1.全ての始まり
穏やかな海上を十数隻の艦艇が艦隊を組んで航行していた。
見る人が見れば、何処か比較的新しい欧州風のデザインの艦艇だという事が分かるだろう。
一見、D-Dayを彷彿とさせる艦隊だが、どの艦艇も小口径の砲塔しか搭載しておらず、艦橋の上部には多数のアンテナやレドームなどが備え付けられており、艦艇の形状もレーダー反射波を意識したステルスデザインであるのが分かる。
この艦隊はこれから無人島にある演習区域で上陸演習を行う予定で、この海域までやって来た。
この海域は付近に人の住んでいる島も無く、民間船の航路からも大きく外れている為、実戦演習を行う海域に指定されている。
大規模な実戦演習など、そうそう行う機会もない為、演習場の所有者であり演習の主催者でもあるスフィアナ以外にもその同盟国なども参加する非常に大規模な演習である。
今回の演習は、まず島に設置された仮想敵陣地に向かって対地ミサイル攻撃を行い、それと同時に揚陸艦から吐き出された高速揚陸艇に搭乗した上陸部隊が上陸、その後支援部隊と共に島を制圧するという流れである。
その為、艦艇の各兵装に搭載している弾薬はほぼ満載状態であり、揚陸艦の隊員待機室では陸軍海兵遠征旅団の兵士達が最後のブリーフィングを行なっている筈だ。
そんな演習開始の合図を今か今かと待つ艦隊の中央を周りの艦艇に護衛されるように航行する艦艇の艦橋から1人の男が距離を変えずに自艦の横をピッタリとくっついて併走している艦艇を眺めていた。
「演習開始まで残り4時間か・・・」
不安がないわけでは無い。
一昔前と違い、現代の戦争で大規模な上陸作戦は行われなくなり、少数での上陸が基本となっている。
もしくは特殊部隊の潜水艇を用いた上陸か、空挺兵の空からの降下のどちらかである。
更に、今回の演習では補助AI装置は切って、目視で行う。
敵の電子妨害装置により艦艇の電子装置に不具合が生じたという想定だからである。
昔は上陸地点を目視出来る距離から上陸艇を発進させた戦艦などの砲撃支援の中上陸させていたが、今は上陸艇の性能も向上し、上陸地点を見る事は無い。
もはや、そういう時代なのである。
「艦長!CICに来て下さい。非常事態です。」
僚艦を眺めて時代の移り変わりを感じていると艦橋の若い士官がそう告げてきた。
非常事態と言われれば艦を預かる艦長としては行かない訳にはいかない。
こういう時の非常事態、レーダーや無線が故障したか、侵入禁止海域に民間船が誤侵入したかのどちらかだろう。
この時、艦長は艦の中枢にあるCICに行く廊下の中でそう考えていた。
CICは戦闘指揮所の略であり、艦の操縦系統以外の全てを統括する場所である。
大型艦などではCICの能力を更に高めたCDCなどが設置されているが、この艦に設置されているのはCICである。
所謂、艦の中で最も重要な場所である為、大概は艦艇の中心部にある事が多いCICだが、この艦艇も例に漏れずに艦の中心付近にあった。
艦長がCICに入ると、そこはレーダーの音や機械の音しか無く、明かりもレーダー画面などの必要最小限しか無い薄暗い部屋だった。
艦長が来たと分かるや否や、手空きのCIC要員が艦長に敬礼してくるが、艦長は手でそれを遮った。
艦の武器システムを扱っている部の長である戦術高等官に「何があった?」と聞くと、彼女は要点を的確に告げてきた。
「深夜0時を回った瞬間に人工衛星との接続がロストしました。本部や僚艦との通信は可能ですが、海図が大きく変わっていますので、座礁の危険があります。更にレーダー画面によりますとこの艦は何処か陸地の湾の入り口に居ます。」
そう言ってCIC内で一番の大きさを誇る艦のレーダー情報が映し出されている大型液晶ディスプレイに視線をやる。
するとそこには湾の入り口とみられる部分に自分達の艦艇がいる事が表示されていた。
左上の時刻は00:02と表示されている
更に驚いたのが、この艦艇の半径200km圏内に100隻を超える艦艇が居たのである。
「ど、どういう事だ!?」
「分かりません。情報が更新されたら突如こうなっていました。現在機械の緊急点検を行っていますが、残念ながら故障の可能性は低いかと。」
こういった軍の艦艇には故障や喪失に備え1つでは無く、数基のレーダーが搭載されている。
この艦艇の場合は3基のレーダーが搭載されており、彼女が見せたタブレットにはそのうち2基が点検中である事が表示されていた。
「本国との距離は?」
艦長は自分達の艦艇が何処かに転移したと考えた。
彼等が居た世界は魔法なども存在している世界だったが、このような大規模な転移魔法などは無かった筈である。
ちなみに彼等の国、スフィアナ連邦国の母港からの距離は800kmである。
「一番近いスレイナ諸島からの距離は変わらず、800kmです。」
スレイナ諸島は日本の沖縄諸島と同等規模の諸島である。
最大島であるスレイナ島を含めスフィアナ連邦国で最も北にある諸島である。
そして、スレイナ島にはスフィアナ連邦国海軍レイラル基地が設置されており、この艦艇の出発地でもあった。
スフィアナ連邦国は日本と同様の島国である。
そんな島国のスフィアナ連邦国の北方にある大陸に位置するガルディア共和国はスレイナ諸島を狙っており、これまでも幾度と無く衝突し、戦争になっていた。
現在は20年程前に結ばれた停戦条約の締結により平和だが、近年ガルディア共和国では経済が不況な為、今回の演習も含めて周辺は緊張しているのである。
これまでに4度もガルディア共和国とスフィアナ連邦国はスレイナ諸島を巡り戦争をしてきたが、全てスフィアナ連邦国が勝利している。
スフィアナ連邦国は日本と同様に周りを海に囲まれた海洋国家である為、海軍重視の軍隊である。
逆にガルディア共和国は大陸の東部地域を支配している大陸国家であり、隣国との関係は良く無い。
その為、どうしても陸軍を疎かにする事が出来ずに海軍戦力の増強は思うように行えていない。
スフィアナ連邦国としては出費にしかならない戦争を辞めたいのが本音だが、当のガルディア共和国が戦争を辞めないのである。
これまでの戦争は全てガルディア共和国がスレイナ諸島に侵攻してきて、それをスフィアナ連邦国軍が迎撃し、侵攻戦力の無くなったガルディア共和国が賠償金を支払い停戦という流れだ。
つまり、この繰り返しな訳である。
ちなみにスフィアナ連邦国はその名の通り連邦制を採用している立憲連邦君主制の国家である。
逆にガルディア共和国は民主共和制を騙る中国と同様の事実上の一党独裁である。
「僚艦グレイシアより報告!排水量1000tにも満たない小型船舶が急接近して来るとの事。距離30!」
艦長や副艦長がこれからどうしようかと、考える前に状況整理をしている時である。
誰も言葉を発しない、ピッピと機械音のみ聞こえるCICでレーダー担当官が突然報告して来た。
「距離30だと!?グレイシアに映像を送らせろ。他の艦艇は待機!」
「はい!ただ今。」
先程までレーダー画面が表示されていた大型液晶ディスプレイに今度は船外カメラからの映像とみられるものが映し出された。
するとそこには、武装の無い白い船体に青色のラインが入った小型船舶が映っていた。
見た感じ、軍の艦艇では無い。
速力は見た感じ約25ノット程。
そして、白い船体には自分達も知る言葉で文字が書かれていた。
「JAPAN COAST GUARD?・・・沿岸警備隊か?」
スフィアナ連邦国にも海上保安庁と呼ばれる海の警察は存在する。
その為、この船がどんな組織の船かは直ぐにピンと来た。
ちなみに何故、沿岸警備隊では無く海上保安庁なのかと言うと、ただ単に海の警察である海上保安庁と警察の武装強化版である陸上保安庁を管轄している中央省庁の前身が保安省という名前だったからである。
既に保安省と言う省庁は国家安全保障省と名前を変更しているが、陸上保安庁と海上保安庁はそのまま残っているのである。
それはさて置き、沿岸警備隊と名乗った船舶は駆逐艦【グレイシア】の艦艇後部ヘリ格納庫の上に設置されている20mm高性能機関砲を向けられてもなお、接近していた。
そして、距離が3kmまで迫った時、その船からスピーカーを通して声が聞こえて来た。
『我々は日本国海上保安庁である!貴船は我が国の領海に侵入している。直ぐさま停船・武装解除し、我々の誘導に従え!繰り返す。直ぐさま停船・武装解除し、我々の誘導に従え!』
彼等にとっては全く知らない言葉であった。
ただ、それが警告のような強い口調である事は誰もが理解出来た。
そして、次に彼等が知っている言葉が含まれた言語で警告して来た。
『We are the Japan Coast Guard! Your ships has invaded Japan's consent. Stop and disarm immediately and follow our guidance! repeat. Stop and disarm immediately and follow our guidance!』
「停船して武装解除・・・ですか。どうします艦長?」
分からない単語も多かったが、断片的になんとか理解出来た戦術高等官は2隻の艦隊の最高責任者である艦長に聞いた。
彼等の武装はほとんど無きに等しく、軍艦であるこの艦と僚艦なら間違いなく相手船舶を沈める事は出来るだろう。
もし、JAPANという国がガルディアのような国ならば、捕まれば拷問され殺される可能性すらあった。
「・・・艦隊の事までは私には判断しかねる。FICの判断を待つ。」
「了解しました・・・」
CICの隣には司令部作戦区画と呼ばれるFICが存在し、今回の演習での上陸作戦指揮は全てそのFICで指揮される予定であった。
そして艦隊司令や演習に参加している同盟国の指揮官達も今現在はFICに詰めていたのである。
そしてそれから5分、今現在の位置とレーダーに映る正体不明の無数の航空機と艦艇、そして自分達が聞いた事も無い国家の沿岸警備隊からの武装解除勧告に会議は混迷を極めたが、結論は決まった。
異常事態が起きていると判断し、上陸演習は中止。
突如接近し警告してきた国籍不明船舶に関しては何も対処せずに、即時母港であるレイラル基地に帰還する事が決定し、全艦に命令された。
艦隊司令の命令はこの艦艇及び全艦隊に一言一句正確に伝えられた。
すぐさま艦隊を反転させレイラル基地に向けて進路をとった。
その際にも国籍不明の船舶や航空機からの度重なる警告や威嚇射撃を受けるも、実際に攻撃する気は無いらしく、基地まで600kmに迫った頃になってようやく辺りに艦艇や航空機が居なくなった。
その後、艦隊は無事にスレイナ島レイラル海軍基地に入港した。
統一歴4021年1月1日、後に新世界歴1年1月1日と呼ばれる日の出来事であった。