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第2話 嘘をついてはいけない


「────ッ」


 瞬間、魔法陣がひときわ眩しい光をはなった。


 突然のことに、クロがギュッと目を閉じると、風が円を描くように吹きあれ、魔法陣は瞬く間にクロの体の中へと吸収されていく。


 痛みも苦痛も感じなかった。


 だが、自分の中に”何か”が入りこんできたその感覚に、クロはゴクリと息を飲む。


(な……んだ。今の……?)


 スーッと光が消え、空気が静まると、辺りにはまた穏やかな風がそよそよと吹きはじめた。


 花がゆれ、小鳥がさえずる。

 だが、クロの心はまったく穏やかにならない。


(今の……魔法?)


「そうですよ」


「!?」


 瞬間、心の中ではなった声に、なぜか返事が返ってきて、クロは目を見開いた。


「……え? なんで?」


「君に"心読しんどく"の魔法をかけました」


「しん……」


「"心を読む魔法"です」


「…………」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 心を…………読む??


「はぁ!? それって、オレの心を盗みみるってことか!?」


「そうですよ」


「そうですよじゃねー!! あんたプライバシーの侵害って言葉知らねーのか!?」


「知ってますよ。でも、こうでもしないと、君嘘をついちゃうでしょ?」


「く……っ」


 とたんに、言葉が続かなくなる。

 確かに心を読まれていたら、嘘をついたところでバレバレなわけで


「だからって、勝手に読むなよ!!」


「心配しなくても四六時中、君の心をのぞいているわけではありませんよ。こう見えて私、けっこう忙しいですから、君の心を読むのは嘘をつきそうなそぶりがある時だけです。まぁ、その気になれば、いつでも読めますけどね?」


「……っ」


 ニコニコと笑顔をくずさないサリエルとは対象に、クロの表情はみるみる青ざめていく。


 だって、心を読まれるわけだ。

 しかも、二度と嘘をつくなということは、こうして、サリエルに心を読まれる生活を、一生、続けていかなくてはならないということで──


「あぁぁぁぁ無理ぃぃぃ! 絶対、嫌だぁぁ!!! だいたい嘘をつくなって、そんな罰があるかよ!?」


「君が嘘ばかりつくからでしょう。むしろ、君にこそふさわしい罰だとおもいますが……あ、それと、もう一つ。もし私の言いつけをやぶり嘘をついた場合、君の魂は、消滅します!」


「しょ……!?」


 たんたんと発せられる言葉に、クロはその場に座り込んだまま愕然とする。


 天使は、とても寿命が長い。


 子供の頃の成長は人間とそう変わらないのだが、20歳前後になると、その成長がとまり、その後は、何百年とかけてゆっくりと成長していく。


 目の前にいるサリエルだって、見た目は20代中盤くらいの若々しい姿をしているが、中身はオッサン、いや、おじいちゃん……むしろ、仙人?と、いってもいいくらいだ。


 だが、そんな長寿な天使にも、命がつきる時がある。


 それは、天命をまっとうし"寿命"がつきる時と、強制的に魂を"消滅"させられてしまう時。


 つまり、消滅とは『死』を意味していた。


「ッおかしいだろ!? なんで、堕天とおりこして、いきなり消滅!?」


「なにもおかしいことなどありませんよ。嘘をつき、他人を傷つけてばかりいる君は、もはや、堕天させるまでもないクズだということです」


「クズ!?」


「はい。恨むなら、これまでの自分の”行い”を恨んでください」


「……っ」


 深いアメジスト色の瞳を細めて、サリエルが妖艶に微笑む。

 その罰のせいで、天使の子供が一人、嘘をついて死んでしまうかもしれないのに、この男には慈悲の心がないのだろうか?


「おまえ、悪魔かよ」


「ふふ、言ってくれますね。これでも一応立派な天使なのです。なにより私には、この天界の平和を守るという大事な役目があります。神に逆らう者。ルールを破る者。そして、他人を傷つける者。この世界の平和を乱そうとするものは、たとえそれが、”子供”だったとしても、許すわけにはいきません」


 にこやかに、クロの目を真っ直ぐにみつめて話すサリエル。それをみれば、その言葉が本気であることが伝わってきて、クロは悔しそうに奥歯を噛みしめた。


 ハッキリ言って、一生嘘つかないなんて絶対無理だ。100%、嘘をつく自信がある。


(どうしよう……っ)


 さすがのクロも焦る。


 このサリエルは、罪を犯した天使には全く容赦がない。だが、まさか自分のような子供にまでとは思わなかった。


(……オレ……消滅するのか?)

 

 クロがそう思い、冷や汗をながした瞬間


「助けてほしいですか?」

「え?」


 予想外の言葉が聞こえてきて、クロは目を見開いた。


「た、助けて……くれるのか?」


「……はい。君が私の"仕事"を手伝ってくれたら、その仕事の出来しだいで、今与えた罰を取りさげてあげてもいいですよ」


「……」


 わずかにさした明光。だが……


「し、仕事……?」


 なんだか、嫌な予感がしかしなかった。


 ”天界の処刑人”などと言われてる、この男の"仕事"だ。


 きっと、ろくなもんじゃない!

 絶対、ろくなもんじゃない!!


 クロは、どこか不安げな表情をして、サリエルを見上げる。

 

「心配しなくても、怪しい仕事ではありませんよ。”清き魂を看取みとり導く”。天使にはお決まりの簡単なお仕事です」


「……みとる?」


 瞬間、クロは聞き慣れない言葉に、首をかしげた。


「はい。死にゆく者の最期さいごに付きそう。それが"看取みとる"というとことです。君には、ある少女のもとへ行ってもらい……そうですね。せっかくですから、彼女の願いを一つ、なんでもいいので叶えてきてください。彼女の願いを叶え、無事"みとる"ことができたら、君に与えた罰を、取りさげてあげましょう」


「ほんとか!?」


「はい」


 そのサリエルの言葉に、クロは命拾いしたとばかりに、ホッと胸をなでおろした。


 思ったより、まともな仕事だった。

 いや、むしろ簡単な仕事だった。

 

 ようは、死んでしまう人間の最期さいごに付きそうだけ。


 もっと、命の危機にさらされるか、人がやりたがらないグロテスクな仕事をまかせられるのかと思っていたけど


「なーんだ、簡単じゃねーか!」


 クロはたちどころに表情を明るくすると、その姿を見たサリエルは「そうですね」といいながらクロの体を縛りつけていた縄をスルリとほどいた。


「ですが、絶対に忘れないでくださいね?」

「?」


 だが、その後サリエルが、まるで念押しするように言葉を発した。


「私の仕事を終えるまで、絶対に嘘をついてはいけませんよ」


「わかってるよ。サリエルこそ、ちゃんと約束まもれよな! 嘘をつかずに、その仕事を終わらせたら、”二度とうそをつくなって罰”も”心を読む魔法”も、全部取り消してくれるんだよな!」


「はい。もちろん。私は、嘘つきではありませんから」



 天上界には、約束をかわす、クロとサリエルのなごやかな声が響く。

 

 季節は夏──


 天空には、初夏のみずみずしい空が、青く青く透きとおるように、どこまでも広がっていた。




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