10.ヤバい国
新世界歴1年1月5日 アバンギャルド非現実国 首都ル・ド・ソレイユ ソレイユ軍港
どこかフランスを思わせるような美しい建物が並ぶこの国だが、他国からは「理想と現実の区別が付いていない」や「見る分には素晴らしいが、行くのと住むのは勘弁」と言われる程にヤバい国である。
と言っても通りに面しているオープンテラスでは地元客と思われる人達がのんびりとお茶をしており、どこかゆったりと時間が進んでいるようにも思える。
正式な国名はアバンギャルド非現実国。
え?何それ?国の名前?と初めて聞いた人全員が首を傾げるこの国は王国、帝国、共和国、共産主義国と様々なイデオロギーを全て通って来たある意味凄い国で、何の因果か現在は芸術家が政権を握っておりその際にこのぶっ飛んだ国名に改名された国家である。
ちなみに元いた世界全ての国の外交官が行きたくないと、国交は結んでいるのに何処も大使館を置かれないある意味不憫な国である。
しかし、様々なイデオロギーを体験する度に国土全土を巻き込む内戦を経験している為、現実から逃げたと他国の専門家に分析されているが、当の国民達はこの国名についても何も疑問に思っていない。
この国の政体を地球の主義に無理矢理当てはまると前衛主義?加速主義?に当てはまるが、地球で加速主義を提唱していたのはあのカール・マルクスなのでやっぱり社会主義なのかもしれない。
そんなこの国の何がヤバいって、前の共産主義の考えを受け継いでいるのか、富裕層や知識人を殺しまくっており、現在この国には労働者階級か、この国唯一の政党であるアバンギャルド進歩党の幹部である芸術家しかおらず、生産計画、資材管理、研究開発などが色々と致命的なのである。
ちなみに王国時代や帝国時代に居た王族や貴族などは共産主義への移行過程で全員殺されている。
そんなヤバい国の中で最もマシなのが軍隊である。
「艦長、準備はどうかね?」
一応、身分が存在しない政体を何度も経験しているこの国だが、それだとどう足掻いても軍を組織出来そうに無いので、例外的に軍だけ階級制度が存在する。
最も国土面積が日本の北海道と対して変わらないので、規模的には大きく無いのだが、周りを海に囲まれた島国なので海軍の規模だけは非常に高い。
「はい、全て完了しております!国務委員殿。」
国家首脳部が全員芸術家というヤバい国の中でもマトモな人が来たと出航予定の艦艇の艦長は本心の笑顔で出迎えた。
ちなみに国務委員は他国で言う内閣に当たる組織で、今来ている彼は外交を担当する国務委員である。
そして、この国首脳部の中でも唯一のマトモ枠でもあった。
「他国との全ての通信が途絶えて5日目だ。正直言って何が起こるか分からんが、宜しく頼む。」
「は、はい。」
他の委員達に聞かれればマズイ為、彼は声の音量を最小限にして艦長を労った。
正直言って生産計画、設計などを管理する人達が全員この世から消え去ったので、艦長が乗る軍艦も見た目は現代の最新鋭艦だが、中身はお察しである。
ただ、一応は島国なので船として使う分には問題無いが、現代の軍艦として使うには一切頼りにならないシロモノである。
「まぁ、最悪この船が行方不明になっても私達は何も関与しないとだけ言っておこう。」
「え?それって・・・」
もしかして亡命?と艦長は思ったが、国務委員は答えずに笑いながら艦長の肩を叩き、別の所へと去って行った。
新世界歴1年1月5日 アメリカ合衆国 首都ワシントンD.C. ホワイトハウス
「B-52爆撃機による道路への爆撃により敵部隊の進撃が停止していますが現在、更なる戦力の増強が確認されます。」
「ステート・ハイウェイ9336及びサウス・ディクシー・ハイウェイの2つのルートは既に部隊が押さえましたので、住民の避難時間は稼げるでしょう。」
「一方中米の方ですが、メキシコまではマトモな戦力が有りませんので、メキシコ国境まで辿り着くのは時間の問題でしょう。ただし、中米に関してはインフラも悪いので時間は掛かるとの事です。」
ホワイトハウスにて合衆国軍各指揮官から報告を受けるのは合衆国軍最高指揮官である大統領。
「で、肝心の避難の方は?」
報告を聞き終わって大統領がそう言うと、部屋中の人間の視線が国土安全保障省長官へと向けられた。
「ホームステッドやマイアミに関しては何とか完了しました。しかしフォートローダデールは8割、ボカラトンは6割、ウェストパームビーチに関しては4割しか完了していません。ちなみにこの数字は国が管理出来る人々だけで、観光客を除くそれ以外はまた別です。」
サウス・ディクシー・ハイウェイを使えば敵大陸まで10km程しかないホームステッドやマイアミの避難が完了したのは嬉しい報告だが、マイアミ以北の都市の避難がかなり遅れていた。
ちなみにアメリカでは国が管理出来る人々=社会保障番号が割り振られている人なので、それ以外は不法移民か犯罪者になるのだが、念の為長官は一応伝えたが、この部屋にいる人間は誰も気にしていない。
「そうか、ホームステッドとマイアミの避難が完了してるなら何とかなるだろう。ところで前線司令部は何処に?」
国土安全保障省、DHSの長官が一応伝えた事を大統領はあえて無視して、話を変えた。
この国では綺麗事を言いながらも、実際には後からやって来た移民に人権など無いのだ。
最も、移民を受け入れない日本と大差無いかもしれないが、これがこの国の現実でもある。
「今のところ問題無いタンパのマクディル空軍基地に前線司令部が設置されています。」
「その他にも空軍基地はありますので、ホームステッド空軍基地を放棄しても問題は無いでしょう。」
「中米各国より支援を要請されてますのでサンティアゴの空母打撃群を向かわせています。」
「中米各国が落ちても恐らくメキシコは我が軍の領内通過を認めないでしょうな。」
アメリカとメキシコの関係は経済的には良好だが、メキシコからの不法移民や麻薬の密輸などもあり、政治的には最悪である。
例え自国が滅亡しようがメキシコがアメリカ軍の領内通過を認める事は無いだろう。
「海外の戦力の呼び戻しは可能か?」
大統領が国防長官にそう質問した。
史実同様にアメリカ軍の海外派遣部隊はかなりの戦力であり、アメリカ軍全体の戦力の4割は海外に駐留している。
これまでの情勢ならば問題無かったであろうが、国土が侵攻されている国家存続の非常事態なのだ、国防総省がどう考えようが、国民は撤収しろ!と思うだろう。
「中華人民共和国やソ連の動きが活発化してますので一部ならともかく全体の呼び戻しは最悪幾つかの国家が地図上から消える事になるでしょう。」
「隣国になった日英は中華人民共和国と開戦寸前ですが、双方の軍事力を考えますと日英の駐留部隊は全撤収でも問題は無いでしょう。後、海軍艦隊に関しては撤収しても一時的ならば問題は無いかと・・・」
ただ、日英から全ての駐留部隊を撤収しても戦力的には殆ど足しにならないのが問題ですが、とインド・太平洋方面軍司令官が付け足す。
「最悪防衛ラインを韓国に引き下げるか・・・」
「だ、大統領!それは!?」
大統領の発言にその場にいた合衆国軍幹部全員が驚き、そして反対する。
大統領の発言の真意は満洲を見捨てるという事だ。
「最悪そうする事も止む終えないという事だ。ところで敵軍の推測は分かったのか?」
「はい。人工衛星が使用出来ないので偵察機やドローンによる偵察ですが、敵は南米大陸の半分程の大陸全土を支配する国家だと推測され、動員兵力などは不明ですが、それなりの技術力や国力はあると推測されます。」
「恐らく核戦力も保有してるかと・・・」
国家偵察局の推測に室内がざわつく。
この世界で核爆弾が使用された事は無いが、核実験によりその威力や影響は各国も周知の事実であった。
その為、史実よりも早い核拡散防止条約の締結により、核爆弾を保有しているのはアメリカとソ連の2ヶ国だけなのだ。
東西冷戦事にアメリカが日本とイギリスに核技術の供与をしようとしていた頃にソ連が中華人民共和国に同じく核技術の供与をしようとしていた事が判明し、互いに核技術の供与を取り止める事を決定した経緯がある。
「一応、核緊急支援隊に待機命令。」
「了解しました。大統領、敵部隊の侵攻が開始されればこちらの判断で攻撃して構いませんね?」
「当然だ。」
大統領の言質を取った各指揮官達は自らの部隊を指揮しに一斉に大統領執務室から退出していく。
そして残ったのは大統領と国家偵察局長、そしてDHS長官と国防長官の4人だけになった。
「議会で全権委任法を通さなければ」
「国土が侵攻されてるので大丈夫でしょう、多分」
「直ぐに終わりますよ、恐らく」
この後想像される議会・マスコミ・反戦団体からの追及や批判を想像し、やる気が萎む大統領とそんな大統領に同情するも語尾がおかしい各長官であった。




