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竜の翼ははためかない7 〜竜の涙は露より重く〜  作者: 藤原水希
第二章 深化激化 〜たたかうものとまもられるもの〜
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チャプター8

〜中央通り〜



 エルリッヒは通りに入り、物陰に隠れてじっと見守る。ゲートムントたちと他の戦士たち、そしてお城の兵士たちは、ぐるりと取り囲むようにしてヘルツォークと対峙している。

『揃いも揃って、烏合の衆か。数を揃えれば勝てるなどと思っているのではないだろうな?』

「……舐められたもんだな。俺たちの実力も知らずによく言うもんだぜ。一人で乗り込んできたことを後悔しても、おせぇからな」

 答えたのはギルドに登録されている戦士のはずだ。着ている鎧が違う時点でお城の兵士ではないし、頬に傷のある風態は見覚えがある。義勇兵の類でもないだろう。

 武器は身の丈よりも長い両手持ちの大剣。並の相手なら簡単に吹き飛ばせそうなものだが、それを握っている手には力がこもっているように見える。言葉は強気だが、緊張しているのだろう。

『虚勢を張っているのが手に取るようにわかるぞ? 勝てないまでも、その威勢は買ってやろう。他の人間どもも、これくらいの威勢は見せてもらわねばな。ここで消えた部下どもの命が報われぬのでな』

「なんだとっ? ふざけたこと言いやがって!」

「ああ。俺たちの実力、見せてやるぜ」

 その挑発は歴戦の荒くれ者たちをけしかけるのには十分だったらしい。果たして、本当に見立て通りの実力差があるのか、それは剣を交えるまでわからなかった。だが、ヘルツォークは一人で全員を倒せると踏んでおり、ギルドの戦士たちは十分に勝機があると踏んでいる。

『では、その実力とやら、見せてもらおうか。誰から死にたい? なんなら全員で掛かってきても、良いのだぞ?』

「じゃあ、まずは俺からだ。お前ら、下がってろ」

「おい!」

「ハインツ!」

「いくらなんでも危険すぎるだろ! こいつの実力もわからないってのに……」

 名乗り出たのは先ほどの大剣の男–ハインツというらしい–だった。腕力を見せつけるように、その手にした大剣を振り回しながらヘルツォークの前に立った。

「別に、俺一人でもいいだろ?」

『当然だ。犬死かもしれんが、さっきも言っただろう? 威勢は買うと。どこからでも掛かって来るがいい』

 こちらはこちらで隙を晒すように両手を広げ、まるで誰かを抱きとめるようなポーズをとっている。どこから攻めろと言わんばかりだ。当然、そんな態度を取られたら大概の相手は舐められていると憤慨する。ハインツもまた、その一人だった。決して好機とは取らなかったが、慎重に挑みかかるほど冷静ではいられなかった。

「じゃ、そういうことなんでな。こんだけ舐めた真似されたら、黙っちゃいられねぇってことだ。行くぜ。野盗も獣も構わず斬ってきたこいつの錆になっちまえ!」

 見るからに重そうな大剣を軽々と振り回し、真正面から駆けていく。おそらく、人間相手ならその気迫だけで気圧されてしまうだろう。しかし、相手は魔物、いや魔族の指揮官だ、それしきの気迫では微塵も驚かなかった。

「どりゃああああ!!!」

『遅いな』

 人間の基準で見れば十分な素早さで振り下ろされたそれを、ヘルツォークは指先ひとつで受け止めていた。腰には立派そうな剣を提げているが、それを抜くことすらしないまま、受け止めていた。

「なっ!」

『我も剣を扱う者だからよく分かるぞ? これは鋭さではなく、重さで相手を叩き伏せるものだな? 鋭さがないのであれば、力で勝る以上、こうして受け止めることができる。そして、こうして、ねじ伏せることができる!』

 剣の先端を、今度は右手で掴むと、それを外側に大きく倒し、ハインツごと倒してしまった。

「お、おい、ヤベェぞ」

「腕自慢のハインツを簡単に倒しちまった……」

 少し離れて見ていた周りの戦士たちがおののいている。エルリッヒはハインツのことはよく知らなかったが、彼らが一目置いていたのは間違いないのだろう。それだけに、あっという間にやられてしまったことに動揺が走っている。

「うぅ……」

『他愛ないものだな。やはり、評価すべきは威勢だけだったか。下級の魔物くらいであれば倒せたのかもしれないが、相手が悪かったようだな。そして、我はこういうこともできる。はぁっ!』

 気合を入れると、周囲に目には見えない力のようなものが発生したらしく、ハインツの体が大きく吹き飛んだ。

「うわっ!」

「おおうっ!」

「おい、大丈夫か?」

「あ、あぁ。なんとかな。けどよ、俺の渾身の一撃が、通用しなかった。しかも、目に見えない力で吹き飛ばされちまった。全員でかからねぇとダメかもしれねぇ」

「そうか。おい、城の兵士たち! お前たちは離れてろ! まだ他の通りに魔物が残ってるかもしれねぇから見てきてくれ! いたらやっつけてくれよ!」

 戦士の一人が、さらに遠くで見ていた兵士たちに声をかけた。どう考えても、実力で劣る兵士たちをこの場から遠ざけようという配慮だったが、それを汲んだ者も汲めなかった者も、助かったとばかりにその場を後にした。今は戦士たちに任せるほかない。この場から逃げることで、少しは生きながらえることができるかもしれないし、残っている魔物の討伐という言い分も間違ってはいなかったからだ。

「さて、あいつらはいなくなったな。これで自由に戦えるぜ」

「ああ。あいつらにまで被害が出たら、何かあった時にどうしようもないからな」

「さて、じゃあ、今度は俺たちで一斉に行くか。段取りはどうする?」

 戦士たちは誰がどういう順番でどう攻めるかを話し始めた。本来ならその間に一掃して仕舞えばいいのに、よほど自信があるのか、ヘルツォークは話し合いが終わるのをじっと待っていた。その自信過剰な様が命取りになるかもしれないのに、そうは考えていないようだ。



「待たせたな」

『もう、良いのだな? それでは、かかってこい。先ほどの戦いを見ても逃げなかった勇気に免じて、我も剣を抜いてやろう』

 腰に提げた剣をすらりと抜き放った。指揮官の使うものだからか、ガーゴイルたちの手にしていたものよりは幾分豪奢な作りをしていた。柄も、刀身も、いかにも名のある名剣のようだ。魔界の名剣というやつだろうか。一同の注目が集まっている。

 やはり、武器を手に戦うのが仕事の連中だからか、気になるようだった。

「いい武器だな。多分、すごい切れ味だぞ」

「だな。もしかしたら、なんか特殊な効果もあるかもしれん。気をつけなきゃなんねーな」

「ああ。できれば、剣戟は受けずに避ける。お前らも、いいな?」

「わかってますって。名剣とやりあうなんて、本当は光栄なんですけどね」

 皆、口々にその剣を警戒している。だが、そのムードに水を差すようにツァイネが名乗り出た。

「じゃ、俺が受けますよ、あの剣」

「ツァイネ坊、いいのか? お前さんの剣がすごいのはよーく知ってるけど、その剣ごと体が真っ二つになるかもしれないんだぞ?」

 それは、覚悟を問うものですらなかった。誰かが覚悟をしなければ、進むこともならないような、そんな局面なのだ。ツァイネの表情は柔らかく、それでいてしっかりとした決意が見えた。

 周りの心配をよそに、ゲートムントは全面的な信頼を伝えるように、何も言わずに肩を叩いた。

「ゲートムント……」

「何も言わせんな。俺たちはあいつに勝つ。それだけで十分だ」

 その一言が決め手になった。ヘルツォークの剣戟を受けるのはツァイネ。後の面々はとにかく勝つ。全員が、武器を構えた。誰一人として、勝利を疑っていない瞳だ。

『いい面構えだ。さあ、来い。完膚なきまでに叩き伏せてやろう!』

 ヘルツォークもまた、剣を構えて交戦の姿勢を見せた。




〜つづく〜

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