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第6話 罪と罰


 7月2日


 浅羽コハクが死亡する日まで──あと5日。





 オレがコハクのもとにきて、二日目の朝。


 結局あの後も、兄貴らしいことはいっさいせず、あっという間に一日が過ぎさった。


 コハクは、ときどき検査とか、診察とか、お風呂とかで、病室をぬける以外は、ほとんど病室の中にいて、オレもとくにコハクのそばから離れる理由もなかったから、病室の中でコハクと話をするか、あとは、外にある大きなクスの木の上で、ボーっとしていることが多かった。


 正直なところ、コハクが死ぬまでは、ほとんど、なにもすることがない。


「お兄ちゃ~ん」

「?」


 病室前の木の上で休んでいると、コハクがオレに向かって声をかけてきた。


 この病院の木は、なかなかに年季のはいった立派なものが多くて、意外と寝心地がいい。


 この辺は天使というか、鳥っぽいなと我ながら思う。


「そんなところに寝そべって、落っこちたりしないの?」


「落ちるかよ。オレ、天使だぞ」


「だけど、夜寝るときもソコなんだもん。見ていてヒヤヒヤするし、部屋で寝てもいいよ?」


「気にしなくていいって。それに、おまえ一応、女なんだし……」


 オレが、顔をそむけながらそう言うと、コハクは不思議そうに首をかしげる。


「なんで? クロは”天使”なんだし、変なことしたりしないでしょ?」


「あのなー。天使だからって、みんな良いやつばかりじゃないんだぞ。誘惑に負けたり、神様に逆らって堕天使になるやつもいるんだからな」


 そう、天使だからって、全く悪いことをしないワケじゃない。


 人間は、天使のことを”決して悪さをしない清く心優しい生き物”だと思っているみたいだけど、オレのように嘘をついてだますやつもいれば、悪口をいったり、暴力をふるったり、なかには神様にさからうやつだっている。


 まぁ、だからこそサリエルたちが、そういう”悪い天使”を見つけて、裁いているんだけどな……


「それって、クロが誘惑に負けちゃうって、言ってるように聞こえるよ?」


「ぶっ!? バカ、オレのことじゃねーよ!? お前、このオレの優しい気づかいがわかんねーのか!?」


 いくら種族は違うとはいえ、オレとコハクは見た目そんなにかわらないし、その上オレは幽霊でもないし、おまけに男だし……


 ここは気を使うべきところだと思う。一応。


「ふふ、クロって意外と紳士的なんだね」


 すると、コハクがまた、にこやかに笑ってそう言った。


(マジか……紳士的とか、初めて言われた)


 嘘をついて、だましている時に言われるならまだしも、素の状態で紳士的なんて言われたのは初めてて、なんだか急に恥ずかしくなった。


「でも、嘘をついちゃいけないっていってたけど、どうして、嘘ついちゃいけないの?」


 するとコハクは、続けてオレにそう問いかけてきて、思わず言葉につまった。


 これを言ったら、引くだろうか?


 いや、でもいいか、引かれても。

 どうせ、一週間しかいないんだし。


「悪いことしたから、その罰を受けてるんだよ」


「悪いこと?」


「あぁ、年寄りだましたり、女の子に嘘ついて、みつがせたりしてた」


「…………」


 ありのままを素直に告白すれば、さっきまで笑っていたコハクの表情が、とたんに真顔になる。


「嘘!? なにそれ、最低!!」


 すると、あまりにストレートな言葉がかえってきて、俺は顔を顰めた。


「信じられない!! お年寄りまで騙すなんて!!」


 いつも穏やかなコハクが、珍しく怒ってる。さっきは紳士的とかいってたくせに……!


「悪かったな、最低なやつで!! だから、今こうして罰を受けてるんだろ! しかも、コレやぶったらオレ消滅させられるんだからな!」


「消滅?」


「死ぬってことだ! しかも、消滅したあとどうなるのかは一切わからない。ウワサじゃ辛い精神の修業を、永遠に行わなきゃいけないとか、サタンに食われるとか。とにかく絶対ろくなことにはならない!!」


「へー……天使でも死ぬのは怖いんだ」


「お前は、怖くないのかよ?」


「うーん……」


 するとコハクは、自分の胸に手を当てると、少しだけ悲しそうな顔をした。


「私の心臓ね。もう、いつ止まってもおかしくないんだって。でも、先生も看護師さんも、みんな嘘つくの『きっと良くなるよ』って……でも、治らないのはわかってるんだ。ドナーだって見つからないし、お金だってかかるし」


「……」


「ずっとね、今日止まるかもしれない、明日止まるかもしれない、もしかしたら一時間後には死んでるかもしれないって思って過ごしてきたの。でも、今は"一週間後"って分かったんだもの。だから、もう怖くないよ」


「……へー」


 嘘をつかない方がいいって、こういうことなのか?


 その看護師や大人が言った言葉は、コハクを傷つける嘘だったのか?


 オレの嘘とは、また違う気がするけど……



「コハクちゃーん。検査の時間よ」

「あ、はーい」


 すると、病室のドアがゆっくりと開かれて、看護師のお姉さんが顔をだした。


 コハクはパタパタと移動し、手短に診察室に行く準備をすませると、看護師が病室の外にでたのを確認したあと


「じゃぁ、言ってるくね。お兄ちゃん」


 といって、こっそりオレに手をふって、病室から出て行った。


 外の木に向かって手をふるコハクは、オレの事が見えていない他に人間にとっては、あきらかに異質だろう。


 まぁ、今は、誰もみてないからいいけど……



「お兄ちゃん、か……」


 再び、木の枝にゴロンと寝そべると、オレは空を見上げた。


 物心つく頃には、もう親はいなかった。

 たぶん、捨てられたんだと思う。この見た目のせいで。


 だから、兄妹なんてものもいなかったし、そのせいなのかもしれない。「お兄ちゃん」という言葉が、なんか妙にくすぐったかった。




 ────バサッ!!


「!?」


 だがその瞬間。突然、頭上から鳥が羽ばたく音がして、オレは目を見開いた。


 覆い隠すように、上空にあわられた大きな影。


 視線をあげた先には、大きく力強い翼を羽ばたかせ、鬼のような形相で、オレを見下ろしている"金髪の男"の姿があった。


 スラリと背が高く、引きしまった体格をしたその男は、鮮やかな金色の髪とは対照的な真っ黒なローブを着て、刺さるような視線をむける。


 こいつは、あのサリエルの──


「クロ。貴様、いつから"お兄ちゃん"になったんだ」



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