第4話 願いごと
「お前、もうすぐ死ぬぞ」
鏡ヶ丘総合病院の2階、207号室。
その前にそびえ立つ大きな木の上から、オレはコハクを見下ろしながら、そう言った。
まあるい月が輝く夜、星空をバックに大きな木の上に、颯爽と降り立った天使。
うん。演出としては、まぁまぁだと思う。
人間界におりる前、オレはサリエルから人間のことについて、少しだけ話しをされた。
なんでも人間は、天使のことを神の使い……つまり、神様からのメッセージを届ける、とても、ありがたい生き物だと思っているらしく、この仕事をまかされる前、サリエルから念押しされたのだ。
『いいですか、クロ。いくら君が"天使失格"とはいえ、私のもとで働くからには、しっかり天使として働いてきてください。くれぐれも、天使たちのイメージを下げることがないように』
イメージを下げるな。
つまり"人間界で悪さをするなよ"と、遠回しにくぎを刺されたわけだが、ここまで来たらオレにもプライドがあった。
さんざん、サリエルに天使失格だの、極悪非道だの、出来損ないなど言われたのだ。
心を読まれていようが、これだけは言う。
あのサリエルを、ギャフンと言わせてやりたい！！
となれば、やはりこの仕事を完璧にこなすしかなかった。さんざんバカにした出来損ないが、天使としてしっかり仕事をこなせば、あのサリエルだって、すこしは認めてくれるかもしれない。
というわけで、それなりに天使として完璧な演出をして登場したのだが、開けはなたれた窓から、まっすぐにこちらを見つめてくるコハクは、ずっと黙ったまま。
(どうしよう。なにもしゃべらない……)
ちょっとばかり焦る。
まぁ、いきなり目の前にこんな"美形な天使"が降り立てば、おどろきもするか。
そう思うと、オレは呆然とするコハクに、哀れむような視線をむける。
だが……
「あなた、死神？」
「…………」
その後、聞こえてきた言葉を聞いて、オレは言葉を失った。
オレは今、天使として完璧に降り立ったはずだ。
それなのに──
「ッちげねーよ！？ おまえ、このなんの混じりけもない純白すぎる羽が見えてねーのか！？ オレ天使なんだけど！！」
「あ。ごめんなさい。暗かったから、くすんで見えちゃって」
「くすんでるとか言うな！！」
オレ、この翼けっこう自信あるんだけど！？
そんじゃそこらの天使より、ずっと白くてキレイな翼をしてるんだけど！？
それを、くすんでる！？
なんだ、こいつ、せっかく神秘的に登場してやったというのに……っ
「ふふ、そんな顔してたら説得力ないよ」
「悪かったな、愛想悪くても一応、天使なんだよ！」
すると、仏頂面のオレをみて、コハクが穏やかに声をかけてきた。
言ってはなんだが、昔からあまり愛想はよくはない。嘘をつく時は、別だけど……
(しかし、まいったな。もっと天使らしく振舞うつもりだったのに)
オレは深くため息をつく。いきなり死神扱いされたせいで、本来考えていたプランとは、かけはなれてしまった。
嘘をつく時もそうだけど、こういう時は、第一印象が大事なのだ。
だからこそ、真顔で『死ぬぞ』と宣告してからの"優しい天使の笑顔"での語りかけ！
まさに、下げて上げる作戦で行こうと思っていたのに、いきなり死神扱いされて、つい素で返してしまった。
(でも、今更ネコかぶっても、仕方ないし)
「へー、天使って本当にいるんだ」
すると、今度はコハクの方から声をかけてきた。
「てか、なんで驚かねーの？」
「驚いてるよ」
「いや、驚いてるようには見えねーよ！」
さっきから、ほとんど表情を変えないコハク。
てか、驚いているなら、もっとリアクションしろよ。叫ぶとか、泣くとか、わめくとか、色々あるだろ？
「あはは。私、あまり顔にでないタイプなんだー」
そういうと、コハクはまた穏やかにわらって、オレは、目の前にいる"看取る相手"をマジマジと見つめた。
正直、その姿は、病気で入院しているようにはあまり見えなかった。
たしかに色は白いし、どこか弱々しい感じもあるにはあるけど、こうして話をしているかぎり、コハクは、どこにでもいそうな普通の女の子だ。
むしろ、自分たち天使とも、そう変わらないように見えた。
直接、人間を目にするのは初めてだったけど、コハクはオレと背丈も年齢もそんなに変わらないし、違うところと言えば、翼がついているか、ついていないか？
多分、それくらいだ。
「ねぇ。私、いつ死ぬの？」
「！」
すると、ほんのわずかな間をおいて、コハクが再び問いかけてきた。オレはその表情を見て、眉を顰める。
泣くこともなく、パニックになることもなく、全く崩れることなく、穏やかな表情。
先ほど死亡宣告したのが、まるで嘘みたいだ。
(スゲー拍子抜けだな……)
想像していたものとは全く違うコハクの反応に、オレは呆れかえる。
だが、このままボーッとしている訳にはをかない。オレは仕事をしなくてはと思いたつと、バサリと翼を広げ、木の枝から病室の窓へと飛びうつった。
深夜一時を過ぎた病室は、とても薄暗かった。
月明かりだけがさす病室で、オレはコハクの前に立つと、より近くなったその距離で、再びコハクに問いかける。
「聞きたいのか？ 自分の"死ぬ日"」
するとコハクは、一瞬だけ口を閉ざしたあと
「うん……聞きたい」
そう言ったコハクの言葉を聞いて、オレはサリエルから渡された指令書を取り出した。
指令書には、看取る相手の名前や年齢だけじゃない。死亡する場所、日時、死因。そして、死ぬ時の状況まで、こと細かに記されていた。
オレは、その中から『死亡日時』が書かれた欄を確認すると、またコハクに視線を戻す。
「いいか、浅羽コハク。お前は今日から一週間後の7月7日、23時46分に死亡する」
「一週間後？」
「ああ。それでオレは、お前を看取りにきた"天使のクロ"だ」
「クロ……」
死亡日時を聞いても、コハクは顔色一つ変えず冷静だった。
自分の命が、あと一週間しかないというのに。
それどころか
「そっか、天使が来たってことは、私天国に行けるんだね」
そんな感じで、ひどくあっさりとしていて、まるで他人事のようなコハクの態度に、俺は複雑な顔をする。
「……お前、頭悪いのか？ 死ぬんだぞ？」
「うん、わかってるよ！ そっか、わたし"七夕の日"に死ぬんだ～！」
「……」
何だ、こいつ。
普通、死亡宣告受けて、笑ってられるか？
(オレは、恥ずかしいくらい、ビビりまくってたのに……っ)
数時間前、サリエルに『消滅宣告』された自分を思い出して、オレは思わず苦笑いを浮かべた。
なんで、こんなに違うんだろうか？
「ねぇ、クロ君って呼べばいいかな？」
「は？ 君付けとかなれてねーから、クロでいい。それよりコハク。お前、叶えてほしい願いごとはあるか？」
「願い事？ 叶えてくれるの？」
「そういう命令なんだよ」
軽く頭をかきながら、オレは、めんどくさそうに答えた。
願いを叶えてこいとサリエルに言われた手前、これは果たしておかなくては
「えーすごーい！！ 魔法使いみたい！？」
「！？」
すると、コハクが目を輝かせて、オレの方へと身を乗り出してきた。急に目と鼻の先まで、コハクの顔が近づいて、さすがに驚く。
「あのね。じゃぁ、」
「ちょっ、ちょっと、まて！ お前、一週間で叶えられる願いにしろよ！！ あと、病人なんだから、どこか行きたいとか連れてけとか言うのもなしだ！！ それと、嘘つくような頼み事もするなよ！？ オレ今嘘つけないんだからな！？」
「え……何それ、なんか条件多い」
「あたり前だろ。おれは天使なんだからな！ランプの魔神でも、未来から来たネコ型ロボットでもねーんだからな！」
「ふふ……大丈夫だよ。そんなムリなお願いじゃないから」
そう言うと、コハクはまた穏やかに笑って、オレを見つめる。
「あのね、クロ。私の──」
