第11話 家族と過ごす時間
7月5日
浅羽コハクが死亡するまで──あと2日。
◇
「クロー覗いちゃだめだよ~」
「誰が、覗くか!」
病室のベッドを囲うように、取り付けられたカーテンを閉め切って、中からコハクの声が聞こえた。
オレは、いつものように窓のサッシに腰かけながら、ぶっきらぼうに返事を返す。
コハクの”義理の両親”が訪ねてきてから、もう2日。
あの後、コハクは、またいつもどおり笑顔でオレに話しかけてきて、オレたちの間には、また、いつもの日常が戻ってきた。
コハクと過ごす時間は、正直楽しい。
オレは、捨てられて家族もいなかったし、いつも一人だったから、誰かと一緒に、こんなに長く過ごすことなんて、あまりなかった。
だから、なのかもしれない。
(……家族と過ごす時間って、こんな感じなのかな?)
たかだか、一週間。
なのに、この温かい雰囲気に、オレは次第に、居心地の良さを感じるようになっていた。
「ねぇ、天使って階級とかもあるの?」
すると、カーテンの中から、コハクが着替えながら、また声をかけてきた。
カーテンか微かに揺れるその中からは、同時に衣擦れの音が響いて、オレはとっさに顔をそむけた。
女の子の着替えを覗くような趣味は、もともとないけど、最初の頃に比べたら、大分この環境にも慣れてきたし、カーテン越しの着替えを待っていても、前よりは動じなくなった。
「そりゃ、俺は大天使!……に、使えてる天使の、その更に下の下級天使」
「あはは! クロって下っ端なんだ」
「下っ端じゃねーよ!! いや、下っ端だよ!! てか、言わせんな!!」
だが、残念なことにオレは未だに息をするように嘘が出そうになる。
もう、マジで嘘が体中にしみついてる。
こればかりは、一週間でどうにかなるものではなかった。
シャッ──!
「!」
すると、突然カーテンが開かれた。中からは、いつもと変わらないコハクが顔をだす。
──はずだった。
「……え? お前、その恰好なに?」
オレの目の前に現れたコハクは、普段とは全く違っていた。
いつもはパジャマ姿なのに、今日は珍しく、胸元にリボンのついた可愛らしいピンク色のワンピースを着ていて、オレの目は点になる。
「ねぇクロ、デートしよう!」
「は?」
コハクは、さも当たり前のように、そういってきて
「……人間は兄貴とデートしたりするのか?」
「え? だって、友達がいってたよ。妹とデートしにいくーって!」
可愛らしく笑うコハクは、オレの前まで来ると、スカートの裾を少しだけ持ち上げる。
「ねぇ、コレどうかな? 可愛い?」
「はぁ? 可愛くね」
ねーよ──と言いかけて、慌てて口を噤んだ。
やべー、今、嘘つきそうだった。
いや、だから何だよ。でも、可愛くねーなんて言ったら、オレ消滅するじゃねーか。
「クロ、顔真っ赤」
「真っ赤じゃねーし!!」
「ふふ、もしかして可愛いと思った?」
「……ッ」
少し照れたように、クスクスと笑うコハクを見て、オレの頬も赤くなる。
なんだこれ、メチャクチャ恥ずかしい。
できれば、今すぐ消滅したい!
いや、消滅はしたくないけど、とりあえず、今すぐここから消えたい!
「い、言っとくけど『妹』としてだからな!!」
オレは、とっさに反論する。
これは、嘘じゃないはず……たぶん。
「ふふ、そっか……クロ、私のこと一応可愛いと思ってくれてるんだ」
そう言って、嬉しそうに笑ったコハクを見て、ずっとこうして、笑っていてほしい……なんて、思ってしまった自分に驚いた。
もうすぐ死ぬのに?
なんでだろう。今までは、騙されたヤツのマヌケ面みるのが爽快だったのに、あの時、コハクが泣いた顔を見てから、罪悪感を抱くようになった。
同情なんだろうか?
もうすぐ、死ぬから?
だから、少しでも笑顔で最期を迎えさせてあげたいなんて、思ってしまうのだろうか?
「クロ!」
ただ呆然と、コハクを眺めていると、コハクがオレの手を取った。
「今日は天気もいいし、それに、もう死ぬまで時間もないし、せっかくオシャレしたんだし、最後に一緒にお散歩しよう。だから付きあって!」
(……最後?)
その言葉に、ふと胸が苦しくなった。
コハクは、しっかり受け止めてる。自分が死ぬことを。それなのに……
(なんで、そんなに、笑えるんだ……?)
あまりにも、普通に笑うものだから
あまりにも穏やかに時が過ぎるものだから
時々コハクが、もうすぐ死ぬ人間だってことを忘れそうになる。
なんでだろう。
コハクと話していると、すごく楽しくて、このまま、時間が止まってしまえばいいのに、なんて思ってしまう。
だけど……
(オレの役目も、もうすぐ終わるんだよな……)
コハクと出会って、5日目。
オレが嘘をつくのを、我慢するのも
オレがコハクと過ごすのも
──もうすぐ、終わる。