
上空でエンジンを破壊されたヘリコプターがどうなるかは容易に想像出来る。
燃え盛るヘリコプターは兵士達が展開していた場所へ墜落、そこで大爆発を起こした。
「残りは残党処理だな・・・」
燃え盛る燃料が周囲に飛び散った事で兵士達も燃えているが、そんな光景をスコープに捉えながら落ち着いて冷静に敵を処理していく。
暫く経ってその場に動いている物は何も無かった。
そして次の虐殺は海で起きた。
新世界歴1年1月7日 宗谷岬沖 旧オホーツク海
「第一空挺団より通達、敵部隊が我が国とイギリスの領土に対し侵攻を開始しました!」
河北空母機動艦隊から300kmの距離で遊弋していた舞鶴を母港とする日本連邦国海軍艦艇とイギリス連合王国王立海軍艦艇の連合艦隊は西暦2020年1月7日、新世界歴1年1月7日に中華人民共和国河北空母機動艦隊に対し攻撃を開始した。
攻撃の第一陣は各艦艇が搭載する艦対艦誘導弾による波状攻撃、そしてそれと同時に大澤基地及び千歳基地から出撃した『F-15』戦闘機と『F-3』戦闘機による敵空母艦載機に対する空対空攻撃。
それと同時にイギリス空軍も戦闘機を出撃させて攻撃を行なっている。
今回の攻撃で最も大事なのは、可能な限り素早く敵艦隊を全滅させた中華人民共和国政府に対応の隙を与えない事である。
日英は別に中華人民共和国と全面戦争をするのが目的では無い。
新海島の領有権を中華人民共和国に放棄させて、河北空母機動艦隊を全滅させる事で今後、中華人民共和国が余計な事をしないようにするのが目的なのである。
そして最初の攻撃から30分後、河北空母機動艦隊が遊弋していた海域はあちこちから黒煙が上がり、無事な艦艇は1隻も居なかった。