第7話 偽りの家族
「クロ。貴様、いつから"お兄ちゃん"になったんだ」
目の前で、大きく力強い翼を羽ばたかせ、空中にとどまる金髪の男を見て、オレはひくひくと口元をひきつらせた。
苦々しい顔をした、目つきの悪いこの天使の名は──ラエル。
あのサリエルの側近にして、”天使の監視役”ともいえる、この男は
「貴様、まさか"偽りの家族"を名乗っているわけではあるまいな！」
とてつもなく、規律に厳しい！
(あ、ヤベー。これ絶対ヤベー)
ラエルと目が合った同時に、全身から嫌な汗が吹き出した。
やっぱり”お兄ちゃん”と嘘をついたことがマズかったのか、険しい表情で睨みつけてくるラエル。
ヤバい、もうダメだ！
どうして、こうなった！
やっぱり、兄ちゃんになるとか言わなきゃよかった！
え？ 終わり？ もう、終わり？
オレの人生、終わ
ガシッ！！！！？
「ひぃぃっ！！？」
ぐるぐると考えごとをしていると、思いっきり首根っこを掴まれた。
まるで、親猫が子猫をつかまえるように、むりやり上空へとひっぱられたオレは、あまりの出来事に、あたふたと声をあげる。
「ちょ、何すんだよ！！？」
「天上界に連れて帰る。帰ったら消滅だ」
「はぁ！？ なに『帰ったら夕飯だ』みたいな軽い言い方してんの！？ え、マジで！？ ホントに終わんの、オレの人生！！？」
「当たり前だろう。嘘をついたのだからな。これを見逃せば、オレの首が飛びかねん」
平然と言い放つラエルは、オレを連れて容赦なく、天上界のある空の方へと飛んでいく。
なんとかラエルから逃げようと身もだえたけど、腕の力も飛ぶ力も、大人のラエルとは格段に違うオレが逃げられるはずもなく、さっきまでいたコハクの病院を見おろせば、それは見る見るうちに小さくなっていく。
「ま、待て！ 仕事はどうするんだよ！？」
「代理の者が行く手はずになっている。サリエル様が念を入れて、代理の者を決めていたからな」
「マジで！？ オレ、まったく信用されてないんだけど！？」
あの野郎、オレのこと消す気、満々じゃねーか！？
てか、ヤバイ。これは本当にヤバイ！
ヤバすぎて、心臓飛び出しそうだ！！
「ラ、ラエル、待って！！ あれは嘘じゃない！！"遊び"だ！！」
オレは、精いっぱいの願いを込めて、コハクが言っていた”あの言葉”を叫んだ。
「遊び？ この期に及んで言い逃れか？」
「ホ、ホントだって！？ コハクの最期の願いが『家族ごっご』だったんだよ！！ だから、今は遊びで兄貴してるんだって！！」
「家族……ごっこ？」
ラエルは、一旦その場にとどまると、眉間にシワを寄せた。
すると、ラエルの力がわずかに弱まって、オレはここぞとばかりに、ラエルの腕から逃げだすと、次は捕まらないようにと、少しだけ距離をとる。
「……本当に、あの少女の願いなのか？」
「ほ、本当だって！ コハクが、オレにお兄ちゃんになってって言ったんだよ！」
「…………」
一触即発の空気がただよう。
重い。すごく重い。
だけど、それからしばらくして
「そうか……ならば、そういう事にしておいてやろう」
そう言って、さっきまでの恐々しい雰囲気をといたラエルは、少しだけ穏やかな目付きに戻って、その言葉を聞いて、オレはホッと胸をなでおろす。
よかった。首の皮一枚つながった。
「それよりクロ。浅羽コハクの様子はどうだ。清いいまま看取れそうか？」
「え？ あぁ……アイツ自分の死ぬ日を知っても顔色一つ変えねーし。大丈夫だと思うぜ」
消滅という危機を逃れ、オレは安心しつつもラエルからの質問に答えた。
すると、ラエルはオレのその言葉に
「……まさか、教えたのか？ 死亡日時を」
「え？ 教えたけど？」
「……」
瞬間、ラエルの顔つきが変わった！
「出せ！！！」
「え！？ 何を！？」
「指令書だ！ 指令書！！」
再び、眉間にシワを寄せて、オレを睨みつけてきたラエル。オレはそれをみるなり、言われるまま指令書を取り出した。
すると、ラエルはそれを強引に奪いとると、薄い紙が何枚もつづられた指令書をパラパラとめくり始めた。
「貴様、これしっかり読んだのか？」
「……よ、読んだ」
「ならば、なぜ『死亡日時を伝えてはならない』と書かれているのに、教えた！！！」
「ひぃぃぃ！！」
指令書を突き付けて、鬼のような形相で大声を上げるラエル。
まじかよ！？
教えちゃいけなかったの！！？
「貴様、天使の仕事を何だと思っているんだ！！！」
「ひぃ、ラ、ラエル、お前顔、悪魔みたいになってるぞ！」
サリエルはどちらかというと、いつもニコニコしていて穏やかな雰囲気をしているけど、この側近であるラエルは、とにかく怖い。
特に、仕事のことになると、悪魔以上に怖い！！
「貴様、読んでないだろ？」
「へ？」
すると、再びラエルが問いかけてきて、オレは目を丸くする。
「読んでないのに『読んだ』と”嘘”をついただろ、今……」
「……………」
瞬間、思考がとまった。
あれ？ オレ、今……
「ああああああああああああぁぁぁぁぁ！！」
思わず、悲鳴があがった。
うん。確かに、読んだと言った！
読んでないけど、読んだと言った！！
「いやいやいや、待て！ ラエル落ち着け！！ 読んだ！！ 読んだんだよ、ホントに！！ 読んだんだけど、そのサラッと読んだというか、飛ばし飛ばし読んだというか、読み飛ばしたというか」
「それは、読んだとは言えない」
「ですよね～」
「消滅確定だな。サリエル様に報告する」
「ぎゃぁぁぁぁ、ちょっと待って！？」
全く読んでないわけではない。
これは、本当！！
だから、嘘をついたわけではない！！
断じてない！！
「お願い、待って！！ 結果的に嘘ついたみたいになったけど、別に嘘つこうとして”読んだ”って言ったわけじゃないんだよ！！ このくらいの嘘ならいいじゃん！！ 少しは柔軟になれよ、石頭！！」
「貴様、それが人にモノを頼む態度か」
ラエルは、ひどく不機嫌そうだった。だけど、オレも命がかかってるから、必死だった。
なんとか、見逃してくれとラエルに食い下がる。すると暫くして、深く深くため息をつくと、ラエルはオレの前にそっと指令書を差し出してきた。
「はぁ……今度はしっかり読めよ」
「え？ 許してくれるの？」
「まぁ、サリエル様には、様子を見てこいと言われただけだからな」
どうやら許してくれるらしい。
オレは指令書を受け取ると、再びラエルと見上げる。
「ラエルぅ～ありがとう～」
「はぁ、せいぜい気を付けろよ。サリエル様は、笑顔で天使を抹殺できる男だ」
「てか、サリエル、絶対堕天経験あるだろ！！」
正直、なんで天使やってるんだろう？
そんなことを、思った二日目の朝だった。
